サラ・フェルール大聖堂建設予定地②
サラ・フェルール大聖堂の建設は、エメルディア大神殿の名のもとに、大陸各国に布告した。工事のための人足を集めるためだ。
その中の一軒、小さいながらも炉を構えた工房があった。
親方は多くの工人を雇って住み込みで彼らと共に働き、主に工具や釘といった小物を中心に鍛冶仕事を行っていた。
人が大勢集まって、日々街が拡大していくとなれば、様々な鉄製品にも需要がある。
工具に限らず、鍋鎌包丁、鉄製品であれば何でも作った。
工房に舞い込む注文は連日予約で一杯で、工房に勤める工人たちは目が回るような忙しさに追われていた。
「おー、野郎ども! また釘三百の注文だ! だが、今日中に仕上げなければならない仕事は、まだまだたくさんあるぞ! 気合入れていけ!」
「へい、親方!」
親方の檄に工人たちが威勢の良い返事を返す。
今、この街では珍しくない光景。
様々な職業、工房が存在するが、どこもかしこも需要が供給を上回っていて、炉、竃に火が入っている時間は、街はまるで戦場のような有様だ。
その工房に二週間前から住み込みで働くロルフという男がいた。
灰色のシャツに厚手のズボンを身に着けた男。
ガッチリとした体格の男で、鍛冶仕事で鍛えられた筋肉がシャツを盛り上げている。無精髭を生やしているものの、精悍な顔だちをしていた。
その筋肉が示す通り力仕事が得意。そして手先も器用で、親方からは特に目を掛けられている男だった。
「おい、ロルフ。これから酒でも飲みに行かないか? 可愛い姉ちゃんがいる店を見つけたんだ」
「……いや、悪い。俺、出歩くの嫌いなんだ」
「何だよ、付き合い悪いな」
「よせよせ、奴は酒には付き合わないんだ。代わりに俺が付き合ってやるぜ」
「ああん? お前とかよ」
「何だよ、俺だと文句でもあんのかよ?」
「ロルフと一緒なら女が寄ってきそうだが、お前じゃなあ……」
「何だと、てめえ!? てめえだって俺と大して変わんねぇ面してんじゃねぇか! 例えロルフと一緒に行ったとしても、女はロルフが全部持っていって、てめえは精々商売女のとこに行くのが関の山ってもんさ」
「ああん? 言いやがったな、てめえ! てめえよりはマシだってんだ! 言っとくがな、俺がその気になりゃあ言い寄ってくる女の一人や二人……」
「嘘つけ!」
「じゃあ、試してみるか? 見てろよ、このやろう。ロルフ抜きでも女の一人くらい引っ掛けてやるさ!」
「ああ、見せてみろよ! おい、ロルフ。親方に俺たちは飲みに行くって伝えておいてくれ!」
「ああ、わかった」
同僚二人もロルフと同様、住み込みで働いていたため、酒を飲みに出掛けると親方に伝言を頼んだのだ。
そして、仲が良いのか悪いのか、怒鳴り散らしながら肩を並べて工房を出て行く。
それを見送ると、ロルフは今日の作業の後片付けを始めた。
「大体、ロルフの奴は何とかって神様の熱心な信者だって話だ。酒を飲まないのは、そのためらしいぜ」
「何の戒律だ、そりゃあ? 酒が飲めないなんて、何を楽しみに生きてるんだ奴は。俺だったら、酒を禁じるような神様なんて御免だね」
「おい、ロルフに聞こえるぞ」
「それにしても、そんな神様がいるんだな」
「ああ、何て言ってたっけかな……その神様の名前」
「アナスタシア様じゃないのか?」
「いやいや、アナスタシア様なら忘れるかい。というか、アナスタシア様が酒を禁じたら、この世から酒が消えてなくなるだろうが!」
「そういえばそうだな」
(……ノアレ様だ)
遠ざかっていく同僚二人の声。
その後姿を無表情で見送りながら、ロルフは心の中で、己が信じる神の名を唱えた。
