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理由

残酷描写があります。

って、こればっかだ……苦手な人は注意してくださいね。

場面はコーネリア⇒ロック⇒レティシア⇒ロックの順となっています。

場面転換多くて、すみません。


 レムルシル帝国第一皇女コーネリア・ラウ・コール・レムルシル。

 この帝国の第二皇位継承者。


 皇族唯一の姫であるコーネリアは、肉親かもしくは配偶者となる人間にしか直接身体に触れる事、触れられる事は許されない。

 その事を知る貴族達は、彼女には近寄ってこなかった。

 例外は侯爵家という大貴族であるジェイドや、レギンといった者達だ。

 彼らは逆にコーネリアに触れられるということ。それは即、皇帝の配偶者となれるかもしれない道が見えてくることになる。

 無論、第一皇位継承者であるアルフレッド皇太子の存在があるが、第二皇位継承権を持つ彼女の価値は大きい。

 アルフレッド皇太子の身に何かあれば、必然彼女が次代の皇帝となるのだから。

 だが、大貴族の子息である彼らであっても、コーネリアに自ら触れるようなことはしない。

 彼女の意に反して触れるようなことがあれば、この国を統べる皇帝より死を宣告されることになる。

 だがこれは、彼女の身を守るだけではなく、せっかく父である皇帝陛下に我侭を願い、騎士学校へと入学したというのに、彼女を孤独な状態へと追いやってしまう原因となってしまったのだが――


 ジェイドを先頭に、前後を四名の騎士によって挟まれ、森の小道を歩いていく。

 露払いの兵士たちが切り開いてくれているおかげで、行軍時よりも幾分か歩きやすくなっていた。

 歩き続けているうちに、やがて森が開け街道へと抜ける。

 そこには金箔がふんだんにあしらわれ侯爵家の紋章が刻み込まれた、白塗りの豪奢な馬車が止まっていた。


「さあ、殿下。お手を……」


 ジェイドが馬車へと先に乗り込むと、コーネリアへと手を差し伸べてくる。

 しかしコーネリアはその手を取ることもなく、黙って自らの足で馬車へと乗り込んだ。

 

 差し出した手を無視された格好のジェイドは、一瞬憮然とした表情を浮かべたが、コーネリアに座席に座るように促した。

 特に断る理由もないので、コーネリアも今度は勧められるがままに座る。

 

「よし、出せ」


 ジェイドの合図で馬車が走りだした。

 何らかの魔法がかけられているのだろうか? 

 馬車の揺れがほとんど感じられなかった。

 皇族が使用している馬車ですら、ここまでの性能を持たせているものはあるだろうか。

 この馬車を作るのに、いったいどれだけの金を掛けているのだろう。

 世話役として馬車に乗り込んでいる従者の一人が紅茶を差し出す。

 香りからして茶葉もまた、上等なものだろう。

 お茶の容れられていたポットもまた、魔法によって保温でもされているのだろうか、カップからは湯気が漂っていた。

 口をつける。

 この状況だ。

 毒を盛られることもないだろう。

 緊張で口の中と喉がカラカラになっていたため、お茶はひどく美味く感じられた。

 一気に流し込みたい気分になったが、上品に口をつけていく。

 それはジェイド達に対して彼女が何者であるかを思い出させるための、彼女なりの威嚇であった。


 口の中が潤い、一息つくとコーネリアはジェイドへと視線を向けた。


「それで、私にはどのような役割を与えられているのでしょうか?」


「お分かりでしょう。我らの旗印となっていただきます」


「目的は?」


「皇族を害したクーデター派を一掃後、殿下には皇帝の地位へと就いていただくために」


「クーデターそのものを止める気はないのですね?」


 その質問にジェイドは答えず、微笑を浮かべたのみだった。

 

「今から動いたとしても、間に合いません。我が領地へと殿下にはご避難頂き、そこで捲土重来を図られた方がよろしいかと」


 ぬけぬけとよくも!


