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第5話

 私は殺し屋。私は無敵とまで言われるほどの実力を持つ。私の実力は同じ職を持つ者も畏怖するほど。私は容赦がない。依頼を遂行するにはどんな手も使う。

 私の試合も近い。というより今日になるはずだ。依頼内容については話せないが、少しだけ、依頼主であるWMOについて話をしよう。

 WMOとは、World Magic Organization――世界魔法機関の略称になる。WMOは魔法の開発や研究は勿論、魔法の使用危険度のランク付けや、魔法に関する組織の監視など、多岐にわたる活動を行っている。組織の監視では違法な魔法を行使していないか、または開発をしていないか、はたまた魔法を使った違法な取引を行っていないかなど、厳しいチェックが行われている。それは勿論、このKYS魔闘技大会もだ。

『大会も三日目に突入したぞ。順調すぎて怖いほどだがそれは本来いい事。順調に進んでいいのだ!』

『そうねぇ、いつも何かしらの騒ぎが起きるから、この順風満帆の大会は怖いものね~』

『そうだ! 俺が一騒ぎを起こしてやろうか。そうすりゃ落ち着くってもんだろ』

『マッスルさんは馬鹿だな。それじゃ本末転倒じゃないか。順調なのはいいことなんだよ!』

 ギャグのような会話が、司会者と解説者の間で交わされる。

 このKYS魔闘技大会は野蛮な者が集まるだけあり、毎回何かしらの騒ぎが起きるらしい。小さな騒ぎは既にいくつか起きているだろうが、大会の進行を妨げるほどの大きな事件はまだ起きていない。過去の大会ではそんな事件がかなりの確率で起きているとの情報だ。まぁ今大会の大きな事件は、おそらく私が関わることになるだろう。

『そんじゃ、予選第十八試合、始めるぞ!』



 ◇◇◇



 私の名前はレイチェル、復讐に生きる女。

昔、この大会に参加したパパとママが、誰とも分からぬ人に殺された。それから私は、ずっと一人だった。

 私の家族はある国の貧民街に住んでいた。毎日の生活が苦しく、盗みを何度も繰り返してきた。そんな生活から脱するため、パパとママがある決断をした。そう、この憎きKYS魔闘技大会に参加して賞金を得る、ということを。今思うと、パパとママの剣の腕は至って普通だった。国の騎士団に入っても一兵卒に留まる程度の実力だった。でも、当時の私はまだ小さかった。パパとママの剣の実力は世界一だと思っていた。パパとママが大会で優勝して賞金を持ち帰り、毎日苦労せずに美味しいご飯が食べられると信じて、パパとママの帰りを待ち続けた。

 貧民街ではそれなりの実力があったパパとママの加護を一時的にもなくした私は、一人で生きていて何度も死にかけた。容姿が良かったからか、飢えた男に狙われて死にかけたり、盗みが成功せず、食料をまともに得られず死にかけたり。食料に関しては、数日に一食ありつけたら万々歳だった。食料を得るために、何度この身体を下卑た男どもに売ろうと思ったことか。だけど私はそれだけには逃げなかった。パパとママが貧しい中、私を産んでくれて、大事に育ててくれた私の身体を簡単に捨てていいものではない。私は空腹や、多くの男と闘いながら――正確には逃げながら――懸命に生きてきた。パパとママの帰りをずっと待ちながら、必至に生きてきた。だけど……、パパとママの帰りを信じて生きてきたけど……、パパとママはついに帰ってこなかった。それはパパとママが家――家と呼べる形ではないけど――を出て一年が経った頃。そして私は悟った。「あぁ、パパとママは誰とも分からぬ人に殺されたんだ。もう……会えないんだ……」、と。

