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帝都の闇に潜むものは①

活動報告で少しだけ、作品解説しています。

《光明》の魔法によって照らしだされた路地裏にきらめく一筋の閃光。

 

「生命が惜しければ、降伏したほうが身のためですよ」


 ケルヴィンがたった今、人一人の首を簡単にはねたとは思えない程の軽い口調で、目の前で仲間を殺されて立ち尽くしている男たちに言った。

 騎士剣を軽く振って血のりを飛ばし、剣の腹で肩をポンポンと叩いている。


 ケルヴィンの開いているのか眠っているのかわからないほど細い目は、明らかにこの状況を楽しんでいるように笑っていた。


「あー、悪いことは言わんから、おとなしく武器を捨てたほうが身のためだぞ。そいつは頭がおかしいから、殺るといえば本当に殺るぞー」


 一本道の路地裏――男たちの背後、逃げ場を塞ぐようにして立っているロイズが、どこか適当な口調で男たちに告げる。


「頭おかしいはひどいですね、隊長。まあ、抵抗したら殺すことは否定しませんけど」


「そんなこと、嬉しそうに言わないでください。怖いですよ、ふくちょー」


 ロイズの後ろで剣を片手でぶらぶらとさせているリーノが文句を言った。


 前方をケルヴィンが、そして背後をロイズ、ロック、リーノ、ウェッジの四人が道を塞いでいる。


 男たちの人数は七人。

 荒くれ事に慣れているとはいえ、魔法を使って身体能力を大きく引き上げている騎士たちと、一般人である男たちとでは勝負にならない。


 前方で立ちふさがっているのはケルヴィン一人。

 だが、後方を塞ぐ四人よりも、ケルヴィンの殺気のほうが男たちに恐怖を与えた。


 佇むケルヴィンの前には倒れ伏した仲間の身体。

 足元には転がり落ちた頭が、目をカッと開いたままの状態で丁度男たちのほうを向いていた。

 

 壁には噴き出した血のりがベッタリと染め上げ――。


「……くそ」


 弱々しく呻いて、男たちは手にしていた粗末な武器を落とす。


「懸命な判断で何よりだ。ウェッジ、ロック。こいつらを縛りあげろ。リーノ、武器を纏めて置いておけ。後で衛士隊に引き渡す」


 ロイズが命令する。

 

「もう少し反抗して欲しかったですね……」


 さも残念そうに言いながら、ケルヴィンがロイズの所へと歩いて行く。

 ケルヴィンの嘘が一切混じっていないその台詞を聞いた男たちは震え上がった。

 素人に近い彼らであっても、ケルヴィンが身にまとっている尋常ではない殺気はビリビリと感じ取れていた。


「ご苦労だったな」


「いえいえ。最近、斬っていませんでしたからね。本音を言えばもう少し……」


(誰だよ、この人を後方任務に就けたのは)


 その言葉に、内心ロイズ隊の全員がそう思った。


 ロイズは、ザウナスの幕僚となる前からケルヴィンと先輩後輩として付き合ってきた仲だが、その彼をもってしてもケルヴィンが体制側で良かったと思う。

 犯罪者として野放しにしておいたら、これほど危険な男もいないだろう。 


「んー、まあさて、お前たちが人を拐かして売り飛ばしていたことはもうすでに調べがついている」


 気を取り直して、ロイズは縛り上げられた人攫いの男たちに尋問を開始する。

 反抗的な態度を取るようであれば、拷問もためらわないつもりだったが、ケルヴィンがよほど恐ろしかったのか、素直に男たちはロイズの質問に答えてくれた。


 もっとも、ロイズたちが欲していたベーモンド伯爵家のイザレア嬢誘拐事件に関しての情報は得られなかったのだが。


「き、貴族の姫さんのような上玉を攫えたら、今頃はこんな所をおさらばして、もっと良い生活を送ってらぁ……」


 と言った男たちの言い分にも一理ある。


 結局、他に誘拐を手がけているような組織を幾つか聞き出せただけだった。

 

「たいちょー、こいつらどうするの?」


「さっきも言ったが衛視隊に引き渡す。そうだなあ、ケルヴィンとウェッジとで詰め所にまで連れて行ってくれ」


「え? 私ですか?」


 ケルヴィンが驚いたように問い返し、ウェッジは軽く頷いた。

 

