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帝都の闇に潜むものは⑨

勇者様のお師匠様②巻 9月29日発売です!

よろしくお願いします。

 夜も更け、営業時間の遅い酒場ですら店仕舞いをして寝静まる時間帯。

 帝都の大通りから外れた裏通りを、一台の箱馬車がガラガラと車輪の音を立てて走っていた。


「こうしてただ座っているだけで、こんなにお給金を頂けるなんて、世の中には楽な仕事もあるもんですね」


 二人掛けの御者席に座っていたケルヴィンは、隣の席に座り馬車を操っている男へとしきりに話しかけていた。


「それにしても明るい時間にではなく、こんなにも遅い時間にこっそりと運んでいる物ってなんなんでしょうね?」


「……………………」


「街の門でもお役人さんはまるで荷物を検める様子もないし、これは相当なお偉いさんが……」


「うるさいぞ。少し黙っていろ!」


 ケルヴィンがしゃべり続けるのを遮り、隣に座っている男が不機嫌そうに言い放つ。


「ですが、気になりません? 私たちみたいな脛に傷持つ人間を高給で雇って、コソコソと何を運んでいるのか?」


「俺たちは黙って言われた物を、言われた場所まで運べばいい」


「運ぶのは君のお仕事で、私のお仕事は万が一の備えですけどね……でも、これだけ警戒しているということは、お荷物は実は結構なお宝? 

 どうです? いっそのこと、この馬車を積み荷ごと二人で――」


 軽薄な口調で言うケルヴィンを男が睨みつけた。


「おっと……冗談――冗談ですよ。そんな怖い顔をされなくても、こんなにお金を頂ける楽なお仕事なんですよ? わざわざやっと見つけた職を失う真似はしませんよ」


「……後ろにも二人腕利きが乗り込んでいる。下手な真似をすると、命は無いぞ」


「はいはい」


 ケルヴィンは冗談だとおどけた様子で肩をすくめてみせた。

 男はしばらくケルヴィンの横顔を睨みつけていたが、ケルヴィンはそれを意にも介さず大きく欠伸をしてみせた。


「私、ひと眠りしていますので、到着したら起こしてください」


「おい!」


 御者席の背もたれにもたれ掛かるようにして、本当に寝る姿勢を取り始めたケルヴィンに男が声を荒げたが、構わずケルヴィンは目を閉じた。 


「大丈夫ですって。万が一にでも何か起きた時には、ちゃんとお給金分はお仕事しますから」


 ひらひらと手を振ってみせるケルヴィン。

 その態度に男は腹立たしげに舌打ちしたが、諦めたようにため息をつくと、手綱を握り直した。


 ケルヴィンが黙ってしまったので、夜の帳の下りた裏通りには、パッカパッカという馬の蹄の音と、ガラガラという車輪の音だけが周囲に響き渡る。時折、野良犬の吠え声、虫の声なども聞こえてきた。


 時間が時間であるため、人通りはまるで無い。

 馬車の進路を遮るものは何も無かったが、箱馬車の中の荷物を気遣ってか、男は慎重な手綱さばきで馬を駆っている。


 ゆえに気付かなかった。

 目を閉じて静かに眠ってしまったように見えるケルヴィンの身体に、妙な緊張感が漂っていることに――。


 箱馬車が通りの角へ差し掛かったその時――強烈な閃光が闇を峻烈に切り裂き、御者をしている男の目を灼いた。


「ぐあああああああ!?」


 閃光に驚いた馬が暴れ、箱馬車は路地を横滑りに振り回されて建物に盛大な騒音を立てながら激突。

 その衝撃を受けて御者の男は御者席から放り出されて、路地へと叩きつけられた。


「が……うう……」


 目を灼かれた痛みと、全身を打ちつけた痛みとで気を失った御者を横目に見ながら、衝突する直前で馬車を飛び降りていたケルヴィンは、受け身をとってその場で身体を起こすと建物にぶつかって止まった馬車の中に聞こえるよう大きな声を出す。


