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神の領域に手を届かせし者

 破壊の力は撒き散らされなくても、光と轟音は遮られる事無く地平へ届く。

 ザウナス派の騎士達による制圧劇と、突如シムルグの中心から鳴り響いた雷鳴を思われる轟音に、シムルグ中の市民達は目を覚まして不安げな眼差しで皇宮を見ていた。

 皇宮からは何度も激しい光と爆音が聞こえてくる。

 人知を超えた何かが進行している。

 市民の中には巡回中の兵士、そして皇宮前に集まった騎士達に何事かと問い詰める者もいた。

 だが、騎士も兵士もその問いに答えられる者はいなかった。

 これほどの超常現象が起きているのに、騎士達が焦慮に駆られながらも待機し続けているのは、中にいた近衛騎士が皇帝アレクセイの「全ての騎士、兵士は現状にて待機せよ」との勅命を伝えていたからだ。

 勅命とあらば、勝手な行動をするわけにもいかず、こうして市民達と共に並んで皇宮を見ているしかなかったのである。


 皇宮での激しい輝きと轟音は、シムルグから遠く離れた砦までも届いていた。

 半径十メートル程度の部屋。その中心にハイエルフの姫、『大賢者』ティアラ・スキュルス・ヴェルファが佇んでいる。

 そしてティアラの前には、空中に漂う黒い石版があった。

 びっしりと魔法文字が刻み込まれ、宙にある石版の下には同様に魔法文字が刻み込まれた魔法陣が描かれている。石版と魔法陣から放たれている淡い青光が、ティアラの静謐さを湛えた表情を照らし出し、厳粛な雰囲気を感じさせる。

 ここはシムルグを中心にして配置されている六つの砦の一つ。

 レムルシル帝国の切り札の一つ。『七重結界魔法陣』を発動させるための装置である。

 六つの砦のそれぞれの最上階には同様の魔法陣と石版が設置されていて、ティアラの同朋達が向かっている。

 六つの塔の内、五つの塔はすでに配置に着いて装置を起動させる準備が完了している。

 残りはあと一つ。

 シムルグから連続して聞こえる轟音は、今もなお止むどころか益々激しさを増していた。

 しかし、この轟音が聞こえて来る間、ウィンとレティシアが戦い続けている事を意味している。

 この音が聞こえ続ける限り、戦いは終わっていない。


「ティアラ様。最後の準備が整ったと報告が!」


 魔法陣の間にハイエルフの同朋が飛び込んでくる。


「来た」


 ようやく全ての準備が整った。

 世界樹を通して伝えられた創世の女神アナスタシアの意思。

 それは破壊神ノアレを終末の時が来るまで再封印をする事。そのために、この『七重結界魔法陣』を起動させる。


「これより世界樹の力を借りて『七重結界魔法陣』を起動させ、破壊神ノアレの力を押さえ込む」

 帝都シムルグを中心にして建つ六つの塔に設置された、魔力装置を使用した対魔結界魔法。

 六つの塔を結ぶ円の中にいる者の魔力を強制的に封じてしまう、瘴気を糧に魔力を得る魔族にとって力を封じられる致命的な魔法。レムルシル帝国の切り札の一つ。

 並の存在であれば、七重結界魔法陣の中では、全身がまるで重りのついた鎖によって縛られたかのように、動くことすらままならなくなる。

 だが相手は、旧き神。それも最高位の力を持った破壊の神。

 幾ら優れた魔法技術を誇った古代レントハイム王国の遺跡でも、破壊神の神威を抑えきる事はできないだろう。

 だからティアラ達はやって来た。

 創世の女神、アナスタシアの神託を受けて。

 ティアラ達ハイエルフは、世界樹から力を引き出す奥義を心得ていた。そしてその世界樹の力の源こそ、アナスタシアそのもの。破壊神ノアレと対を為す創世の女神アナスタシアの力を借りた『七重結界魔法陣』でならば、荒ぶる神の力とて封じることができる。

