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託されたもの

「――ミト? あの『剣匠』ミトの事か?」


 初老のドワーフ鍛冶師ラグは、その名を聞いて一瞬だけ鉄を叩く手を止めて聞き返した。

 リヨンの港に面した通り。

 ラグはここで船の建造で必要な金具を製作する工房を構えていた。

 今日も懇意にしている船大工から注文された金具を作っていたのだが、そこへ三人の人間の若者が訪ねて来たのである。


「王宮でミトさんの住む村へと連絡を付ける際には、こちらの工房を通していたと伺いまして」

「ああ……俺はミトが生まれた村の出身だからな。ついでに言えば、ミトは俺の曽祖父でもある。だから、確かに何回か王宮の奴らに頼まれて、村へと手紙を送ったこともあるよ」


 人間の若者たち三人はまだ十代の若さで、男が二人に女が一人。

 三人ともに剣を帯びていて、どうやら戦いを生業としている者たちのようだった。

 いつものラグであれば、このような客人が訪れた場合、彼等に告げる文句は決まっている。


「ミト本人と会わせてくれてと言ってもそれは無理だぞ。俺だってミトの爺さんとは何十年も会っていないんだ。そもそもミトの爺さんがまだ生きているのかどうかだって俺は知らねえ。どうしても会いたいなら、自分の足でマジルの山へ登ってみるんだな」 


 ラグが伝説の『剣匠』ミトの血縁者であることは、冒険者ギルドにでも尋ねれば容易に知れる事。そのため時折、こうして腕自慢の命知らずな輩がミトと決闘するために渡りを付けて欲しいと、彼の下を訪れる。

 そんな連中をいちいち相手にしていてはきりがない。

 いつもの調子であれば、つっけんどんな態度を取って相手をあしらう事にしているのだが――。 

 ラグは手拭いで額から流れる汗を拭い取ると、立ち上がった。

 三人の中の二人――青年と少女。工房へ入って来る時に見た歩き方、立ち姿を見ただけでも隙がまるで窺えない。身のこなしを見れば、彼らがただの身の程知らずではないことが見て取れたのだ。


「おいっ、俺は少しこの客人と話がある。俺がいないからって、てめえらサボってんじゃないぞ!」

「うすっ!」


 工房中に響く程の大声で叫ぶと、ラグは三人を振り返り工房の外を指し示した。


「ついてきな。ここじゃうるさくて話をするには向かんだろう」


 ラグが三人を案内したのは、工房近くの酒場だった。

 ラグは麦酒を、三人は果汁を絞った飲み物を頼む。


「それで、ミトの爺さんに何の用だ? 腕は立つようだが、見た所腕試しというわけじゃなさそうだな?」 


 大きめの木杯に入った麦酒を一息に飲み干したラグはそう言う。

 と、青年がすっと木の卓の上へある物を差し出した。


「……これを」


 それはラグの親指の先程度の大きさの金印だった。


「こいつは……見覚えがある。ミトの爺さんが持っていた『剣匠』の証だな」


 まだラグが子どもで村にいた頃に、よくミトへせがんで見せてもらっていた。

 世界で唯一の『剣匠』の証。ミトの分厚い手のひらの上で輝いていた金印は、村を出て数十年立った今でも目に焼き付いている。


「これをどうしてお前さんが……」


 そう言ってラグが三人を見ると、彼らは一様に沈痛な面持ちで俯いていた。

 特に革鎧を身に着けた冒険者風の装いの青年は、泣き出しそうな顔をしている。


「俺が……俺のせいで……ミトさんは」

「今日の仕事は徒弟たちに任せて来た。時間はいくらでもある。詳しい話を聞かせてもらおうか。そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名はラグ。このリヨンで造船に使う金具などを作っている」

