帝都の闇に潜むものは④
「死んだ!? 嘘だろ、どういうことだ!」
捕り物が行われたその翌日。
ウィンとレティシアによって捕らえられた四人が収容された衛士隊の詰め所に、ロックの声が響き渡った。
騎士学校の授業は任務優先として欠席届を出して、ロックは衛士隊の詰め所へと訪れていた。
同様にウィンとレティシア、さらにはコーネリアも同行していた。
コーネリアも昨夜別れてから起きた事件に驚き、興味を示した。
コーネリアの従士として常に同行しているウィンとしては、彼女が一緒に動いてくれるのは助かる。
ところが、さっそく衛士隊の詰め所で捕らえた男たちを尋問しようとしたところ、昨日一緒に現場にいた衛士の一人が「牢で死にました」と告げたのだ。
「死なない程度には手加減したはずだよ?」
レティシアが驚いたように衛士へと言う。
「はい。それは我々も確認しているのですが……」
衛士の話では、昨夜この詰め所へと男たちが運び込まれてきた際、衛士隊に所属している医師によって治療が行われたという。
その時の医師の見立てでは、確かに命の別状はなく、男たちはただ気を失っているだけとのことだった。
医師の診察を終えた男たちは当直だった衛士たちによって、詰め所の地下にある牢へとひとまず収容した。
ただ、魔法を使用できる者を収容するための《封魔結界》を施されている牢は、詰め所に一箇所しか無かったため、四人共に同じ部屋へと収容していた。
そして一夜が明けて朝になったところで、囚人たちに朝食を届けようと係りの衛士が地下に降りて牢を覗きこんでみると、四人の男たち全員が口から血を吐き冷たくなっていたのだと言う。
「毒による自殺?」
「持ち物などの確認はしなかったのか?」
ウィンとロックの問いに衛士が首を振った。
「いえ、きちんと持ち物などの確認は行いました。医師による診察を行った際に、口の中へ毒物を仕込んでいないかも確認しています」
「外から差し入れたとかは? 窓からとか」
ロックのその指摘にも衛士は首を振る。
「先程も申し上げましたように、ここの牢は地下に作られています。その中でも《封魔結界》が施されているその牢は、最奥部に位置しているため、外部からは侵入することはできません」
「その四人が死んでいたという牢へと案内してもらえないか?」
衛士の案内に従って地下へと下りた四人。
通路と壁、そして天井が全て石材でできており、六つの牢があった。
どれも鉄格子で仕切られており、一つの部屋に三、四人の囚人が寝転んでいたり、座り込んで階段を下りてきた人物たちを見ている。
衛生状態はあまり良くないのか、地下に降りた途端に饐えた臭いが鼻を突き、レティシアとコーネリアが同時に鼻を押さえて顔をしかめた。
「おい、姉ちゃんたち。可愛いな。オレと遊ばないかい? ウヒャヒャヒャヒャ……」
鉄格子の中から、女性たちに手を伸ばそうとする不届き者を睨みつけながら、衛士が先導してくれる。
「まあ、うちで収容しているような連中は、酔っ払って喧嘩をしたか、セコい盗みを働いたような連中が主です。
ご存知かとは思いますが、重犯罪者は東西南北に設置されている衛士隊の支部本部に一度収容され、そしてそこで取り調べを受けて罪が確定次第、犯罪者を収容する専用施設へと送られます。
一応、彼らも今日中には支部本部へと送る予定だったのですが……」
そう説明しながら衛士が「こちらです」と、突き当りの鉄製の扉の前に三人を導いた。
その部屋だけは、鉄格子製ではなく扉全てが分厚く重たい鉄製だった。
ちょうど目の位置の高さに、中を覗き込めるだけの小さな覗き窓と、下部に食事を差し入れるための開きが作られていた。
「先程申し上げましたとおり、こちらの牢の中には《封魔結界》が施されており、この手枷を付けられた者が魔法を使えなくなります」
衛士は壁に掛けられていた金属製の手枷を取り外すと、四人に見せてくれた。
そして牢の鍵を外して扉を開けてくれる。
中の壁は石製。
地下ゆえに明かり取り用の窓もなく、部屋の外部へと通じているのは、鉄製の扉を除くと後は換気用の小さな竪穴があるだけだった。
