メッセージ
「よお、ウィン。俺はセリさんと一緒にエルナーサへ行って来たぜ? エルフの都、世界樹の都エルナーサだ」
「凄かったです。世界にはこんな場所もあるのかって、感動しました」
自慢げにウィンに話しかけてきたアベルの言葉に、セリも頷いた。
「そっか、いいな。俺も一度行ってみたいと思ってたし」
「ああ、俺もついにウィンが見たことの無い世界を見てきた事になるな。どうだ? 羨ましいか?」
「素直に羨ましいよ」
「世界樹を見たら、どうして『世界』の樹なんて名前が付いたのか、納得するぞ」
「俺も世界樹の若木は、リーズベルトさんの村に生えていたのを見たことがあるけど……」
ウィンがそう言ってリーズベルトを見ると、リーズベルトはセリからウィンの言葉をエルフ後に翻訳してもらってから笑って首を振った。
『若木とは比較にならないぞ。世界樹の幹の根本は山程の大きさがあるからな』
「や、山って……」
「ああ、世界樹の事か? どのくらいの高さがあるんだろうな、あれ。樹の天辺が雲に隠れてて見えないんだ」
エルフ語がわからないアベルだったが、ウィンの『山』という言葉と話の流れから世界樹の事を話しているんだと察して説明した。
「根本は、巨大な淡水湖になってて、世界樹から零れる光の雫が反射して眩しいくらいだ」
「綺麗でしたよねぇ……、夜空の星を一面に散りばめたようなっていうか、宝石箱をひっくり返したみたいなって言うか……」
「常に昼みたいだったよな。夜になっても、眩しくて寝られないんじゃないかって心配になったくらいだ」
「夜も眩しいの?」
ウィンが尋ねると、セリは首を振った。
「樹の根本に幾つも洞があるんです。凄く大きくて広い……。そこの中は真っ暗で、エルフの人達が魔法で人工的に昼夜を管理しているそうなんです」
「へえ……」
見たことも無い世界の話をするのは楽しい。
いつまでもこうして楽しい話を続けたい気分だったが、ウィンはどうしても一つだけセリに聞いておかなければならないことがあった。
「それでセリさんは、その……親族の方に会うことができたの?」
「はい、ティアラ様のお力添えを頂いて。父の親族に会うことはできました。人の血が混じる私でしたが、故郷を捨てた父の事と、その血を引いて生まれた私を迎え入れる事はできないと……」
「そうか……」
「あ、でもいいんです」
暗い表情を浮かべたウィンを見て、慌ててセリが顔の前で手を振った。
「私の故郷は帝国なんですから。今さらエルナーサで新しい生活を始めようなんて、できるわけないんですから。それに――」
言葉を切ってセリがリーズベルトの方を見た。
『エルナーサで世界樹の若木の苗を貰ってきた。俺は里の跡にこれを植樹して、里を復興させるつもりだ』
「私もそのお手伝いをするつもりなんです」
「あ、なるほど」
そこで黙ってウィン達の話を聞いていたレティシアが小さく頷いた。
「そっか、二人とも……」
「はい」
セリがニコニコとして頷く。
「そっかって、レティ、何だよ?」
レティシアは呆れた顔をしてウィン見た。
「セリさんとリーズベルトさんはお付き合いをしてるんだよ。二人で一緒に里を復興させるって事」
「あ、なるほど」
「もう、お兄ちゃんは鈍いんだからぁ……」
「レティちゃん。ウィンが鈍いのは、今に始まった事じゃないでしょ?」
「そうなんだけど」
アベルが苦笑してレティシアを見る。
「何だよ、二人して」
「もういいよ。ちゃんと好きって言ってもらったし……」
ため息を吐いて、言葉の後半をゴニョゴニョと小さく呟くレティシアだった。
全員がお湯を使っている間、ローラは台所で食事の支度を整えると忙しくシムルグへと出かけていった。
ウィンがローラにある人物と連絡を取って欲しいと頼み込んだのだ。
シムルグ外壁門前広場で開かれる市に出入りするローラなら、門番の衛兵とも顔馴染みである。
ウィン達がローラの家にやってきた時刻は昼過ぎだったが、陽が山の陰に沈んだ頃合いにローラが一人の人物を荷車に乗せて戻って来た。
「よお、ウィン。レティちゃん、久しぶり」
「ポウラットさん!」
「お久しぶりです、ポウラットさんもお元気そうで」
ウィンとレティシアにとっては歳上の友人。幼い頃のウィンとレティシアに、先輩冒険者として何くれと世話をしてくれたポウラットは、今は冒険者ギルドで職員として働いている。