 コーネリアは怒りを覚えたが、それを表情に出さないように必死に取り繕う。

 先ほどのレギン准騎士を殺害したことといい、クライフドルフ家は事前にこのクーデターの情報を掴んでいたに違いない。

 にも関わらず、クーデターを防ぐのではなく、自らの勢力を強くすることを優先しようというのか。

 おそらくコーネリアが皇帝の地位に就いた時、その横に立つのはこの男。

 摂政に彼の父親であるウェルト・ヴァン・クライフドルフ候が、そして配偶者としてこのジェイドが選ばれるという筋書きといったところだろう。

 しかも、クーデター派からの帝都解放の英雄というおまけつきだ。

 何も知らない民たちは、讃えるに違いない。

 

 ジェイドは動揺した風も見せず、ただ自分を見つめてくる皇女を見て賞賛の溜息をついた。

 その瞳には、ジェイド達が意図しているところをあらかた把握している様子が見て取れたからだ。


「さすがは皇室の血というところですか。この状況で、ここまで肝が据わられているとは。失礼ではありますが、少し見直しました」


「取り乱して事態が好転するならいくらでも。ところで、他の班になった学生達はどうなったのでしょう?」


「残念ですが、恐らくは殺されているかと」


 言葉とは裏腹に、ただ淡々と答えるジェイド。

 その返答でジェイド達が今回のクーデターの情報と行動を把握しており、その上で何ら行動に移さなかったことをコーネリアは理解した。

 昨夜の任務による緊張感を漂わせつつも、楽しげに語らっていた彼らの姿が思い出されていく。

 とりわけ、訓練で幾度となく剣を交えたウィンの事を思い出す。

 ジェイドの言葉が真実であれば、彼もまた殺されたということだ。

 昨夜、焚火の傍で話したとき、騎士になるという夢を熱く語っていたウィン。

 彼もまた死んでしまったという。

 期待していたような学校生活を送れず、日々孤独な学生生活を送っていた中で得た、訓練でのパートナーとはいえ初めて得た友人だった。

 そういえば、彼の袖に触れたこともある。

 皇女コーネリアとしてではなく、騎士候補生コーネリアとしてではあったが、授業が終わった後に影ながらついている従者達に叱られてしまった。

 あくまでも騎士候補生としてであると強調し、見逃してはもらったが――。

 だがもう、そういったことも出来なくなってしまったのだ。

 彼女の頬を一筋の雫が流れていく。


「殺された者達への哀悼の涙でございますか? 慈悲深い統治者は民も支持します。帝都奪還の暁にも、哀悼の意を表していただきたいものです」


 ジェイドが白絹の手布を差し出してくる。

 コーネリアはそれを目で拒否すると、目元をぬぐってから立ち上がった。


「……貴方はご存知なのですか? 殺された者の中にあの勇者様の――」


「ウィン・バードのことですか? もちろんです」


「知っていて彼を?」


「殿下をお救いすることが最優先です。仕方がありませんでした。それに、彼の死は利用できます。クーデター派によって殺されたと知れば――」


「勇者がクーデター派を潰す?」


 ジェイドが冷酷な笑みを浮かべた。

 彼が死んだという事をも利用しようというのか。

 そううまく事が運ぶのだろうか?

 確かに、勇者がクーデター派に対して剣を抜く理由になるだろう。

 だが、その剣がクーデター派だけではなく、根本的な原因となった帝国そのものに向くことはないのだろうか?

 彼の死がもたらすその意味――帝国にとって、それは勇者が敵に回ったかもしれないという事実。


「あの……レティシア・ヴァン・メイヴィスを向こうに回してしまったかもしれない」


「それが我らの狙いです。」


「彼らが砦を制圧したということは、魔力の増幅装置が目的なのはわかります。ですが!」

 

 その時、ガタンッと馬車が大きく揺れた。

 それまで、まるで建物の部屋の中で過ごしているかのごとく、揺れを覚えなかった馬車が、客室にも振動を伝え始める。

 

「これは……?」


「どうやら、奴らが発動させたようです」


「……封魔結界」


 対魔族用の帝国の切り札。

 ある一定の魔力を封じてしまう広域結界魔法。

 

「この魔法をもってしても、勇者の魔力を完全に封じることはできないでしょうが、彼らにはまだ切り札があるようです。まあ、それで勇者が殺されたとしても、我々にはそう大きな影響は及ばないでしょう」


 得意げな顔で語り続けるジェイドの目を見ることができず、コーネリアは馬車の窓へと目を向けた。

 車窓から流れていく景色を見つめる。


 ジェイド達もクーデター派も勇者を甘く見すぎている。

 彼女は四年ぶりに再会した師から、彼女の人とはとても思えない力を伝え聞いていた。


 コーネリアの師。

 それは『聖女』の称号を持つリアラ・セイン。


 勇者の仲間であった三名のうちの一人。

 リアラから伝え聞いた、数多くの魔族や魔物達との戦いの様子。

 まさに伝説となるに相応しい彼女の戦いぶりを聞く限り、とても魔力を封じただけで彼女を害せるとは思えなかった。

 そもそも、世界中の国々による連合軍ですら敗北させてしまった魔王を倒した存在である。

 魔力を封じただけで殺されてしまうようならば、とっくに魔族が何らかの手を打って勇者を倒してしまっているのではないだろうか?