「役所は苦手なんですけどね」


「文句を言うな。誘拐団のほうが人数は多いからな。いつものようにウェッジとリーノを組ませて役所に連れて行かせたら、逃げられてしまう可能性がある」


「いえ、ですがそれでも二人というのは結構厳しい――」


「途中で逃げ出すような素振りを見せたら、手足の一本でも斬り落としても構わん」


 その言葉にケルヴィンがニヤリと笑みを浮かべた。


「足を斬ってしまったら、担いで連れて行く必要がありますので、腕にしておきますよ」


「に、逃げねぇ! 逃げねぇからやめてくれ!」


 ケルヴィンがにやりと笑みを浮かべて言った言葉に震え上がる誘拐団の男たち。

 縄で縛られたあと、一本のロープによって繋がれた男たちは、そのロープの端を持つウェッジに引っ張られるようにして歩き出す。

 その足取りは最初は重たいものだったが、背後からケルヴィンがカチャッと小さく鍔鳴りを立てると、多少足がもつれそうになりながらもさっさと歩き出した。


「よし、じゃあロックとリーノ」

 

 その後姿を見送ったロイズは残った部下へと向き直った。


「私たちは奴らのアジトの家探しをするぞ。奴らは誘拐以外にも窃盗もしていたようだ。

 そこでロック。商家出身のお前なら、目利きも多少出来るだろう? 盗品臭い金目も物があれば抑えておくように

 それからリーノの実家は薬師だったな? 薬関係の知識もあるんだろう?」


「たいちょー、どうしてそれを? はい、多少であればわかります」


「禁制の薬などがあるかもしれん。

 それとまだ、誘拐された者が中に取り残されているかもしれない。被害者が女性なら基本お前に任せる。

 まだ残党が残っているかもしれん。十分気をつけろよ」


(まあ、家捜しした所で大した情報は掴めんだろうが)


 そう思いながらもロイズは誘拐団がアジトにしていた廃屋、その中に作られていた地下室への階段を降りていく。


 途中息切れを起こし、部下の二人に心配されながら――。



◇◆◇◆◇ 


『渡り鳥の宿り木』亭の食堂。

 最近、ロイズ隊の詰め所へと泊まりこむことが多かったロックが、久々に寮の部屋へと帰ってきていたので、ウィンはロックを誘って『渡り鳥の宿木』亭へと夕食を食べに訪れていた。

 騎士学校に出席していたコーネリアと、レティシアも一緒だ。


「ウィンとレティシア様って、本当にここへよく食べに来てるよな?」


 ロックが鶏肉にフォークを突き刺しながら言った。


「まあね。俺はランデルさんが作る料理を食べて育ったからなあ。やっぱりここの料理が一番美味しいと思う」


「うん。私も、何だかんだでお兄ちゃんと一緒に良くここで食べさせてもらってたから、ここの味が一番好きかな」


 ウィンとレティシアは顔を見合わせて笑う。


「確かにここの飯は美味いと思うけどさ、レティシア様はご実家でもっと美味しいもの食べてたんじゃないんですか?」


「うーん……私はお家にあまり良い思い出がないから。お兄ちゃんと一緒に食べてたこっちが好きなんだよ。

 それに、お家だと確かに美味しいんだけど、出来たてじゃないから冷めちゃってるんだよね」


「へえ、おふくろの味ならぬ親父の味ってやつか。コーネリア様は、ここの料理とかお口に合います?」


「皆さんが美味しいと思うものは、私にだって美味しいと感じますよ」


 上品にスープを掬って飲んでいたコーネリアが微笑んだ。


「確かに一流の料理人が作った料理も美味しいですけど、ランデルさんの腕も決して劣ってないと思います」


 その言葉にウィンは頷いた。


 帝都の大通りに面した場所に店を構えているのだ。

 労働者や冒険者、傭兵、行商人といった決して上品な客層とは言えないが、他のライバルを出し抜いて繁盛し続けているのは、ランデルの料理の腕の良さが大きかった。

 特にランデルは煮込み料理を得意としており、シチューなど持ち帰りを頼む者がいるほどだ。

 今はその味を長男のマークが受け継ぐべく、毎日ランデルから仕込まれている。


「そういえば。いまロックたちは誘拐事件について調べてるんだろ?」


「ああ」


「ちょっとロックにも聞いておいて欲しい話があって」


 ウィンは料理を運ぶために盆を抱えて卓の間を行き来しているセリを呼んだ。

 呼ばれたセリはウィンから市場で聞いた、貧民街で最近起こっているという失踪事件のことを話して欲しいと言われると頷き、ロックへと話しだした。


「私が行く市場のお店の方たちは、外の農園を営んでいる方とかいらっしゃるんですが、貧民街で子どもや他所から流れこんできた人たちが、何人も行方不明になっているらしいんです」


