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帝都の闇に潜むものは③

いよいよコーネリアを掘り下げていくため、しばらく冗長な展開が続いてると思われるかもしれませんが、ご勘弁を。その代わりとして、更新を早くします。

今回はケルヴィン回。

なお、作者出張のため返信が少し滞ります。

 帝都の城壁の外、貧民街。

 城門を出てすぐの街道沿いには粗末な木製の家屋が建ち並ぶ。


 犯罪率が帝都市内と比較すれば非常に高い貧民街ではあるが、この街道沿いと時折街道から別れて伸びている大きな通り沿いでは、街の者たちに思われているほど決して危険な場所ではない。

 日が昇っているまだ明るい時間帯であれば、大勢の人々と荷物が行き交い、天幕を張った程度の粗末な物ではあるが露店が通り沿いに建ち並び、城門前広場の市のような賑わいを見ることも出来た。


 もちろん、壁中に広がる市場程立派なものではないのだが、それなりに様々な商品が並んで活気ある賑わいを見せる。

 驚く事に、わざわざ行商人に限らず店持ちの商人ですら足を伸ばすことがあるくらいだ。

 極稀にではあるが、ガラクタと一緒に貴重な掘り出し物が信じられないほどの安値で出品されていることがあるからだ。


 しかし、一歩でも大きな通りを外れると、通りの雰囲気は一変する。

 大きな通りに漂っていた香辛料と肉の焼ける香ばしい匂い、青臭い野菜の匂いや甘酸っぱい果実の匂いから、怪しげな薬品の匂い、獣臭、腐臭、時には血の匂いといったものが空気に交じるようになる。


 裏の細い通りでも、露店を出して商売している者も散見できるが、一目見て怪しいと思える薬を始めとした、ご禁制の品々やもしくは盗品などを並べた店が増えてくる。

 もちろん、そういった商品が並ぶということは、需要が存在している証拠でもあるのだが。


 表と裏でがらりと表情が変化する場所、それが貧民街である。

 しかし、その貧民街においても表と裏で共通していることもあった。

 それは夜の帳が下りる頃には、表も裏も関係なく、犯罪発生率が急激に高くなることだ。


 その貧民街の裏の道を、一人の男が悠然とした足取りで歩いてた。

 黒灰色のシャツに黒いズボン、腰には剣を一本帯びている。 

 道端や建物の陰から目だけをギラつかせた悪相の、揃って身なりの汚い男たちが、悠々とした態度で歩く男に敵意を含んだ視線を送っている。

 しかし、男はそれらの視線をまるで意にも止めず、萎縮するどころかむしろその顔には薄い笑みすらも浮かべていた。


 男が身に纏っている雰囲気。

 そしてこの街の住民には不似合いな自信に満ちた態度。

 日が落ちて薄暗くなったこの時間帯、裏の世界を住処とするこの街の住民たちであっても、男の前では自然に道を開けてしまう――。

 

「ふむ……貧民街では、毎日のように殺人、強盗、喧嘩が起きる楽しい場所だと聞いていたのですが、思っていたほどは楽しめそうにないですねぇ」


 石畳の通路である帝都市内とは違い、剥き出しとなっている地面の土を蹴りながらケルヴィンは呟いた。


 ここ数日、ケルヴィンはこうして貧民街をうろつき、適当に強そうな者を見つけては難癖を付けて喧嘩を吹っ掛け叩きのめしていた。


 その目的は人身売買組織の大口顧客、もしくはその仲介人との接触。


 幾つかの誘拐及び人身売買の組織を潰したロイズ隊は、捕らえた者たちを尋問しているうちに、人身売買組織の大口顧客の中でここ最近随分と手練れを集めている者がいることを突き止めた。