「俺はウィン。彼女がレティシア。そしてこっちがアベルです」


 名乗り合った後にラグが差し出した手を、ウィン、レティシア、アベルがそれぞれ握り返す。

 そしてウィンはミトの最期について説明を始めた。



 ◇◆◇◆◇



 サラ・フェルール大聖堂建設予定地である岬の先に建てられた祠。そこには海底深く封印されていた地下神殿へと続く道が隠されていた。

 そこで古の破壊神の復活を試みた魔導士との戦いの最中、ミトはアベルを援護しようとする際に胸を貫かれて命を落とした。


「そうか……。死んだのか、ミトの爺さんは……」


 ウィンの説明と、アベルの嗚咽交じりの謝罪を聞き、ラグはぽつりと呟いた。


「俺は今年でちょうど六十になるんだが、ミトの爺さんは俺が生まれた頃にはもう『剣匠』と呼ばれていたんだ」

「六十年も前から……」

「知らないのか? ミトの爺さんが『剣匠』となったのは八十年以上も昔の話だ」


 六十年以上も前から『剣匠』と呼ばれていたという事実に、驚きの声を上げたアベルにラグはそう言って卓の上に置かれた金印をつまみ上げた。


「実を言うと八十年以上も昔というのは、ミトの爺さんが『剣匠』だという確かな証拠が残されているのがそこまでなんだ。何しろ本人も長く生き過ぎていて、自身の年齢すらもよくわからんと言っていたからな。最低八十年以上だってことで、実はもっと長い歳月を、武を極めた者として君臨していたのかもしれん」


 そう言うとラグは苦笑のような笑みを浮かべた。


「とにかく、身内からしても化け物のような爺さんだったよ……」


 麦酒を呷りつつそう言うラグの声音には、どこか誇らしげな響きが混じっている。


「俺は若い頃に里を出てここへ工房を構えたんだが、もうその頃には爺さんが山を下りることは無かった。その爺さんが山を出て、そして命を落とすことになったなら、きっと何かを予感していたのかもしれないな」

「この金印。今は俺が預かっています。いつか、この『剣匠』の証たる金印を持つに相応しい実力者に会う時があれば、渡そうと考えています。もちろん、俺自身がこれを持つに相応しい実力を身に着けられればそれに越したことはありません。ただ、これはミトさんの遺品でもありますので、遺族の方が手元に置いておきたいとおっしゃるのであれば、お渡しするつもりです」

「いや、それはお前さんが持っていてくれて構わない」


 ウィンの申し出にラグはつまみ上げていた金印を、ウィンの前へと滑らした。


「これは『剣匠』の証だ。故人の遺品としてではなく、次代の武人へと託されるべきだ。見た所、お前さんもかなりの腕前の剣士だと思う。十分に持っている資格はあると思う」


 ラグも『剣匠』ミトの血を引く者として、子どもの頃にミト本人から武の手ほどきは受けていた。

 その彼の目から見ても、ウィンとレティシアの二人の強さが計り知れないものであることはわかる。


「ミトの爺さんの死は、俺から里の者たちへと伝えよう。墓はどこにあるんだ?」

「サラ・フェルール大聖堂建設予定地の岬の先。そこにある祠です。ミトさんの墓は、リアラ・セイン様が責任を持って管理してくださるそうです」

「リアラ・セイン――あの勇者と共に魔王を倒した聖女様だな。それは光栄なことだ。きっと一族の者も喜ぶだろう」


 そう言った時に、ラグはふと気づいた。

 リアラ・セイン。

 彼女が従者として同行した『勇者』は人の子どもで、まだ幼い少女。

 ラグはかつて、勇者がリヨンを訪れた時に、彼女の姿を垣間見ている。

 魔物との戦いが激しかった頃、ラグは軍船を作る親方衆のまとめ役を務めていた。その縁で、王宮で行われた勇者の歓迎式典に招待されたのである。

 その時、若き『剣聖』として大陸に名を轟かせていた王太子ラウルが、レティシアに勝負を挑み敗れている。

 身内に『剣匠』がいるラグも、十歳そこらの少女が振るう圧倒的な剣技に目を奪われた。

 そして、その時に見た勇者の瞳――エメラルドの宝玉を思わせる、強い意思を宿した瞳の光が、強く印象に残っていた。

 ラグの目の前に座る少女は、あの時の勇者の瞳と同じ色と光を持っていた。


(そうか……この娘はあの時の。ならば、より一層ミトの爺さんの金印を託すに相応しい)