足を負傷して冒険者を続けられなくなったためで、ローラの馬が引く荷車の荷台に乗っていたのもそのせいだ。
イフェリーナにとってもポウラットは大好きなお兄ちゃんで、早速彼の腕に抱きついていた。
「お前らならエルツの戦いも、リヨンに行っても無事だと信じていたけど。元気そうで嬉しいよ」
「マジルの廃坑道では大変でしたよ。あ、そうそう。その時にオールトさん達に案内していただいたんです」
「オールトさん!? うわあ、懐かしいな。オールトさん、ルイスさん、イリザさん。随分と会ってないなぁ……元気そうだったか?」
ウィンから昔世話になった先輩冒険者の懐かしい名前を聞いて、ポウラットが顔を綻ばせる。
「元気だったよ。ルイスさんとイリザさん、結婚してエルツに家を構えてた。三人ともポウラットさんによろしく伝えてくれって」
「そうか。今はエルツに住んでいるのか。まあ、あの人達なら一財産築けるだろうなぁ」
レティシアの話を聞いて感慨深げに呟くポウラット。自身は冒険者としては失敗した部類に入るため、尊敬していた三人の先輩冒険者達にはどこか思う所もあるのだろう。
「さて……」
感慨深げな顔をしていたのも束の間。ポウラットは、ローラの家に集った一同の顔を一通り見回すと表情を引き締めた。
冒険者ギルドで仕事を斡旋する職員の顔つきだ。
「俺にわざわざ使いを寄越し、この家まで呼んだのは何か大事な頼みがあってのことだと思うんだが……」
ポウラットがそう言うと、ケルヴィンは小さく頭を下げて口を開いた。
「お察しのとおりです」
「まあ、これだけの顔触れを見ればな。ウィンとレティちゃん、それから皇女殿下。それから今をときめく従士隊の方々とくればな」
「ええ、あなたにというか冒険者ギルドにお願いしたいことがあります。そうそう、私はケルヴィンと言います。一応、副長的な立場にいます」
「従士隊はコーネリア殿下を頭に、上下関係が無いんじゃなかったか?」
「制度上はそうなのですが、隊長――ああ、ロイズ・ヴァン・エルステッド伯と私は彼らが以前から配属していた部隊で長の役割を勤めていまして。そのままその時の慣習が引き継がれている感じですね」
「なるほど。それでケルヴィン副長。あんた達が俺達ギルドに依頼したい事は何だ?」
「はい。マリーン商会と接触し、アルフレッド殿下がシムルグに忍ばせているという配下の者達との中継役をお願いしたいのです」
その言葉を聞いたポウラットは、目を鋭く細めた。
「そうか。いよいよ皇太子様は帝都を奪還されるつもりなのか」
ポウラットは一瞬だけコーネリアを見る。
コーネリアはウィンの横、レティシアとは反対側に座って、じっとポウラットを見つめていた。
「あくまでギルドが接触を図るのはマリーン商会の連中でいいんだな?」
ポウラットの確認にケルヴィンが頷く。
「ええ。おそらくマリーン商会と接触後、あちらからも我々への連絡を託されると思われますが……」
「わかってる。それに俺達はマリーン商会が仲介するあんたらの連絡先も見当はついてるよ」
「さすが、冒険者ギルドと賞賛しておくべきでしょうかね。そこまでご存知でしたか」
「当然だな。ギルドの情報網を侮らないでもらいたいですね。皇太子様の配下――ザウナス派の騎士達が、近々行動を起こすのではないかと、俺達も考えていたところだったからな」
「ザウナス派の連中?」
その言葉に驚きの声を上げたのはウィンだ。
「ザウナス派ってあのザウナス校長の事ですか!?」
「そうですよ」
ウィンが尋ねると、ケルヴィンは大きく頷いた。
「ザウナス校長がクーデターを起こした時に付いた騎士達って、幹部は処刑、残りの者も皆追放されたって聞いてたけど……」
ロックも驚愕の様子を隠せず、隣に座るリーノとそれからリーノの頭向こうに見えるウェッジと顔を合わせる。
「そういえば、ザウナス派を処断されたのはアルフレッド殿下だって聞いた事があるよ」
リーノがそう言うと、ケルヴィンがにこやかな顔を浮かべた。
「ええ、そのとおりです。アルフレッド殿下が処断した。そういう事になっています。ですが、考えてもみてください。ザウナス派となった騎士達は、全員が対魔大陸同盟軍へと派遣されて激戦を潜り抜けてきた猛者ばかり。隊長や私の戦友も多くいます。間違いなく帝国最強最高の精鋭達でしょう。そんな彼らをみすみす失うなど、考えられない事でしょう」