 そこで、その仲介人との接触を図りその上の組織を辿ることにした。

 そしてその役目をロイズはケルヴィンに命じた。


 貧民街は、街の衛士や騎士などの治安組織の手が及ばない地域だが、人が集まれば必ず統制する者たちが出てくる。

 ケルヴィンが貧民街の各所で騒ぎを起こし続ければ、いずれこの街を統制する役目にある者が出てくるはずだ。

 そして、こういった場所でその役目にある者の多くは犯罪組織だったりするのである。


 腕に自信があり、自分たちの縄張りの中で騒ぎを起こす流れ者。

 彼らに現れる選択肢は粛清するか、有用ならば利用するか。

 

 望ましい選択肢は利用できると判断されて、組織と接触できることだが、粛清を選択されてもケルヴィンにとってまったく問題はない。

 その場合は可能な限り戦闘を楽しみつつ逃げるだけだ。

 下っ端では手に負えないと判断されれば、いずれ上の者たちが出てくることになるだろう。


 魔物がもたらす死と殺戮だけが支配していた戦場。

 その最前線で多くの魔物を屠り続け、生き残ったケルヴィンにはそれが可能なだけの実力と自信がある。

 

(とは言え、この程度の虫けらどもを何人もノシたところで、声をかけてくるのはせいぜいが地元の地廻り程度でしょうか?)


 それならそれで、地廻りの組織内で情報をさらえば良いのだが。


 ケルヴィンの開いているのか閉じているのかわからない細く鋭い目と口元が、見るものに寒気を覚えさせる凄絶な笑みを浮かべていた。


 そして――。


(おっと……ようやくお出ましと言ったところでしょうかねぇ)


 貧民街をふらつき始めておよそ一刻の時が過ぎた頃、道端から、あるいは建物の陰から感じる複数の剣呑な気配。


 囲まれている。


 それまでの、この街に多い暴力の匂いがするだけの腕力自慢のバカどもとは一線を画す、血の匂いを漂わす者たち。

 

 それはケルヴィンにとって馴染み深い匂い。


 足を止めたケルヴィンの前に、建物の陰から歩み出てきた禿頭の男が立ち塞がった。

 禿頭の男が身に着けている服は、貧民街の住民たちが着ているような何度も繕った痕跡のあるボロボロの古着などではなく、しっかりとしたシャツと上着にズボン。そして腰には片手用の剣を帯びている。