 もともとウィンがロックを誘って『渡り鳥の宿木』亭に来たのも、この話を思い出してロックに聞かせたかったからだ。

 

「実はうちの宿に泊まっていた傭兵をされていた女性のお客様も一人、行方不明になっているんですよ」


「傭兵していたのなら、仕事に旅立ったとかじゃ?」


「いえ、それが荷物もお金も結構な額を残されたままなんです」


「傭兵か……仕事柄怨恨とかで闇討ちされたとかもありそうだし、わかった。あとで衛士隊でそれらしい事件がなかったか聞いてあげる」


「ありがとうございます」


 セリはロックに頭を下げると、注文したいと呼ばれたお客様の元へとパタパタと歩いて行った。


「でも、傭兵をしているような腕に覚えのある人物を誘拐するのは、危険度が高すぎてちょっと考えにくいよね」


 ウィンは忙しそうに卓の間を行き来しているセリを目で追いながら言った。


「だけど、誘拐されたベーモンド伯爵家のイザレア嬢も准騎士位だ。当然魔法戦闘もできる。そのセリさんの知り合いだという傭兵さんが誘拐されたのかどうかは知らないけど、イザレア嬢を誘拐できるほどの実力、もしくは組織なら、相手の腕が少々立つくらいなら問題なさそうだぜ?」


「貧民街で行方不明者が多く出ているというのは、何か関連あるのかな?」


 ウィンとロックの会話の間に、レティシアが口を挟んだ。


「貧民街で発生した行方不明者の追跡調査とかはしていないからなあ」


 ロックはフォークを口に咥えたまま天井を見上げた。

 衛士隊から貴族令嬢の誘拐事件解決の依頼を受けた騎士団は、最初は身代金目的の誘拐とばかり思っていたからだ。

 その後、誘拐犯からの要求が来ないことから、現在は貴族や上流階級の娘を狙った人身売買組織の犯行ではないかと調査していた。上流階級層の娘というだけで、需要があるのだ


「それに貧民街だと、人買いとか人さらいは多いからなあ」


 帝都の城壁の外部に広がる貧民街では、流れ着いた難民たちが廃屋のような小屋を建てて住んだり、帝都外壁の陰や路上で生活している者も多い。

 食い詰めた人々が流れ着く場所だけあって犯罪者の温床でもある。

 人の流入、流出が激しく、行方不明者が果たして自分の意思で別の場所へと行ったのか、それとも人買いによる人攫いにあったのかは判断し難いのだ。


「貧民街か。でもそこでの失踪事件は日常茶飯事過ぎて、衛士隊も把握できているかどうかわからない場所だよね。そもそも外壁の外で難民だと、衛士隊にとっても管轄外だろうし」


 ウィンの言葉にロックが頷く。

 

「貴族のご令嬢を誘拐できるほどの組織といったら、そうはないはずなんだけどまるで手がかりがない」


「他の貴族が襲われたとか無いの?」


「貴族じゃないけど、侍女や使用人が姿を消したというのならあった。

 それもここ一月以内に頻発してるんだ。家出の線はちょっと考えられないと思ってる」


 まあ隊長に報告はしてみるよ、と言いながらロックはスープを飲み干した。それからスプーンを器に置くと、


「そういえば、ウィンはいつ帝都を出発するんだ?」


 と聞いた。


「え? ウィンさんは帝都から離れるんですか?」


 丁度そこへ別の卓に料理を提供してきたセリが通りかかる。

 セリはびっくりしたような顔で、ウィンを見た。


「ああ、別にどこか別の任地に行くとかじゃないよ。ちょっとリヨン王国へ行くことになるかもしれないんだ」


 ウィンが笑って言うと、セリは「そういえば」と何かを思い出すような表情を浮かべた。


「皇太子殿下と皇女殿下がリヨン王国へ親善訪問されるとか。もしかしてウィンさんも同行されるんですか?」


「よく知ってるね。」


「街で噂になっていますよ。皇子様と皇女様の護衛をされるんですか? それって凄いんじゃないですか!? 皇子様ですよ? 皇女様ですよ? うわあ、凄い! 凄い!」


 興奮のあまりセリが身を乗り出して大きな声を出した。

 

