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勇者様のお師匠様  作者: ピチ&メル/三丘 洋
第五部 リヨン王国
119/152

サラ・フェルール大聖堂建設予定地

サラ・フェルール大聖堂、建設予定地。

 その聖堂を中心とした町の建造計画まで含めると、その敷地は下手な町よりも余程広い。

 予定では岬の麓に広がる森も開拓し、西にあるリヨンとも町をつなげる計画だ。

 完成すれば海に面して横に長い町が出来上がる。

 最も、ウィンやレティシアが生きているうちに、完成した町の姿を見ることはかなわないだろう。

 リヨン王国内外から多くの職人、人を集めて急ピッチで工事を進めているが、完成までには膨大な年月が掛かることが予測されている。

 町一つを一から作ろうというのだ。当然、莫大な資金も必要で、その資金の多くはエメルディア大神殿への寄付によって賄われることになった。

 エメルディア大神殿を頂点としたアナスタシア教会の資本力は、世界最大といっても良い。それでも魔物との戦争直後で、大聖堂建築費用は相当の負担が掛かり、予算を担当する神官たちの中には、その額を見て気を失ったものが続出したとまで言われる。

 しかし、エメルディア大神殿はこのサラ・フェルール大聖堂建設に大きな期待を寄せていた。

 魔物との戦争が終結してから起こった問題に、膨れ上がった難民と、戦場という働き場を失った兵士たち。そして戦場という需要を失ってしまって、不景気となった市場がある。

 サラ・フェルール大聖堂の建設工事は、働く場所を失った兵士たち、難民たちの受け皿として期待できる。

 工事によって創られる新たなる町の住民にもなってくれるだろう。

 すでに職人たちが家族とともに引っ越して来て、住み込みで働いてる。

 そしてそんな彼らを相手に商売する者たちも集まってきて、簡易な町が出来上がりつつあった。

 大規模な工事となれば、物資も必要となる。

 大量に生産されていた武具は、釘や工具、そして森を開拓するための斧やナタに。

 城塞を築くために切り出された石や木材は、町や大聖堂の建築資材に。

 リヨン王国の王都リヨンの港には、それらの物資を満載にした大型船が、大陸中から集まっている。

 魔物との戦争で被害の大小に差はあれど、大抵の国が何がしかの打撃を受けている中で、リヨンは未曾有の好景気に沸いている、数少ない国の一つであった事に間違いない。



 

 リヨンの港からその沖に掛けて埋め尽くさんとばかりに停泊している大型船を眺めて、ウィンはリヨンの活気に満ちた町並みを思い出していた。


「良い眺めだね」


 隣にレティシアが立って、ウィンと同じように目を細めて景色を眺めている。

 ウィンとレティシア、ミトの三人は、職人たちと商人たちが作った簡易な町を抜けて、岬のほぼ中央部にある聖堂建設予定地、その傍に建てられた仮神殿に訪れていた。

 サラ・フェルールが拠点としていた祠は、魔法による厳重な結界の他にも、鉄格子と鎖によって封印が施されている。

 魔法の結界を解除してもらい、鉄格子と鎖の解錠の許可を貰う必要があった。

 ただ魔法の結界に関しては、ここもティアラによって施術されているため、この仮神殿の責任者にも解除できない可能性はあったが、いざとなればレティシアが力づくで結界を破ることが可能だ。