 ティアラと、そして他の五つの塔に配置されたハイエルフの中でも選りすぐりの魔法の使い手が詠唱を開始。

 そして、シムルグを包み込む『封魔結界』が完成したのである。




 神と人の激戦が繰り広げられている謁見の間を襲った異変は、ティアラ達ハイエルフが起動させた封魔結界――『七重結界魔法陣』。


「なんだ、これは……。力が抜けていく?」


 ノアレの周囲で蛇の形に荒れ狂っていた稲妻が徐々に消滅し、謁見の間に張り巡らせていた防御の結界が消え失せた。

 雷鳴のような轟音が消え、竜巻が直撃したかのようにかき回されていた部屋の空気は、穏やかなものへと戻っていった。


「これ……前に経験した事がある」


 レティシアもまた、身体を包んでいた黄金の光が薄れていき消えていく。

 ザウナスがクーデターを起こした時に、レティシアはこれと同じ状況を経験していた。


「でも……何だろう。あの時は、身体に見えない何かが絡みついて来るような重さを感じていた……。だけど、これは……どこか暖かい?」

「これは世界樹の……アナスタシアの力か」


 レティシアの呟きを聞きつけて、ノアレはこの己の力を抑え込んでいるもの正体に見当を付けた。


「創世の女神よ。我らの戦いに水を差すか……?」


 破壊の神は天を仰ぎ憤怒の表情を浮かべて睨みつける。そこに己と対を為す存在があるかのように。


「……だがアナスタシアよ、これは悪手だ。それでは御身と世界樹の祝福を受けし娘も、力を失ってしまったぞ。我と御身の力は伍するのだ。完全に力を消すことはできぬし、我の力を封じるのも一時的なものでしかない。そして共に力を失ったなら、神と人、その差は絶対的であろう」


 その証拠にレティシアが完全に力を抑え込まれた状況でも、ノアレの両手には神威で作られた光の剣が握られている。

 ノアレは知らなかった。

 あれだけ再会を渇望し夢に見たウィンの本質を。

 なぜならノアレがウィンを認識した時は、レティシアから力を注ぎ込まれた状態だったからだ。

 レティシアと同等の力を持ち、レティシアを上回る技術を持つ剣士――ノアレのウィンに対する認識である。

 だが、本当のウィンはノアレの想像するウィンとはまるで違う。

 人並み以下の魔力のために騎士学校では三度も試験に失敗し、万年騎士候補生とあだ名されていた。孤児故に貧しい生活を送り、勉学でも同級生から遅れを取った。

 だからこそ、ウィンは剣だけは誰にも負けないつもりで鍛えた。

 魔力が無くても剣技だけは訓練を積み重ねれば上達し、戦い方次第では魔法を使える人間にも勝てるからだ。

 その努力が実を結び、最強の剣士の称号の一つ『剣匠』に手が届く所まで来た人物だ。

 レティシアに限らず、コーネリア、ロック、ウェッジ、リーノ、ケルヴィン、そしてアレクセイ、近衛騎士達の誰もが倦怠感を思わせる脱力感に襲われている中で、ただ一人、七重結界魔法陣の影響を受けない人物。

 力を封じられたとはいえ、破壊神ノアレと創生の女神アナスタシアは力を伍する。

 神であるノエルが振るう神威の剣の鋭さと技の冴えは、ウィンがかつて目にした『剣匠』ミトにも勝るとも劣らない。だが、そのことごとくをわずかにウィンは上回っていく。

 集中し、神経を研ぎ澄まし、ノアレの振るう神速の剣をぎりぎりで躱す。切っ先がウィンの全身を掠めて、血が滲む。それに構わず、ウィンは短剣の届く距離、ノアレの懐に潜り込む機会を窺い続けていた。

 皮膚一枚を切らせてしまうほどのぎりぎりを攻め続け、ノアレのまさに神業ともいえる剣技をかい潜らなければ、とても短剣の届く距離に踏み込めない。

 ウィンの見せた集中力に、ノアレはただ瞠目するしか無かった。


(見事……)


 数千年という眠りから、わざわざ覚醒するに値する。


(ならばどこまでついてこれるのか?)


 剣を振る速さをさらに。

 剣に込めた威力をさらに。

 ノアレが振るう剣に触れた、石の壁、柱、床が、まるで熱したナイフでバターを斬るように容易く切断された。

体術を混じえて、フェイントを織り交ぜ、幾数、幾十、幾百、幾千通りの剣の軌道を脳裏に描き最適な攻撃を繰り出す。

 ウィンはそのノアレの望みに応えるかのように、剣を受け流し、躱してみせた。


(御身はどこまで我に迫れる!?)


 幾度目かの応酬。その時、ついに均衡が崩れる。ノエルの攻撃を躱したウィンの足がもつれたような動き。体勢が崩れる。


(疲労で足に踏ん張りがきかなかったか)


 その好機を見逃さず、ノアレは光の剣を突き出した。


(ここまでか……、人にしては良くやった)


 確実に光の剣がウィンの身体を捉えたという確信。


(この一撃は躱せぬ!)