 とはいえ、ここでそれを案じるのはもう遅いかもしれない。

 ウィンが殺されてしまったのであれば、確実に勇者の怒りがこの帝国に降り注ぐことになるだろう。

 他国からの非難も帝国へと集中することになるだろう。

 たとえジェイド達のもくろみ通りに事が運んだとしても、その後の帝国の行く末はひどく困難な道のりとなる。

 

 ――どうか、無事でいてください。


 走り続ける馬車の中、コーネリアはそう祈る事しかできなかった。

 

 










 四班が受け持つ一角で爆音が轟いた頃――


 三班のロックもまた、他の学生達とともに、同行していた騎士達に囲まれていた。

 ロックは出発した当初から、騎士達の間に何か不穏な気配を感じ取っていた。

 中央出身の班長である騎士以外の三人が、幾度も密談しているのを目撃していたためだ。

 小休憩を取っているときにも班長の目を盗んで、副班長を含めた三人で情報の交換をしている。

 何度も地図を開いては、三班と他の班の現在予定位置の確認。

 さらには砦からの距離も確認していたようだ。


 普通ならば、そう不思議なことではないだろう。

 進路の確認をしているだけだと思ったかもしれない。


 しかし、それを班長である騎士の目を盗みながら、さらにそれが度重なって行われているときては、いくらなんでもおかしいと思えるようになる。


 確かにロックの目から見ても、班長という肩書きだけは持っているものの、実際に見るに訓練不足で身体が鈍った、とても騎士とは思いたくない男だった。

 しかし、上官は上官であるはずだ。

 班の方針は、例え飾りであろうとも(ロックはすでに班長は飾りであると断定していた) 伝える必要があるはずだ。

 にもかかわらず、副班長にばかり報告し、班長には進んでいる方角やこれからの予定などの簡単な報告をしているだけだ。


 ――こりゃあ、何かあるな。


「おい」


「何だよ、ロック」


 隣を歩いていた同輩にそっとささやく。


「何かきな臭い気がする。奴ら、何かする気かもしれん。一応気をつけとけと他の奴らにも伝えとけ」


 いぶかしげな表情をしながらもロックに言われた彼は、不自然でない程度に前を行く班員の学生の横に並び、ロックの伝言を囁く。


 ロックが他の生徒達にこうして働きかけることができるのも、彼の実家が金持ちの商家だからだ。

 平民出身者であるため、ジェイドやレギンのような上級貴族には成り上がり者とさげすまれることも多いが、彼らみたいな人種は希少種であり、大多数の貴族は富裕な商家とあまり力関係に差がない。

 貴族身分という社会的な権威にも、金という名の実弾は十二分に通用する。

 大抵の貴族であれば、ロックの実家であるマリーン家には逆らえない。

 それだけの富を築き上げている。

 ロック自身はそれを持ち出したりはせず、大抵の人間とは対等に付き合ってきたため、ウィンに比べると交友関係が広かった。

 だから、先導していた騎士によって部隊を窪地が点在する場所へと誘い込まれ、班長であった騎士が穴へと落とされて殺害されてしまった後、学生達の誰もが不意打ちを受けることなく騎士達を迎え撃つことができた。