 しかし、何にせよ祠へと入るためには許可を得なければならない。

 サラ・フェルールは生前、裏では破壊の神を降臨させようとしていた『背教者』であったが、表向きは多くの重病人、怪我人の命を救ってきた偉大なる聖人。

 この世を去っても、列聖された彼女の威光にすがるため、多くの巡礼者がこの岬の小さな祠に訪れる。

 アナスタシア教会としても、サラ・フェルールの偉業を継承するべく、仮神殿にて生前のサラが行っていた奉仕活動を続けていた。

 今日も多くの重い病気や怪我に苦しむ人々が押し掛けていて、仮神殿に勤める聖職者たちは忙しそうに働いていた。

 そしてその忙しさは仮神殿の責任者も同様のようで、取り次ぎにあたった侍祭からその事を聞くと、ウィンたちはこの喧騒が落ち着くまで黙って待つことにした。

『勇者』であるレティシアが名乗れば、おそらく責任者のリアラは何を置いても会ってくれるかもしれないが、苦しむ人々を尻目に特権を振りかざしたくなかった。


「良い所だね。きっとサラさんも喜ぶと思う」


 サラを手に掛けたのはレティシアだが、レティシアはサラを完全には憎む事はできなかった。

 破壊神を召喚するために、多くの命を犠牲にしたことは許されざる事だが、そこへ至るまでに、サラが多くの悲惨な状況を目にしてきたことを知っていた。

 苦しむ民衆を救うために、様々な物を犠牲にして尽くしてきた事も事実なのだ。

 長引く魔物との戦い。

 対魔大陸同盟軍という人類全ての力を結集した軍の創設。

 エメルディア大神殿が魔物との戦いに勝利するために果たした役割は大きく、その功績は誰にも否定出来ないものだ。

 しかし、対魔大陸同盟軍という史上初の国、種族の枠組みを越えた、超巨大な組織の盟主という立場を維持するために膨れ上がった権力は、たちまち腐敗の温床と化した。

 戦争が長引いてしまった事も一員だったかもしれない。

 創設に携わった人々は老いと戦いの中で戦死し、創設時の理念はやがて失われていった。

 苦しむ民衆に救いの手は差し伸べられず、権力者たちによる対魔大陸同盟軍の主導権争いが激しくなった。

 その様子にサラは絶望し、『背教者』となったのだ。

 本来、サラが目指していた教会はきっと、今この仮神殿で行われている行為であったろう。

 対魔大陸同盟軍が創設された時の理念を、権力者たちが忘れなければ、人類はもう少し魔物を相手に上手く戦えたかもしれない。

 例え最後はレティシア・ヴァン・メイヴィスという人物による力添えが必要だったとしても、魔物領はもっと北方に押し込む事に成功していたかもしれない。

 サラは『背教者』として堕ちる事も無く、生きる『聖人』として、もしかしたらエメルディア大神殿にて初の女性大神官の地位に就いたかもしれない。

 忙しそうに立ちまわる仮神殿に勤める人々を見て、レティシアはそう思った。


 ウィンが「何か手伝いでも」と、申し出てみたが、それは断られた。

素人が手を出しては、邪魔になるからだろう。

 やんわりとした断られ方だったが、そんなニュアンスを感じ取れた。

 実際、忙しそうであるが人手は十分にあるようだ。

 サラ・フェルールは生前に列聖された、史上三人目の人物。

 その威光も働いて、この仮神殿には多くの人員が集まっているようだった。

 最も、これだけ大勢の人々が集った理由は、サラ・フェルールの名前の威光だけでは無かったことを、ウィンは後で知ることになるのだが。

 とりあえず、暇となってしまった三人。