胸元には聖印。
元々、ロルフは司祭の地位を持つ。
神の名はノアレ。
一般にその神の名を知る者はほとんどいない。
聖職者たちの中でも、ほんの一握り程度だろう。
しかし、この世界の創世に関わる物語では、非常に重要な存在だった。
創世の女神アナスタシアの対なる神。
終焉を司る神として、人はこう呼ぶ。
破壊神ノアレ。
破壊、終焉、死――。
司る理から破壊神ノアレは、邪神というイメージが強い。
だが創世から破壊、そして再び創世へ。
ノアレが司る破壊は、創世のための破壊であって、人の基準で言う破壊や破滅とは無縁のもの。
だが、負のイメージは拭い切れず、民衆の間からは忘れ去られてしまったが、近年、その名がとある者たちの間で囁かれるようになった。
とある者たちとは、魔物によって滅ぼされた北方の国の民たち。
ロルフも魔物によって滅ぼされた、北国の出身だった。
魔物の脅威から逃げ出し、難民として各地を放浪する内に知りあった同郷の者から、破壊神ノアレの存在を知った。
そしてロルフはそれまで信じていた神から宗旨替えをして、ノアレを信仰するようになり、いつしか司祭位まで戴くようになった。
ただ、多くの同郷の者たちは、破壊神ノアレの破壊を司る部分に傾倒していったため、ロルフは彼らと距離を置くことになった。
それから壊神ノアレは、飲酒を禁じているわけではない。
人付き合いが苦手なロルフが、酒の席を断る口実として信仰を理由にしているだけだ。
信者数が元々少ないため、司祭位を持つといっても、社会的には何も力は持たない。
多くの難民と同様、ロルフもまた食べて行くので精一杯だった。
そんな時、新たに作られる町があるという話を聞いた。
『聖人』サラ・フェルールの名を冠した大聖堂が建設され、その大聖堂を中心とした町が作られるというものだった。
そこへ行けば仕事にありつける。そしてあわよくば、ノアレ神の小さな教会を新しくできる町に作ることができるかもしれない。
そう思い、ロルフは町へとやって来たのである。
「おい、ロルフ。お前に客が来てるぞ」
片付けも終わり、夕食でも食べて早めに寝ようと思っていた所に、ロルフを雇っている親方がやって来た。
「客ですか?」
「表で待たせてあるから、会ってきな」
「同郷の者かな? ありがとうございます」
親方に礼を言う。
外へと出てみると、黒灰色のローブを来た人物が立っていた。
ローブはフード付きで、人物の顔は伺えない。
ただ、身体つきから男である事がわかるくらいだ。
「ちっ……ロルフというのはお前だな?」
「確かにそうだが……誰だい、あんた? どこかで会ったことがあったかな?」
だがローブ姿の男はその質問には答えず、小さく舌打ちをすると、ゆっくりと被っていたフードに手を掛けて、ロルフに顔を見せて――。
「おい、ロルフ。知り合いが訪ねてきたのなら、金を出してやるから、飯でも一緒に食いに行ったら……って、ロルフ?」
金の無いロルフのために、工房の親方が気を利かせて、食事代の金を渡そうと思い出てきたのだが、そこにロルフと彼を訪ねて来たローブ姿の男はいなかったのである。
◇◆◇◆◇
サラ・フェルール大聖堂の仮神殿は、木造製の二階建てで、一階は厨房や食堂といった、集団で生活するのに必要な部屋がある。救いを求めてやって来る人々が通されるのも一階で、神像が祀られた部屋だ。
ウィンとレティシア、ミトの三人は二階にある部屋へと通された。アベル、セリ、そしてリーズベルトも一緒である。
二階は仮神殿に勤める聖職者たちの部屋と客室がある。しかし、六人はひとまずリアラの部屋へと通された。
