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ウィンとジェイド

 鎧を着込み剣を身につけた姿で、ジェイドは颯爽とした足取りで歩く。

 向かう先は謁見の間。

 謁見の間の大扉を開けた正面に、数段高くなった場所に黄金に宝玉をあしらえて眩く輝く玉座がある。

 このレムルシル帝国を支配する皇帝だけが座することを許された玉座。

 この玉座の奥に通路があって、皇帝の居室がある。

 皇帝が臨席する御前会議にでもなれば、この広い謁見の間が宮廷に務める官吏、武官、そして上級貴族達で埋め尽くされるのだが、今は誰一人としていない。

 いや――。


「おお、ここにいたのか」


 騒々しい足音がしてノイマンが姿を現した。

 寝室で眠っていた所へ騒ぎに気づいたのか、寝間着の格好だ。


「これはノイマン殿下」

「何やら騒がしいが……何かあったのかね?」

「どうやらネズミが潜り込んだようにございます」

「ネズミ? この皇宮にかね? 盗賊か何かか?」

「アルフレッド殿下の手勢ではないかと思われます」

「あ、兄上の手勢だと!?」


 アルフレッドの名前を聞いた途端、ノイマンの顔からさあっと血の気が引いた。


「兄上の、兄上の手の者がこの皇宮に……。それは私の命を狙っているのか?」

「いえ、恐らくは皇帝陛下の身柄確保が第一の目的ではないかと思われますが……」


 途端にガタガタと震え始めるノイマン。


「だ、大丈夫であろうな? ジェイド。父上と我が身の安全を最優先に頼むぞ」


 自分が何かの問題に直面した時には、周囲が解決するのが当然だと考えるノイマン。

 そんなノイマンに冷ややかな視線を送ると、ジェイドは無言で玉座に至る階段の真下まで歩み寄って玉座を見上げた。そしてまるで何かを掴むように手を伸ばし掛けて――戻すとその手を見つめる。


「ジェイド? ……一体どうしたというのだ?」


 その問いにも答えずに、ジェイドは思考を巡らせる。

 ジェイドにとってノイマンは、アルフレッド殺害の罪を被ってもらうためだけの存在だ。

 暗殺には失敗したものの、エルツに姿を現したアルフレッドを偽物であると宣言させてしまえばもう用済みの存在。機会を見て、この憐れな皇子には消えてもらうつもりだった。

 そして両皇子の始末を終えた後に、第一皇女コーネリアを伴侶に迎え皇位の正当性を訴える。 

 クライフドルフ侯爵家のライバルとなり得たレインハート侯爵家を追い落とし、更にはコンラート・ハイゼンベルクの遺産を研究するため力を借りたペテルシア王国は、研究の完成を見たことで後々その影響を排除できるはずだった。

 ジェイドの企てが全て成功していればの話だった。

 誤算があった。

 その全ての計画に、ある男のせいで狂いが生じてしまった。

 大広間の扉から足音が聞こえて来る。

 真っ先に中へと飛び込んできたのは、汚れてしまってはいるが白い制服を着た騎士。

 平民出身の彼は、横に黄金の美しい髪をたなびかせる少女と並んで、黒髪の気品に溢れた少女の前に立っていた。


(そうだ。俺の歩いている道の先で、いつもこの男がいたのだ)


 ウィン・バード。

 貴族出身の騎士と平民出身の騎士。

 シムルグ騎士学校の入学式で出会った二人が、レムルシル帝国の謁見の間で対峙を果たした。


 シムルグ騎士学校に入学し、初めて学生同士で模擬戦を行った際、ジェイドは魔力も少なく学力も他の生徒に遅れていたウィンを嘲り、勝負を挑んだ結果敗れた。

 恥を掛かせてくれたウィンが勇者メイヴィスの幼馴染みと知り、意趣返しも兼ねて彼女を手に入れるための策謀を働かせれば、逆に皇帝や貴族達の面々の前で跪かされる屈辱を味あわされた。

