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エルツ冒険者ギルド

 活動報告に貼ってあるURLから、PC限定ではありますがYOUTUBEで『勇者様のお師匠様』3巻特典サウンドドラマ前編のウィン編を聞くことが出来ます。

 後編のレティ編を聞くには3巻の購入をお願いするようになりますが、江口拓也さんの演じるウィン、M・A・Oさんの演じるレティを是非聞いてみてください。

 よろしくお願いします。

 翌朝。

 エルステッド伯爵家で一夜を明かしたウィンたちは、昨夜晩餐会が行われた部屋で朝食をいただくと、屋敷を後にすることにした。

 エルツをクライフドルフ侯の軍勢が包囲する前に、マジル山の坑道からリヨン王国へと抜けなければならない。

 アルフレッド、ロイズ、ケルヴィンの三人は、これからのことを話し合うべく、エルステッド伯爵領私設騎士団の兵舎へと赴いているらしい。

 玄関まではロイズの妻たちが見送ってくれた。


「これからエルツの町が戦火に包まれるかもしれないというのに、皆様は怖いと思わないのでしょうか? それとも何か、この町がこの難事を無事に切り抜けられるという確証でもあるのでしょうか?」


 昨日の話を聞いて、コーネリアは気になっていたことをロイズの妻たちへ尋ねた。彼女たちがこれからエルツに訪れる苦難を、夫であるロイズから聞いていないはずがない。だが、今朝の朝食の席においても、彼女たちにまるで怯えや不安などが見られなかったからである。

 コーネリアの質問に、ロイズの妻たちが顔を見合わせた。そして彼女たちを代表して、妻たちの中で最年長であるライラという二十代後半くらいの女性が皇女の質問に答えた。


「さあ、私たちもそこまでは存じません。ですが、きっと旦那様が何とかしてくださるでしょうから、私たちは旦那様が何か仰せになるまではいつもと同じ日常を過ごすつもりです」


「信頼されていらっしゃるのですね、伯爵閣下を」


「もちろんでございますとも。ですから殿下、閣下。どうぞ我らのことはお気になさらず、リヨンへとお参りくださいませ。旅のご無事を、我ら心よりお祈り申しあげます」


 玄関の門の前で頭を下げた時、彼女たちが浮かべた微笑みは、決して偽りのものではなく心からのものであった。



 ◇◆◇◆◇



「まずは、坑道の地図がいるね」


 エルステッド伯爵家の屋敷を後にしたウィンたちは、まず鉱山労働者ギルドを尋ねた。

  鉱山労働者ギルドにはあらかじめロイズから連絡が行っていたらしく、何事も無く坑道の地図を渡してもらえたのだが。


「うわ、なんじゃこりゃ……」


 ウィンがギルドの職員から受け取ってきた地図の写しを見て、ロックが思わずという風に呟いた。

 そこに描かれている坑道は、まるで糸が絡まっているかのように複雑に入り組んでいた。

 無数と思えるほどの交差路が描き込まれているが、その交差路が平面上で交差しているのか、それとも上層、下層と立体交差しているのかもわからない。

 それが何層も重なっているのかもしれないのだ。そうした地図が何枚も渡された。


「仕方ないよ。これが一番正確な地図だって言うんだから。それに、こうしている今も坑道はどんどんと掘り下げられいて、坑道の様子は日々変わっているらしいよ」


「そんなのでリヨンにちゃんと行けるのかよ……」


 ウィンが言うと、ロックは目を右手で覆って天を仰ぐ。


「これ……私たちだけじゃ、道に迷っちゃうかも?」


 ロックと同様地図に目を落としていたレティシアが、ウィンを見て困ったような表情を浮かべる。

 ウィン、レティシア、コーネリア、ロック、リーノ、ウェッジの六名の中で、最も旅慣れている彼女がそう言うのだ。


「地下深くで迷子なんて、ゾッとしないよ~」


 リーノが頭を抱えると、彼女の横に立っていたウェッジも頷いた。


「一応、リヨン王国の国境付近に繋がっている坑道は、もうすでに廃坑になっているそうだから、今現在も掘られていて道が変わるってことはないらしい。でも、確かにレティの言う通り俺たちだけじゃあ、ちょっと不安だな」


