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夜襲

3巻が発売されました。購入特典にはサウンドドラマがついてますよ!

よろしくお願いします。

「待て待て! 敵意は無い、敵意は無いんだ!」


 茂みをかき分けて、一人の男が出て来る。

 年の頃は四十代半ばといったところか。革鎧を着こみ、手にはナタを持っている。茂みを大きくかき分けているのは、ウィンとレティシアに敵意が無いことを示すためなのだろうか。

 

「手に持っている刃物を捨てて、ゆっくりと道にまで出てきてください」


「わかったよ。ほれ」


 男はウィンに言われたとおり、手に持っていたナタを放り出す。


「これでいいんだろう?」


「そのまま、手を頭の上で組み、膝立ちになりなさい」


「わかったよ。なあ、そっちの兄ちゃんがコーネリア皇女付きのウィン従士だろう? そしてそちらのお嬢さんがリーノ従士」


「……お前は何者だ? どうして俺たちの名を?」


「その質問は簡単だ。お前さんたちの似顔絵を貰っていたからだ。お前たちの隊長さんからね」


「隊長?」


「その人はロイズ隊長の知り合いですよ。ウィン君」


「ケルヴィン副長……」


 ウィンが振り向くと、ケルヴィンが立っていた。

 息が少し荒い。


「いやあ、驚きました。突然、空気が変わった気配を感じましたからね。急いで駆けつけて来て良かった」


「空気?」


 ウィンのつぶやきには答えず、ケルヴィンは男の所へと歩み寄ると、膝立ちになっている男の手を取って立ち上がらせた。


「よお、ケルヴィン。久しぶりだな」


「再会の挨拶を交わしている場合ではありませんよ。ひとまず、ここから離れましょう。あなたの姿を見られるのは色々とまずい」


「あ、ああ。そうだな」


「ウィン君。私たちと同行してください。それと……」


「お兄ちゃん。芋が地面に散らばっちゃったから、私がもう一度川で洗っておくね」


「ありがとう」


「気にしないで。じゃあ、またあとでね」


「申し訳ございません」


 芋を拾い始めたレティシアにケルヴィンは軽く頭を下げる。そして、ウィンと男を振り返った。


「人が来そうです。こちらに」


 そう言うと、ケルヴィンは二人の先に立ち森の中へと分け入った。




 ◇◆◇◆◇



「改めて久しぶりだな、ケルヴィン」


「ええ、あなたもレドウィックさん」


「副長、こちらの方は?」


「自己紹介が遅くなって申し訳なかった。ウィン従士。私はレドウィック。そこのケルヴィンやロイズとは腐れ縁の仲だ」


「よろしく」とレドウィックが差し出した手を、ウィンは握り返した。


(雰囲気がどこか隊長に似ている)


 年齢は五十に近いくらいだろうか。

 ロイズの樽のような体型と二重顎とは違って、精悍な顔立ちに顔には鋭い爪のようもので出来たと思われる三本の傷があった。

 背丈もウェッジに迫る高さだ。

 ロイズやケルヴィンの戦友にしては、二人よりもかなり歳上の人物だったが、ケルヴィンはレドウィックに対して対等の態度を取っていた。ということは、対魔大陸大同盟軍での戦友なのかもしれない。

 

「レドウィックは対魔大陸大同盟軍派遣騎士団で、私やロイズ隊長と一緒に肩を並べて戦った男ですよ」


 ウィンが感じていた疑問に答えるように、ケルヴィンがそう言った。


「止してくれ。昔の話だ」


 ケルヴィンの言葉にレドウィックは照れて鼻の頭をかいた。それから顎に手を当てると、ウィンの顔を感心したように眺める。


「気配は完全に隠していたつもりだったんだが……。

 俺ももう、随分と前線には出ていなかったからなあ。鍛錬はしていたつもりだったが、もう歳かな?」


「いつまで現役のつもりでいるのだか……。

 まあ、その二人が特別なのですよ。ウィン君の気配察知の能力は私よりも優れていますからね。森の中のエルフの気配すら気づきますから」


「そいつは大したもんだ」


「そしてもう一人に関して言えば、我々の理解を超えています」


「リーノ従士じゃなかったのか?」


「レティシア・ヴァン・メイヴィス様。勇者様、ご本人ですよ」


「ほう……」


(なるほどなあ)


