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レイナード・ヴァン・ホフマインが潜伏するという塔の急襲は、ロイズ小隊ではなく宮廷騎士団によって行われた。

 ケルヴィンによって突き止められたレイナードの潜伏する塔のある場所が、皇宮内の宮廷魔導師たちの研究塔が多く建てられている区画に存在したためだ。

 宮廷騎士団の主導で作戦が行われると知らされた時、ロイズの部下たちからは不満の声も漏れ聞こえたが――特に戦闘する機会を奪われた形の副長が一番機嫌を損ねていた――皇宮内のことは宮廷騎士団の管轄であるため、これは仕方がないことだった。


 アルフレッドの命を受けた宮廷騎士団は、結果として手柄を奪われる形となったロイズ小隊に対して、彼らなりの誠意として二個小隊からなる戦力を整えた。指揮官となった百騎長は、ロイズとケルヴィンも知己の人物で、魔物との大戦でも活躍した騎士だった。

 本来であれば百騎長よりも、十騎長であるロイズのほうが階級は下なのだが、かつてはロイズとケルヴィンが千騎長だったことを知る百騎長は、ロイズ小隊にも周囲への包囲を任せる形での作戦参加させる配慮もしてくれた。

 そのロイズ小隊の中にはウィンの姿もある。

 コーネリアが騎士候補生としてロイズ小隊に帯同しているためだ。

 ウィンの上官はコーネリアなのだが、コーネリアが親衛隊の指揮権をロイズに委譲する形で、ウィンもロイズの指揮下に入ることになった。

 そしてウィンの隣には当然のようにレティシアの姿もある。と言っても、実際に突入するのは宮廷騎士団で、戦力も十分用意されているし、ロイズ小隊の面々は作戦に参加したという実績だけを得るはずだったのだが――。



 ◇◆◇◆◇ 



「全滅した?」


 アルフレッドの発した一言が、重苦しい空気に包まれた部屋の中で妙に響き渡った。

 皇宮内に用意された一室。

 長い机が用意されたその部屋には、皇太子アルフレッドを始めとして幾人か人々が集まっていた。

 騎士団の幹部、魔導師団の幹部、そして高位の官僚。年齢は二十代から四十代とまだ若い。

 彼らはみな、アルフレッドの腹心たちだ。彼が見出し、地位に就けた者たち。そしてこの作戦に関わった人物たちもである。

 

「宮廷騎士団の二個小隊が? そんなまさか一個人の魔導師にか? それとも、それらを凌駕するほどの戦力がそこにいたのか?」


「はい」


 アルフレッドの問いに一様に険しい表情を浮かべた一同は、沈黙を保ったまま席に座っている。そんな彼らを代表してアルフレッドに返事を返しているのはロイズである。

 集まっている人物たちの中ではただ一人、中央騎士団の制服。階級章も十騎長と低いが、元千騎長で故ザウナスの幕僚だった男である。ロイズが一同を代表して話すことに異を唱えるものはいない。

 ロイズは唯一人席を立ち、淡々とした口調でアルフレッドに事実だけを述べていく。


「塔の外部周辺の制圧自体は簡単容易なものでした。しかし、内部にて想定外に戦力と遭遇したらしく、そこで応援部隊として我々が突入することになりました」 




 外周部に配置された警備の傭兵たちの制圧は、静かにそして迅速に行われた。貧民街、傭兵たちから高給で腕利きを集めたと言っても、帝国最精鋭と呼ばれる宮廷騎士団の二個小隊である。基礎的な戦闘能力に大きな差があった。