 それ以後も、帝国領内に引き込んだペテルシアの騎士達を破り、ジェイドが帝国を乗っ取る際に切り札とするべく出資していたコンラート・ハイゼンベルクの遺産の研究も邪魔された。

 そして今も勇者メイヴィスとは逆の位置に、皇女コーネリアが傍に立っている。

 帝国で最も権勢を振るうクライフドルフ侯爵家の公子で、何一つ己の思い通りとならないものは無かったジェイドが、最後まで手にする事のできなかったものを享受する平民。ジェイドに取ってウィンは、自分が手にできなかったものを全て手にした男だった。

 そしてジェイドの策謀をことごとく潰し、今ジェイドを睨みつけて歩み寄ってくる。

 ジェイドにとって、取るに足らないと思っていた平民の少年が――。

 それはジェイドが初めて味わう耐え難い屈辱だった。

 謁見の間に入ってきたウィン達は、恐らくその奥に続く皇帝の部屋を目指していたのだろう。

 だが、その謁見の間にジェイドとノイマンの姿を見出し足を止めていた。

 ノイマンもまた、コーネリアの姿を見つけるとウィン達を恐る恐る見回しながら、下手に出た口調で話しかけた。 


「おお……コーネリア、いつの間にか皇宮から姿を消していたそなたの事を、この兄は心配していたぞ。この無礼な者達は何なんだね?」 

「彼らは、アルフレッド兄上の命を受けた私と行動を共にしている者達です」

「アルフレッドだと……?」

「ノイマン兄様、それからクライフドルフ侯爵公子ジェイド。投降してください」

「兄に向かって投降しろだと? 妹とはいえ皇子であるこの私に何という言い草か!」

「すでに帝都中の重要な拠点は、私の味方の騎士達が制圧しています。直にこの場へも駆けつけるでしょう。勝敗はすでに決しようとしているのです。これ以上の戦いは、要らぬ犠牲も増えるだけ……。降伏しアルフレッド兄様の裁きを受け入れてください」

「おお……コーネリア、我が愛しき妹コーネリアよ。そなたは、そこにいる下賎の者達に騙されておるのだ。アルフレッドは死んだのだ。エルツにいる奴は偽物なのだ。私の言うことが真実だということは、ここにいるジェイドが保証してくれておる。ジェイドはな、いずれは私が皇帝の座に就く事を全力で支援してくれるとも約束をしてくれておるのだ。さ、コーネリア。腹違いとは言え、お前は私の可愛い妹なのだ。これ以上、良い子だから私を困らせないでくれ?」

「ノイマン兄様……私がそのような言を受け入れるとお思いですか? 私とアルフレッド兄様は同じ血を引く身。私が兄上を見間違う事はありません」


 コーネリアは悲しそうに首を横に振って見せた。それからおどおどと周りを忙しなく見回すノイマンに、言い募っていく。


「そのような戯言を一体誰に吹き込まれたのです? ノイマン兄様はこれまでアルフレッド兄様とも仲良く過ごされてきたではありませんか」


 コーネリアの記憶の中では、この騒乱が起こるまでにアルフレッドとノイマンが殊更対立するような事は無かったはずなのである。

 皇太子として擁立されたアルフレッドは、政治に関心を示さない皇帝アレクセイに代わって政務に励む一方で、他の皇族方が何をしようとも、余程度が過ぎたことでもしない限り放免していたのだ。

 ノイマンも母方の親族に便宜を図ってやり、感謝されることに満足する程度の人物としてみなしていたのだ。


「そ、それは……ア、アルフレッドの奴はきっと、皇帝となれば他の兄弟を臣籍に降す。そうなれば奴は私を殺すに違いないからだ」

「アルフレッド兄様がノイマン兄様を殺す? 一体どうしてそのようなお考えになられたのです?」

「し、仕方ないだろう!? 私は奴の弟なのだから。奴にとって皇族の血を引く男は、自分の地位を狙う敵なのだ。そうだろう!? なら、先に手を下すしかないではないか!」

「何を馬鹿な……。兄弟で権勢を争っていたならばともかく、アルフレッド兄様とノイマン兄様は別にそのような関係には無かったでしょう? それなのにわざわざ悪戯に事を起こしてどうするというのですか!」