神殿責任者でもあるリアラは、さすがに一番広い部屋が与えられている。部屋の中央には机と椅子が数脚と花瓶に花が活けてある。壁際には大きな本棚があった。
「おい、ウィン。リアラ様って、あの『聖女』様だよな? 本物なんだよな?」
「あ、ああ。うん」
ウィンの隣に腰掛けたアベルが興奮気味に小声で言ってくる。
「マジかよ。すっげーよ、本物だよ。兄貴に自慢……いや、ギルドの連中にも自慢できるぞこれ。あの魔王を倒した勇者様のパーティーメンバーのお一人と顔を合わせた上に、お食事までご一緒できるなんて!」
「あれ? ああ、そうか……」
(そういえばアベル、冒険者ギルドに入り浸っていて、家には帰って来てなかったな)
実のところ、『渡り鳥の宿木亭』には、ラウルにティアラというレティシアの仲間が訪れていたりする。宿泊までしたラウルは、身分を明かしていないためその正体を気づかれなかった。しかし、ティアラに至っては、かつてウィンが住んでいたおんぼろの小屋をセリが間借りした時に、小屋を修繕して貰った事もある。
そしてアベルにとっても幼馴染であるレティシアは、言わずと知れた『勇者』その人だ。
(ギルドのみんな……まだアベルにレティの事を教えていないのか)
シムルグの冒険者ギルドに所属する古株の冒険者たちは、幼い頃にウィンと共にギルドを出入りしていたレティシアが、実は『勇者』メイヴィスその人であることを知っている。しかし、アベルにはその事を秘密にしていた。
アベルがレティシアに恋心を抱いているのを知っていて、面白がっているのだ。
「いや、ほんとにすげーよ。お前もそう思うだろ? な? ウィン」
「ああ、うん。まあね」
隣でレティシアが笑いをかみ殺している。
「でも俺、最近ちょっとこういう状況に慣れつつあるかなぁ」
「まあ、ウィンは騎士だもんな。貴族なんかとも話したりする機会もあるか。でもよ、あのリアラ様にお会いしてるんだぜ? そこらの貴族なんて目じゃねえぞ?」
レムルシル帝国皇太子アルフレッド。
第一皇女コーネリア。
『大賢者』ティアラ・スキュルス・ヴェルファ。
『剣聖』ラウル・オルト・リヨン。
『剣匠』ミト。
ウィンは、レティシアを抜きにして考えても、誰もがいずれは歴史書、そして伝承として語り継がれていきそうな人物ばかりと出会っているのだが。その事を説明したほうが良いかどうか少し迷った。
アベルはリアラのほうをチラチラと窺っている。
その目は憧憬の色が浮かんでいた。
「うん、よくわかるよ」
正直言うと、確かにリアラ・セインに会えたことには胸が踊るようだった。
だがリアラを前にして、緊張でガチガチになるという感じはしない。
同じレティシアの仲間でも、ラウルとティアラは貴人が持つ近寄りがたい雰囲気を纒っていた。それがリアラには感じられない。彼女は、何者をも優しく包み込むような、落ち着きを与えてくれる雰囲気を身に纏っている。『聖女』と呼ばれるのも納得だと思った。
老境に差し掛かろうかといった歳頃の四人の女性司祭が、食事を運んでくれた。
海の近くらしく、貝と白身魚を煮込んだスープ。そして籠にはパンが盛られている。
ミトには葡萄酒が並々と注がれた大きな木杯が用意された。
「ほほっ! これは上等な酒じゃわい!」
葡萄酒の香りを嗅いだミトが、顔をくしゃくしゃにする。
配膳を終えた女性司祭たちが、リアラに対して膝をつき祈りを捧げていた。
『聖人』と呼ばれる者はその死後、サラ・フェルールの様に、その名を冠した神殿が建立されて神として祀られる。