「私、帝都に来るまでは村とネストの街しか行ったこと無いから、皇族の方なんて見たこと無いんです」


 リヨンへ立たれる時パレードされるのかな? 見たいな? でもお仕事あるよね? と、一人悶々としているセリ。


「皇族の方を近くでご覧になられたことあるんですか?」


「うん、まあ」


 ウィンとロック、レティシアの視線がコーネリアへと向かう。

 その皇女ご当人であるコーネリアは、澄ましたような顔で自分のシチューをつついていた。


「うわあ、凄いなあ。やっぱり皇子様とか皇女様って憧れちゃいます。よく村の子たちとお姫様ごっことかして遊んでたなあ」


 セリが懐かしそうに笑った。


「女の子ならやっぱり誰でも憧れますから」


 そのセリの言葉に、コーネリアもちょっと困ったように笑っていた。


「多分、当日は大通りを通られますよ。皇女殿下は恐らく輿の外へと出られないかと思いますけど、皇太子殿下は顔をお見せになられると思います」


「見れるといいです」


 コーネリアがそう言うと、セリは笑って答えた。

 




 食事がすむ頃、『渡り鳥の宿木』亭の喧騒も落ち着いてくる。


「手伝いますよ」


 ウィンはハンナにそう申し出ると、厨房の中へと歩いて行った。


「あら、ウィン。手伝ってくれるのかい? 助かるねぇ」


「何します?」


「じゃあ、セリちゃんと一緒に空いた卓から食器なんかを洗い場へ下げてくれるかい?」


「わかりました」


 食堂での料理提供や注文といった仕事が落ち着いたセリは、客が帰った卓の食器を次々と厨房の奥にある洗い場へと下げていた。


「手伝うよ」


「そんな。ウィンさんはお客様なのに」


「もともとここに住み込みで働いていたからさ。どうも身体がうずくんだよね」


 笑って言うと、ウィンも次々と空いた食器などを片付けだす。

 ウィンとセリが並んで食器を運んだり、卓を拭きあげている様子を見つめていたレティシアは、ふぅっと小さく息を漏らした。


「……私もお料理とか家事を覚えてみようかな?」


「え!?」


 ロックが思わずといった感じで、レティシアを見た。


「そうですね……ああいった光景を見ると、少し憧れちゃいますね」


 コーネリアもレティシアと同じく、ウィンとセリの二人が洗い物を下げているのを見つめていた。

 ウィンがセリと他愛ない話しをしつつ――あくまでも作業に関しての話だったが――どこか二人が楽しげに仕事をしているのを見て、居ても立ってもいられなくなったレティシアが席を立ち上がった。


「お兄ちゃん、私も一緒に手伝う!」

 

「あれ? レティも手伝うの? だけどレティ、せっかくの服が汚れるぞ」


「大丈夫、気をつけるから」


 レティシアはウィンと同じように袖を捲ると、食器を片付け始めていた。

 彼女も幼い頃、ウィンにくっついて手伝いをしていたので慣れたものだ。


 まだ残っていた店の客たちの視線が、レティシアへと集まっていた


 レティシアとコーネリアはちょっと市井では見られない気品のある出で立ちで、その容姿も優れている。

 食事中どころか入店した時から、あからさまではなかったがちらちらと、どこか遠慮がちな視線を集めてはいた。

 

 しかし、さすがに店の手伝いまで始めてしまうと店内中の客の視線がレティシアへと集まる。


「でも、さすがにちょっかいかけるような奴はいねぇな」


 ロックが呟く。


 酒で酔っ払っている者も結構いたが、セリには下品な言葉を投げかけたり、露骨に身体に触ろうとする者がいたりするものの、レティシアが側を通っても彼らは目で追いかけるだけだった。

 

 どこから見ても貴族のお姫様然とした雰囲気を纏っているレティシアが凄いのか。


(まあ、多分触ろうにも触れることすら敵わないだろうけど)


「しかし、レティシア様。大好きな兄貴を取られそうな妹みたいにしか見えないな……」


「私にも兄が二人いますけど、あまりそんな気持ちにはなったことないです。でも、ロックさんのおっしゃりたいことも何となくわかる気がします」


 コーネリアは言うと、セリと競うようにして、ウィンと並んで食器を下げているレティシアを見ながら微笑む。だがその微笑みはロックの目には、どこか羨ましそうに見えた。

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