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晩餐会②

活動報告にて装丁された状態の表紙を上げてあります。

ぜひご覧になってみてください。

 レティシアに腕を絡み取られ、従者たちが控える広間から連れだされたウィンは、白い石と精緻な彫刻が施された石柱で構成された廊下を歩く。

 廊下でも、晩餐会に招待された貴族、そしてその従者や皇宮に勤める使用人たちが忙しそうに往来していた。

 

 ウィンはその人々の間を、可憐なドレスに身を包んだレティシアに腕を組まれて歩いて行く。


 そんなウィンとレティシアを誰もが振り返って見送っていた。


(めちゃくちゃ注目されてるんだけど!? レティ、いいの?)


 周囲の視線が突き刺さる。

 ウィンは心臓をバクバクとさせながら、人々の注目の中廊下を歩く。

 

 レティシアが、組んでいる腕を解いてくれれば良いのだが、彼女は上機嫌に笑顔を浮かべながら、晩餐会の会場から漏れ聞こえてくる宮廷楽団の調べに合わせて歌を口ずさみながら歩いていた。

 レティシアとしては、ウィンとダンスこそ踊ることは出来なかったが、綺麗にドレスを着飾った姿でウィンと歩けるだけで楽しかった。

 

 広いとはいえ晩餐会の会場である大広間の隣室なので、それほど長く廊下を歩いていたわけではないのだが、会場へと続く両開きの扉の前へと立つまで、ウィンには随分と長い時間が経過しているように感じていた。

 

 会場前の扉には、謁見の間のように衛兵が二人立っており、ウィンに訝しげな視線を送ってくる。

 

 衛兵の二人がウィンの顔を知らないわけではない。

 むしろ、皇宮に勤めている者たちの間では、ウィンの顔は知れ渡っている方である。


 なにしろ、現在第一皇女コーネリアの唯一の従士だ。


 とはいえ、この扉の先へと入れる者は宮廷序列が高いごく一部に限られている。

 ウィンの宮廷序列では、この扉を潜ることは出来ない。


 しかし、傍から見るとウィンにエスコートされている美しい貴族の姫君が、衛兵たちに微笑みを浮かべて頷くと、彼らはその姫君がレティシアであることに一瞬驚き見惚れ、それから慌てて扉を開いてくれた。


 重厚な扉が開いたその先は――ウィンの目に飛び込んできたのは絢爛豪華な貴族の世界。


 豪勢な料理が盛られた円卓が無数に並び、その間を飲み物を持った皇宮の使用人たちが忙しなく、それでいて優雅な動きで行き交っている。


 様々な装飾品、豪奢なドレスに身を包んだ美しい貴婦人たちと、瀟洒な服に身を包んだ紳士たちが、宮廷楽団の奏でる音楽に、歌に、耳を傾け、踊り、談笑をしていた。


 帝国皇帝主催による、隣国王太子を歓迎する晩餐会。


 それは、ウィンが今まで見た夜会の中でも最も盛大なものであった。


「レティシア様だ……」


「レティシア様が戻って来られた」


 扉が開き、大広間へとレティシアが戻ってきたことに気付いた者たちの囁きが、まるで波紋のように会場中へと伝わっていく。

 

 そして当然のことながら、周囲の視線はウィンへも向いた。

 ウィンの腕に、レティシアが幸せそうな微笑みを浮かべて腕を絡めているのだ。


 その光景を見て、ある者は納得したように頷き、ある者は嫉妬の色を浮かべ、そしてある者は――。


 ウィンとレティシアが一歩足を進めると、さっと人が割れ道が開く。


 その先にはこの国の皇太子アルフレッドと皇女コーネリアの兄妹と、この晩餐会の主賓であるラウルが笑顔を浮かべて二人を迎えてくれたのだった。



 ◇◆◇◆◇



(――気に食わない。気に食わない!)


 自分を差し置いて注目を浴び続ける妹。


 周囲の男たちは彼女へと熱い視線を向け、女性たちまでもが憧憬の眼差しを送っている。

 その妹は現在、男の腕に自分の腕を絡ませて、どこか緩んだ幸せそうな顔で微笑みを浮かべていた。


 そう、男の腕に絡ませているのだ。


 それにも関わらず、周囲の男どもは妹へと熱い視線を投げ続けている。


(あの男も! あの男も!)


