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勇者様のお師匠様  作者: ピチ&メル/三丘 洋
第五部 リヨン王国
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立場

 隣り合う国同士とはいえ街を歩けば、建物の様式、食事、商店に並べられた品々、人々が身に着けている服の違いといったもので、ここは外国なのだと強く意識させる。

 そんなリヨンの街中に見えた、帝国様式で建てられたリヨン公館は、様々な事情でこの国を訪れた旅人たちに、故郷である帝国を思い出させるきっかけとなるに違いない。シムルグを旅立ってからまだそれほど日が経っていないウィンですら、公館が見えてきた時にどこかホッとしたような感覚を覚えていた。

 隣国、そして大国でもあるレムルシル帝国のリヨン公館の敷地はかなり広いようだ。 

 三メートルはあるだろう高さの外壁に沿って歩いて行くと、やがて鉄柵で作られた門が見えてくる。門の横には警備兵の詰め所と思われる小屋があって、その傍には門衛が一名立っていた。

 門衛は近づいてくるウィンとレティシアに気付くと、警戒を込めた目線を送って来る。


「そこに近づいてくる二人組の者! 誰か……っ!?」


 そして厳しい口調で問い掛けてきたのだが、言葉の途中でピシリと固まった。

 二人組みの片割れは信じられない程に、容姿端麗で金髪の少女。そしてもう一人の青年と共に皇女付従士隊の制服を身に着けている。


「メ、メイヴィス様!? それからウィン従士殿で?」


「ええ。公館を訪ねる事、連絡が行っていると思いましたが?」


「失礼いたしました!」


 ウィンが困ったように言うと、門衛はさっと居住まいを正して敬礼した。


「少々、お待ちくださいませ」


 傍の詰め所に飛び込んだ。

 詰め所の中では数名の慌てたような声が聞こえ、そして扉が乱暴に開閉される音が聞こえてくる。


「……なんか、悪いことしちゃったかな?」


 レティシアが困ったような笑いを浮かべて言った。

 レティシアの言う悪い事とは、ウィンたちが徒歩で来てしまったことだ。

 二人の現在の立場はリヨン王国の国賓。

 さらに、レティシアの身分は『勇者』というだけでなく、公爵家令嬢なのだから、本来はリヨン王国が用意した馬車――それもとびきり上等な馬車で乗り付けてくるのが普通である。

 そして目的地に到着する前に、先触れの使者が先方へ到着の旨を伝え、当主、もしくはそれに準ずる者が出迎えるべきなのだ。

 実際、王宮から出てきた際に、馬車の用意があると言われていたのだが。


「せっかくリヨンまで来たんだ。街を見て回りたかったからなぁ」


 ウィンは徒歩で行くと馬車を断ったのだ。

 レティシアも歩くことは苦ではないし、ウィンと一緒に街を見て回るのは望む所。

 その結果、こうして帝国の公館に勤める人々に余計な心労を与えることになったのだ。

 つまり――。

 レムルシル帝国リヨン公館職員たちの立場からしてみれば、帝国最高位の大貴族の令嬢にして、人類最高の英雄を門の前で待ちぼうけさせるという大失態というわけだ。

 大急ぎで門が開けられると、公館から一斉に大勢の人々が飛び出してきた。

 小走りに先頭に立って来るのは公館の責任者、帝国大使リゼルマン伯爵だろう。

 リゼルマン伯爵は、長らく帝国の地を離れてリヨン王国に赴任している人物で、アルフレッドからも高く能力を評価されている人物だと、コーネリアから紹介されていた。

 そのリゼルマン伯爵は門前まで駆けつけると、ウィンとレティシアの前で土下座をせんばかりの勢いで頭を下げた。


「お出迎えもせず、そのうえこの様な場所でお待たせしてしまうとは……誠に、誠に申し訳ございません、メイヴィス様。そしてウィン従士殿。今日参られると連絡は受けておりましたが、馬車で参られるとばかり……」