「ではお兄様は、彼らを処断したと世間的は思わせておいて、その戦力を自らの懐の内に隠しておいた、と?」
「主な立案者はうちの隊長でしょうけどね」
ケルヴィンは苦笑するとコーネリアに頷いてみせた。
「皇帝陛下がおわす帝都をノイマン皇子に占拠されても、アルフレッド殿下が良しとされたのは彼らの存在があったからです。ザウナス派の騎士達は、過去を隠してシムルグ市内で生活をしていました。例えシムルグが占拠され、門が閉じられても彼らの力で中からこじ開けられる。ザウナス派の騎士達は百戦錬磨ですからね。シムルグに籠もりきりの騎士達とは練度が違う」
「ほえ~、たいちょ~。そんなに前から今回の事、予見していたんだぁ」
「いえ、正確にはこういう事態になるように、事を導いたのですよ。隊長とアルフレッド殿下がね」
リーノの言葉をケルヴィンが否定してみせた。
「エルツでの戦いに決着が付いて、リヨン軍、皇太子軍がクライフドルフ領に進軍した時から、帝都でも動くのは時間の問題だと思っていた。今回の騒動、俺達ギルドは皇太子派を陰ながら支援することになってるからな。マリーン商会への接触は任せておいてくれ」
ポウラットが話を戻し、ケルヴィンにそう請け合った。
「我々がここに潜伏している事を気づかれずに、できますか?」
「兵士達の監視など、俺達冒険者からすればザルも同然さ。幾らでも奴らの目を掻い潜って接触することができるさ」
「頼もしい限りです」
ケルヴィンはそう言うと、ポウラットと固く握手を交わす。
「お代は事が終わった後でたっぷりと帝国へ請求するつもりだからな。大金をふんだくれるような仕事をしてみせるさ」
「私の懐が痛むわけじゃないんで、掛かった必要経費は幾らでも請求なさってください。何なら多少色を付けても私が口裏合わせますから」
「ははは、そりゃありがたい。だけどギルドは明朗会計がモットーだ。気持ちだけ有り難く頂いておくさ」
ケルヴィンとポウラット。二人の息のあったやり取りはベテランの冒険者達にも劣らない。
老練さを匂わせるにこやかな笑顔を浮かべて握手を交わす二人を、若いウィンとコーネリア、そして従士隊の面々は感心して眺めていた。
「そうだ。ティアラ、あなたの用事は何なの?」
そんな帝国に仕える者達と冒険者ギルドの職員が作る輪の外で、レティシアが思い出したようにティアラへ尋ねた。
「セリがエルナーサに訪れた時、世界樹の意思が私に語りかけた」
「世界樹の意思?」
レティシアの問いにティアラが頷き、それから傍らにいるセリを見た。
「この娘とともにレムルシル帝国の帝都へと赴けと。それからあるイメージを私の思考の中に投影した」
「イメージ?」
「レティ。皇宮の奥深くで、強大な力を持つ存在があなた達を待っている」
「あなた達? 私だけじゃなくて?」
「あなた達だ」
ティアラはそう言うと、ちらりとウィンを見た。
「私とお兄ちゃん……?」
ティアラが頷く。
「強大な力を持つ存在って何なの? 私達を待ってどうするつもりなの?」
しかし、レティシアのその問いにティアラは苦しそうな表情を浮かべて首を振った。
「ごめんなさい、レティ。その問いに私は答えることができない」
「ティアラ?」
「言えないのでは無く、答えることができない。ごめんなさい、レティ。世界樹を通して私に語りかけてきた意思は、そう私に望んでいる」
「何者なの? その意思って……」
「それも言えない。でもレティ、私がここへやって来たのは、その意思が私にそうしろと頼まれたからだ。その時が来れば、私はきっとあなた達の力となってみせる」
ティアラはそう言うと、レティシアの目をじっと見つめる。
「……わかったわ。ティアラがそう言うのなら、きっと言えない理由は何か大切な事なのね。でも皇宮の奥で私とお兄ちゃんを待っている何者かがいるという事、心に留めておくわ」
「ありがとう、レティ」
レティシアの言葉にティアラは頷くと、もう一度頭を下げたのだった。
エルナーサの事はもっと書きたかったのですが、あまりにも話が長くなりすぎたためかなり割愛。
すみません。