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帝都の闇に潜むものは⑦

「それにしても、こんな偶然があるのね」


 ローラは荷物を運ぶためのロバを引きながら、隣を歩くウィンに話しかけた。


「俺たちも驚きましたよ。こんなところでまさかローラさんとリーナちゃんに再会するとは思いませんでした」


「ウィン君、荷物持ってもらってありがとう。重くない?」


「いえ、全然大丈夫です」


 ウィンは、背中に市場でローラが購入したパンなどといった食べ物や、日用品といった雑貨などを担いで歩いていた。

 

 ウィンとレティシア、ローラとイフェリーナの久方ぶりの再会だ。

 イフェリーナも大喜びしているし、どうせならローラの商売が終わってからゆっくりと話をしようということになった。


 市場のローラの露店まで案内してくれたセリは、まだ仕事があるからということで、ついでに店の仕入れを済ませた後、『渡り鳥の宿木亭』へと帰っていた。

 ウィンは時間潰しとして、セリの仕入れと荷物持ちに付き合い、レティシアとコーネリアはリーナの相手をしつつ、ローラの手伝いをしていた。


 愛らしいリーナに加え、気品漂う美しさを持つレティシアとコーネリアの二人が立つと、それが市場中の評判を呼び、彼女たち二人を一目見ようと人が集まり、ローラの露店はかつて無いほどの賑わいを見せた。

 用意していた商品は、ウィンがセリを送り届けて戻ってきた頃にはすでに完売してしまい、ローラは「もっと商品を持って来ておけば良かったわね」と、残念がっていた。


「良かったらお昼も食べていく?」


「そんな、ご迷惑じゃないですか?」


「いいのよ、大勢で食べたほうが美味しいし、リーナも喜ぶわ」


 ローラはレティシアとコーネリアに手を繋がれて、嬉しそうに先を歩くリーナを愛おしげに見つめた。

 二人には血の繋がりは無いのだが、ローラがリーナを見守る目は母親のもの。


「リーナを見ているとあまり実感が無かったのだけど、こうしてみるとやっぱり歳を取ったのね。小さかったウィン君が、今では私よりも背が高くなって……」


「アハハ、背だけじゃなくて中身も成長していると良いんですけど」


「レティちゃんも大きくなったわ。本当に時が経つのって早いわね」

 

 リーナはウィンたちがローラと初めて会った頃から、僅かにしか成長していない。

 彼ら二人が成長しているのを見て、ローラはしみじみとした口調で呟いた。

 

 街道を外れて小道へと入り、いくつかの農園と放牧地を横切ったところに、ローラの家がある。

 元は帝都内にも家があったのだが、リーナを引き取った際、ローラは彼女と一緒にこの農園にある家で生活していた。


「狭い家だけど、さあ入って」


 懐かしいローラの家。

 ウィンたちが家の中に入ると、土間でうつ伏せになって眠っていた茶色の牧羊犬がピクピクと耳だけを動かした。


「懐かしい……」


「お昼を用意するから、寛いでてね」


「お母さん、上着を脱いでもいい?」


 家の中に飛び込むなり、牧羊犬の頭を撫でていたイフェリーナがローラを振り返る。


「ええっと……」


 ローラが困ったような顔をして、ウィンとレティシアを見た。


「大丈夫ですよ。彼女は信用できる人物です。決して口外しないですよ」


 ウィンが保証するとローラはリーナに頷いてみせた。


「?」

 

