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秘めた心

 焚き火に炙られた豚の腸詰めから脂が滴り落ち、ジュッという音とともに香ばしい香りを伴う煙が漂う。十分に焼けた所で齧り付けば、熱々の肉汁が弾けて脂の甘みと旨味が口の中いっぱいに広がった。

 まだ旅の初日。

 明日になれば干し肉や乾パンといった、乾燥させて日持ちを良くした携帯食料を食べることになるが、今はまだ新鮮な物が食べられる。これで冷たい麦酒か葡萄酒でもあれば最高の組み合わせに違いないのだが、残念なことに酒だけは微温くなった安物の葡萄酒しかない。

 そこでウィンはあえて葡萄酒を飲まずに、沢で汲み上げた冷たい水で喉を潤した。

 耳を済ませてみればパチパチと爆ぜる音を立てて燃える焚き火の音に混じって、沢からのサラサラという流れる水の音が聞こえてくる。そして空を見上げれば、丁度森の木々がぽっかりと途切れていて満点の星空が見えた。

 美味い食事に最高の場所。


(なのに、何だろうこの雰囲気……)


 パンを齧りながらウィンは仲間達の様子を窺った。

 ウェッジとリーノの二人は仲間達と少し離れた場所の岩に二人で腰掛けて食べている。

ロックは「あ、これは上手く焼けて美味そうだ!」「うはっ、水が冷たくてうめぇ!」などと一人賑やかなのだが、その隣にいるコーネリアは「そうですね……」「ありがとうございます」と返事こそしているものの、どこか上の空といった態度。

 時折ウィン達の方をちらりと見てはいるが、勤めて平静な様子を保っているように見えた。

 ただ一人、ケルヴィンだけが楽しそうな顔で焚き火を突いていた。 

 居心地の悪さを覚えたウィンが隣に座るレティシアに目を向けると、彼女も困惑した様子で見返してきた。


(どうしたんだろう、みんな。喧嘩したというわけでも無さそうだけど……)

「あ、そうだお兄ちゃん。さっき作ったの、もうそろそろいい感じかも」

「ああ、そうだね。ちょっと俺が見てこようか」

「いいよ、私が行く。ちゃんとできてたら私が行った方がそのまま魔法も使えるし」

「そうか。じゃあ頼むよ」

「うん」


 レティシアが立ち上がって再び森の中へと入って行った。


「何かあったのか?」


 二人のやり取りを見ていたロックがウィンにそう問いかける。


「うん。さっき薪を拾いに行ってたらさ、池というか沼を見つけたんだ」

「へえ……魚か海老でもいたのか? 罠でも仕掛けてきたとか?」

「そういうのじゃないんだけど……ちょっとね」

「何だよ?」

「ちゃんとできてるか自信が無いんだ。今、レティが見に行ったから成功してたら教えるよ」

「何だよ、もったいぶるなぁ」


 ウィンとレティシアが作ったものは、成功していればきっと皆が喜ぶだろうものだ。だから失敗した時に落胆させてしまいそうなので、ちゃんと成功してから皆には教えたい。

 ロックがしつこく尋ねてくるがウィンは適当に笑って流す。


「私、少し向こうで風に当たってきますね」


 その時、コーネリアが膝を払って立ち上がった。そして焚き火から離れると沢の方へと歩いて行く。

 その後ろ姿がどこか寂しげに見え、ウィンは何とも言えない表情を視せてコーネリアを見送るロックへ尋ねた。


「コーネリアさん、俺とレティのいない間に何かあったのか? さっきから上の空って感じなんだけど?」

「いや……まあ、あったというか何というか……」


 ロックが言いづらそうに口元をモゴモゴとさせると、ウィンの顔を困ったように見る。


(うーん……副長の話した内容が原因なんだろうな。アルフレッド殿下は帝国の将来のためにコーネリア様とウィンが結ばれることを望んでいる。そしてコーネリア様もウィンに好意を抱いているのは間違いない。でも、ウィンにはレティシア様がいるから遠慮していて、その気持ちを隠しているんだとか、俺の口から言うわけにはいかないだろ……)


 ロックは肩を落とし、深くため息を吐いた。


「何でため息なんて吐いてるんだよ。というか、ロックがそういう態度を取る時って、大体俺に何らかの原因がある時なんだろうなって最近思う。もしかして、また俺のせいでに何かあったのか?」

「まあ……ね」


 ロックは目を細めてウィンの顔を睨みつけた。


(ペシュリカで俺がウィンを焚き付けた結果、ウィンとレティシア様の雰囲気が、より良くなったんだよなあ。そのウィンの背中を押した俺が、今度はコーネリア様の事も考えろと言うのか? しかもこれ、ウィンに二股をしろって言ってんだよな)


 そう思うと、ロックは乾いた笑いが出てきてしまった。


(おかしい、絶地おかしいこの状況。一人は勇者で公爵家の姫様で、もう一人は皇族のお姫様。しかも国家を挙げて二股を推奨か……)

「何だよロック、気持ち悪いな」


 若干引き気味のウィンを無視してロックは焚き火に掛けた鍋を取った。鍋の中でお湯がグラグラと煮だっている。そのお湯二つの陶器の杯にお茶を淹れると、ウィンへと差し出した。


「コーネリア様は沢の所で風に当たられているみたいだ。お前、これ持って行ってやれよ。ついでにコーネリア様が何を悩んでおられるのか、聞いてくればいいよ」

 