 とはいえ、未熟な准騎士によって構成された学生五人と、正騎士三人とでは、数の上では優勢であっても、勝てるかどうか微妙なところだ。


「副班長は俺がやる。あとの騎士達は二対一の状況にして、挟み込んで戦うぞ」


「おう」


 副班長と一対一で対峙し、ロックは盾を構えた。


「ロック・マリーン。マリーン家の次男は、バカ息子だという噂を聞いたことがあったが、噂というものはアテにならないな」


「そうでもないさ。三年前の俺はその通りのバカ息子だったよ」


 家を継ぐ兄が教育を受ける一方で、次男であるロックは割と自由が与えられていた。

 一応、兄と同様に家庭教師も付けては貰えていたものの、家人の目を盗んでは家を抜け出して近所の子供達と遊び回っていることが多かった。

 騎士学校へと入ることを決めた時も、実のところ家を出入りしている貴族の子供の一人から、騎士の資格は金で手に入れることができると知っていたからだ。

 授業を受けることもせず、遊んでいるだけで騎士の称号が手に入る。 

 騎士学校を卒業すれば、戦場へと赴くこともなく、安全が保証されたこの帝都で働くことができる。

 さらに騎士ともなれば、女の子にもモテるに違いない。

 その程度にしか考えていなかった。


 何の事はない。


 ロックもまた、三年前まではあのロクでもない貴族達と同じ人種だったのだ。

 それが、ウィンと出会ってしまい、ロックは自らの騎士に対する考え方を根本的に変えさせられてしまった。

 平民という身分であり、頼るべき親族もおらず、魔法の才能すらもない。

 他の学生達に比べ、何もかも持っていないウィン。

 しかし、彼の――騎士になるという夢のために払う、ありとあらゆる努力を惜しまないその姿を、ロックは最も近くで見せ続けられてきた。


 眩しかった。


 素直に凄いと感じた。


 盾をしっかりと前に向けて構え、剣を握りなおす。


 ウィンと出会ってから、それまで適当に手を抜いていた剣の訓練にも明け暮れた。

 あいつに感化されてしまったことが恥ずかしくて、誰の目にもつかないところで剣を振ったこともある。

 時には、ウィンの訓練している姿を盗み見て真似をしようともした。

 そのおかげでロックは、前年度次席の成績という好成績を収めることができたのだ。


 おれが初の実戦で怯えることなく戦うことができるのは、お前のおかげだよ。


 ロックはゆっくりと深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 顔を真っ直ぐに副班長へと向ける。

 同輩の四人は、うまく二対一の状況を作り出して対峙しているようだ。

 貴族の子息である彼らは、魔力においては目の前の騎士たちよりも素養がある。

 身体強化魔法を使用して戦えば、例え実戦経験や技量で劣るとは言え五分以上に戦えるはずだ。


「俺以外は、分が悪いか? 俺がロック准騎士を倒すまで、何とか持ちこたえさせろ」


 副班長もロックと同じ判断を下す。


「防御に専念して、他の奴が部下を倒すのを待つという算段だったのだろうが、そう思い通りにことが運ぶと思うなよ?」


「さあね。だけど、俺だってそう簡単には殺られたりはしませんよ」


 不敵な笑みを浮かべるロック。

 ふた組できた二対一のどちらか一方でも、騎士を倒すことができればロック達の勝算が上がる。

 要はそれまで時間を稼げばいい。


「なら、やってみせろ!」


 盾の影から突き出してくる副班長の剣を、ロックは左手に構えた盾で受け流す。

 さすがに実践から叩き上げてきた騎士。

 学生同士の模擬戦闘レベルでは、決して味わうことのできない連撃。

 だがロックはその剣の軌道を盾で受け止め、剣で一つ一つ受け流していく。


「大したものだ。実戦は初めてだろうに」


 冷静に自身の攻撃を捌いていくロックに、副班長もまた驚きを覚えていた。

 彼もまた、戦場を幾つも巡りながら、その都度生き残ってきた男だ。

 学生に遅れを取るつもりはなかったのだが、ロックは見事なまでに彼の攻撃をさばき続けている。


 戦場での手柄により騎士となった彼には、騎士学校出身の騎士達の剣技は型だけのものだと思っていたのだが……。


 実際の戦場においては、剣技はほぼ一撃必殺が重要視される。

 二擊目、三擊目と剣を合わせることはほとんどないと言っていい。

 副班長もまた、一撃で決めようと細かくフェイントを織り交ぜつつ一撃を放つ。

 強い必殺の意思の込められた重い一撃は、まだ年若い准騎士にとって精神をも削り取っていくだろうに、ロックは例え防御に専念しているとは言えどよく防いでいた。

 マリーン家は平民ではあるが貴族の降嫁も幾度かあったので、平均的な平民よりも強い魔力を持っていることも幸いした。

 ロックは、実戦経験と技術において劣っていたとしても、肉体強化魔法によって強化された身体能力で上回ることができているため、持ちこたえることができていたのだ。


 ――それに。


 伊達に、勇者の師匠の剣を近くで見てきたわけじゃねぇんだよ!


 ウィンが振るう、とてつもなく速い剣。

 その仮想敵は『剣の神姫』の称号を持つレティシア・ヴァン・メイヴィス。

 あんな化物みたいな強さを持つ勇者を相手にしている剣を見てきたのだ。

 盗み見ていたあの剣速に比べれば、攻撃を繰り出すまでには至らないが、援護が来るまで持ちこたえることぐらいはできそうだ。


 ロックは、副班長の剣を盾で受け止めようと足を踏ん張る――が。


「な?」


 急に腕が、足が、全身から力が抜ける。


 盾に剣が叩きつけられる金属音と共に、ロックは後方へと吹き飛ばされた。


「がっ……」


 背後の木に叩きつけられて、肺の中の空気を一気の吐き出した。


「ぎゃあああああ!」


 朦朧としながらも、どうにか倒れずに片膝立ちの姿勢になるロックの耳に、悲鳴が聞こえてきた。

 口の中に広がっていく鉄錆の味を覚えながら、悲鳴の上がった方へと目を向ける。

 そこには右腕を切り落とされて、地面を転げまわる同輩の学生が一人。

 もう一人もまた、腹部を剣で刺し貫かれていた。

 もう一組の方は姿が見えない。

 戦っている最中に、移動してしまったのか。

 だが、やはり聞き覚えのある悲鳴が上がっているのが聞こえる。

 おそらくは断末魔の声――


 いったい……何が……?