「敵だ!」


 ケルヴィンの声こそ声音もきつい強めのものだったが、その反面、彼はひらひらと手を緩く振ってみせた。

 強烈な閃光が放たれた光源から、二人の人影がケルヴィンへと走り寄って来る。


「くっそ……何だ?」


「……襲撃か?」


 箱馬車の客車の戸が開くと、中から男が二人、よろめくようにして外へと出てきた。

 黒い覆面で顔を隠し、服装も闇に溶けこむような黒衣。

 手にはまだ抜かれていない剣を持っていた。


「どうやら二人のようですね」


 ケルヴィンが駆け寄ってくる人影を指さすと、男たちは剣を抜いて鞘を投げ捨てて身構える。

 それを見て、駆け寄ってくる人影もまた足を止めた。


「くっそ……頭がフラフラする」


 そうこぼす二人の黒覆面の背後へケルヴィンは音もなく忍び寄った。両手が覆面の男二人の肩に触れると同時に光が奔る。

 二人は一瞬ビクッと身体を引き攣らせると、その場に崩折れた。


「……ふぅ」


 一息つくケルヴィンに、駆け寄ってきていた人影が、恐る恐るといった感じで近寄ってくる。


「お、お疲れ様です。ふくちょ~」


「ご苦労さまです」


 リーノは倒れ伏している覆面の男二人を恐る恐るといった感じで覗き込みながら、にこやかな笑顔を湛えたままの上司へと尋ねた。


「今の……何だったんです?」


「魔法ですよ。拷問用のですけどね」


「……ご、うもん?」


 微妙に引き気味のリーノへ、ケルヴィンはにこやかに頷いてみせた。


「電撃を加える付与魔法ですよ。威力の加減を間違えると殺してしまうのですが、使い方次第ではこのように気を失わせ、程よい痛みを与え続けることも出来ます」


 ウェッジが縛り上げようとしている黒覆面の男の口から、泡が吹き出ているのを引き攣った表情でリーノは見つめた。

 その時――。


「き……さま……こんなことを……して……」


 もう一人の黒覆面の男が、顔だけを上げてケルヴィンの方を睨みつけた。


「おや?」


「……ただで……すむと……がふっ」


 無表情にスタスタと男に歩み寄ったケルヴィン。

 ゴッ! という鈍い音。

 男が沈黙する。


「ふむ……結構タフな方でしたね」


 右足を振り降ろし、男の頭を石畳へと打ちつけた姿勢でケルヴィンは感心したような声音で呟いた。


「このように、この魔法には個人によっては耐えてしまう方もいらっしゃるので、効果的に使用するには、なかなかの熟練度が必要となるのですよ」


(別に熟練しなくてもいい) 