 ミトは日当たりも良く、腰掛けに丁度良い岩を見つけると、そこに座ってさっさと居眠りを始めた。

『剣匠』として頑健な肉体を持つミトだが、そこは百を大きく越えた老人である。

 これまでの旅の間でも、用が無ければミトはこうしてさっさと眠りについていた。

 案外、戦いに生きてきた者として、休息できる時には積極的に休息を取っているのかもしれない。

 ミトが寝入ってしまったので、ウィンとレティシアの二人は、ミトの睡眠の邪魔にならないよう、彼から少し離れた場所に移動した。

 そこは丁度木々が切れていて、リヨンの町が見下ろせる絶景の場所だった。

 足元は断崖となっていて、波が打ち付けている。

 聞こえてくる音は波が岩に打ち付ける音と、空を舞う海鳥の鳴き声。

 眼下では日の光を反射して、キラキラと輝く青い海がどこまでも続いている。

 水平線の彼方には、薄っすらとだが北方の陸も見えた。


「あの遠くに見える影。あの先に魔王が降臨した北方の地があるのか」


「うん。凄いでしょ。あそこまでずっと繋がっているのよ」


「スケールが大きすぎて、ちょっと想像が付きそうもないよ。レティは、この海を渡って行ったんだよね」


「うん、リヨンからじゃないけどね。海を渡ったわ」


 それから二人はしばらく海を眺めていた。

 潮の匂いを乗せた海風が、二人の間を通り抜けていく。

 リヨンの港でカーンカーンカーンと、鐘を槌で叩く音が聞こえてきた。


「見て、お兄ちゃん。船が出港しようとしているよ」


「えっ、どの船だ?」


レティシアが指差す方向、沖に停泊されている周囲の船と較べても一際大きな一隻の大型帆船に、人を満載にした小型船が横付けにされようとしていた。


「あの帆船か」


 ウィンたちが興味津々で眺めていると、やがて人が帆船に乗り込み終えたようだった。

 空になった小型の船がリヨンの港へと戻って行く。

 港の方では人集りができていた。

 帆船を見送りに来た人々なのだろう。

 帆船の乗組員の家族か、それとも船主、荷主となった商会の関係者かもしれない。

 そして再び、カーンカーンカーンと、鐘を槌で叩く音が鳴り響いた。


「出港だ」


 ウィンの声が弾む。

 帆船の帆がバサリと大きく開かれた。

 帆は潮風を受けて大きく広がり、見る見るうちに船足を早くしていく。


「出港の瞬間が見られるなんて、運が良かったね!」


「ああ」


 弾んだ声で言ってくるレティシアに、ウィンが頷き返す。

 大型外洋船の出港は、船や港に携わる者たちにとっても大きな催事のようだ。

 潮風に乗って聞こえてくる鐘の音に混じり、港で見送る人々の歓声が微かに聞こえてきた。


「あの船はどこに行くのかな」


「さあ、どこなのかな。北西に向かってるみたいだから、ぐるっと大きく回って南に行くのかも」


 何ヶ月、時には数年という長い航海の果てに辿り着いたその先で、あの船は大量の積み荷を満載して、再びリヨンの港へと帰ってくるのだろう。

 その積み荷はサラ・フェルール大聖堂の建築資材か、あるいは南方でしか採れない珍しい宝石、香辛料の類なのか、それとも海に住むという、噂に聞く竜にも匹敵する巨大な魚の脂を満載にして帰ってくるのかもしれない。鯨と呼ばれるその魚の脂は、船に満載にして帰って来る事ができれば、巨万の富を生むと聞く。

 人々の期待と歓声を背に出港していく帆船には、多くの人々の夢も乗せている。


(船に乗る人たちも、あるいは冒険者に似ているのかもしれない)