 そう思うと、ラグは金印を大切にしまうウィンを見てこう言った。


「ウィンと言ったか? いつかお前さんの名が『剣匠』として、俺や俺の一族が住む里にまで轟く日が来ることを楽しみに待っているよ」


 そう言ったラグは、そういう日が来ることを確信しているという眼差しを向けていたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 ラグと別れたのはもうすぐ夕方になろうかという時刻だった。

 空が赤く染まり、大地には影が長く伸びている。

 ウィン、レティシア、アベルと話している間中ずっと飲んでいたラグは、この後も仕事を終えた後に酒場へとやって来る徒弟や、顔見知りの職人たちとまだ飲むようだった。

 どうやらミトに対する弔い酒らしい。

 ウィンたちにも付き合うように言ってきたが、さすがに断った。

 ドワーフの酒量に付き合うことは、ウィンたちには不可能だ。


「金印、受け取ってもらえなかったな」


 ウィンはポケットから出した金印を手のひらの上に乗せると、そう呟いた。


「『剣匠』の名を受け継ぐに相応しい人も捜さないと」 


 夕日を浴びた金印は、少し赤みのかかった輝きを放っている。

 親指の先程の大きさなのだが、その小さな金の塊はウィンに、本来以上の質量の重みを感じさせる。 

 その金印には、ミトだけでは無く、何人もの武に生きる者たちの手を渡り続けた歴史があるのだ。


「お兄ちゃんが、そのまま『剣匠』って名乗っちゃえばいいんじゃないの?」


 考えながら歩くウィンに、レティシアが言った。


「ラグさんも言ってたけど、お兄ちゃんにもその金印を持つ資格が十分にあると思うよ?」

「ラグさんが金印を持つ資格があるって言ったのは、レティを見ての事じゃないか? というか、レティが持つなら誰もきっと文句は言わないと思うんだ」

「確かに誰も文句は言わないと思う」


 ウィンが言うと、アベルもそうだとばかりに頷いた。


「私はいらないよ。というか、もうこれ以上そういう称号を押し付けて、勝手に呼ばないでほしいな……」


 そう言うと、レティシアが少し頬を膨らませて不満を表した。


「私、会ったことない人からオーガのような女の子に思われてそう……」


『勇者』『剣の神姫』『神に限りなく近づきし存在』――これだけの大仰な呼称を持つレティシアだが、実物の本人は折れそうな程に細い肩に腰、華奢な少女なのだ。


「会ったことも無いような人になら、どう思われようといいじゃないか」

「良くないよ! いくら知らない人だって嫌だよ」

「凄腕の剣士か……。例えば冒険者ギルドや傭兵ギルドの有名人とかどうだろ?」


 腕組みをしたアベルがそう提案する。


「北へ行って帰って来る冒険者のパーティーには、そこらの騎士より遥かに強い人だっているらしいぜ?」

「なるほど。だったら、オールトさんに聞けば、紹介して貰えるかもしれないな」


 成功した冒険者としてエルツの町に家を構えるまでになったオールト、ルイス、イリザの三人なら、冒険者たちの間で広く顔も利くに違いない。


「『剣聖』であるラウル殿下に聞いてみてもいいかもしれない。殿下なら、強者に関しての情報を集めてそうだ」

「そうね。でも、お兄ちゃんが持っていてもいいと思うんだけどなぁ」


 金印をポケットの中へとしっかりとしまい込みながらそう言うウィンに同意しながらも、レティシアはそう呟いたのだった。

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