 つい先年までそれらの視線は、全てとは言わないがその多くを――このレムルシル帝国において、皇室と縁戚であり名家中の名家であるメイヴィス公爵家長女ステイシアが独占していたものだった。


 誰も彼もが歯の浮くような台詞を彼女の耳元で囁いていた。

 きらびやかな宝石を始めとした装飾品や、高名な画家が描いた絵画。一流の職人が仕立てたドレスなど、ステイシアが夜会へと参加する度に、独身の男性貴族たちから山のように贈られていたものだ。

 

 それが今やどうだ。


 視線の先で多くの男性を集めているのは、かつて父からも母からも期待されなかった妹。


 幼い頃、勉強に習い事、何をやらせるにしても兄姉たちと違う愚図で、怒られてばかりいた妹。

 兄姉たちと机を並べながら「兄上様や姉上様が出来ますのに、なぜレティシア様はこの程度のことも出来ないのか!」 と叱られて、いつもビクビクと他人の顔色ばかり窺っている暗い妹。

 ついには勝手に屋敷を抜けだしてしまうこと多くなり、いつしか公爵家の使用人からも腫れ物扱いされていた末の妹。


 父であるメイヴィス公レクトールは、そんな妹を療養中として社交界へと出すことはしなかった――。 

 

 その妹が――レティシアが今や、皇太子であるアルフレッド、その妹姫コーネリア、さらにはリヨン王国王太子ラウルとともに並び立ち、この晩餐会の主役の一人となっていた。


 いや注目度では三人の皇族、王族を上回っているだろう。


 レムルシル帝国皇帝アレクセイはアルフレッドとレティシアの婚姻を望んだとも聞いた。

 しかし、不遜なことにそれを一度レティシアは断ったらしい。

 本来、臣籍である者にとっては絶対に等しい皇帝の要請を断ったのである。


 恐らくはいま、腕を絡めている男のために――。


 ステイシアの父であるメイヴィス公レクトールは、皇室とのより深いつながりを持つことを望んでいる。

 だがレティシアがアルフレッドとの縁談を断ってしまったため、その代わりとしてステイシアへと皇族との話を持ちかけてきた。

 ただし、その相手は皇太子アルフレッドとではなく側室の母を持つ第二皇子ノイマンとだ。


 第二皇子ノイマンは、女帝の存在が許される帝国の皇位継承権順位においては、正室の子どもであるアルフレッドとコーネリアに次ぐ第三位。


 皇位継承権順位は決して低いわけではない。


 しかし、アルフレッドではなく第二皇子のノイマンを相手に選んだことが、ステイシアにとっては誇りを傷つけるものだった。

 そして、父レクトールはいまだアルフレッドとレティシアの縁談を画策している様子がある。

 

 皇帝アレクセイはアルフレッドの相手として、国内ではレティシアを、それ以外ならばどこか他国の姫を望んでいると聞く。

 皇室との縁を婚姻によって強くしたければ、メイヴィス公爵家の長男レイルズも決まった伴侶はいない。となればコーネリア皇女とレイルズの縁談も普通であれば考えられるのだが、帝国皇室の女性は他国王室の女性たちと違い政略結婚があまり行われない。


 多くの場合、皇族や王族、貴族など高貴な身分にある女性の結婚は、政治の取引として扱われるのだが、ここレムルシル帝国の建国の祖は女性だったためか、皇女の意に沿わない相手との結婚が強制された例が過去に存在しない。


 未婚の皇女は家族を除き、将来伴侶となる男性以外には触れることは許されないという制約。

 しかし、逆に言えば皇女に伴侶を決める選択権が与えられていることでもある。


 もっとも、多くの場合は皇帝が選んできた家柄の良い婿候補の中から、自らの伴侶を決めるので、結局のところ狭い選択肢しか存在しない。

 それでも他国の王室の女性たちに比べると、かなり優遇されているといえよう。

 

 ともあれ、前提としてコーネリア皇女がレイルズを気に入らなければ婚姻が成されることはないため、そこにレクトールの思惑が入る余地はない。


 そこで長女ステイシアと第二皇子ノイマンの婚姻を画策した。


 皇帝アレクセイとしても国内有力貴族であるメイヴィス公爵家との結びつきは強くしたい。

 レティシアとの話が破談となり、アルフレッドが他国の姫を伴侶に迎えることになるのであれば、第二皇子ノイマンとステイシアが婚姻を結ぶことは皇室にとっても充分利益となる。


(私はレティシアの代わり?)