リアラもまた、その生を終えた時には神として天上に往くとされていた。
そのため、信徒たちはリアラに対して祈りを捧げているのだ。
その様子を眺めていたウィンはふと、隣に座るレティシアへ目を向けた。
レティシアは丁度食前の祈りを終えた所で、スプーンでスープを口に運ぶ所だった。
リアラに限らず、歴史に名を残すことになる偉人は、その死後に神として祀られる事が多い。
そう考えてみると、レティシアもその基準に当てはまっている。
「どうしたの? お兄ちゃん」
ウィンが見ていることに気づいたレティシアが、スープを口に運ぶ手を止めた。
(レティが神様ねぇ……)
苦笑して肩をすくめてみせる。
(食べ物でも司るのかな? 台所の神様とか…‥)
「むぅ……何か失礼な事を考えているでしょう?」
「気のせいだよ」
そう言って誤魔化すと、疑うような視線を送るレティシアに、ウィンは澄まし顔で食事を続けたのだった。
生い茂る木々の葉によって星の輝きは遮られ、濃い夜闇が広がる。夜目の効かない人間ならば、歩くことすら困難な場所。深奥の森は人が足を踏み入れることすら拒む場所。そこは元々闇を住処とする魔物、夜行性の獣たちの世界だ。唯一の例外は、森の眷属を自称するエルフ族。
闇に潜む魔物を狩り、森の秩序を守る者たち。
その日、リーズベルトたちは森の異変に気づき、仲間たちと共に現場へと向かい、そしてその光景を見た。
深い闇を煌々と照らす炎。
浮かび上がる魔法陣。
炎のように揺らめくローブを身に纏う骸骨。
骸骨を呼び出した初老の男の命令に、骸骨は眼球の無い眼窩に不気味な赤光を灯して、リーズベルトの仲間たちを蹂躙した。
リーズベルトも骸骨に重傷を負わされて、気がついた時には、仲間たちは肉塊となっていた。
傷ついた身体を引きずって里へと戻ってみれば、里に残っていた者たちの姿はなく、彼らが大切に守っていた世界樹の若木は濃密な瘴気のせいで枯死していた。
リーズベルトの話が終わると、部屋の中は沈黙に包まれた。
青褪めたリーズベルトの表情を見れば、話に一切の誇張はなく、どれだけ酷たらしい惨状を目にしたか見て取れる。彼は務めて冷静に話そうとしていたが、仲間の死の惨状を語るときには、その顔に悔しさと怒りが浮かんでいた。
「レティ。その骨の魔族ってもしかして……」
ウィンたちが以前追いかけることになった、貴族令嬢の誘拐を発端にした一連の事件。
魔力を持った人たちを次々と誘拐して殺害。その遺体を傀儡人形にしていた。
その首謀者だったレイナード・ヴァン・ホフマインが、ウィンたちに追い詰められた際に召喚した『ルフ』という名の魔族が、リーズベルトの語った魔族と同一のように思えたのだ。
『確かに自分が見た魔族と同じ輩かも知れない。そうか……すでに勇者様の手で滅ぼされていたか……』
ウィンがその時の事を語ると、リーズベルトは目を閉じて頷いた。
『しかし、一つ聞きたいことがある』
リーズベルトは目を開くとそう言った。
『勇者様。そのレイナードという魔導師は、魔族では無かったか?』
レティシアはちょっと考えると、ゆっくりと首を振ってみせた。
『いいえ。魔族ではありませんでした』
『私たちが遭遇した魔族と、勇者様が滅ぼした魔族が同一の個体であるならば、その魔族を召喚したのはレイナードという人間のはずがない。私は奴をはっきりと見た。見間違えるはずなんてないのだ』
森が少し開けた場所。不気味に明滅を繰り返す魔法陣の光に浮かび上がった召喚者は、リーズベルトが対魔大陸同盟軍に参加していた時に、悪夢を見せた存在だった。
人の国の貴族に使える執事のような燕尾服に身を包んだ初老の男。