 ケルヴィンが得意顔で語るのを聞きながら、リーノとウェッジは同時に思ったのだった。



 ◇◆◇◆◇



「これと……あとこっちも持って行ったほうがいいかなあ」


 馬車の箱へと潜り込んだリーノが、中に積み込まれていた荷物を物色する。


「急いでくださいね。御者の方が意識を取り戻す前にここから離れますので」


 周囲の様子を窺っているケルヴィンがリーノを急かす。


「了解でーす。あ、ウェッジこっちの本も持って行こう」


 周囲の建物には住民も住んでいるはずなのだが、誰も顔を出さなかった。

 あれだけ激しく馬車が衝突したのだ。

 どんなに深い眠りについていたとしても驚いて目を覚ましたはずだが、関わり合いになるのを恐れたのだろう。


 衛士隊には裏から手を回して、ここへと駆けつけるのは遅くなるように計らってある。

 しばらくして、リーノが客車から飛び出してきた。


「ふくちょ~、目ぼしいものは持ち出せたと思います」


 ウェッジの持つ袋を叩いてリーノがケルヴィンへと報告する。


「わかりました。では、また何かありましたら連絡しますので、二人とも気をつけて戻ってください」


 ケルヴィンは敬礼してから走り去る二人へと、手をひらひらと振って見送ると、意識を失っている御者を抱え起こして、気付けを行なった


「……っぐ」


「大丈夫ですか!?」


 さも、心配しているような声音で御者へと話しかける。


「い……いったい……?」


「襲撃を受けました」


「な、に?」


「心配ありません。襲撃してきた者は追い払い、現在私以外の二人が賊を追っていったところです」


「そうか……」


 御者の男はホッとしたように溜め息を吐いた。

 実際には、覆面の男二人は馬車から見えない建物の陰に横たわらせている。

 後ほど、衛士隊によって回収される手筈だ。


「それで、荷物は?」


「大丈夫です。ただ、建物へと衝突した衝撃で、荷物がバラバラになってしまったと思います」


 おかげでリーノが物色した痕跡も誤魔化すことが出来る。


「く……それは仕方ない。馬は無事か?」


「ええ、見たところは足も折ってはいないようですね」


「お前、馬車は動かせるか? 衛士が来る前にこの場を離れよう」


「……追って行った二人は?」


「こちらが移動すれば、合流地点に戻るはずだ」


「わかりました。行き先は?」


 今までにも三度程こうして護衛を行っていたものの、貴族街が近づいた所でケルヴィンはいつも降ろされていた。

 その先、雇い主がいる場所までは、信用できる使用人だけが赴くことが出来るらしい。

 用心のためだろう。 

 しかし目を灼かれ、いつこの騒ぎを聞きつけて衛士が駆けつけてくるかわからないこの状況。

 御者の男は、ケルヴィンに荷物を届けさせる決断を下す。


「行き先は俺が指示をする、馬車を急いで走らせろ」


「了解しました」


 男に肩を貸して御者台へと座らせながら、ケルヴィンはほくそ笑んでいた。



 ◇◆◇◆◇ 



「全然ダメだね! この程度の素材でどうしろって言うんだい、君は」


 癇癪を起こして怒鳴り付ける魔導師の男に、ジェイドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 侯爵家の嫡男に対して、相変わらずの不遜な態度。

 主に対して無礼な物言いをする魔導師に気色ばむ部下たちを、ジェイドは片手で制すると、部屋の隅に積み上げている麻袋へと目を移した。

 麻袋の大きさは、丁度大人一人が入れるほど。

 燭台の明かりによって照らし出された麻袋は、赤黒く染まっており、床には黒っぽい汚れが広がっていた。

 部下たちにジェイドが麻袋の方に目線を送りながら顎で促すと、部下たちはその指示にさっと従って幾つもある麻袋へと歩みよった。

 そして麻袋を肩に担ぎあげると、この地下に作られている部屋を後にした。

 丁度、部屋の入口に立っていたジェイドの横を、袋を担いだ部下たちが通ることになる。


「うっ……」


 鼻から脳天に突き抜けるような凄まじい臭気に、ジェイドは思わず呻き声を漏らしながら鼻に手を当てた。


「ククク……」


 嘲るような笑い。

 魔導師が口元を笑みの形に歪め、身体を震わせていた。

 その笑い声を聞きつけて、部屋を出かけていたジェイドの部下の一人が振り返った。

 魔導師へ怒りを込めた視線を向けるが、ジェイドがさっさと行けという風に手を振るのを見て、ぐっと感情を抑える。

 しかし、それでも魔導師をぐっと睨みつけた。

 だが、フードの下から睨めあげる魔導師と目があった途端、部下の顔はさっと青ざめた。

 そして急ぎ足で部屋の外へと出て行く。

 いつまでもここにいると、この麻袋の中身と同様、忌まわしい検体の犠牲者にされてしまいかねないとでもいうように。

 

「質が悪い」


 部屋を出て行く男たちの後姿を、にたりと口元を歪めて見送っていた魔導師が、ぽつりと呟いた。


「ここ最近運び込まれてくるのはまるで使いものにならない屑ばかりだ。これではいつまでたっても、僕の研究が完成しないよ」


 魔導師がこぼす愚痴を黙って聞いていたジェイドが口を開いた。


「数は調達しているはずだ」


「ちっ、数を揃えれば良いというものじゃないんだよ。わからないか? あと少し……あと少しなのに!」


「そう言い続けてどれくらい経つんだ? 揃えられるものは全て用意した。危険を冒し、あのコンラート・ハイゼンベルクの遺産をリヨンから奪取し貴様に見せた。

 貴様に期待し、成果を待っているからこそだ。そのことを忘れるな」


「だったら僕の言うとおりに、もっと質の良い実験体を用意してくれ。なるべく若い――そうだな、前に連れてきた貴族の娘などが良い。早く持ってこい」


「ちっ、簡単に言ってくれる」


「実験のためならば、質が悪い素材でもいい。でも成功したのか検証するためにはもっと質の良いものでないとダメだ。

 今まで僕が満足出来るだけの素材は二体だけ。それじゃあ本当に成功したのかどうかはわからない。確実なものとするためには、さらなる実験を繰り返して検証する必要があるんだ。