 それがステイシアには気に食わない。


 令息であるレイルズに何かあれば、公爵家の当主になる可能性が高い公爵家第一公女。

 そうでなくても、メイヴィス公爵家との縁を結びたい家はいくらでもある。

 

 社交界で最も注目を浴び続けてきただけに、まだ夜も更けない内に屋敷を脱け出すなど幼い頃から様々な奇行をし、社交界にすら出させてもらえず、ずっと日陰者だったレティシアに、その立場が奪われるのは到底許せなかった。

 

(私を選ばないアルフレッド様も、私をレティシアの代わりにしようとするお父様も許せない!)


 軽く一礼し、大広間を後にしようとしているアルフレッド、コーネリア、ラウル、そしてレティシアと、もう一人の名も知らない青年の後ろ姿を睨みつけながら、嫉妬の感情を募らせるステイシア。


「みんな、あの子に騙されているんだわ……」


 誰にも聞こえぬように、小さく吐き捨てるようにステイシアは呟く。


「ええ、そのとおりでございます。ステイシア様」


 だが、その呟きに言葉を返すものがいた。


「陛下はアルフレッド殿下の妃にレティシア様が相応しいとお考えのようです。

 しかし、確かにあの御方は知性、名声、容姿と素晴らしい物をお持ちではございますが、残念ながらどこの馬の骨とも分からない素性の知れない男に傾倒している始末。

 そのような御方は皇太子妃に相応しくないと、私たち由緒正しき血統の帝国貴族の多くがそう考えております。

 そう……次代の帝国の国母に相応しいのはステイシア様のように、帝国名門の家柄と教養を備えた御方が相応しい」


「確か、クライフドルフ侯の……」


「クライフドルフ侯爵公子のジェイドと申します。メイヴィス公爵公女ステイシア様にはよろしくお見知り置きを」


 彼は端正に整った顔に微笑みを浮かべ、胸に右手を宛てて軽く一礼した。


「現在の皇室は我々伝統ある貴族が占めていた要職に平民をつけるなど、我ら貴族を蔑ろにした動きが目立ちます。

 ですがその政策の多くが陛下の意思ではなく、皇太子殿下のご意思とか。

 我ら由緒正しき貴族たちの皇太子殿下を敬う気持ちに一点の曇りもございませんが、帝国の心ある貴族の多くは、学のない平民が帝国の要職を勤めることに憂いを覚えております」


 ステイシアのすぐ傍へと歩み寄ったジェイドはそう囁く。


 いつの間にか、ステイシアとジェイドの周囲からは人が遠ざけられていた。

 不自然に見えぬよう、それとなくクライフドルフ侯爵家の息のかかっている貴族たちが、二人から人を遠ざけるように誘導していたのだ。


 だが、そのことにステイシアは気づかない。

 レティシアへの嫉妬。


 そして自身を顧みない他の男性――とりわけ、アルフレッドへの怒りを募らせるよう、ジェイドはステイシアの気持ちを誘導していく。


「もしも、アルフレッド皇太子殿下とコーネリア皇女殿下の身に何かが起これば、ノイマン第二皇子殿下が次期皇帝陛下に即位されることになるでしょう。

 ――あの御方は側室とはいえ、そのご母堂は僭越ながら我がクライフドルフ一門に繋がる伯爵家の御方。

 そしてその万が一が起き、ノイマン皇子が皇太子として立太子され、その皇太子妃がメイヴィス公爵家のご令嬢ステイシア様であれば、我ら帝国に忠誠を誓う貴族の多くは納得するでしょう。

 もちろん、アルフレッド様の身に何かが起きればのお話です」


「そうね。ペテルシアとの関係も悪化している今の時代、皇室といえども安全じゃないわ」


「ええ。先年はあの帝国の英雄とまで謳われたザウナスによるクーデター未遂まで起こりました。万が一とはいえ何が起こるかわかりません」


「確かに。万が一とはいえ危険は何処にでも転がっている」


「いま我が屋敷ではそういった帝国の未来を憂う真の貴族たちによる勉強会が開かれております。どうです? 一度ステイシア様もご参加いたしませんか?」


「そうね。この国の貴族として、万が一を憂うのは当然ですものね」


 注目を集めていた四人(とその他一名) が消えた先を見つめるステイシアの瞳はどこか昏い光が宿っていた。



 ◇◆◇◆◇



 レティシアが控えの広間からウィンを連れてくると、アルフレッドは席を空けると一言断ってから、皇宮の中にある一室へと一同を案内した。 

 アルフレッドの私室の一つなのだろう。


 部屋の中央には輝くほど磨きこまれて木目がくっきりと美しく浮かび上がった、ローズウッド製の円卓と椅子が四脚と、趣味の良い重厚感のある調度品が置かれており、白磁の花瓶には季節の色とりどりの花が飾られている。