「時間だ」


 無表情にロックを見下ろす副班長。

 よろよろと立ちあがろうとするが、左手に持つ盾が、右手に握る剣が重い。


「魔力が……感じられない?」


「授業で習わなかったか? これが帝都シムルグを護る魔法の一つ封魔結界が発動したのだよ」


 帝都シムルグを中心して建つ六つの塔に設置された、魔力装置を使用した対魔結界魔法。

 六つの塔を結ぶ円の中にいる者の魔力を封じてしまう、瘴気を糧として魔力を得る魔族に対抗するための編み出された、レムルシル帝国の切り札の一つである魔法である。

 魔力を封じられることで、ロック達の強化魔法が強制的に解除されてしまったのだ。


「時間稼ぎを狙っていたようだが、時間が経てば逆に我々が有利となるというのは計算違いだったな!」


 横殴りの斬撃を何とか盾で受け止めたものの、その威力に身体ごと持って行かれそうになる。

 二撃、三撃と撃ちこまれる斬撃。


「くぅ……っ」


 盾に剣がぶつかる度に、ロックは押し込まれていく。


「貴族が偉そうにしていられるのは、その強い魔力を持つからだ! その魔力を封じられてしまっては、帝都を護っている宮廷騎士団も近衛騎士団も我々の敵じゃない!」


 魔力を封じられて弱体化してしまうのは、魔族だけでなく貴族たちもである。

 彼らはその強い魔力による身体強化魔法の恩恵を強く受け続けてきた。

 ともすれば、その身体能力だけで歴戦の兵士と戦って勝てる程の。

 だが、魔力を封じられてしまってはどうか。

 互いに魔力を封じあった状態であれば、地道に日々鍛え続けてきた平民出身者の騎士たちの方が武力に勝る。

 現に、魔力を封じられてしまった学生達はあっというまに倒されてしまった。

 ロックもまた、殺されるのは時間の問題だろう。


「はっ!」


「――っ!」


 ついに幾度となく攻撃を受け止めてきたロックの盾が割れてしまう。

 割られた際に剣先が腕を浅く傷つけ、鮮血が左手から滴り落ちる。


「そういえば、ロック准騎士は貴族ではなく一応は平民だったな。だが、この計画に異分子は邪魔となる可能性がある。残念だが、君にも死んでもらう」


 剣を取り落とし左腕を押さえてうずくまるロック。

 呼吸は激しく乱れ、既に体力気力ともに限界を迎えたかのようだ。

 それでも近づいてくる副班長を睨みつけていたが、もう剣を取る気力もないのだろう。

 目の前に立ち、剣を振り上げるその姿を一度だけ睨みつけたあと、観念したかのように顔を地面へと落としたのだった。









「……帝都全域を覆いつくす結界」


 レティシアはゆっくりと周囲を見回す。

 教官の一人からこの日、この教室に来るようにと指示を受けたレティシアは、自分が誘い込まれたことを知った。

 目の前に立つ男に。

 この教室には彼女と、その老境に入った男、そして十歳から十二歳の――騎士学校に入る最低年齢に達したばかりの、今年入学したばかりの子供達が集められている。


「七重結界魔法陣なんて大掛かりなもので私の魔力を封じ込んだ上に、この子達は私に対する人質といったところかしら?」


「すまないね。君に邪魔はされたくなくてね。とはいえ、これだけの結界魔法を受けていながら、それでもなお、未だこれだけ濃密な魔力を纏わせているなんて、君は本当に人間なのか?」


 レティシアは答えない。

 彼女が睨みつけているのは男の背後に立つ、黒フードを被ったローブの男。


「魔族、ね」


「あ~たり~」


 とぼけた口調で応える魔族。


「噂に名高い勇者様に会えて嬉しいよ」


「魔族の力まで借りるなんて……帝国の英雄も地に墜ちましたね。ザウナス閣下」


 レティシアの口調が静かなものへとなっていく。

 その口調とは裏腹に、高まりつつある威圧感。

 レティシアが勇者として誕生するまで、長年に渡って魔族との戦いを繰り広げてきた歴戦の将軍。

 そして、この騎士学校校長であるザウナスは、苦いを笑みを浮かべてみせた。


「勇者殿に英雄と呼んでいただけるとは、光栄ですな」

 