 それからの私はがむしゃらだった。一人で生きていた一年で、自分の身を守れるぐらいの逃げ足と体力はついた。剣の実力じゃないのは悔しいけど、指導者もなしに自分の身を守れるほどの剣の実力なんて、そうやすやすとつくもんじゃない。だから私はようやく決意した。人を殺す道具を真剣に扱う決意を。そして、独学でその実力を伸ばし、パパとママを死に至らしめた憎きこの大会――KYS魔闘技大会を、破滅に追いやる復讐の決意を。本当だったらパパとママを殺した張本人を殺したいところだけど、その相手を知ることは私には不可能だった。だからこの復讐心を大会に当てることにした。私のような子が、もう二度と出ないようにするためにも、私がこの手で、この大会を――

「終わらせてやる!」

 パパとママが死んだと判断してから十年が経った。私は今十六歳。剣の実力に関しては、強いというレベルを超えるほどの実力がついた。私が暮らしていた貧民街でトップの実力を誇る。大勢で押しかける男どもを、全て一人で返り討ちにしてやるほどの実力だ。

「やああああっ!」

 私は飛び散る血を浴びることなく、次々と獲物を狩っていく。

「三、四、五……」

 私の勢いは止まらない。皮や金属の鎧を着た男たちをすれ違いざまに切っていく。鎧と鎧の繋ぎ目という僅かな隙間を。

「ぐぁああああ!」

「ぎゃああああ!」

 腕に覚えがあって参加しているはずの男たちは、為す術もなく私の前に倒れていく。

「ふう」

 近くにいた男たちをひと通り切り伏せた私は、血のついた剣を左右に払い、鞘にしまう。

 この大会を終わらせると言ったものの、未だ策は見えてこない。この大会の運営役員を殺せば終わるのか。この大会に投資している観客の豚どもを殺せば終わるのか。それともこの世界中に住む野蛮な人間どもを殺せば終わるのか。……私では力不足かもしれないが、生きている限り、最後まで戦いぬく覚悟でいる。だが、どうにかしてこの大会を終わらせることが出来たとしても、似たような大会が世界の何処かで開催されるかもしれない。それではイタチごっこだ。……いや、今は目の前の事だけに集中だ。実力があっても一瞬の油断が命取り。まずはこの予選を勝ち抜くことだけを考えるんだ!

「君、少しいいか?」

「――っ!?」

 私はすぐさま剣を抜き放ち、後ろから聞こえた声に向かって剣を横に振り切る。しかし、無情にも剣は空を切った。直ぐ後ろにいたと思っていた声の主は、私から五メートルは離れていた。

「そんな……」

 その一瞬の移動だけで、私は彼――コートで素顔が見えないため彼女の可能性もあるが――との実力差を思い知った。

 彼は悠然とした足取りで私に近付いて来る。私は油断せず剣を構え、彼の次の行動に備えた。それにしても彼の気配に全く気づかなかった。貧民街で育った私は気配察知に関してはかなりの自信があった。その自信を超えるほどの実力者。私の背中には冷や汗が流れていた。剣を持つ手も震え、死が迫るのを敏感に肌で感じとっていた。

