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勇者様のお師匠様  作者: ピチ&メル/三丘 洋
第五部 リヨン王国
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アベル

 真っ先に我に返ったのはレティシアだった。

 扉の奥へと消えたレイナードを追って、祠の中へ飛び込む。 

 中は小さな祭壇と、明かりを灯すための燭台が幾つか置かれているだけだった。


「レティ! レイナードは?」


 中の様子を窺っていると、ウィンたちもやって来た。

 レティシアは無言で床を指差す。

 その指の先には乱暴に捲れ上がった敷布。祭壇へ祈りを捧げる際に座るためのものだったのだろう。だが、その敷布にはもう一つ秘められた役割があったようだ。

 木で作られた地下へと降りる扉。


 「ここから下に降りて行ったみたい」


「下に?」 


 覗き込んでみると、緩やかに湾曲した階段が下へと続いているようで、ウィンの顔を湿った冷たい風が撫でていった。


「海に通じているのか?」


 篭ったような波の音も聞こえてくる。


「リアラ。この中の様子はどうなっているのかわかる?」


「いいえ。私たちがサラを倒した後、この国の騎士たちが調査を行おうとしたらしいのですが、結界に阻まれて祠の中に足を踏み入れる事が出来なかったようです」


 リアラは地下へと続く階段よりも、祭壇のほうに意識を持って行かれているようだ。

 長い間放置されて、すっかり埃を被ってしまった祭壇の神像を調べている。


「ティアラがここに結界を張る前に、調べてもらわなかったの?」


「ここに張られていた結界は、サラが破壊神の力を用いて張ったものでしたから。破壊神はアナスタシア様と同等の神。それに術者もサラ・フェルールとあっては、とても解除することが叶いませんでした」


 リアラはそう言うと、埃を払い落とした神像へ、簡単な祈りを捧げた。


「随分と……随分と古い時代に作られた場所のようです。この地へ訪れた時、この祠の古い言い伝えは伺いました。かつて王都リヨンが、まだ小さな漁村の頃より灯台として守られてきた祠だと。その時は、この祠で祀られている神は、海の神と思っていましたが……。どうやらここは破壊神ノアレを祀ったもののようです。この地には、遥か昔から破壊神が祀られていたのでしょうね」


「じゃあ、サラがここに住んでいたのはそれを知っていたから?」


「現代では破壊神を信仰している者は、ほとんどいません。エメルディア大神殿では、破壊神信仰は邪教徒と考えられていますから。というのも、破壊神に対する正しい知識が失われてしまったせいで、新たに信仰をしている者たちは破壊神の司る破壊にのみ、その全ての価値を見出す者ばかりだったからです。ですが、この祠を建立された方は、まだ破壊神の本質である破壊からの再生の事をよく知る者だったようです。と言っても、先程言いましたように、随分と昔のようですが。もしかしたら、古代レントハイム王国の時代よりも古いかもしれません」


 古代レントハイム王国は、アルファーナ大陸全土を支配し五百年前に滅びた超大国の名前である。

 今も世界各地に遺跡を残すその国は、様々な強力な魔道具を作り出し、千年以上にも及ぶ長い歴史を刻んだとされる。

 その古代レントハイム王国の時代よりも前となると、この祠は数千年前に建立された、貴重な遺跡でもあるという事だ。

 レントハイム王国が生まれる前がどうなっていたのか、記録は残されていない。

 レントハイム王国が、大陸を統一する過程で、その他の文明を全て破壊し尽くしてしまったからだと言われている。

 書物だけに限らず建物なども、一切合切全てだ。

 そのため、レントハイム王国時代より古い時代の物と言うと、現代に生きる者たちにとってそれは、神話の時代の代物と同等ということになる。


「確かに。この階段も随分と古いものに見える」

 階段の石をハルバードの石突で叩きミトが言うと、その横で石壁を触っていたレティシアも頷いた。


「サラが完成させたコンラートの遺産。そしてレントハイムより古き時代の遺跡。何があるのかわからないけど、あのレイナードの手に渡って良さそうなモノではない事は確かね」