付与魔法を専門とするコーネリアが中に入って壁などを調べてみたものの、別段おかしな場所は見当たらない。
「確かに、身体から力が抜けるような感覚があるな」
ウィンは特に何とも感じなかったが、ロックはどこか気持ち悪そうな表情をしている。
手枷を嵌められていなくても、少しは影響を及ぼすらしかった。
「通常、他人の魔力を封じるのはかなり難しいのですが、ここの《封魔結界》の魔法は相当な腕の持ち主によって作られているようです。
それこそ宮廷魔導師でも席次を持つ方でしょうか」
「はい、おっしゃるとおりです」
衛士はコーネリアが貴族の令嬢、少なくとも高貴な身分にある女性と見たのか、丁寧に答えた。
衛士がこの牢に魔法を施術した宮廷魔導師の名前を告げると、コーネリアは深く頷いた。
その名前は、コーネリアが生まれる前よりも古くから帝国に仕えている有名な宮廷魔導師のものだった。
「その方が張った魔法なら、よほどの力の持ち主でなければ、魔法を封じられてしまうでしょうね」
「うーん……このくらいの結界なら、私は魔法を使えるけど」
手枷を一つ手にしながら発言したレティシアに、衛士が驚いたような顔を浮かべる。
「この牢に施されている《封魔結界》は、席次を与えられているほどの宮廷魔導師様ですら、ようやく簡単な魔法を唱えられる程度にまで魔法を封じることが出来ると聞いていたのですが……。
さすが貴族の方は魔力がおありになられるんですね」
感嘆の表情を浮かべていた。
「それでは、何らかの魔法を使って四人を殺害した可能性があるということも?」
「いや、それはないよ」
しかし、少し期待の色を浮かべた衛士の問いにウィンが否定の返事をする。
「彼女並みの魔力の持ち主がそうそういるとは思えない」
大掛かりな儀式と七箇所もの魔法効果を増幅する塔を使用してようやく発動させる帝国が誇る最後の防御の要、《七重結界魔法陣》
魔法の最秘奥の一つ。
その魔法を以って、ようやく魔力を封じ込められるかどうかというレティシアだ。
幾ら高名な宮廷魔導師が施術したといえど、儀式魔法ではなく個人程度が作った《封魔結界》で彼女の魔力を封じられないのは当然である。
他にこの場所に放り込まれても魔法を使える者がいるとすれば、ウィンの心当たりにある者では【大賢者】ティアラ・スキュルス・ヴェルファくらいだろう。
もしかしたら、彼女と同じハイエルフであれば、他にも使える者は存在するかもしれない。しかし、それほどの者がこの場所へと訪れる可能性よりも、他の手段があったと考えるほうが賢明だ。
地下牢で何も手がかりを得られなかった四人は、再び衛士隊の詰め所へと戻る。
案内されたのは詰め所内にある客室。
四人に応対してくれている衛士がお茶の準備をすると告げて、室外へと出て行った。
「口封じされた可能性高いね」
「ちくしょう……」
四人だけとなったところでウィンが口を開く。
ロックは右手の握りこぶしを左手の平に叩きつけて悔しがった。
「でも、どうやって牢内に毒を持ち込んだんだろう。さっきの衛士の人、嘘はついてなさそうだったよ? お兄ちゃん」
「口封じした者が内部にいるのかも」
「そうだとすると、衛士隊に影響を及ぼせるほどの人物が犯人になりますよ」
「衛士隊の詰め所で起きた事件を、俺たちが調べること出来るのかなあ?」
衛士が出て行った扉を見つめながらロックが言う。
「まずは衛士隊による内部調査かな。それに、例え不正が見つかったとしても憲兵隊の仕事な気はするね」
詰め所の所長である衛士長であっても、その身分は騎士より低い。
だが、衛士隊の本部上層部は騎士団の上級騎士か、もしくは貴族階級がその役職を務めている。
帝都に四つある支部長は千騎長の地位にある騎士が派遣されているし、総本部長は万騎長の階級にある騎士だ。
詰め所にある牢で囚人が暗殺されてしまったのは、衛士隊の不祥事である。
まずは衛士隊の内部にある組織で調査が行われるだろう。
その調査が行われる前に騎士団が介入することは、越権行為であるとしてまず認められない。