「鉱山労働者ギルドに道案内をお願いしては?」

 

 コーネリアの提案に従ってギルド職員に道案内の可否を訪ねてみる。だが、鉱山労働者ギルドからの返答は、廃坑に関しての道案内なら、冒険者ギルドに行って廃坑に詳しい冒険者を探したほうが良いというものだった。


「冒険者?」


 坑道を通るのに、どうして鉱山夫に道案内を頼むのではなく冒険者となるのか。戻ってきたウィンに、レティシアが不思議そうに聞いた。


「一度廃坑が決まった坑道には、鉱山夫は降りることが無いらしい。それにリヨンに繋がっているというこの坑道は、もう六十年近くも前に廃坑になったらしくて、今潜っている鉱山夫でこの坑道を知っている者はいないんだとさ」


「それで、どうして冒険者が良いって話になるんだよ?」


「廃坑に魔物が住み着くことがあって、数年に一度大規模に魔物の討伐が冒険者によって行われてたらしいよ。だから冒険者ギルドのほうが、当時の討伐で実際に使われた地図が残ってたりしていて、廃坑道に関して詳しいんだって」


「ええ? 魔物がいるの~?」


 ロックにウィンが答えると、リーノが嫌そうに顔をしかめた。


「魔物って何がいるんだろ……あたし、アンデッドとかやだよ~?」


「アンデッドがいる可能性はあるかも……」


 レティシアが言う。


「鉱山事故などで犠牲者が出てたりしたら、そこに魔物の瘴気が絡めばアンデッドがいるかもしれないよ」


「レティ、他にはどんな魔物を思い付く?」


 ウィンが尋ねると、レティシアは小首を傾げて考え込んだ。 


「うーん……私も洞窟みたいな場所ではそんなに戦ったこと無いの。アンデッド以外で考えられるのは、妖魔のゴブリンとコボルトは洞窟や廃坑跡を住処にしている事が多いね。魔獣だと蛇や蜥蜴といった爬虫類系かな? あと他には虫系の魔物? ワームとか蠍とか……。中でも特に出会いたくないのは蟻かな。とにかく数が多くて……」


「ワームって?」


「ミミズの魔物」


 リーノの質問にウィンが応える。

 ワームは土だろうと岩だろうと噛み砕いて地中を移動する魔物だ。地中にいる虫や小動物、大きなものになると大型動物だけでなく魔物すらも食らってしまう。

 地中に伝わる振動や音で獲物を探しているのか、時には人里を襲う事もある。

 ただ、岩をも噛み砕く口の歯、岩肌のように硬い皮膚は厄介だが、それらの攻撃を躱して硬い皮膚を砕けるだけの実力を持った冒険者なら、一攫千金を狙える魔物でもあった。ワームの体内には往々にして、鉱物の結晶が溜まっていることがある。特に金鉱脈がある鉱山に住むワームならば、金塊が腹の中から見つかることもあるのだ。

 リーノはウィンのワームについての説明を聞いて、巨大なミミズへの嫌悪感のほうが勝ったようだ。鳥肌を立てて、


「虫も勘弁して欲しい……」


「その意見には同意するぜ……リーノ」


「でも、虫系の魔物って地下だけじゃなくて、他にも結構いるよね? お兄ちゃん」


「うん。森や低い山にも虫系の魔物は多いかな。個人的に出会いたくないのが蚊の魔物。蜂の毒針なんかも厄介だけど、蚊の魔物に襲われると生きたまま体液を吸われちゃうからね」


 ウィンが冒険者ギルドに通っていた頃、帝国がシムルグ冒険者ギルドを通じて所属している冒険者たち全てに緊急依頼を発令したことがある。

 とある村の住民が、一夜にして皮と骨だけの死体となって見つかったのだ。

 その原因が蚊の魔物。

 飛行能力を有し、本能のみで活動する虫型の魔物は、放置しておけば次々と村や街道を往く旅人を襲いかねない。

 騎士団、兵士、そしてシムルグ冒険者ギルド所属の冒険者たちが、人海戦術で森へと分け入って蚊の魔物を探し倒した。

 ウィンは直接戦うことは無かったが、討伐の際に襲われた兵士の死体を見ている。

 体液を吸われて、皮と骨だけになってしまった死体。

 襲われている所を目撃した別の兵士の話では、武器を掻い潜った蚊の魔物は、巨大な口吻を憐れな兵士の首筋に挿し込むと、みるみるうちに中身を吸い取っていったらしい。

 身体の中身を吸われて、段々と弱々しくなっていく断末魔の叫びは、この世のものとは思えない光景だったそうだ。


「おい……嘘だろ? そんな魔物がいるのか?」


 ウィンの話を聞いて想像したのだろう、真っ青になったロックへレティシアが微妙な表情を浮かべた。

 レティシアもまた、そうした光景を幾度と無く目にしたのだろう。

 