 表舞台から引退させられて三年。

 その三年間――この少女が帝国の対魔族の最前線を支えてきた。

 これが情けなく思わずにいられようか。


「帝国に生まれた人間であれば、貴方の事を知らないものはいないでしょう。ましてや、戦いに身を置くものであれば」


 レティシアが戦ってきた四年間の十倍以上の期間を、最前線で戦い抜いき帝国を守り抜いた。

 彼女と同様、帝国にとっての生きた伝説。


「魔族を相手には負けない戦しかできなかったがね。そういえば、君とは事務的な話しかできなかったな。いつかきちんと話してみたいとは思っていたのだが、こうなってしまったのは残念だ」


「帝都を封魔の結界で覆うことで、貴族の騎士達から魔法を奪った。後は実力で拠点を制圧していくといったところかしら?」


「その通りだよ。レティシア君」


 ザウナスは頷いた。

 目に浮かぶ色は、出来のいい部下を褒めているような優しい光。

 ザウナスから見れば、レティシアは戦場で死んでいったが孫がまだ生きていたなら、同じくらいの年齢となる。

 

「さすがに宮殿を落すことはできないだろうが、まあそれは問題ない。目的は皇帝陛下ではないからね」


「なら、何が目的で……?」


「腐敗しきった騎士団と貴族達の排斥!」


 その一言に込められた強烈な意思――そして憎悪。

 

「見たまえ。この騎士学校に通う、騎士の卵達の惨状を。この帝国を守る盾となるはずの騎士達のこの現状を!」


 拳を握り締め、ザウナスは歯を食いしばりながら言葉を振り絞った。


「私の息子や孫たちは、私と共に身命を投げ出して魔族や魔物達と戦った。部下達もまた、家族や親しい人達を守るため自らの身体を盾にして戦場で死んでいったんだ」


 それが、どうだ?


 彼らに死を命じた騎士団の中枢は、貴族達によって支配され、多くの騎士、兵士達が死んでいく最中にも贅を凝らした生活を送っていた。

 帝国を守る盾とならんとした気高く誇り高き若者達が、前線で血と泥に塗れている中で、彼らは女の香水を漂わせながら、彼らが一生口にすることのできない美酒や珍味を口にし、その口で彼らに死を命じていたのだ。

 帝国の民達の為に盾となって死んでいった彼らが守りたかったものは、そんな腐った連中のためでは断じてない。


 彼らが守りたかったのは帝国の民たちが安心して暮らしていける世界。

 たったその一つだけ――

 

「いま、この帝都シムルグを含めた広範囲で、封魔結界を発動させている。魔力頼みの貴族騎士など、私の部下達の敵ではない」


 この学校はもちろん、各騎士団の本部、帝都の政治を司る関係各部署をザウナスの部下達によって制圧が図られているはずであった。

 定期巡回討伐任務によって、この帝都の各騎士団から相当数の戦力が派遣されている。

 今頃は、各砦で潜伏させていたザウナスの部下達によって襲撃されているだろう。

 魔力を封じられてしまい、魔法を使用できない現状での戦闘では、各部隊の統率能力と個人個人の肉体能力頼みとなる。

 前線から遠く離れた地で安穏として暮らしていた貴族達や騎士達に、常に戦場で実戦を経験し生き残ってきたザウナスの部下達が遅れを取るはずがない。

 帝都の重要施設が全て制圧されるのも時間の問題だろう。


「帝都が我らの手中に収まるまで、貴女にはここで大人しくしていただきたい」


「あなたの気持ちはとても良くわかる。同情も覚えます。ですが、ここで騎士を目指す若者達の中には、純粋にこの帝国を守ろうとしている者達もいます」


「貴女の師匠のようにかね?」


 ザウナスはレティシアに向けて、柔らかな笑みを向けた。


「ウィン候補生といったかね? 彼が努力と研鑽の日々を費やしてきたのは知っている。だが、彼もまたその生まれから、騎士になることができずにいる……」


「准騎士達や、一部の騎士候補生達は、結界魔法の装置が設置されている砦付近で、定期討伐任務へと参加しているはず。彼らはどうなりました?」


 その問いにザウナスはただ目を閉じただけであった。


「例え学生であろうとも、剣と魔法を使える以上、我らの目的への障害となり得る」


「そうですか……」


 レティシアは小さく呟くと腰に帯びた剣をゆっくりと抜く。

 ほのかに青白い輝きを放つその剣は、魔力が封じられたこの結界の中であるにもかかわらず、強い威圧感を醸し出していた。

 女神アナスタシアに与えられた聖剣である。 

 