 ここはアルフレッドが、来客を饗すための部屋であることを伺わせた。


 帝国皇太子アルフレッド・ラウ・ルート・レムルシル。

 帝国第一皇女コーネリア・ラウ・ルート・レムルシル。

 リヨン王国王太子ラウル・オルト・リヨン。

 帝国貴族レティシア・ヴァン・メイヴィス公爵令嬢。


 そこに一人混ざるウィン。

 

 レティシアはもちろん、コーネリアに対しては同級生であることもあって緊張感はさほど覚えない。

 しかしアルフレッドとラウルという天上人が目の前にいるというこの状況は、さすがに緊張してしまう。


 幸いコーネリアの従士という立場なので、ウィンはアルフレッドとラウルの対面に腰掛けた彼女の椅子の後ろに立つことになる。


 コーネリアが皇女である以上、こういった場面にも慣れる必要があるのだろうが、取りあえず今はホッとする――が、コーネリアの後ろに立った時、レティシアが僅かに不満そうな表情を浮かべてウィンを見たので、ウィンは迷った末にコーネリアとレティシアの背後へと控えた。

 

 その様子をどこかおかしそうに見ていたコーネリアが、ウィンへと小さく微笑みを浮かべたので、ウィンも少し照れたように笑みを返した。


 四人が着席したところで、侍女が白磁器のポットからお茶をカップに注いでくれる。

 それから何やらアルフレッドの耳元で囁くと、アルフレッドが頷いたのを確認してから退室していった。


 ふとウィンが円卓の上を見ると、お茶が注がれたカップは五つ。

 従士として控えているウィンにもお茶を注いでくれたのだろうか?


 そう考えている内に、侍女が使用人の男を連れて部屋へと戻ってきた。

 使用人の男の手には椅子が一脚。


「その椅子はレティシア殿とコーネリアの間に置いてくれ」


 アルフレッドの言う通りに椅子を置くと、侍女と使用人の男は深々と一同に礼をして退室して行った。


「ウィン君も座ってくれ。立ったままではお茶も飲みづらい」


「はい。失礼します」


「はい、お兄ちゃん」


 レティシアが、ウィンへとソーサーとカップを差し出してくる。


「お兄ちゃんのお茶だよ」

  

「ありがとうございます、レティシア様」


 仕える主であるコーネリアが頷いたのを確認してから、ウィンはカップを受け取った。


「『ありがとう』だよ。私に対しては敬語禁止!」


 小さく、それでも強い口調で主張するレティシアに、ウィンは微笑むと、


「ありがとう、レティ」


「うん」


 レティシアが嬉しそうに微笑んだ。


 ウィンは正直、この場にいる緊張感で手が震えてしまい、お茶を飲む際にカチャカチャと音を立てないか心配だったが、どうにか音も立てず口へと運ぶことが出来た。 


 部屋の中には五人だけである。


 どう考えてもこの場では身分違いであるウィンは、人払いをするなら自分も出て行ったほうが良いかなと考えたのだが、それならわざわざラウルがウィンの事を呼んだりしないだろうし、アルフレッドも椅子を用意はしないだろうと思い、そしてその考えはあたっていたのか、ラウルはウィンがソーサーとカップを卓の上に置くと同時に口を開いた。


「さて……俺がこの国へとわざわざ来た理由はレティに知らせておきたいことがあったからだ。そしてその情報は、ここにいる者たちも知っておいた方がいいと俺は判断して、アルフレッドにこの場を用意してもらった」


 そう言うと、ラウルは一同の顔を見回してからふぅと一つ息を吐いた。

 そしてレティシアの顔を見ると、


「レティ、あの【背教者】――サラ・フェルールを覚えているか?」


 その一言にレティシアの目がスッと細くなった。


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