「私も……ちょっと虫系の魔物は勘弁して欲しいと思いました」


 涙目になったコーネリアが、肩をすくめてブルっと震える。


「定期巡回討伐任務の時に、そんな魔物と出会わなくてよかったよ~」


「ほんとほんと……」


「まあ、蚊の魔物には坑道内ではさすがに出会わないと思う。あいつら、瘴気に侵された沼の付近にしかいないから」


 コーネリア、ロック、リーノの三人が顔を見合わせ、頷き合っているのを見てウィンが苦笑する。


「じゃあ、お兄ちゃん。冒険者ギルドに行く?」


「そうだね。エルツの冒険者ギルドはどこにあるのか聞いて行ってみよう」


 そう話し合うと、ウィンとレティシアは先に立って歩き出したのだった。 



 ◇◆◇◆◇



 エルツの町にある冒険者ギルドは二階建ての建物で、ここにも町の名物である鐘楼が中央部に建っていた。

 木材も豊富なエルツらしく建物は総木造りで、二階の高さに冒険者ギルドの看板が掲げられている。

 中に入ると、一階が冒険者ギルドの受付と奥に酒場。二階が個室と宿を兼ねているのだろう。

 当然のことながら、シムルグ冒険者ギルド東支部よりも小さかった。奥の酒場に置かれている卓も五つしか無く、卓を囲んでいる冒険者のパーティーも二組しかいない。どちらのパーティーもまだ歳若い、十代後半から二十歳そこそこの若者たちだった。

 ウィンが中に入って見回すと、酒や料理を食べていた冒険者たちが胡乱げな視線を送ってよこした。ウィンたちの今の姿は、鎧等は身に付けず簡易なシャツとズボン。ただし、ウィン、ロック、リーノ、ウェッジの四人が揃いのものを身に着けている。冒険者ではなく、何らかの組織に所属していることがわかる格好だった。

 彼らはあからさまに嫌そうな表情を浮かべていたが、ウィンに続いてレティシアとコーネリアが入って来ると、一転して興味深そうな顔で見る。

 二人をひと目で一般人ではないと見抜いたのだろう。

 特にレティシアを見て、彼女の持つ美しさに目を見張っていた。

 一同の先頭に立ち、ギルドの中を見回しているウィンを代表者と見たのか、前掛けを付けた老齢の男が声を掛けて来た。


「客かね? それとも依頼かね?」


 シムルグでは受付と酒場で別の職員がいるのだが、このギルドではその両方を老人がこなしているようだった。彼も昔は冒険者として名を馳せていたのだろうか、まくったシャツから覗いている腕は、老いたとはいえまだまだ筋肉もついていて、ところどころに刃物による傷跡があった。


「依頼です。マジル鉱山の坑道内を案内できる冒険者を探しています」


 マジルの名を出すと老人は興味深げにウィンの後ろにいるレティシアとコーネリアに目を向ける。


「マジルの坑道の案内じゃと? ほぉ、あんな場所に、貴族のお嬢ちゃんたちが何の用があって……。いや、愚問じゃったな。忘れてくれ」


 冒険者への依頼は内密のものがある。老人もその約束を知らないはずもなかったが、レティシアとコーネリアを見て思わず口から本音が漏れてしまったのだろう。すぐにウィンに詫びると、老人のいるカウンターへ差し招いた。


「それで……マジルの坑道の道案内だったか」


「ええ、マジルの坑道を通ってリヨンに抜けたいのです」


 鉱山労働者ギルドで貰ってきた坑道の地図を見せると、老人は喉の奥で唸り声を上げた。


「廃坑じゃな……ふむ。おおい、お前たち! マジルの廃坑道を通ってリヨンへと抜ける道、行けるか?」


「ああ? リヨンへの坑道? 馬鹿言うなよ、爺さん。あそこが廃坑になったのは六十年以上昔だろう? その頃の坑道といえば、かなり山の奥深い所だ。俺らじゃちょっとな……」