「それは……」

「政敵でもない皇族を臣籍に降してどうするのです? ノイマン兄様のガウナヘルツ家は元は子爵家だったとはいえ、古き家柄の名門貴族。そして今や伯爵家です。せっかくの皇族と貴族の血のつながりを断つような愚かな真似を、アルフレッド兄様がなされると思われますか?」

「そ、それは……」


 コーネリアにそこまで言われて、ノイマンはようやく己の甚だしい勘違いに気づいた。


「では……アルフレッドは……兄上は、私の排除など考えていなかったという事なのか? ジェイド、そなたの言っていた事……、私が貴族の旗頭として力を付けるのを恐れ、皇籍を剥奪するだろうという言葉は偽りだったのか」

「いえ、偽りなどではありませんよ」


 そう言うとジェイドは、ノイマンに冷ややかな視線を向けた。


「物事には幾つもの捉え方があるというだけの話です。私が殿下にお話したような状況に陥る可能性が無いわけではない。殿下が政務に興味を示し、玉座へと興味を示せば場合によっては私の話した未来が訪れた可能性もある。ただ現状では、コーネリア殿下の仰られる未来のほうが、私の予想する未来図よりも余程現実的であったというだけの事です。」

「ノイマン兄様。アルフレッド兄様は、確かに一部の貴族の力が強まるのを懸念されていました。ですが、それならばより一層、私達皇族同士が結束をしその血の繋がりを強めて帝国を纏め上げようと考えるのが当然なのではありませんか?」

「そん……な……では、私は……」


 ノイマンは己のしでかした事に気づき、愕然としてその場に崩れ落ちた。


「ノイマン殿下。ありがとうございました。殿下には本当に感謝をしています。あなたのお名前のおかげで私は、貴族を纏め上げ、そして帝国内部を大きく乱すことができましたよ」

「あ、ああ…………」

「これでどちらが勝利を収めたとしても、帝国には血の粛清が行われる。軍は内戦で消耗し、国力は大きく削がれる」


 その隙を虎視眈々と狙うペテルシア王国が、見逃すはずもない。 

 そしてジェイドは打ちひしがれるノイマンを見て嗤う。

 レムルシル帝国とペテルシア王国は、いずれ戦争となるはずだった。

 魔物領と接していなかったペテルシア王国は、対魔大陸同盟軍や戦時中の国に物資を売る事で豊かな富を築き上げて来た国だ。

 だが戦後、対魔大陸同盟軍は解散し、各国も軍備の縮小を図り始めてしまい、ペテルシア王国では物資が余る状態となってしまった。

 今までのように物資を売り捌けなくなったペテルシア王国は、戦争で蓄えた富を自国の軍事力の強化に注ぎ、周辺諸国へ侵攻を開始した。戦争で経済を回そうという考え方だったが、それに加えて港が欲しかった。

 内陸の国家であるペテルシア王国には海が無い。

 魔物との戦争が終わって、海沿いに面した列強諸国は海路による貿易で富を稼ぎ始めている。それは、経済に逼塞感を感じ始めたペテルシア王国にとって、否応のない危機感を覚えさせた。

 貿易によって国力の差が決定的になる前に、ペテルシア王国は海を手に入れるために帝国へ戦争を仕掛ける必要があったのだ。

 この度の内乱で帝国は著しく国力を削いでしまった。そしてこれから戦後処理による粛清で、更に国力を弱めるだろう。

 勢いに乗るペテルシア王国の侵攻に、帝国は疲弊し、民は甚大な被害を被るに違いない。

 それが母の命を使い捨てた帝国に対するジェイドの復讐だった。

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