 ウィンとローラのやり取りを理解できなかったコーネリアが、ウィンに不思議そうな顔を向けた。

 上着を脱いでも良いとローラの許しを得たイフェリーナは、タタタッと小走りに土間から部屋の中へと入ると、ゾロっとしたローブのような厚手の上着を脱いだ。


「綺麗……」


 コーネリアの口から感嘆のため息が漏れる。 

 零れ落ちるように現れた、イフェリーナの背中に生える一対の真っ白な翼――。


「……イフェリーナちゃんのことはウィン君のお話で伺っていましたし、翼人種のことは伝承や物語で登場することがありましたが……とても幻想的で綺麗です」


 イフェリーナは翼人種の子どもである。

 姿形は人と同じだが、整った容姿と背中の翼がその特徴。

 人よりも遥かに長命種で成長が遅く、エルフ族の貴種ハイエルフに並ぶ魔力を持つ。


 高山か森深い所に里を作り、多種族と関わることは滅多に無い。

 極稀に人里へと舞い降りることがあったらしいが、多くは伝承で聞くことはあっても、実際に会ったことがある者は数えるほどしかいないという存在だ。


 彼ら翼人種は大気を自在に操り、その中でも【天魔】の称号を与えられた最高位術者は天候をも操作するという。

 だが、その力ゆえに魔族によってほぼ全滅にまで追い込まれてしまい、生き残りはほとんどいないと思われている。

 

 時には神や精霊と同列視して信仰する者も存在し、人はもちろんエルフ族、ドワーフ族、果ては獣人族といった他種族にまで、畏敬の念を抱かれている種族だ。

 しかし、悪意のある者はどこにでもいるもので、もはや滅びたとまで言われる幻の種族に生き残りがいると知られれば、とんでもない値をつけて手に入れようとする者もいるだろう。

 成人していればともかく、イフェリーナはまだ子どもであるため、身を守りきれるほどの力は無い。

 そこで数年前の事件で魔族によって里を滅ぼされ、孤児となってしまったイフェリーナを引き取り、母親代わりとして育てているローラは、外出時にはしっかりと厚手の服を着せて翼を隠している。

 イフェリーナには窮屈な思いをさせてかわいそうではあるが、仕方のない事だった。


 

 ◇◆◇◆◇



 お昼ご飯に、とローラが用意してくれたものは、子供の頃にウィンとレティシアが食べさせてもらった鶏肉と野菜がたっぷりと入ったシチューと、市場で買ってきた小麦の柔らかいパンだった。


「お口に合うといいんだけど」


「いえ、ご馳走になります」


「このシチューも懐かしい」


 ウィンが早速食べ始める。


「お替わりはあるからね」


「だってさ、レティ」


「昔みたいに、そんなにいっぱい食べません!」


「そういえば、あの時、レティちゃんが本当に美味しそうにいっぱい食べていたのを思い出すわ……」


「もう! 何でみんなして私が食いしん坊みたいに言うのかなぁ……」


 ウィンとローラに矢継ぎ早にからかわれ、がっくりと項垂れるレティを見てみんなが笑う。


 その様子を眺めながら、ローラは二人と初めて会ったあの日の事を思い出していた。

 まるで雛を育てている親鳥のように、甲斐甲斐しく幼いレティシアの世話をしているウィン。そのウィンが一人で畑に調査へと出て行った時、レティシアの雰囲気はがらりと人が変わってしまったかのように一変した。

 感情が抜け落ち、無表情になってしまっていた――まるで人形のように。


 今の美しく成長したレティシアを見ると、あの頃の面影は微塵も感じられない。

 あの時と同じく、ウィンの側へと寄り添うように腰を下ろして、友人たちと笑い合っている。

 幼い頃のレティシアに何があったのかは、結局ローラは知ることは出来なかったが、ウィンと共に過ごすうちに、レティシアの中でそれを過去のモノとすることが出来たのだろう。