 レドウィックは口笛を吹くと、得心がいったように頷いた。

 確かに、レドウックの気配にはウィンよりも少女のほうが早く反応していた。

 その際、彼女がわずかに発した気。

 すぐに抑えこまれたため、ケルヴィンほどの使い手でようやく気づけるといったものだったが、確かに強大な力を感じさせるものであった。

 

(言われてみれば、魔物どもと戦っていたあの頃、最前線で何度か感じたことがある気配だった。となれば――)


 レドウィックは半眼でケルヴィンを見た。


「……お前、悪い病気を出したんじゃないのか?」


「軽くあしらわれましたよ」


 レドウィックの予想通り、ケルヴィンはレティシアに戦いを挑んだようだ。


(あのケルヴィンをあしらうか……敵に回したくは無いねぇ)


「それよりもレドウィックさん。そんなことを言うために、わざわざあなたほどの方が出向いてきたわけではないでしょう?」


「ああ、そうだった」


 ケルヴィンに言われて、呆れた表情を浮かべていたレドウィックが姿勢を正す。


「密偵からの情報だ。目論見通り、クライフドルフ侯爵から一部の部隊が動き出した。その動きに呼応して、ペテルシアも動き出したようだ」


「動きましたか」


 ケルヴィンの声が厳しいものとなった。

 これで敵性国家である隣国ペテルシアと祖国の大貴族、それも騎士団長を務める男が通じあっていることがはっきりとした。

 レムルシル侯爵領とペテルシア王国は国境を接している。

 国境を接する貴族が通じてしまえば、帝国内への侵入は容易だ。

 いつから通じあっていたのかは分からないが、周到さから考えてここ一、二年の間ということはないだろう。

 もしかしたらすでにクライフドルフ侯爵領内には、結構な数のペテルシア軍が内密に駐屯しているのかもしれない。

 アルフレッドがウェルトの提案に乗って、わざわざクライフドルフ侯の影響力が強い南方まで来たのは、自らをエサとして叛心を燻らせている彼らを炙りだすためだとは聞いていた。

 いずれ何らの形で叛乱を起こすのならば、アルフレッド側から機会を作ってやり、相手の行動を予測の範囲内に収めるつもりだった。ウェルトがアルフレッドの撒いたエサに飛びつかなければ、そのまま南方の貴族領、騎士団を視察して、リヨン王国へと赴く予定だったのだが、そうは問屋がおろしてはくれないらしい。


「エルツに入れば警備が厳しくなりますから、襲撃が行われるのは今夜――いや、恐らくはエルステッド領に入る明日。その野営の時でしょうか?」


「ええ、おそらく」


 ウィンの問いかけにケルヴィンが頷く。


「エルツは数年前の水害から来る流行病、作物の不作による飢饉等で大きな被害を被りましたが、それでも国内有数の鉄鍛冶と穀倉地帯を誇る豊かな土地だからな。伯爵家を失脚させることで、隣領のクライフドルフ侯がその土地を手に入れる。十分に考えられる筋書きだな」


 吐き捨てるような強い口調でレドウックが言う。


「しかし……一行の中には勇者メイヴィスがいます。確かに彼らは勇者メイヴィスの力を過小評価しすぎているようですが、それでも夜襲を仕掛けた所で失敗する確率が高いのは分かりそうなはず……」


「襲撃が失敗したとしても領内で皇太子殿下が襲撃されるようなことがあれば、領主であるエルステッド伯爵の責任を問うことはできますよね? そのついでにレティの名声に傷をつけようとしているのでは? いくらレティでも、夜の闇の中、全ての敵を防ぎきれるわけじゃない」


「なるほど」


 ウィンの意見にケルヴィンは頷いた。

 確かに、同行していたアルフレッドが暗殺されれば、いくら勇者メイヴィスといえども、その名声に綻びは出来るだろう。

 少なくとも帝国内での発言力は弱まるはずだ。

 アルフレッドを排除して政権を握った後のことも考えて、勇者の権力を削いで置くのはあり得る話だ。


「で、どうするよ? ケルヴィン。何なら増援の兵士も送ることは出来るぜ?」


「……いえ、我々と一緒に来ている冒険者の皆さんに働いてもらいましょう。襲撃が行われることが予めわかっていれば、対策は可能です。隊長の私兵といえども、クライフドルフ侯の息が掛かっている者が紛れ込んでいないとも限らない。だったら、我々が手配した冒険者たちのほうが確実でしょう。それに夜の活動は我々よりも彼らのほうが慣れているはず――」