 そもそも、成功すれば君の陣営は大幅に戦力が強化されるだろう? 

 君の派閥にいる貴族の中から適当に間引けばいいじゃないか。君の家が命令すれば、何人でも簡単に連れ出せるだろう?」


「馬鹿なことを……彼らは我々の支援者でもあるのだぞ?」

 

 ジェイドは思わず目を見開いた。

 声音にはあきれた響きがある。


 確かに以前、クライフドルフは自らの派閥に属していたフェイルという千騎長に、敗戦の責任を追わせて切り捨てたことがある。

 だがあの時は、派閥に対して益の無い人間を処分しただけだ。

 それも敗戦の責任を問うという、実際はジェイドが作り出したこじつけではあったが、一応明確な理由もあった。

 しかし、魔導師の被検体とするために、自分の派閥から行方不明者を出せば、下手をするとクライフドルフ家に対して疑いが持たれ、派閥が崩壊してしまう。

 どこの誰が、自らの派閥を弱体化させるようなことをする者がいるというのか。


「研究の完成が最優先であるが、我が派閥を支持してくれる同胞たちを差し出すつもりはない。

 貴様の研究には、彼らも莫大な費用を出してくれているのだからな」


「ちっ」

 

 魔導師が小さく舌打ちするのが聞こえた。


「なら、君に敵対している貴族たちから適当に見繕ってくればいいんじゃないのかね? 

 別に貴族ではなくて、騎士でも良い。君のお父上は中央騎士団の将軍閣下だ。いくらでも騙してここに連れてくることができるだろう?」


「それで騎士団長の命令以後、姿を消した騎士のことはどうするつもりなんだ? 同じことだ。

 それに、すでに騎士団が我々の動きに気づき動き出している。予定通りとはいえ、ことさらに目立つ必要もないだろう」


「ちっ……そんなことは僕が気にかけることじゃないね。邪魔をするのなら、排除すれば良いじゃないか」


 ジェイドは思わず魔導師を睨み返したが、彼はジェイドに目もくれず、炉に掛けた鍋の中に何がしかの薬品を放り込むと、かき混ぜ始めた。

 鍋から刺激を伴った煙が立ち昇り、部屋の中が強烈な異臭で充満した。

 たまらずジェイドは手布を取り出すと、鼻と口元を覆った。

 若干、目にも痛みを覚える。

 そんな中、魔導師は鼻歌混じりに鍋をかき回し続けていた。

 