「……一つ、聞きたいことがある」


「何でしょう? 道を聞かれましても、生憎と私は道には詳しくはありませんよ?」


 肩をすくめて軽口を叩いたケルヴィンを無視して、禿頭の男は淡々とした口調で言葉を続けた。


「最近、ここいらで因縁付けているってぇのは、てめえか?」


「因縁を付けたかどうかは知りませんが、売られた喧嘩は喜んで買い上げていますよ」


 ケルヴィンがそう答えると同時に、建物の陰から男たちがバラバラと姿を現して囲んだ。

 数人が明々と燃える松明を持ち、手には槍や棍などを持って武装している。

 彼らもまた禿頭の男と同じシャツと上着にズボンを身に付けていた。

 貧民街で着の身着のまま生活している貧しい住人たちとは一線を画した、小ざっぱりした服装で統一されている。

 つまりはケルヴィンが接触したかった何らかの組織に所属している人間である。


「もう一つだけ聞きたいことがある」


「何でしょう?」


「てめぇの目的は何だ?」


「目的……ですか?」


 そこでケルヴィンは一拍間を置いて考えこむ素振りを見せた。


「そうですねぇ……この国に漂っているきな臭さに誘われて来てはみたのですが、とりあえず所属した傭兵団の上役とは価値観の違いがありまして。

 ついに我慢できず殴り飛ばしてしまった所、そこを追い出されてしまいました。

 そこで新しい雇い主を探しつつ、弱い者いじめをしながら憂さ晴らしをしていたといったところでしょうか?」


「ハッハッハ、弱いものか。そうか、ここの連中は弱かったか?」


「貧民街は犯罪者の巣窟だと。通りを一歩外れれば、命の保証はできないと聞かされていたので期待していたのですが……」


 ケルヴィンは肩をすくめると、苦笑を浮かべながら周囲を囲んでいる男たちを見回した。


「正直、思っていたよりも手応えが無さ過ぎて、がっかりしていたところです」


「そうかそうか」


 ケルヴィンの挑発するような発言にいきり立つ手下の男たちを、手をあげて抑えながら、禿頭の男は大きく笑い声を上げつつ楽しげに頷いた。

 それから、もう一度手をあげて軽く振ってみせると、ケルヴィンを囲んでいた男たちは武器を降ろす。


「なあ、お前さん。雇い主を探しているんだろう? どうだ、腕に自信があるなら俺と一緒に来ないか? 良い仕事があるぞ?」


「報酬次第ですかねぇ……それと、どのくらい人を斬る機会を与えて頂けるかというところでしょうか」


「頼もしい返事だな」


 禿頭の男に答えながらも、ケルヴィンが身に纏っている鬼気がまるで嘘を感じさせなかった。

 禿頭の男はケルヴィンの言に信用が置けると確信したようだ。

「付いてきな」とケルヴィンを促し歩き出す。


 通り沿いに無秩序で建てられている木製の小屋によって複雑に入り組んでしまった貧民街の裏通りを、禿頭の男は迷うことの無い足取りで進んで行く。

 その後ろをケルヴィンがついて歩き、さらにその後ろからゾロゾロと男たちがついて歩く。


 やがて、周囲に建てられている粗末な家々とは比較にならないほどに大きな建物が姿を現した。

 この建物だけ、石造りである。

 禿頭の男はその建物の戸に手をかけた所で立ち止まると、ケルヴィンを振り返ること無く口を開いた。


「そう言えば、もう一つだけ聞きたいことがあった……」


「何でしょう?」


「てめえの実力がどのくらいなのかってことだ」


 その言葉と同時にケルヴィンの背後で複数の殺気が膨れ上がる。

 しかし、同時にケルヴィンも剣を抜いていた。

 そして振り返りざまに剣を振る。

 松明の炎を反射した剣身がまるで一筋の閃光のように奔り、誰かが「あっ!」と叫んだ。

 男たちの持つ槍の刃の部分が、棍の先端が綺麗に切断されていた。


「それで? 今度は息の根でも断ちましょうか?」


 剣を振りきった姿勢からゆっくりと元の姿勢へと戻り剣を右手にぶらさげたまま、凄みすら覚える笑みを浮かべて振り返るケルヴィン。


「い、いや、その必要はない。もう十分だ」


 息が詰まったような感覚。

 ケルヴィンから放たれていた鬼気が、明確な殺気へと変貌し暴風のように男たちの間を吹き荒れていた。

 反射的にケルヴィンから距離を取ろうと建物の壁にへばりつくようにしていた禿頭の男が、目をいっぱいにまで見開いていた。

 

「そうですか」


 その言葉とともに、場を制圧していた異様な圧迫感が空気中に霧散するように消えた。

 禿頭の男を含め、周囲の男たちも一様に顔色が青ざめ、荒い息を吐いた。

 背中に冷たい汗の感触を覚えていた。

 

 剣を振るったケルヴィンは別段表情を変えたわけでもない。

 その場で剣をぶらりと下げて、ただ佇んでいるだけだ。

 

 禿頭の男は懸命になって呼吸を整えた。

 表情だけは一瞬気圧されてしまったことを何とか隠そうと取り繕う。


「い、行こうか。儲け話の時間だ」


 しかし、動揺は完全に隠し切ることが出来ず、言葉に出てしまう。

 だがケルヴィンは禿頭の男の動揺に気づかないふりをして頷きながら剣を納めると、禿頭の男の後について歩き出した。


(ふぅ……まずは第一段階成功といったところでしょうか? 後は首尾よく、お目当ての方々と接触できればいいんですがね)


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