 岬の上から帆船を眺めていたウィンは、ふとそう思った。

 外洋を航海するための帆船は、とんでもなく大きい。

 港からその出港する様子を見ていれば、ウィンも帆船への頼もしさを感じたに違いない。

 だが、遠い岬の上から眺めていると、いかに巨大な帆船であっても、広大な海に出て行くと、非常にちっぽけなものにしか見えなかった。

 海は一度荒れ狂うと、陸以上に激しいと聞く。

 広大な海では頼れるものは、自分たちの乗っている船だけ。

 船が転覆し海へと放り出されれば、どうなるのか。

 そう考えてウィンはゾッとした。

 断崖に立っていたが、遥か下に見える海がそら恐ろしいもののように感じて、知らず知らずのうちに一歩だけ後ずさりしていた。

 大海原に乗り出していく帆船の乗組員たちは、長い航海に挑む。

 その先に待っているのは自然を相手に命を掛けた戦い。その戦いに勝利した暁には、莫大な富と名誉が約束されていると信じて。

 それは大陸北部に足を踏み入れる冒険者たちと、よく似ている。

 ウィンは海へと進んでいく船を見て、そう思った。




 帆船が水平線の彼方へと消え、やがて水平線が夕日で赤く染まり始めた頃。


「良い眺めでしょう?」


 振り向くと法衣に身を包んだ、二十歳くらいの若い女性が三人の人影を伴って立っていた。


「大聖堂建設に余裕があればこの場所を、誰もが利用できる公園にして展望台でも作っていただこうかと考えているのですよ」


「リアラ、お久しぶり。元気だった?」


「ええ、レティも」


 リアラ・セイン。


 レティシアと共に魔王討伐の旅をした四人の一人。

サラ・フェルールにつづいて、史上四人目の生前に列聖された、『聖女』と呼ばれる女性。

 その治癒魔法は奇跡の域にまで達していると言われている。

 セイン国王メルヴィック四世の肉体に魔王が降臨した時、セイン王国で生き残ったのはわずか三人の人物だった。


 コンラート・ハイゼンベルク。

 サラ・フェルール。

 そしてメルヴィック四世の孫姫。


 リアラ・セインは、メルヴィック四世の孫姫の娘である。

 しかし、セイン王国王家最後の血を引く者とは思えない、質素な法衣に身を包んだリアラは、その清楚な佇まいと雰囲気もあって、ウィンの心に畏敬の念を覚えさせた。


「そちらがウィンさんね。初めまして。リアラ・セインと申します」


「ウィン・バードです。『聖女』と呼び声高いあなたにお会いできて光栄です」


「ふふ、それは私が言うべき言葉かもしれません。ところで私のもとに、あなたたちを訪ねてお客人が参られています」


 リアラがすっと身体を半身にして、伴ってきた三人の人物に目を向ける。

 ウィンもリアラの存在が無ければ、本当は真っ先に彼らに声を掛けたかった。

 三人ともウィンの知り合いなのだが、ここにいるはずが無い人物だった。

 レティシアも少し驚いたような表情をしている。


「アベル、セリ。どうして君がここに? それにリーズベルトさんも」


 アベルとセリの二人は、『聖女』と呼ばれるリアラを前にして、緊張を隠せない様子だった。それでも、顔見知りのウィンとレティシアを見てホッとしたのか、強張った顔をわずかに緩ませた。

 そしてアベルが挨拶しようと思ったのか、中途半端な高さにまで手を挙げたのだが、リアラを気にしてか、迷ったようにその手を彷徨わせた挙句に手を下げる。

 セリは小さく会釈をした。

 そして――。


『エルナーサに向かう道中、この地に『聖女』として名高いリアラ殿がおられると聞き、念のため立ち寄ったのだが、まさにこれは世界樹に宿りし精霊のお導きか。ここで君たちに会えるとは……』


 リーズベルトは拳を強く握りしめて、天を仰ぐ。


『勇者殿のお耳に入れたい話がある。後で少しばかり時間を頂けないだろか?』


 リーズベルの真剣な眼差し。

 任務のあるウィンは少し躊躇ったが、卓越した腕前を持つエルフの戦士リーズベルトが、わざわざ人の国に出てきたのだ。急を要する話かもしれない。

 ウィンは頷いた。


 「お互い募る話もあるでしょう。よろしかったら夕食の席をご一緒しません? ね? レティ」


 リアラがそう申し出る。

 確かに日はとっくに水平線の彼方に沈み、赤かった空と海の境界線も、墨を零したかのような闇が広がりつつある。

 天上では太陽の代わりに星が瞬き、岬から望めるリヨンの町では明かりが灯され、炊事の煙が空に立ち昇っていた。

 仮神殿もまた夕食のしたくをしているのか、風に乗って良い匂いが漂ってくる。


「そうじゃな。風も冷たくなってきて、すっかり身体が冷えてしもうたわ。美味い食事でもごちそうになろうかのぅ」


 少し離れた所で眠っていたはずのミトが、よっこいせと立ち上がってやって来る。


「酒もあれば言うこと無いんじゃが……」


「大したおもてなしはできませんが、お客様用に多少のお酒はご用意できますよ? でも、ドワーフの方なら少し足りないかしら。後で町に使いでも出して、お酒を用意させましょう」


「わっはっは、話のわかる娘さんじゃい。ほれ、二人共さっさと中に入ろう」


 さっさと歩き出すミト。


「行こうか、お兄ちゃん」


 レティシアはウィンを見上げると、彼の手を取って先を行くミトの背中を追って歩きだす。その繋がれた二人の手に目線を向けたリアラは、小さく微笑みを浮かべる。そして、客人たちをもてなすための指示を出そうと、仮神殿の厨房へと足を向けたのだった。


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