 ウィンの胸に吸い込まれるように迫る剣先。どのように身を動かそうとも、必ずその剣はウィンを貫く。

 そう見えた。

 ウィンは、わずかに身体を捻りそのまま剣に向けて身体を向けた。光の剣はさしたる抵抗も無く、ウィンの肩を貫き背中にまで剣先が突き抜ける。そして肩をノアレの光の剣に貫かれたそのままで、ウィンはノアレの胸へ、レティシアに貰った宝剣を突き立てたのだった。




「見事であった」


 剣を納めたノアレから飛び離れて距離を取り、荒い息をつくウィン。


「お兄ちゃん!」

「ウィン君!」

「大丈夫、大丈夫だから……」


 悲鳴を上げて飛びつくように駆け寄ってきたレティシアとコーネリアへ、何とかうなずいてみせる。


「大丈夫じゃありません! すぐに治療を」

「アナスタシアの結界があっては、魔法を使えぬだろう」


 ノアレがそう言い終えると同時に、コーネリアの両手に輝きが生まれウィンの肩の傷口を包み込んだ。ノアレによって、封魔結界の魔法を強制的に解除したらしい。


「治癒はあまり得意じゃないけど、私も……」


 レティシアもコーネリアにならって、ウィンの傷口へ手を当てた。

 二人の少女から治癒魔法を受けるウィンを、ノアレは眩しげに目を細めた。


「お兄ちゃん、最後の一撃を繰り出す前によろけてみせたのは、破壊神の突き技を誘ったの?」

「硬い石が簡単に斬れているのを見て、思いついたんだ。石ですら容易く貫けるなら、俺の身体くらい簡単に貫くだろうって。躱しているだけじゃ、間合いを詰められない。だったら急所を外して身体を貫かせて、正面から間合いを詰めてしまえばいい、ってね」

「そんな乱暴な……、そんな事をしていたら身体を壊してしまいますよ!」

「ごめん」


 怒りを表わすコーネリアへウィンは素直に謝る。


「だけど相手は神様だ。代償無しに人の身で勝とうだなんて、不可能だよ」


 そんなウィンへ、ノアレは微笑みを浮かべて称賛を口にした。


「なるほど、本当に見事な一撃であった。我は神ゆえ滅びることは無いが、御身の一撃は確かに神へと届いたのだ。これは我の負けと言っていいだろう」


 そしていまだ胸に突き刺さったままの宝剣に手を掛けると、一息に抜き取った

 そして膝をついて肩で息をするウィンの前に、短剣を丁寧に置いた。


「これは御身に返しておく。人が神に届き得た記念に我が欲しい所だが、その剣からは尊重すべき想いが込められているようだからな」


 ちらりとレティシアを見てノアレは立ち上がった。

 そして玉座にて事の推移を見つめていた皇帝へと口を開く。


「皇帝よ、すまぬ。我の負けだ。常勝であるべき御身の名に、傷を付けてしまったな」

「友よ。何を謝る事があるか。今の戦いは人が神へた届き得た記念すべき瞬間だったのであろう? 余はその記念すべき瞬間に立ち会うことができた。それに、レムルシルの常勝に傷はついていない。なぜなら、神に一撃を加えたのは我が娘の従士。レムルシルの名を持つ者が勝利を収めているのだからな」

「なるほど」


 皇帝の言い草に破壊の神はクククと笑う。


「本当に今度の覚醒は楽しめた。アナスタシアよ、我らの子らは随分とたくましく成長を遂げているようだぞ」


 息を整えたウィンは、片膝をついた姿勢でノアレへ問うた。


「破壊の神よ……自分は神であるあなたを傷つけました。お怒りにはなられないのでしょうか?」

「我が怒る? なぜ? この世界にある全ての存在は、我ら神々が生み出した愛すべき子どもである。その子どもが神である我に手を届かせたのだ。喜びを覚えこそすれ、怒りを覚える必要がどこにある?」


 そう言うと、ノアレはウィンへと頷く。それを見て、ようやくウィンはほうっと大きく息を吐き、レティシアと顔を見合わせて笑顔を浮かべた。

 二人の戦いを見守っていたコーネリア、そしてロック達の顔にも笑顔が宿る。

 そんな中、ただ一人戦闘の緊張に身を包んだままの人物がいた。戦いを好み、強敵を探し求めるその性格から、ウィン、レティシア、そして破壊神ノアレの戦いを目の前にして、もしも自らが戦ったならどうしていたか、それをずっと脳裏に描き続けていた。

 だからこそ、ウィンとレティシアですら欺いた気配に気づけたのかも知れない。

 ウィンの背後、死角にすっと伸びた幾本もの禍々しき黒い槍。空間から突然現れたように見えたその槍を視認した時、ケルヴィンは即座に床を蹴って剣を抜き叩き落とす。

 しかし、その槍の数はあまりにも多く――。


「――がはぁ……」


 ウィンの背に回り込んだケルヴィンの身体を幾つも貫いていた。


完結まで残り二話!

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