 そこでケルヴィンは言葉を切ると、額に手を当てて考えこむ。そして口を開いた。


「やはりリーノを身代わりにしておいたのは正解でした。レティシア様にはコーネリア様の護衛として、そのままついていてもらいましょう。レドウィック、このことをロイズ隊長は?」


「もちろん伝えてある」


「では、あなたも準備をしておいたほうがよろしいでしょう。こちらのことは我々で対処しますから」


「了解した」


 レドウィックと分かれると、ウィンとケルヴィンは急いで野営地へと戻った。

 大まかな方針を決めるとケルヴィンは迅速だった。

 事情を知る雑用夫に変装している冒険者たちに指示を出して、暮れ行く闇に紛れて宿営地から抜けださせ、森の中に潜ませた。

 ウィンたちまた野営地を抜けだすと、アルフレッドの宿泊している建物が見える位置に潜伏した。 



 夜半。

 レティシアが借りている家屋から二つの人影が忍び出てきた。

 ステイシアがレティシアへと与えた侍女二人である。

 侍女二人は、警備のために焚かれている火が作った影を渡るようにして、騎士の目を掻い潜るように移動した。それは、彼女たちが明らかに特殊な訓練を受けていることを示す動き方であった。

 影から影へと移動していった二人の侍女は、やがて村の外側へと移動した。そこでは一人の兵士が歩哨に立っていた。

 侍女の一人が明かりの中へと歩み出た。

 兵士は突然闇の中から現れた侍女の姿に驚いたようだが、身分の高い侍女が自分に何か頼み事があって来たのかと怪しむ様子もなく近づいて行った。そして次の瞬間には背後から忍び寄ったもう一人の侍女によって首を掻っ切られる。悲鳴を上げる隙も与えない。

 倒れかかってくる兵士の身体を、音を立てないように静かに地面へと横たえると、兵士に声を掛けた方の侍女が、焚き火から一本薪を抜き取って村の外に向かって大きく円を描くようにして回した。





 一度、二度、三度。

 明らかに不自然な火の動き。


(来た!)


 茂みの中に潜伏していたウィンは、光を反射して気付かれないよう落ち葉の下に隠してある剣を握りしめた。

 合図が送られた先の森の中から、幾つもの人影が出てくるのが見えた。

 村へと侵入を果たした人影は、明らかに訓練を受けた素早い動作で、残りの見張りの騎士や兵士へと迫り剣を振るう。


「て、敵襲!」


 襲撃者の中には兵士だけではなく騎士も混じっているようだ。

 身体強化魔法の輝きがあちこちで確認できた。

 リヨン王国親善訪問団の戦力は、近衛騎士二十名、宮廷騎士六十名、そして兵士二百名である。

 もちろん深夜なので貴族出身の近衛騎士と当直の騎士、兵士を除いた者たちは森の外の野営地で休息を取っているはず――なのだが、男たちを出迎えたのは、予想していたよりも多い武装した騎士、兵士たちであった。

 襲撃者たちが動揺する気配が見える。しかし、引く様子は見られない。

 数では未だ襲撃者たちのほうが多かった。

 襲撃者たちの目的はアルフレッドの首、もしくはエルステッド伯爵領内で襲撃があったという事実。

 アルフレッドの宿営する家屋まで、数で押し切るつもりだ。


(させませんけどね!)