例え、ウィンたちが彼らを捕らえた当事者たちであっても、その四人の男たちが実際にロックたちロイズ隊が追っている事件と関係しているかどうかは定かではない。
今の状態でロック――騎士団が調査に乗り出すのは越権行為となってしまう。
「隊長に報告しておいて、調査報告が出たら教えてもらえるようにするしか無いか……後は、馬車の紋章だ」
ロックは手元にある麻紙へと目を落とす。
可能な限り記憶を頼りに描いた紋章だった。
「さすがに、これじゃあわからないよな」
「レティとコーネリアさんはどう?」
「さすがにこれだけだと私もわかりません。紋章を持っている家は多いですから」
レティシアも首を振った。
「私なんか、もっと貴族なんてわかんないよ」
「紋章院で調べてみては? あそこでは全ての紋章を管理していますし、紋章官の方にお願いすれば資料も見せてもらえるのではないかと思います」
「そうか、紋章院で調べてみよう」
コーネリアの提案にロックが頷いたところで、衛士がお茶を人数分用意して入室してきた。
「そうだ。もう一つ聞きたいことがあるんだけど……」
ロックが最近貧民街で起きているという行方不明事件のことを話すと、衛士はどこか困惑したような表情を浮かべて答えた。
「貧民街ですか……あそこは我々でも把握することは難しいのです。そもそも、あそこの住民は我々を敵視するものが多いですから」
元々、貧民街は食い詰めた者たちが流れ着いて出来た街だ。
多額の負債を抱えてしまい、その返済ができずに夜逃げしたもの。飢饉や洪水といった天災、もしくは魔物による被害で村を失い、街へと仕方なく出てきてはみたものの仕事を見つけられず、身を持ち崩した者が住んでいる場所だ。
そういった者たち全てとは言わないが、多くの場合犯罪に手を染めてしまう者がいるのは当然で、そうなってくると治安を維持している組織とは対立してしまう。
「そうですね……貧民街に住んでいる者たちが事件解決を依頼するのなら、例えば冒険者ギルドとかに行くんじゃないかと思います。
あそこなら依頼料が必要とはなりますが、新人冒険者なら安い金額でも雇うことが出来ますし、裏の情報にしたって我々よりも余程持っていることも多い」
「冒険者ギルドか。言われてみると確かにそうだ」
「冒険者ギルドなら俺が行ったほうがいいかな。知り合いもいるし。
セリさんに頼まれたことは騎士団の仕事じゃないから、ロックには任務外の仕事になるだろ?」
「まあね」
「そっちは俺が行って聞いてみるよ」
「もしかして冒険者のお仕事に復帰?」
「正式に依頼を受けたわけじゃないから、仕事をするわけじゃないけど」
身を乗り出してきたレティシアにウィンは笑った。
「従士の仕事もあるからね、話を聞きに行くだけだよ」
「冒険者ギルドには私も興味があります。ご一緒したいです」
「なら、ウィンとコーネリア様、レティシア様が冒険者ギルドへ行くことにして、俺一人が紋章院か……何だろう、この何となく腹が立つ組み分け……」
もっとも、セリの話にいたっては、まだロックたちの任務と関係しているかどうかもわからない話だ。
ウィンたちはあくまでも成り行き上手伝っているだけであって、それはそれでロックからしてみるとありがたい話であり、腹を立てるのは筋違いなのだが――。
(わかっちゃいるけど、なんか不条理さを感じる……)
ロックは詰め所を出た所で、ウィンたちが冒険者ギルドに向かおうとする別れ際に、ウィンの背中を思いっきりバシッ! と平手で叩いてやった。
「っ痛! 何するんだよ」
「うるせー!」
ちょっと涙目になって抗議したウィンをロックが一蹴する。
「何かわかったらすぐに教えてくれよ?」
「あ、ああ。わかってるよ。じゃあまた後で」
まるで捨て台詞を吐くかのような態度で言うロックに、ウィンはどこか困惑したような表情を浮かべながら、左右をレティシアとコーネリアに挟まれて歩いて行く。
その後姿を見送ると、ロックは少しやさぐれながら紋章院へと向かって歩き出した。
(あの光景を見たら、俺じゃなくったって殴りたくなるよなきっと!)