 宮廷騎士たちは見事な手際でいともあっさりと塔の周囲を制圧すると、塔の入り口からを一個小隊が突入して行った。

 ロイズ小隊は周囲を警戒しつつ残った一個小隊と指揮官の百騎長と共に、その突入の様子を見ていたのだが――。


 塔の内部からと思われるくぐもった爆発音が響いたのは、宮廷騎士たちが突入してしばらく経ってからのことだった

 異変に塔の包囲に参加していたロイズ小隊は、作戦指揮官の百騎長の命令で塔の内部への応援に赴くこととなった。

 レイナードの研究室は塔の地下室。

 突入したロイズ小隊の面々が、塔の通路で見たものは――。


 むせ返るような血臭と臓物の匂い。

 床に壁に天井から鮮血が滴り落ち、床には騎士たちの臓物がぶち撒けられていた。

 そこかしこに転がっている騎士たちの躯。

 その死体は、騎士剣も盾も、そして鉄の胸当てもろとも真っ二つに斬殺されていた。


「これは……」


 幾多の戦場を歩き、死体を見慣れているはずのロイズでさえも顔色を変えた。

 これほど凄惨な現場は、魔物との戦場でしか見受けられない光景。


「隊長。私が前に――」


 先頭を歩いていたロイズと入れ替わりに、機敏に動けるケルヴィンが前に立つ。ピチャピチャと血だまりの中を歩き階段を降りると地下最奥部にある部屋の扉を開けた。


 そこは薄暗い部屋だった。

 四方の壁が石造りのためか寒々としている。

 地下のため当然光が射しこむ窓もなく、明かりといえば壁に幾つかの松明が燃えているだけだ。

 重厚そうな書架が壁一杯に建ち並び、床には何の用途に使われるのかわからない小瓶や壷のような物。水晶のような宝玉や、何かの鉱石のようなものまで転がっていた。

 そして奥にある執務机には灰色のフード付きのローブを身に纏った、六十前後のギョロッとした目をした老人と、その彼を囲むようにして十人ばかりの人影。


「ちっ、まだいたんだね」


 外見年齢の割には軽い口調で、老人は部屋へと侵入してきたロイズ隊の面々を見た。


「お勤めご苦労さんなことだね。それでこの僕に何の用事かな?」


「レイナード・ヴァン・ホフマインだな?」


「そうだよ」


「レイモンド・ヴァン・ホフマイン子爵公子及び多数の誘拐事件の容疑者として、拘束させてもらおう」


 ロイズの言葉にレイナードはクックックと小さく含み笑いをする。


「証拠があるのかな?」


「あなたのご息女であるモニカ嬢の証言と、それから宮廷騎士たちの斬殺に関しては現行犯で拘束できそうですな」


「隊長、あれを……」


 ロックの囁きと指差す方向を見る。


「ベーモンド伯爵令嬢」

 

 ウィンが小さくこぼした。

 誘拐されたとされるイザベラ・ヴァン・ベーモンド嬢。ウィンは似顔絵でしか彼女のことは知らないが、間違いなくその本人が立っていた。

 しかし、その表情はまるで人形のように固く、目には生気がまるで感じられない。


「ククク……」


 再び、レイナードの忍び笑いが薄暗い部屋の中に響き渡る。


「さすが帝都だよ。実に実験が捗った。本当に素晴らしいよ、ここは……」


「その実験についての自慢話は、できれば明るい詰め所の方で聞かせてもらいたいね。私は暗いところが苦手なのだよ。

 貧民街に住む多数の魔法使いが、誘拐されてここへ運び込まれていることも突き止めてある。」


「お断りだね。それに、もう遅いんだよ……。

 丁度いい。実用試験も兼ねて、最近何かと嗅ぎ回っている君たちにもともとあてがう積もりだったんだ。

 お前たち、こいつらも殺せ。それができなければ、僕が逃げるだけの時間足止めをしろ」


 老人が右手を挙げると、ざっと人影が動く。

 それぞれが武器を抜き、壁際の松明に照らされてギラリと輝き――。


 咄嗟にケルヴィンがロイズを横に突き飛ばし、自身は反対側へと飛んだ。

 弾けるような速さでロイズへと接近したがっしりとした肉体の男が振るった戦斧。ケルヴィンによって目標を失ったその刃は、石畳を叩き、驚くことに亀裂を生み出していた。

 火花と甲高い金属音が響き、先じられた形のロイズ小隊が一瞬見せたその隙に、レイナードは執務机の奥にあった書架を横にずらすと、その奥から現れた階段へと向かった。そして階段に一歩足をかけた所で振り向きざまに炎の魔法を放ち部屋の書物へと火を放つ。


「クソ! 隠し階段かよ!」


 ロックが罵り、踵を返して元来た通路を走って戻って行く。

 その後をウィンとコーネリアが続き、


「ここは私が!」


 殿に付いたがレティシアが男と切り結ぶ。


(この感覚――っ!)