 ケルヴィンは舌なめずりすると茂みから立ち上がり、剣を頭上に大きく掲げた。それを合図にしてウィンも、枯れ葉の下に隠していた剣を握ると茂みの中から飛び出した。

 襲撃者たちにとって誤算だったのは、把握していた戦力が近衛騎士二十名、宮廷騎士六十名、兵士二百名ということにあるだろう。

 例え夜襲を警戒されていたとしても、武装した者たちの数は多くてニ、三十名程度と見積もっていた。

 実際、襲撃が判明した際に出てきた騎士、兵士の人数は三十名程度だった。

 それが押し切れるという誤った判断に繋がった。他の者たちが武器を持って駆けつけるまでには方が付いているか、付いていなくても、村から脱出することは出来ると見誤ってしまったのである。

 しかし――。

 襲撃者たちが気づいた時、彼らは三百名もの戦力によって完全に包囲されていた。

 彼らは知らなかったのだ。

 戦力外と考えていた雑役夫たちのほとんどが、熟練した冒険者たちだったことを。

 夜襲といった戦闘に関しては、普通の兵士よりも冒険者たちのほうが慣れている。

 襲撃者たちは逃げ出す隙を見いだせず、切り捨てられるか捕虜にされた。

 森の中に潜んでいた者も、探索を得意とする冒険者によって一人残らず捕らえられるか、始末されてしまったのである。



 

 襲撃者の後始末を終えると、アルフレッドはすぐに一行の出立を命じた。

 襲撃のことを知らされていなかった文官、そして冒険者でない下働きの女性たちは、突然の事態に驚き怯えながらも、言われるがままに慌てて出立の準備を終えた。

 襲撃者の手引きをした侍女二人は、合図を送り終えた後にレティシアの借り上げていた家屋に侵入をし、待ち構えていたリーノとウェッジの二人に取り押さえられている。

 いくら彼女たちが特殊な訓練を積んでいても、満を持して待ち構えていた騎士二人には敵わない。

 

「ようやく解放されるよ~。ほんといつ、寝首をかかれるか怖くて夜も寝られなかったんだから~」


 侍女二人を縛り上げたリーノが、合流したウィンたちの顔を見るなりそう愚痴った。

 リーノが消耗していたのは、レティシアの模倣だけというわけでは無かったらしい。

 

「ああ、でも本当にきつかったよ~。こんな物を付けていてよく平気でいられるよね~」

 

 ドレスのコルセットもきつかったようだ。

 

「コルセットだけは、私も慣れませんね。お疲れ様です、リーノさん」


「あわわ……いえ、レティシア様のお役に立てましたのなら……」


 レティシアにお礼を言われて、リーノが慌てている。

 その様子を見て笑っていたウィンに、ロックが近寄ってきた。


「捕虜たちの扱い、どうするんだろうな?」


「多分、エルツで情報を聞き出す事にするみたいだよ。一人残らず一網打尽にしたから、隊長辺りが何か企んでいるのかもしれない」


「情報を聞き出す事に関しては、得意そうな人がいるしねぇ……」


 二人は同時にケルヴィンの顔を思い浮かべて、顔を見合わせて苦笑した。


「尋問はともかく拷問みたいなことは、俺には無理だ……」


「俺もだよ」

 

 ロックの言葉にウィンも頷く。

 捕虜を痛めつけることに関しては、ウィンもいい気はしなかったが、現実に兵士にも犠牲が出ている。事が事だけに、アルフレッドは捕虜に拷問することも辞さないだろう。

 肉体的・精神的に痛めつけて情報を聞き出す拷問は、時として偽りを真実にしてしまうこともあって、滅多として行われることは無かったが、それでも拷問官という役職は存在している。拷問はする方にも相応の知識と精神力が必要とされるからだ。

 しかし、この一行では拷問官はさすがに同行していない。

 そうすると、二人が思い付く適当な人物は一名しかいない。

 騎士たちの中にそうした行為が平気な者がいるかもしれないが、生かさず殺さずの絶妙なテクニックを持ち合わせていると思われる者はケルヴィンしかいない。

 そして実際にケルヴィンは今、ウィンたちの側からは離れて、遙か後方の兵士と冒険者によって囲まれた捕虜を搬送する馬車へと出向いている。

 馬車の中ですでに尋問を始めているのかもしれない。

 捕虜たちが後方の馬車に集められたのは、前方を歩いている文官を始めとした荒事に慣れていない貴族たちに、悲鳴などが聞こえないようにするための配慮からだろう。

 ウィンは歩きながら空を見上げた。

 夜明けが近いのか、薄っすらと空が明るくなってきている。

 日が昇る頃にはエルステッド領都エルツに到着する予定だった。


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