「急いだほうが良い気がします」


 レティシアの言葉を受けてリアラが言う。


「破壊神は創世神アナスタシアと対を為す神。その力は魔王の比ではありません。もしも破壊神が降臨でもしたなら……人の力では手に余る。例えレティでも……」


「明かりを調達しよう」


 焦りの色を濃くするリアラの言葉に、ウィンは階段の奥を覗き込んで言う。


「風も感じられるから、悪い空気が溜まっている様子は無い。火を灯しても大丈夫なはずだ」


「ここに丁度よい燭台がある。蝋もまだ使えるようじゃ。失敬させてもらおう」


 ミトが燭台の一つをウィンに渡した。燃料となる蝋は、祭壇の隅に残されていたらしい。

 油紙のような物に包まれていた蝋は、サラが使っていたものなのか。まだ十分に使える物のようだった。


「魔法の明かりでも良いが、用心に越したことは無いからのぉ」


 燭台に火を灯しておけば、悪い空気が溜まっている所へ行けば炎が消える。

 ウィンは小さく呪文を唱えると、蝋に火を灯す。

 常人より遥かに少ない量しか魔力を持たないウィンだが、指先に小さな炎を灯す程度は使える。

 次いで、レティシアとリアラがそれぞれ燭台に、魔法の《明かり》を灯した。


「あの……私はどうしましょう?」


 地下室に入る準備をするウィンたちに、祠の入り口から覗き込んでいたセリが遠慮がちに尋ねる。


「セリさんは危険だから、戻っていたほうが――」


「いえ、それよりもセリさんにはお願いがございます」


 ウィンの言葉を遮ったリアラが、セリへと話しかけた。


「先程の竜を見て思いました。あの魔導師はこれから何をするかわかりません。竜のブレスは神殿の者たちだけでなく、麓の町やリヨンでも見えた事でしょう。セリさんには神殿の者たちに、いま起きている事を説明してもらい、それから麓の町の人々も共にリヨンへ避難してもらえたらと思います」


 レティシアが放った光球もある。 

 確かに事情がわからない麓の町やリヨンでは、大きな騒動が起きているかも知れなかった。


「この事をラウルへ伝えられるといいんだけど……」


 レティシアが思案気に言う。

 ただ、ラウルとセリに面識はない。

 セリが王太子のラウルに会うことは難しい。


「麓の町にも役人の方がいます。その方に神殿の者が私とレティからの伝言だと伝えれば、ラウルにも伝わると思います」


『ならば、俺はセリに付きあおう』


 そう言うと、リーズベルトが腰の鞘へと収めた剣を持ち上げた。


『あの魔導師が里を滅ぼした魔族の召喚主だというのなら、私にとって奴は皆の敵なのだが……先程の、竜の今際の際の言葉によれば、どうもまだ黒幕がいるような事を匂わせていた。それに奴の連れていた集団の生き残りもいるかもしれんしな』


 リーズベルトの言葉にウィンは頷いた。

 魔法も使えて実戦経験も豊富な彼が一緒なら、安心できる。


「お、俺は……」


 残る一人、アベルはウィンたちとセリとリーズベルトを交互に見比べていた。


「俺は……俺は、正直いま何が起きているのかよくわかっていない」


 一同に見つめられて、しどろもどろになりながらもアベルは言う。


「冒険者として古い時代の遺跡というものにも興味がある。だけど、俺はセリさんとリーズベルトさんの護衛として雇われた冒険者なんだ。本当はセリさんたちを護衛するのが本当は筋だと思う。だけど……」


 言うべきか言わざるべきか、ウィンの目にはアベルが迷っている様に見えた。


「アベル。何か意見があるなら遠慮無く言えよ。君があれからどんな冒険をしてきたのか知らないけど、俺はアベルがトルク村で起きた惨劇を乗り越えた冒険者だと知っている」


 トルク村での惨劇は、両親と親しい者たち全てを失ったセリ、そしてウィンとレティシアもリッグスという、随分とお世話になった恩人が命を落とした忌まわしき事件だ。

 ペテルシア王国の騎士団が盗賊団に変装し、セリの故郷であるトルク村を襲撃した事件。

 ただの盗賊団だと思い、その壊滅のために出かけたリッグスをリーダーとした冒険者たちの一団は、全滅の道を辿った。アベルはその際、帝都シムルグに危急を伝えるべく、リッグスから伝令役を任されたため生き延びる事ができたのだ。

 あの時、トルク村でペテルシア騎士団を迎撃する事を決めたリッグスたちは、自らの命を賭して村の人々が逃げられるだけの時を稼ごうとした。

 そのリッグスたちの覚悟の程を間近で見た事、そして全滅という最悪の事態を経験したアベルの意見は無視できない。ウィンはそう思う。

 ウィンに背中を押されても、アベルは自信が無さそうに口を開いた。


「俺は、俺には調子乗りの一面があることはわかっているんだ。親父やお袋、兄貴にもよく言われているから。だから、これは間違っているかもしれない。ただ、遺跡があるから潜りたい。大きな事件があるから首を突っ込んでみたい。どんどん俺よりも先に行くウィンに対する対抗心だってある。そういった不純な動機が根底にあるのかもしれない。だけど……だけども、俺はあの魔導師が何を企んでいるのか、俺も事の顛末を見ておいたほうがいいんじゃないかと思った」