しかし、その中身は人間とはまるで異なる存在だ。
リーズベルトたちエルフの軍を、わずか一体で相手取り、壊滅させた魔族。
『アレを私が見間違えるはずがないんだ。あの時も、仲間たちが蹂躙されていくのを、私は何もできずに見ているしかできなかったのだから』
リーズベルトの声音が震える。
里を滅ぼしたルフの話の時には、恐怖よりも怒りと悔しさの色をにじませていたリーズベルトが、その燕尾服の魔族の事を思い出すだけで恐怖を覚えているのだ。
『その燕尾服の魔族か。そやつは何の目的があって、エルフの里を襲ったんじゃ?』
それまで黙って話を聞いていたミトが口を挟んだ。
齢百を軽く越えた老ドワーフは、エルフ語も自在に操れるらしい。
騎士学校でエルフ語を習得したウィンよりも、よほど流麗な口調だった。
『意識を取り戻して里へと戻った時には、里の者の姿は見当たらず、そして世界樹の若木が枯死していた。先ほどの勇者様たちの話からして、そのレイナードという魔導師による傀儡の犠牲になった可能性がある』
『ふむ……枯れた世界樹の若木か。覚えておるか? マジルでワッシらが出会った時、あの蟻の化物が巣食っておった広場にあった世界樹の若木の事を』
太い幹に大きな亀裂が走り、全ての葉が落ちて寒々とした枝だけが広がる巨木。
そしてその幹に群がる大量の蟻。
『瘴気を浄化する力も持つ世界樹の若木が、数が多かったとはいえ、蟻の魔物程度が集ったくらいで枯れる筈もない。ということは、蟻共が発生する前に、世界樹の若木が枯れる様な何かが起きたということじゃ』
『リーズベルトさんの里にあった若木、マジル廃坑道で見た若木、そのどちらも枯れていた。偶然とは思えませんね』
『我が里の若木を枯死させたのは、状況から考えても魔族の仕業にまず間違いない』
ウィンの言葉を受けてリーズベルトが全員を見て言う。
『だとしたら、廃坑道の若木も同じ魔族の仕業と考えるのが自然か』
『でも、世界樹の若木を枯死させた目的は一体何だろう?』
レティシアが口元に手を当てて、考えこんだ。
『世界樹の若木には、魔族の放つ瘴気を浄化する力があります。その力が疎ましかったのでは?』
『廃坑道の地下深くなんて、誰も近寄らない場所なのよ。そんな所へわざわざ魔族が足を運ぶ理由は、世界樹の若木しか考えられない。リアラが言うとおり、瘴気を浄化する力を疎ましく思ったのか……。でも、それならなぜ、今頃になって若木を枯死させて回っているの? 世界樹の若木を枯死させる機会は、今までにも幾らでもあったのに』
『そうですね。瘴気を浄化する力が疎ましかったのなら、レティが魔王を倒す前から、そうしていたはず』
『若木を守っておった竜の姿が見えなかったことも気になるのぉ』
数ヶ月前にミトが世界樹の若木が生えた広場へ行った時には、一匹の竜が住んでいて、巨大な蟻の群れは見受けられなかった。
おそらくは世界樹の若木に対して魔族が何かを仕掛けた時に、竜の身に何事かあったに違いない。
生きとし生けるもので最強種の竜である。
魔族と戦ったのなら、それは激しいものとなっただろう。
夥しい瘴気が撒き散らされたはず。
その瘴気にあてられて、地下深くに生息していた蟻が魔物と化したに違いない。
ミトは顎鬚をゾリゾリと撫でながらそう考えた。
『里の世界樹の若木と同様に枯死した若木があると聞いた以上、魔族に襲われた世界樹の若木はまだ他にもあるかもしれない。何にせよ、俺は明日にでもエルナーサに向かうつもりだ』
リーズベルトは決意の色を浮かべた顔で、言った。