 ローラはそのレティシアの隣に座ってシチューを食べているイフェリーナへと目を移した。

 厚くて重たい服から開放されたイフェリーナは伸び伸びと翼を伸ばして、美味しそうにシチューを食べたり、久々に訪れたお客様たちと楽しそうに会話をしていた。


 まだまだ小さなイフェリーナの背中に生えている、大空を自由に飛ぶための翼。


 レティシアが今を明るく過ごしているように、いつか彼女もまた自由に大空を羽ばたける日が来るのだろうか――。


 種族の違いから、イフェリーナの成長は非常に緩やかなものである。

 それでもいつかは彼女も大人になるだろう。

 そのときには、愛しい娘が自由に大空を飛び回れることを、ローラは願ってやまないのだった。



 ◇◆◇◆◇



「おい、本当に貴族の娘が通るんだろうな?」


「ええ、間違いありません」


「嘘だったら、ぶっ殺すぞ?」


 帝都の外壁に拡がる貧民街をさらに抜けた先。

 街道から逸れて、畑や牧草地が広がる一帯。その中を伸びる小道沿いに建てられた大きな倉庫。

 農具が置かれていることからこの一帯の農園主が使っているものなのだろう。

 開けて見通しの良いこの一帯で人を待ち伏せて襲うためには、うってつけの隠れ場所。 

 そして今、ケルヴィンが繋ぎ役へと漏らした情報――貴族の娘が護衛とともに農園をお忍びで行楽をしている――で、大勢の男達が集まっていた。


「それにしても、どこからそんな美味しい話を嗅ぎつけてきたんだ?」


「簡単です。単に私が所属していた傭兵団からの情報ですよ。

 確かに私は上役と反りが合いませんでしたが、そこにいる者たち全てと喧嘩別れしたわけじゃありませんからね。

 ちょっと酒にでも誘って、口の滑りを良くしてもらっただけです」


「そもそも、何でそんな貴族の娘がこんなところをうろうろしているんだ?」


「さあ? それは私にも何とも。大した理由は無いとは思いますけどね。

 ああいった高貴な生まれの方々というのは、我々下々の理解が及ばぬ考え方をしているんでしょうよ」


「ふん、まあいい。その話が本当なら、絶好のカモだ。貴族の娘は高値で売れる」


 禿頭の男はケルヴィンに頷いた。

 

「ところで、この件が成功したとして、どこから貴族のお姫様の話が漏れたのか調べられたら、簡単に私の事へと調査が行き着くでしょう。

 私はもう二度と、傭兵ギルドでの仕事ができなくなります」


「ああ、わかってるよ。心配するな、きっちりお前のことは紹介してやるさ」


「ありがとうございます」


「傭兵ギルドで真っ当に働くよりも、同じ命かけるなら大金稼げるこっちの世界の仕事のほうが良かったと思わせてやるよ」


 丁寧に頭を下げると、そのまま踵を返したケルヴィンは暇潰しにカードゲームをしている男たちに声をかけ混ざる。

 早速小金を出して賭博を始めたケルヴィンを、禿頭の男は眺めていた。


 ケルヴィンの話を聞いて急遽この倉庫へと集めた男たちの大半は、貧民街を十歩も歩けば出会うだろう人相の悪い金目当てのチンピラたち。

 しかし、暴力的なだけの気配を撒き散らす男たちの中で、数人ほど剣呑な雰囲気を持つ者たちも混じっていた。

 彼らはカードゲームに興じる男たちから離れた場所で、群れたりはせず、壁際で独り佇んでいる。仕事の前の緊張感で浮かれもせず、無駄口も叩かずただ己の心を抑制する。

 禿頭の男と繋がりのある組織から派遣されている男たちだ。

 その分、報酬も割高であるが、その実力は保証できる。

 そして禿頭の男から見て、カードゲームに興じる新入りのケルヴィンもまたそういった男たちと同種の類か、あるいは更なる化物と見ていた。

 緊張感を誤魔化すためにカードゲームに興じているのではなく、何気ない風を装いながら周囲に溶け込んでいる。


 場馴れしているとでも言うのか、風格と言うべきか。


 何よりも時折見せる狂気に満ちたその目は、多くの戦場で死線を潜り抜けてきた者にしか持ち得ないものだ。

 多くの命知らずを知る禿頭の男でも、実際に見たことは数少ない本物という奴である。


(さて、こいつが本物なら……よい仲介料がもらえるぜ)


 目先の仕事もあるが、これほどの人材であれば高く売り込める。

 禿頭の男は早くも脳内で繋ぎを取る組織のリストアップを始めたのだった。


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