 風にあたって来ると言い残し、コーネリアは先程馬に水を飲ませていた沢辺へと来ていた。

 小さな細い水の流れが、サラサラと耳に心地良い音を届かせる。

 この沢辺は丁度木々の枝葉が途切れていて、頭上には空が覗いていた。しかし、雨こそ降っていないものの曇っているのか、星は見えない。しかし暗い夜空をコーネリアはただ見上げ続けていた。

 兄であるアルフレッドとエルツの人々の事、援軍に来てくれたリヨン王国軍の事、これから向かう帝都、そこで向き合う事になるノイマン皇子との事。皇女として考えなくてはならない事が山ほどある。

 しかし、考えようとすればするほどコーネリアの脳裏には、ペシュリカのシュリハーデン伯爵邸でのウィンとレティシアの様子が浮かんでしまう。

 レティシアが兄レイルズの取り巻きに囲まれて、ウィンによって連れ出された時、何を二人で話したのかわからない。だが、きっと二人の関係に進むような何かしらの事があったのだけはわかる。

 ウィンとレティシア、お互いが互いを大切に想い合っていたことを知るコーネリアは素直に嬉しく思うし、祝福したいと思う。しかし、心のどこかで寂しさを感じているのも確かだった。

 今も優先的に考えなくてはならない事がたくさんあるというのに、ウィンの事ばかりを考えてしまう。


(わかっていた事なのに……ウィン君とレティシア様の間に、私の入る余地が無い事なんて。でも……)


 胸元で手を握り目を伏せる。


(それでも…………)


 その時、後ろから足音が聞こえコーネリアは急いで澄ました表情を作ると振り向いた。


「一人でいる所、邪魔しちゃったかな? コーネリアさん」


「あ……」


 たった今、考えていたその人。ウィンの姿に、コーネリアは思わず言葉が詰まった。


「温かい飲み物とかどうかなって思って、お茶を持ってきたんだ」

「ありがとうございます。ウィン君が淹れてくださったんですか?」

「淹れたのは俺じゃなくてロックだけどね」


 湯気をくゆらせる陶器の杯を一つ渡し、ウィンは頭を掻いて笑った。


「従士になってからメアリさんにお茶の淹れ方を教わったけど、まだまだ全然下手だからなあ」

「ふふ、そうでしたね」


 ウィンが従士隊の第一号として配属された時に、メアリを始めとしてコーネリアのおつきの侍女達からお茶の淹れ方の手ほどきを受けているのをコーネリアは見たことがある。

 その時のウィンの四苦八苦している様子を思い出して、二人は顔を見合わせて笑う。


「では、ウィン君もお茶に付き合って頂けますか?」

「もちろん」


 ウィンが陶器は杯を少し掲げてみせた。そしてその場に二人で座り込んで、お茶を飲む。

 しばらく二人、黙って熱いお茶を飲む。

 耳に聞こえるのは水の流れる音と、互いの呼吸音。

 静かな時が流れた。

 お茶を飲みながら、コーネリアは時々ウィンの顔を盗み見た。

 ウィンの顔を見ていると、先程ケルヴィンに言われた事を思い出す。

 ウィンとの出会いは騎士学校だった。

 模擬戦闘訓練で、ウィンは平民出身で落第生だという評判から、コーネリアは皇女の身分から互いに訓練を相手を見つけられず、残り者同士ということで組むことになった。その時コーネリアは、魔法を使えないという弱点を克服するために剣技を磨き騎士を目指すウィンの事を知り興味を持ち、やがてその興味は恋へと変わっていった。


(でも、ウィン君の隣にはいつもレティシア様がいる……)


 コーネリアと出会う前から、ウィンの隣にはいつもレティシアがいた。二人の出会いはまさに運命に導かれたものだと思う。ウィンとレティシアを結ぶ絆は、コーネリアにもどこか神聖さと尊さを覚えるほど強いもの。とても二人の間に割って入れるとは思えない。それにコーネリアは皇女としての立場がある。募る想いを言い出すことはできなかった。


「……コーネリアさん? どうしたの?」


 だからじっと見つめるコーネリアへウィンがそう尋ねた時、ペシュリカでウィンがレティシアを貴族の若者たちの輪の中から強引に連れ出した時の、二人を祝福する気持ちの中にどうしようもない切ない気持ちを思い出し、耐え難い心の痛みと寂しさを覚えた。

 視界が歪み、涙が零れそうになった。


「何でもありません。あの……ウィン君、ごめんなさい。少しの間だけ、目を閉じていて貰えます?」

「? いいけど」


 潤んだ瞳を隠すためウィンに目を閉じてもらう。そして立ち上がってウィンの背後へ回り込み――。


「え!? コーネリアさん?」

「ごめんなさい。でもほんの少しだけ……、このままでいさせてください」


 うろたえるウィンの首元へ腕を回す。

 帝国の皇室の女性は生涯を共にする者にのみ、身体へ触れることを許す。ウィンの頭を胸元へ強く抱き締めるコーネリアの行為は、プロポーズに等しい意味を持つ。


(ウィン君のいるべき場所が、レティシア様の隣だという事。あなたの気持ちがレティシア様に向いている事は痛いほどわかる。言えばきっとあなたが困った顔をする事も。でも……) 


 腕を回したそのままで、ウィンの耳元でコーネリアは囁く。


「コーネリアさん……」

「ウィン君がレティシア様の事をとても大切にしている事は知っています。だから、答えなくても構いません。これから言うことは、私がこの先ずっと後悔したままでいたくないというわがまま。だから、あなたに答えを求めているわけではありません。それでも……聞いてもらえますか?」


 コーネリアは首に回した腕をそっと外すと、正面に回ってウィンの手を取り胸元に引き寄せ、ウィンの目を見つめて言った。


「あなたの事が好きです」

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