 細腕に見えても、魔力によって自己強化を施しているレティシアの腕力は、本気を出していなくても大の男を軽々と十数メートルも吹き飛ばすほどだ。

 しかし、男はレティシアの剣を一度は足を踏ん張って受け止めてみせた。さすがに神速で閃いた第二撃には体勢を整えることが出来ず、斬り裂かれてしまったものの、その手応えにレティシアは戸惑いを覚えた。


(――この感じ、何だろう?)


 血を吹き出すこともなく崩れ落ちた男に目を落としながら、レティシアも踵を返して後を追う。


 一方、外に出たロイズ小隊の目に飛び込んできた光景は、蹂躙されていく宮廷騎士たちの姿だった。

 外に残っていた残りの一個小隊が、為す術もなく殺されていく。


「いかん! リーナ、救援要請!」


 ロイズは瞬時にリーナに応援を呼ぶように指示を出す。


「ウィン、殿下を連れて逃げろ! こいつはマズイ! ロックとウェッジはその援護に――」


 しかし、その指示は間に合わない。


 ウィンの前に傭兵風の格好をした女性が立ちふさがり、身長ほどもある大剣を振るった。

 突風のような風がウィンの髪をなびかせる。

 かつて『ジーニャ』という名前だったその女傭兵もまた、生気の無い目でウィンを見る。

 その身体からは、レティシアが力を発した時に纏う黄金の光とは違い、どこかどす黒いモヤのようなものが立ち上っていた。

 ウィンの背中にゾッと寒気が走った。


「っく……コーネリアさんは俺の後ろに!」


「お兄ちゃん! この人たちからは妖魔に近い気配を感じる! それもかなり強力な!」


 人外の膂力を持つ六人に囲まれながらも、それらをものともせずに軽々と捌いているレティシアの姿に、塔の地下から別の階段で外へと出て来たレイモンドも驚きの表情を浮かべたが、すぐにニタリとした笑みをこぼした。


「ちちっ、そちらのお嬢さんはかなりの遣い手のようだね――なら、これならどうかな?」


 レイナードが頭上高くに手を掲げると同時に、塔を中心にして巨大な魔法陣が浮かび上がった。


『我が呼び声に応え来るがよい。冥府の底にて魂叫ぶモノよ。死人の肉より生まれし忌まわしき悪霊よ。我が呼び声に応えるが良い。いざ来るが良い。冥府の扉開けて、我今、汝をここへと喚び使わさん』


 赤光が魔法陣を奔り、赤黒い靄が魔法陣より溢れ出す。

 靄に触れた草花が瞬時に枯れ果てていき、周囲の温度が一気に下がったように感じた。

 魔法陣の中心に、揺らめく影のようなローブを身に纏った肉も骨もない骸骨の身体を持った魔物。平均的な人よりも巨大なその骸骨の腰骨から下は無い。暗闇しかない眼窩には赤い光が明滅していた。

 当然ながらこのような生物が存在するはずはない。

 死してなお、邪悪な命を与えられた不死の魔物あるいは――。

 

「魔族!?」


「我が呼び声に応えし魔よ、契約に基づき奴らを殺せ」


『承知』


 喚び出された骸骨の魔族は、召喚者であるレイモンドを見ること無く小さく返事した。その声を聞くと同時にレイモンドは走りだす。

 しかし、レティシアはレイモンドを追いかけることができなかった。骸骨の魔族から漂う気配が、彼女の足をその場に縛り付けたのである。

 レティシアは大きく息を吐くと、手に持っていた剣を鞘に戻した。

 右手を天にかざす。

 頭上高く掲げた右手の平に光点が生まれた。

 最初は小さな光だったが、徐々に輝きを増す。そして一際強い光を放つと、次の瞬間には光が収束して剣の形を取りレティシアの手に納まった。


『勇者』レティシア・ヴァン・メイヴィスの持つ『聖霊剣』。

 創世の女神アナスタシアが与えたとされる、魔王を滅ぼした聖剣。


『――その力、覚えがあるぞ。『世界樹の聖霊』の力を宿す剣。貴様が勇者か?』


 カタカタと骸骨の魔族が歯を鳴らして笑う。


『運が良い……。こちらの世界へ顕現してすぐに勇者と見えることができようとは……』


「……名前持ちかしら?」


『いかにも……我が名はルフという。魔王様より名と伯爵の位を賜っている』


 伯爵位の魔族。

 一匹で都市一つ、下手をすれば小国を一匹で滅ぼせうる力を持つ。


『さて、勇者よ。魔王様に比べると随分と役不足ではあるが命令である……しばし付き合ってもらうぞ』


 赤黒いオーラに包まれた骨だけのルフの手に、奇怪に捻くれた杖が現れる。同時に、レティシアの身体もまた薄っすらと黄金色の光が包み込んだ。そして、ルフの持つ杖の先端に埋め込まれた宝玉から生まれた赤い光とレティシアの聖霊剣が激突した。