 アベルはそう言うと、一同の顔を見回した。


「あの魔導師が何を企んでいるのかさっぱりわかんないけど、リアラ様、それに帝国の騎士になったウィンが関係している事から、きっと何か大きな事件が動いているんだと思う。それに、なんとなくこれだけで事態が終わらないような気もしている。俺とリーズベルトさん、セリさん。俺たちはエルナーサに、ティアラ様に会いに行く。その時に、いま起きている事を実際に目で見て伝えられる人間がいたほうがいい。俺はそう思った……んだけど……」


 最後の方は消え入りそうな声になっていた。

 アベル自身が口にしたように、英雄願望、そしてウィンへの対抗心も入り混じっているのだろう。それが自分でもよく理解できていて、自分の意見が正しいのか不安なのだ。


「レティちゃんの力は見た。悔しいけどウィンの剣の腕だって、俺よりも遥かに上だ。ミトさんも。だから足手まといになる事はわかっている。だけど、もし俺の言う事にも一理あるなら、俺も奴を追う手伝いをさせて欲しい」


 ウィンはレティシアとリアラを見た。


「そうですね……。確かにティアラへ事情を詳しく説明できる者も必要かもしれませんけど……」


「お兄ちゃんはどう思う?」


 ウィンたちの任務は一部の者にしか知らされていない、機密事項の高い任務だ。

 コンラート・ハイゼンベルクの遺産は、それだけ危険性の高い代物である。

 そこに一介の冒険者であるアベルを絡ませて良いものなのか。

 しかし、リアラが認めた通り、『大賢者』ティアラの力を借りるような事態に陥った場合、彼女へ正確な情報を届けられる人物がいると便利なのは確かなのだが。


「アベル。俺たちの関わっている事件は、帝国と王国にとって機密扱いにされている事なんだ。それに、さっきの竜を見ただろ? 相手の魔導師はあんなものを召喚できる力量だ。帝都シムルグでは騎士も含めた大量の人々を殺している危険な相手だ」


 命の保証ができない危険が待ち受けている。その事をアベルが本当に覚悟しているなら、ウィンは彼の同行を許そう。そう思って口にしたのだが――。


「ウィン。お前、俺をバカにしているのか?」


 アベルはウィンに対して、怒りの声を上げた。


「俺は冒険者だ。冒険者として、仕事の上で知り得た情報を公開したりはしない。それに、命を落とす危険があることは承知の上だ。死にたくは無いけどな。でも危険な事はウィンもレティちゃんだって一緒だろ? 俺だけがいつまでも逃げるような事はしたくない」


「そうか。なら、アベル。君の力も貸してくれ。これから奴を追う。奴がコンラートの遺産をどうするのかわからないけど、見た事をそのままティアラ様に伝えて欲しい」


「ああ、任せろ」


「どうやら話は決まったようじゃな」


 アベルがウィンの言葉に強く頷いたのを見て、ミトはアベルにも魔法の《明かり》が灯された燭台を渡した。


「お前さんの分じゃ」


「あ、ああ」


 燭台をしっかりと握りしめるアベル。受け取った燭台が、まるで大切な宝物か何かであるように、神妙な顔つきをしている。

 アベルはトルク村が襲撃された時、リーダーのリッグスから帝都シムルグへ伝令役を任された。

 戦闘訓練を施された、重武装の騎士団。その上、数倍以上の戦力差。

 村人たちが逃げるための時を稼ごうとする冒険者たちに勝ち目は無かった。

 待ち受けるのは絶対の死。

 アベルに与えられた伝令の役目は、まだ若い未熟な冒険者であるアベルを逃がすため。

 その時、アベルは逃げることを良しとせず、リッグスに食って掛かった。自分も村へと残り、戦うと。

 そのアベルの発言を、リッグスはただの幼さと未熟さから出た英雄願望に過ぎないと看破して叱責し、アベルが村で戦う事を許さなかった。

 しかし、今回は違う。

 アベルは自分なりに戦う理由を見つけ、それがウィンたちにも認められた。

 認めたくはないが、子どもの頃から周囲の大人の冒険者たちからも一目置かれていた、あのウィンにである。

 悔しくないと言えば嘘になる。だが、それ以上にアベルの中で、ウィンから一人の冒険者として認められた事は、嬉しかった。


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