「すごいねぇ~。おいらの張った結界の中でも、動けるんだから。怖い怖い」


 黒フードの魔族がおどけた感じで大仰に驚いてみせたあと、ひょいっとザウナスの背中へと隠れるようにして逃げ込んだ。

 並の存在であれば、七重結界魔法陣によって捕らわれると、全身がまるで重りのついた鎖によって縛られたかのように、動くことすらままならない。

 だが、レティシアの動きはごく自然な動きそのもの。


「それでも、結界に捕らわれた状態じゃあ、この将軍さんに勝てないっしょ?」


 ケタケタと笑いながら、ザウナスの背後からレティシアを覗き見る。


「慕っていたお師匠さんとかも死んじゃったし、もしかして怒っちゃったかな~?」


 師を殺された勇者は、その元凶となった貴族達へもその力を向けるはずだ。

 例え、計画が失敗したとしても、貴族の排斥には確実に成功する。


 当初は、彼とその部下達だけで実行するはずだったこの作戦。

 黒フードの魔族によって提案され修正を施された、この勇者をも利用する腐った策は、後の世まで非難されるに違いない。

 それに、勇者の怒りを買った帝国そのものにも、他国からの非難が集まることになるだろう。

 帝国は弱体化し、侵攻も受けるかもしれない。

 だが、現状のままでも帝国はどんどん国力が衰えていき、いずれは滅亡を迎えてしまうだろう。

 そうなる前に、一度この国の中枢を浄化する必要がある。

 そのために、国境付近にはザウナスの薫陶を受けつつも、今回の件に関わっていない多くの者達が張り付かせている。

 彼らであれば、帝国の中枢が再生するまでの時間を稼ぐくらいのことはしてのけるはずだ。

 

「君の師匠であるウィン候補生も殺せと指示を下したのは私だ。帝都を制圧し、貴族達を排斥した後には、私は自身の命を持って罪を償うつもりだ。だから、今は私に時間を与えてくれないか?」


 だが、そのザウナスの言葉に――。


「ふふ……あははは」


 レティシアは、それまでの凛とした表情を崩すと、突然笑い声を上げた。

 先程まで放たれていた凄絶なまでの威圧感を伴った、凛とした気配が消え失せ、笑い続けるその姿は唯の美しい一人の少女――。

 突然、笑い出した勇者を見て、先程まで怯えて泣いていた子供達ですらびっくりして泣き止み、彼女を見つめた。

 

「何がおかしいんだよ!?」


 唖然としてレティシアを見つめるザウナスの背後から、少し苛立った声音で黒フードの魔族が身を乗り出した。


「ふふ……封魔結界かぁ。確かに、貴族達やあなたたち魔族にはこれはきついかもね。現に、魔族であるあなたからも強い魔力を感じないわ」


 どこか楽しそうな表情でレティシアが言った。

 

「ねえ、みんな? 私の勇者としての称号って聞いたことがある?」


「え……?」


 くるりと軽快に振り向き、、笑顔を向けられながら質問されて戸惑う子供達。

 

「おやおや、ショックでおかしくなっちゃった?」


「急にどうしたんだ? レティシア君?」


 だが、レティシアはザウナスや黒フードの魔族を無視して子供達の下へと歩み寄ると、しゃがみこんだ。

 

「えっと……『神に限りなく近づきし者』と『剣の神姫』?」


 目線を合わされた十歳くらいの男の子が、少し顔を赤らめて答える。


「そう、正解。『剣の神姫』」


 レティシアは男の子ににっこりと微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。


「ザウナス閣下――どうして私がウィン騎士候補生を師匠と呼ぶか、お分かりですか?」


 背を向けたまま、レティシアは再び静かな口調でザウナスに言った。


「確か……幼馴染で、彼から剣を習ったからと聞いたが?」


「ええ。でも、それだけで彼のことを師匠と呼ぶとお思いですか?」


 ゆっくりと、レティシアが振り返る。

 右手に持った魔王殺しの神剣、『聖霊剣(エルナ・ブレード)』をすっと横にして目の前に掲げる。

 