 

 

レティシアとルフが対峙している場所より少し離れた所。

 ロイズ、ロック、ウェッジの三人は一体と切り結び、ケルヴィンはベイモンド伯爵令嬢であるイザベラと一対一で戦っている。そしてウィンとコーネリアの二人は――。


 ウィンはコーネリアを背後に庇いながら剣を振るった。牽制のつもりだ。しかし、ジーニャはそのウィンの振るった剣を気にすることもなく、懐に飛び込んでくる。

 当然のごとく、剣はジーニャの身体に食い込むがもともと牽制のつもりで振るったウィンの剣は、わずかに胸元を浅く切り裂いただけだった。逆に剣を振り切った所へ間合いを詰められてしまう。

 飛び退くか――間に合わない。

 片手に持った大剣を地面へと引き摺るようにしながら、ジーニャが左手を喉元へと貫手を突き込んで来る。

 ウィンは左腕で喉元を咄嗟に防御。

 見た目はウィンよりも軽そうなのにその一撃は重く、ウィンの身体は衝撃で浮き上がる。

 そこに右脇腹に向けて回し蹴り。

 防御が間に合わない。

 伸ばした左足で何とか地面を蹴って威力の相殺を試みる。が、まともに左脇腹へと蹴りが入りウィンはふっ飛ばされた。


「がふっ……」


 地面に叩きつけられて、肺の中にあった空気を一気に吐き出してしまい、むせる。

 そこへジーニャが右手に持った大剣をウィン目掛けて振り下ろした。

 大地を叩く地響きとともに、大剣が叩きつけられた地面には深い亀裂が生まれ、その横をウィンが転がるようにして避けていた。

 間一髪の所で避けるのが間に合った。

 まともに大剣の一撃を喰らえば、魔力で強化している騎士剣ですら叩き切られるかもしれない。しかし攻撃そのものは重量のある武器ゆえに動作が大きく、まだ躱しやすい。そうは言っても、それでも異常に強化された腕力で振るうその剣の速さは、並みの剣士が振るう剣よりも鋭い。

 そして、何よりも怖いのはジーニャの体術だった。

 ウィンはこの大剣を振る女性が、セリの言っていた女傭兵のジーニャであることを知らなかったが、この傭兵の女性の体術が実戦で培ってきた動きであることは容易に知れた。

 恐らくは、レイナードによって操られる以前は、きっと名のある傭兵だったのだろうと思えるくらいに。

 そして、その太刀筋と攻撃の破壊力から、最初に突入した宮廷騎士たちを斬殺したのは彼女であるとウィンは悟った。

 痛む左の脇腹を押さえながらウィンは立ち上がる。




 コーネリアの目の前で、ウィンが苦戦している。

 大剣を振るう女性に接近戦を仕掛けられ、脇腹を蹴り飛ばされた後、ウィンは攻めあぐねていた。

 ダメージがまだ残っているのか、ウィンは大剣を躱してはいるものの、そこから攻撃へとつなげることが出来ないようだった。

 先程見せつけられた体術を警戒しているのかもしれない。

 ロイズとロック、そしてウェッジの三人は二人を相手にして互角の戦況で戦っていた。

 ロックとウェッジはそれぞれ一人ずつと切り結んでいるが、力量は敵のほうが上だ。しかし、ロイズが合間合間に撃ちこむ攻撃魔法が良い支援となって、互角の戦いとなっていた。