 貴族が持ち込む報酬の良い仕事かと期待して聞いていた冒険者たちだったが、リヨンへと抜ける坑道の道案内と聞いて尻込みをしている。

 老人が奥の方にいたもう一つのパーティーにも目を向けたが、そちらのパーティーのリーダーと思われる男が両手を上げて首を振った。


「ふぅむ……じゃろうのぉ」


「えっと……そんなに危険な場所なのでしょうか?」


 ウィンが尋ねると、老人は半目で見上げてきた。


「お前さん方は、何も知らずにあの山に入るつもりじゃったのか……」


「危険……なのですか?」


「それはどうかはわからん。鉱山街が広がる新坑道周辺はまあ良いが、旧坑道の

辺りは今じゃあ人が近づかん。そういった場所にある坑道のような穴蔵には、魔物が住み着きやすい」


 老人は窓から見えるマジル山脈へと目を向けた。


「それにマジルは熊や狼といった獣、竜種のような幻獣種も住み着いておる。余程の腕の立つ冒険者でもなければ、進んで足を踏み入れるような場所じゃないんじゃよ」


「鉱山労働者ギルドで、定期的に坑道周辺の魔物を討伐していると聞きました。そのため、冒険者のほうが廃坑道に関しては詳しいと」


 老人は頷いた。


「確かに、リヨンへの抜け道が記されている地図も儂らは持っている。通ったことがある者もおるが……経験を積んでいる者は皆出払っておるんじゃ。今、ここにおる者はまだ若く、ギルドとしてもマジルには行かせられんのぉ」


「隊長は、そんな道を俺たちに行かせようとしているのか?」


 ウィンと老人のやりとりを聞いていたロックが、小声で隣のリーノに言った。


「コーネリア殿下もいらっしゃるのに……」


「たいちょー、レティシア様がいらっしゃるから大丈夫と判断してるんじゃないかな~?」


 レティシアは、小さく肩をすくめた。


「確かに私、長老クラスのドラゴンでも勝てないことはないからね」


「魔物に関しては我々で何とか対応できるかと思います。道案内役だけでも難しいですか? 報酬は用意してありますが」


「お前さんらは騎士かな?」


 老人は会話をしているウィンの後ろにいるロック、リーノ、ウェッジの三人へ目を向けた。


「ええ」


「どうしたものかのぉ……」


 老人が渋い顔をする。

 貴族の娘が二名に騎士が四名。

 確かに騎士の戦闘力は、並の冒険者よりも遥かに勝る。

 だがウィンたちの若さを、老人は気にしているようだった。 

 その事を察して、ウィンが口を開こうとしたその時、


「おーい、爺さん。飯食わせてくれないか?」


 二階から一人の男が降りてきた。

 歳は五十を超えたくらいか。短く刈り込んだ赤い髪に、髭面の男。寝起きなのか、寝癖のついた後頭部をボリボリと掻いて大欠伸をした。


「おお、そうじゃ! お前さんがいたわい!」

 

 老人が大声を上げて男を見た。


「ああ?」


「お前さんならマジルの廃坑道にも潜ったことがあったじゃろう?」


「ああ、まあ、そりゃあ何度かあるが、それがどうした?」


 老人に突然話題をふられて、男が目を白黒とさせる。


「最近は何も仕事してないじゃろう? ちょうど今、マジルの廃坑道を道案内して欲しいという仕事があるんじゃが、どうじゃな? オールト」


 オールトと呼ばれた男が、仕事なぁ、と階段を降りた場所で顎に手を当てて考えこむ。それから老人に目を向けようと視線を彷徨わせた所で、振り向いて自分を見ているウィンの顔を見た。


「あ? あれ? お前さん……どこかで?」


「……もしかして、オールトさん? 昔、シムルグの冒険者ギルドにいた……」


 七年前、小さな翼人の少女を守るために、強大な力を持つ魔族を相手に一緒に戦った斧使いの冒険者、オールトとの再会だった。

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