「『剣の神姫』という称号は、あの剣聖ラウル・オルト・リヨンですら、この私にはその実力が遥か遠く及ばないところから来たもの」


 目を閉じて、再び微笑を浮かべる。

 ザウナスにとっては、まだ孫くらいの年齢の少女であるレティシアだが、その美しさに思わずザウナスは見とれてしまっていた。

 いや、ザウナスだけではない。

 レティシアのその静かな口調に教室内は静まり返り、黒フードの魔族ですら、レティシアの放つその気配によって縛られたかのように、無駄口の一つを叩くでもなくその雰囲気に引き込まれてしまっている。


「四年前、勇者として旅立ってから、私は唯の一度も負けることはなかった。唯の一度もね。でもね――」


 再びゆっくりと目を開き、ザウナスに顔を向ける。

 剣を再び下ろすと、右手に持ったままぶらりと下げた。

 七重結界魔法陣によって、全身を鎖で縛られたかのような感覚を覚えているはずなのだが、まるでそれを感じさせない軽やかな動き。

 自然な動作。

 そして、レティシアは恋する少女のような笑顔を浮かべた。

 それは、きっと誰もがはっとするような、見とれてしまうような笑顔。


「そんな私が、唯一人だけ魔法で強化しなければ勝てなかった人がいた。今でも、魔法を使わなければ絶対に勝てない。だから、私は彼を――お兄ちゃんを『お師匠様』って呼んでるんだよ」









 まるで首を差し出すかのように、地面へと顔を向けたロック。

 副班長はせめて苦しまないように、一撃で殺すつもりで首に狙いを定めたが、不意に訝しげな表情を浮かべた。 

 ロックの肩が小刻みに震えていたからだ。

 

「は、ははは……」


 傷ついた左腕を押さえ、ロックは乾いた笑い声を上げた。


「時間稼ぎ、か……確かに、意図していたのとはちょっと違ったけど……」


「何だ? 何か言い残したいことでもあるのか? どうせ最後なのだ。聞いてやらんこともないぞ?」


「いやさ……」


 なおもクスクスと笑い続けるロック。


「わかってはいたんだけどさ。改めてこうして見ると、本当に実は化け物なんだなって」


 ロックが顔を上げる。


「さすが『勇者様のお師匠様』だ」


 その視線の先は――


「副班長!」


 部下の鋭い注意の声。


「なに!?」


 振り向いたその時には、爆発的に膨れ上がった殺気を放ちながら、一人の騎士見習いが迫ってきていた。

 魔力を封じられて、身体強化の魔法が解除されているはずである。

 だが、その速さは先ほどまでのロック達と――いや、それを遥かに上回る速さ。


「な、何だと!?」


 信じられないほど圧倒的な速度で迫るウィンに向き直り攻撃を仕掛けるが、驚きのせいで思わず大振りになってしまった。

 そのためにがら空きになってしまった右脇腹を、ウィンの剣が薙いでいった。


「副班長!」


 信じられないという顔で、背後に駆け抜けたウィンを振り向く。

 蹲っているロックの前に、騎士剣を構えたウィンが立っていた。

 副班長は口を二、三度開閉するとそのまま崩れ落ちるようにして、前のめりに倒れ伏す。


「貴様!」


 学生達を無力化した他二名の騎士が激昂し、切り掛かってくる。

 一人は剣を振り下ろし、もう一人は鋭い突きを放つ。

 が――


「な?」


「消えた!?」


 ウィンは姿勢を低くして斬撃を避けると、振り下ろしてきた騎士の左手側に回り込み、騎士の持つ盾を死角として利用し、そのまま盾に蹴りを放った。


「うわっ!?」


 蹴り飛ばされた騎士が、もう一人の騎士へと体当たりをするような格好でぶつかり体勢を崩す。

 地面に剣を持ったまま右手を着き、振り向いた時には――

 ウィンの剣が騎士の首を切り飛ばしていた。

 鮮血を噴き上げながら転がる死体を飛び越え、ウィンは最後に生き残った騎士へと肉迫する。


「く、くそ」


 体勢を崩されたままで振るった勢いのない剣は、ウィンの振るった剣によって弾き飛ばされ――

 首元にウィンの剣が突きつけられていた。


ウィンがどうやってあの危機を切り抜けたのかは次話かな。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界の魔法体系って他者を強化したりしないのかな? 描写からすると魔力強化にもピンキリみたいだけど…… 誰かから強化してもらうとか強化するアイテムとかで補完すればウィンの弱点を補えそうな…
[良い点] 『そんな私が、唯一人だけ魔法で強化しなければ勝てなかった人がいた。今でも、魔法を使わなければ絶対に勝てない。だから、私は彼を――お兄ちゃんを『お師匠様』って呼んでるんだよ』 素敵すぎる!…
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