「だが、貴様が成功したというその二体、本当に使えるものだろうな?」


「知らん」


 ジェイドの疑問に対して、鍋をかき混ぜている魔導師は振り返りもせず即答した。


「どのくらい使えるか試してみないことにはわからん」


「ふむ……」


 顎に手を当てて考えこむジェイドに、魔導師はさらに言い募る。


「騎士団が邪魔をしているのなら、そいつらにぶつけてみるのはどうだ? 性能を試す良い機会でもあるし、検体の回収にも調度良いじゃないか?」


「目立つ真似はしたくないと言っただろう」


「それでは証明のしようがないな」


 ジェイドはその返答を聞き、苛ついたように大きく息を吐いた。


「……強い魔力を持った素材に心当たりがある」


「ほう?」


「貴様の要求する強い魔力を持っているはずだ」


「ちっ、ならば早くそれを持ってこい! すぐに! 今!」


「そう簡単に運び込めるものじゃないのだよ」


 ジェイドは吐き捨てるように言った。


「それはどういう? 君の家の名前であれば素通りできるだろう?」


「物が物だけに、万全の注意を払いたい」


「ふむ……帝都への持ち込みが難しいということかね? それならば、前の場所に運び入れてもらって、僕が出向いても良いよ」


「ここでの研究はいいのか?」


「質の良い物が手に入るというのならば、そちらに運び込んでも構わない。それに、君の所領に近い場所で数を揃えたほうが、君としても後々助かるだろう?」


 魔導師が口元だけを歪めて笑うと、ジェイドを上目遣いに見た。


「そうだな。それにいくら貧民街でとはいえ、短期間で狩り過ぎたきらいがある。

 先にも言ったが、さすがに騎士団が鬱陶しい。貴様にもそろそろ手が伸びるかもしれない」


「ちっ……まあ、確かに。騎士団以外にも僕のことを嗅ぎ回っている者がいるみたいだよ」


「騎士団以外にだと?」


「私事だ。君は気にしなくていい」


 その言葉にジェイドは眉をひそめたが、魔導師はそれ以上何も言わずに再び鍋へと向き直った。そのまま、鍋の中身をゆっくりとかき混ぜる作業へと戻った。


「ふん……だが、私の配下に命じて、万が一の備えはさせてもらうぞ? 事を起こすまでは貴様の存在が明るみに出ることは好ましくない」


「いつなんだい?」


「もう一月もせぬうちに、リヨンに親善訪問が行われる。もっとも親善訪問は名目でそんなこと誰も信じないだろう。ペテルシアも苛立ちを見せている」


「ちっ、国同士の事に関しては、僕には興味が無いね。だけど……」


「使節が帝都を進発したその時が決行する日だ。それまでに成果を出せ。これまでの投資に見合った働きを見せてもらうぞ」


「これまでの成果ね」


 魔導師がクスクス笑う。


「ちっ、まあ、実戦でそろそろ使ってみたいとは僕も思っていたんだ。いいだろう。存分に使ってみるがいいさ」


「そうさせてもらおう」


 ジェイドはそう言い放つと、踵を返して足早に建物の地下から外へと出た。

 皇宮の敷地内、宮廷魔導師たちの研究棟がいくつも存在する区画で最も外壁近く。

 最も人目に付かない場所だ。

 深夜にもかかわらず物音がする。

 見ると一台の馬車が止まっており、先刻麻袋を担いで外へと出て行った男たちが中から荷物を卸しているところだった。

 どうやら荷物を降ろした後、地下から運びだした麻袋を詰め込むつもりらしい。

 せっかく外へと出たというのに、魔導師の研究室よりはマシとはいえ漂ってくる臭気にジェイドは鼻筋に皺を寄せた。


「お疲れ様です」


「クラウスか」


 見るともなしにその作業の様子を眺めていたジェイドに、腹心の部下であるクラウスが声を掛けてきた。

 

「騎士と思われる者たちに襲撃を受けたと報告がありました」


「そうか」


「護衛の働きで撃退したようですが、二名ほどが行方不明となっています」


「行方不明?」


「居合わせた者の話では、襲撃した者たちを追撃したとのことから、逆に捕らわれの身になった可能性も。そこで念のため、私の方で彼に護衛を付けておこうと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「許可しよう」


「かしこまりました」


 その言葉を残してクラウスの気配が消える。

 振り向けば、そこにはすでに誰もいない。

 馬車に麻袋を詰め込む男たちを背にしてジェイドは歩き出した。

 その後姿を男が一人、見送っていることに最後まで気付かなかった。



 ◇◆◇◆◇



 帝都の南東に位置する街中に、リーノ・ヴァン・ハーレンの家がある。

 リーノの家は『士爵』位にある下級ではあるがれっきとした貴族の家柄。士爵家としての歴史は浅く、曽祖父にまで家系を遡ると薬師の家柄である。

 しかし、薬師を継がずに騎士となった祖父が、戦場で目覚ましい功績を挙げたため、ハーレン家は貴族の末席に名を連ねることになったのである。

 もっともリーノの父は、祖父のように騎士となる道へとは進まず、先祖代々受け継ぐ薬師の道を選択した。

 このまま一族の誰もが帝国の騎士にも官職にも任官することがなければ、貴族身分を返上しなければならないところであったが、そのことを惜しんだ祖父によってリーノが騎士学校へと入学して紆余曲折あったものの正騎士となったため、ハーレン家は貴族の末席に名を連ねたままとなった。