 接近戦を繰り広げる最中に攻撃魔法を使うのは味方へとあたる危険もあるが、そこはロイズの持つ豊富な戦闘経験によるものだろう。

 一方でイザベラと戦うケルヴィンは、喜々とした表情で戦っていた。

 力では上回られているようだが、それを補って余りある技術と経験がある。駆け引きで圧倒している彼は優位に戦闘を進めている。

 そしてレティシアは、すでに五人の人影のうち四人を切り倒し、魔族と残る一人と戦っている。

 レティシアが全力を出せば、瞬時に魔族も倒せるのだろうが、全力を出すには場所が悪い。彼女の本気の一振りは、大地を割り、天を引き裂く。皇宮はおろか、その外に広がる帝都にまで被害が及んでしまう。そしてまた、魔族もレティシアが本気を出せないことを逆手に取り、無差別に魔力の弾丸を放出するので、それらを周囲に被害が及ぼさないように防ぎつつ戦わねばならなかった。


(――私がやらないと……)


 コーネリアは震える足を叱咤して、ウィンが戦っている相手を見据える。

 しかし、コーネリアの剣の腕はウィンよりも劣る。

 例え自己強化魔法を使った所で、あの大剣を弾き返すどころではなく、それどころか剣もろとも真っ二つにされてしまうだろう。


 ウィンを助けたい。

 でも、何も出来ない。

 無力感に苛まされる。


 何も出来ない自分に焦れているコーネリアの目に、ウィンが大剣を躱し切れずにかすり傷程度ではあるが徐々に傷ついていく。


 何も手助けをすることが出来ない。 

 ただ、自分は見ているだけ。 

 私を守ろうとする人が目の前で――。


(私に出来ること――っ!)


 また目の前でウィンの腕を大剣が掠めた。

 すでに彼の身体の至るところから血が流れ、容赦なく体力を奪っていく。

 すでに息は切れつつあり、ウィンが斬られるのは時間の問題かと思われた。


(そんなのダメです!)


『我、魔の理を識りて、汝に命ず! 我が力! 此方に宿りて、力を示せ!』」


 コーネリアが得意とする付与魔法。


「これは……?」


 ウィンの戸惑ったような呟き。

 通常、他者から掛けられた魔法は、対象者が持つ魔力によって抵抗が発生するため効果が減じられる。


 しかし――。


 生来、魔力の量が少ないウィンは他者と比較して付与魔法への抵抗が少なく、結果――ウィンはジーニャが振り下ろした大剣を弾き返すと、小さく「ごめん」という言葉を呟き、その胴を薙いだのだった。



 ◇◆◇◆◇



「魔力の封印?」

 

 ロイズから発せられたその言葉に、アルフレッドは思わず書類を書く手を止めて、顔を上げた。


「はい。薬師の話では、決められた分量を調合することができれば、服用したものの魔力を封ずる効能があるということです」


「ふむ……」


 頬に手を当ててアルフレッドは考えこむ。


「それは、どのくらいのレベルでだ? 例えば、勇者殿に服用させれば、その魔力を抑えこむことが可能になると?」


 それが可能であれば、強大な力を持つレティシアの暗殺が可能となってくる。

 しかし、ロイズは首を振って否定した。


「理論上はできるそうです。まあ、ですが無理でしょうな」


 ロイズはアルフレッドへと、リーノの父親からの説明を話した。

 

「その個人が持っている魔力量によって服用量が異なってくるそうなんですが、少なければ効能は発揮しないそうです。

 そして、例として普通の騎士クラスの魔力であっても、服用量がお手元の紅茶並に必要とのことでした」


「……なるほど。それは無理だな」

 

 手にした紅茶のカップに目を落としてアルフレッドは呟いた。

 レティシアが内包している魔力の量を鑑みると、彼女の体積の数十倍もの薬が必要となる。

 物理的に不可能。


「それから、公女の協力で、ホフマイン子爵の研究書を幾つか解読することが出来たのですが、どうもそれはコンラート・ハイゼンベルクの魔法式ではなく、サラ・フェルールの魔法式を研究していたようです」


「サラ・フェルール!? あの【背教者】のか!」

 

「――ですが、ほとんどの魔導書や研究資料は火を放たれて失ってしまい、それがどのような魔法式だったのかまでは解析は困難を極めるとのこと」


 ロイズの言にアルフレッドは唸りながら、右手の人差指を執務机にコツコツと叩きつけた。

 

「確かリヨンにはそれらの資料が多少なりとも残されているんだったな?」


「はい」


「リヨンへの訪問時期を急がせよう。軍事同盟の条約締結とともに【背教者】への情報提供を要請する」



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