『こちらの神殿で、傷も癒やしてもらえた。エルナーサのハイエルフたちなら、世界樹の若木がどこに存在しているか知っているはず。今回の魔族の動きに関して報告する必要もある』
レティシアが頷く。
世界樹の麓にあるエルフの都エルナーサには、エルフの王族であるハイエルフたちがいる。ハイエルフたちは、世界樹の精霊を守護しているため、世界樹の若木がある場所も知っているはずだった。
『そうね。今の段階では魔族の狙いも分からないし、エルナーサまで行けばティアラもいる。何かわかるかもしれない』
『承知した』
レティシアの言葉にリーズベルトは頷いた。
里を滅ぼされたリーズベルトの心に焦りもあったが、今レティシアを伴ってエルフの里へと戻った所で、彼女の言うとおり、何をする事もできないだろう。
当初の予定通りにエルナーサへと向かい、ハイエルフたちと『大賢者』ティアラ・スキュルス・ヴェルファに、この事を伝えたほうが良いだろう。
「な、なあウィン……」
リーズベルトの話が一段落したと思った所で、レティシアとは反対側に座っていたアベルが、ウィンに小声で聞いてきた。
「結局、一体何がどういう話になったんだ?」
「ああ、そうか……」
アベルを除く全員が普通にエルフ語を話せていたものだから、ウィンは彼がエルフ語以外話せなかったことを失念していた。
「そうだな、掻い摘んで話すと――」
ウィンは今までの会話の内容をアベルに教える。
それからアベルと、その奥に座っているセリに話しかけた。
「それで、セリさんとアベルはこれからどうするの?」
「わ、私は、リーズベルトさんと一緒に、エルナーサに行こうと思っています」
亡くなった父親からエルナーサに祖父母がいるとセリは言った。
「お祖父様もお祖母様も、父が亡くなった事を知りません。こうした機会でもない限り、きっと一生行く事なんて無いと思いますし、会いに行こうと思っています」
「俺の仕事はセリさんの護衛だから、俺も行くぜ。ウィンとレティちゃんはどうするんだ?」
アベルがレティシアをちらちらと見ながら言う。
「俺たちはここに用事があって来たんだ。任務があるから、アベルたちとはここで別れることになるな」
「え? 一緒にエルナーサへ向かうんじゃないのか……」
どうやらアベルは、ここからはウィンとレティシアも加わってエルナーサへ向かうと思っていたようだ。レティシアに気があるアベルは、明らかに気落ちしたように残念がる。
「お兄ちゃん」
ウィンたちの話が終わったと見て、レティシアがウィンに話しかけてきた。
「サラ・フェルールの祠は、明日にでもリアラが封印を解除してくれる事になったよ」
ウィンが話の内容をアベルに説明している内に、レティシアはここを訪れた事情を説明してくれたらしい。
「あの祠は危険なため、勝手に中へと入れないよう錠前と魔法による封印が施してあります。それに、サラ自身が仕掛けた魔法の封印も。私が同行し、封印の解除と錠前を外しましょう」
「よろしくお願いします」
頭を下げたウィンに、リアラが微笑みかける。それから一同の顔を見回して立ち上がった。
「さあ、お話はこの辺りでよろしいかしら。もう夜も遅いわ。今日はもう、明日に備えて休みましょう。お湯の用意もしてありますよ。ゆっくりと疲れを取るといいわ」
「ほんと? 嬉しい!」
レティシアが嬉しそうに声を上げ、セリもパッと顔を輝かせる。
長い旅の疲れを癒すのに、風呂は最高の贅沢だ。
「俺たちも汗を流すか。おい、行くぞアベル。アベル?」
セリと連れ立って湯浴みに行こうとするレティシアを、緩んだ顔で見送っていたアベルを促し、ウィンたちも用意された部屋へと向かった。