「…………、――っ!?」

 一瞬の出来事だった。私の両手の先に伸びる刀身の半分から先が綺麗になくなっていた。その刀身の先は目の前の彼が持っていた。

 私は膝から地に崩れ落ちた。圧倒的なまでの実力差。それは想像以上だった。所詮私も井の中の蛙だったということだ。

「パパ……ママ……、ごめん……なさい……」

 私は頭を垂れた。こうもあっけなく私の復讐が失敗に終わってしまうとは思っていなかった。全身から力は抜け、剣を握る気力さえなかった。

 その時、私の肩に彼の手が置かれた。

「何故そこまで復讐に取りつかれている……」

「――っ!?」

 彼は私が復讐に走っているのを知っていた。

「あなたは……誰……?」

「私は……ああああ、だ」

「あ、ああああ?」

「登録選手名だがな」

 ……変な選手もいたものだ。そんな人に私は……。

「負けたことを悔やむ必要はない。私は無敵だから」

 私の頭に大きな掌が乗せられる。その手に覚えはないが、どこか懐かしく、私を落ち着いた気持ちにさせてくれた。すると胸の内から哀しみの思いが滝のように流れ出てきた。

「……っ…………っ……」

 私は必至に声を押し殺した。ここはまだ戦場だが、そんなことを忘れてしまうほどに優しい掌。

「……なるほど、両親をこの大会で亡くしていたんだな」

 彼には何もかもがお見通しだった。普通なら何故知っているのかと疑問に思うところだが、私はその言葉を聞いて、涙をギリギリ止めていた栓がついに決壊してしまった。

 それからの私を思い返すと、恥ずかしさで顔から火が吹きそうになるので、詳細は黙秘させてもらう。

 とにかく私は試合中にもかかわらず、素性も知らない人の前で泣き崩れてしまった。目の前の彼が、単なる大会参加者の殺人鬼であったら私は殺されていただろう。だが、私は殺されなかった。目の前の彼は、私を優しく抱き抱えてくれた。周囲に魔力の反応があったため、少し怖さもあったが、周囲の音が同時に消えていたため、防音結界や障壁でも張ってくれたのだろうと当たりをつけた。

「大丈夫。本当の力なき君に復讐は果たせずとも、本当の力を持つ私が代わりに果たそう。私も同じ目的でここに来た」

 彼の声は安心できた。これだけ短い時間のやり取りでも、心から信頼できる人だと感じる声だった。

 私は急速に睡魔に襲われ、それに抗わず夢の世界へと落ちていった。



 ◇◇◇



 眠りについた目の前の彼女を、私――インヴィクタ――は自分が泊まっていた部屋へと転移させた。

「……ゆっくりとお休み」

 私は立ち上がり、周囲に張っていた障壁を解除する。

 試合会場は今だに騒がしい。まだまだ殺し合いが続いているからだ。

「ぬるいな……」

 予選は所詮この程度。私の実力の一端を見せることすら叶わずに、試合が終わってしまいそうなレベルだ。だから私はこの予選をオーバーキルで終わらせる。あえて私の力の一部を見せつけるために。

「はっ」

 私は宙に飛び上がった。闇属性魔法の重力魔法の一種によるものだ。

「《氷針(アイスニードル)》」

 空中を支配している何十体ものドラゴンに、氷で出来た針を無数に当てていく。ドラゴンに当たった氷針は次々にその大きな身体を凍りつかせていく。そして次々に試合場へと落下していくドラゴンたち。

『な、なんだぁ――!? 何が起きているんだ!』

 司会者が声を荒らげている。それはそうだろう。本来であれば、ドラゴンを一人で一体倒すのも難しいというのに、私一人で何十体ものドラゴンを一瞬で殲滅しているのだから。普通であればこの光景を見れば混乱ぐらいするだろう。実際多くの観客が私に注目していた。

「さぁ、フィナーレだ」

 私は天高く両手を掲げ、魔力を高めていく。急速に空気が冷え始め、白い吐息が見えるようになる。この現象は既に会場全体を支配している。

『さ、寒いぞ! 結界で遮られている観客席側まで影響するほどの魔力とは一体どれほどの魔法が出てくるのか! こ、これはたのじみぃ~~……。こっちまで魔法は飛んでこないよね? ぞうだよね、空に浮かんでいるぞこの選手!』

 それは勿論だ。そこまで無差別に殺しをするつもりはない。その時点で試合が終わってしまうではないか。この大会は最後まで終わらせてから、本当に終わりにしてみせる。

 私は静かに両手を振り下ろした。

「……《氷の世界(ニヴルヘイム)》……」

 その瞬間、試合会場は凍りついた。戦っていた最中の男たちもろとも。会場全体は試合の最中だったということを忘れるほどの静けさに包まれた。

『司会……勝者は……』

 私は拡声魔法で司会者に尋ねる。

『しょ、勝者……えっと……あ、ああああ、選、手……』

 予選第十八試合は、異様な静けさで幕を閉じた。


読んで下さりありがとうございました。

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