 そんな泡沫貴族であるリーノの実家ハーレン家の屋敷は、街に並ぶ平民の家々と同じ普通の民家だった。

 表は店として様々な薬が並べられている。

 ウェッジを伴って実家へと帰ってきたリーノは、店の入り口から飛び込むと店番をしていた母親へと声を掛けた。


「お母さん、ただいま」


「あら、リーノ帰って来たの? ウェッジ君もいらっしゃい」


 ウェッジの家もこの近くにあり、二人は幼馴染だ。

 二人ともにリーノの祖父に鍛えられて騎士学校へと入った経緯がある。

 大きな身体を屈めるようにして店の中に入ってきた、ウェッジもペコリと頭を下げて挨拶をした。


「もう、二人とも帰ってくるなら手紙ででも報せてくれればいいのに」


「休暇で帰ってきたわけじゃないんだよ。ねえ、お父さんは?」


「作業部屋にいると思うわよ」


 母親の言に従って、店先から続く居間を抜けて家の奥側にある作業場を覗いてみると、火を入れた竈の前で何やら蒸留を行っている父親の姿があった。


「お父さん、ただいま」


「お帰り、リーノ。それとウェッジ君は、また背が高くなったなあ」


 作業の手を止めて立ち上がったリーノの父は、元気そうな娘の顔を目を細めて見た後に、続けて作業場へと入ってきたウェッジを見上げて驚いていた。


「二階にお祖父ちゃんもいるぞ。顔を出してこいよ」


「うん。後で顔出すよ。お祖父ちゃんに捕まると話が長くなるから、先にお父さんにこれをお願いしに来たんだ」


 そう言うと、リーノはウェッジに持ってもらっていた袋から幾つかの小袋と、何かの液体が詰められている小瓶を取り出した。


「何だいこれは?」


「今日帰ってきたのは、この薬品や薬草を煎じたものが何なのか、お父さんに見てもらおうと思って」


 袋の中から何本もの液体が詰められた小瓶、薬草を煎じた粉、その他にも様々な粉末状のものや固形物を取り出すと、部屋の中の卓の上に広げる。

 リーノが広げたそれらのものを見た父親は、慎重な手付きでまずは小瓶を取り上げると蓋を開けてしばらく匂いを掻いだり、煎じられた薬草の手触りを確かめたりしていたが、徐々に厳しい顔つきとなっていった。


「多少見当がつくものがあるが……これは騎士団の任務かい?」


「うん。わかりそう?」


「調べてみないことには断言することが出来ないが、どれも普通の薬品では無さそうだ。どういった効能があるのか、調べたほうがいいのなら時間がかかるぞ?」


「うん。お願い。できるだけ早く」


「母さんに、しばらく作業部屋に籠るから飯は置いておいてくれと伝えておいてくれ。それから、この部屋はしばらく立入禁止だ。

 どうも禁制の薬ぽいものも混じっていそうだ。そういった薬は取り扱いが難しいからな。母さんとお祖父ちゃんにも言っておいて」


「わかった」


 リーノは頷いた。

 薬師としての父の腕前は一流だ。

 欲目なしに、帝都でも五本の指に入る腕前だろう。 

 官位を嫌っているため市井で店を開いているが、何度も皇宮から宮廷付薬師への要請があったほどだ。

 その父がこれだけ厳しい顔つきとなったのは、娘のリーノをして初めて見た。

 リーノとウェッジを作業部屋から外へと出し、部屋の中へと戻っていく父の背中を見送ると、リーノはウェッジを促して父の言葉を伝えるべく母の元へと戻ったのだった。


 そして後日、リーノの父親から調べた結果が届けられた。

 薬品はどれも劇薬であり、ある一定の調合を行い服用させることで、魔力と強い反応を示す効能があるかもしれないと記されていた。

 その効能とは、服用させることで魔力を抑制する効果であった。


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