 額に汗をかきながら必死の形相で二人に謝罪してくるリゼルマン伯爵。

 ウィンはそんなリゼルマン伯爵の謝罪に、戸惑いを覚えていた。

 レティシアに対して必死に謝罪をするのは分かる。彼女は大国の王、皇帝はもちろん、神職における最高位の大神官を前にしてすら頭を下げない事を認められている――『神に限りなく近づきし存在』の不興を買いたいとは思わない。

 しかし、ウィンを戸惑わせているのは、リゼルマン伯爵の謝罪がウィンにも向けられていることだ。

 いや、ウィンも帝国第一皇女コーネリア付き従士隊従士であるし、リヨン王国の国賓として迎えられている以上、公館としては賓客として饗さなければならない。

 そう考えると、リゼルマン伯爵の対応は当然とも言えるのだが、ウィンの今までの経験上、平民出身のウィンに対して多くの場合、帝国の貴族たちの反応は、あくまでもレティシア、時にはコーネリアという上位者たちを慮っての形ばかりのものが多かった。

 それが、リゼルマン伯爵の謝罪には本心からウィンに対しても敬意の念と申し訳ないという思いが込められていることが感じ取れるのだ。

 帝国内では絶対に無かったこと。

 ウィンはこの国を訪れてから、リヨン王国の貴族、武官、文官問わず、彼に対して過剰とも思える敬意の念が向けられていることに気づいていたが、まさか同国人の貴族からも同じような念を向けられるとは思わなかった。


「頭をお上げください、伯爵閣下。本来の予定を変更して徒歩でこちらに参ったのは、私たちの勝手な都合によるものなので、お気になさらず」


「そう仰って頂けますと大変ありがたく。それでは公館にご案内いたしましょう。どうぞこちらに」


 ウィンの言葉に心底ホッとしたのだろう。

 リゼルマン伯爵だけでなくその背後に控えている公館の職員たちの間に、安堵の空気が流れたのだった。


 広大な敷地に合わせて、公館の建物は大きかった。内壁内の他の建物同様、六階建てと高さもある。

 大勢の招待客を招いての会食、舞踏会も開けるよう大きなホールはもちろん、そうした来客を泊めるための部屋等も十分な数が用意されている。


「こちらの部屋にてお寛ぎください」


 ウィンとレティシアは公館内の貴賓室へと通された。

 公館は帝国にとってリヨン王国との外交における最前線。

 しばしば帝国にとって重大な交渉事すらも行われるという貴賓室は、帝国の皇宮に用意された貴賓室には及ばないものの、並の貴族の邸宅以上には品の良い調度品や装飾品が飾られていた。


「ここは帝国の威をリヨンはもちろん、我が国同様この国に公館を構えている外国に対して知らしめるための施設でもございます。本国の迎賓館にも負けないものと自負しております」


 部屋の中に飾られた一枚の大きな風景画に、ウィンだけでなく、レティシアまでもが珍しく感嘆のため息を漏らしたのを見て、リゼルマン伯爵が自慢気に胸を張ってみせた。

 金や宝石をふんだんに使用した派手な装飾品は見られない。

 どうやらこの大きな風景画に合わせた調度品で、部屋を飾っているようだ。どこか品があって落ち着きを覚える感覚。それでいて、一つ一つの品々が格調高く、レムルシル帝国という国の力が、強大なものであることを決して疑わせない絶妙な感覚で生み出された空間。

 この部屋の調度品の配置を指示した人物がリゼルマン伯爵なのだとしたら、アルフレッドが高い評価を彼に下しているのも分かる気がした。

 実際、現在帝国内で内紛が起きつつある中で、リヨン王国がアルフレッドに味方するように段取りを付けたのも、リゼルマン伯爵の力もあってのことだった。

 ウィンとレティシアが部屋の中央にある卓に着くと、公館に勤める使用人風の女性がお茶を出す。

 上等な茶葉が使用された帝国風のお茶。


「私は茶を趣味にしていまして、このお茶は私が用意できる最高級の茶葉を使用しております。質実剛健、武を重んじる方の中には、我々のこうした出費に対して無駄遣いであると目くじらを立てる者もございますが、外国と対峙するこうした場所では、帝国の威を示すために必要なものでございます。もちろん、武を重んじる方々の質素倹約の精神は素晴らしいものではありますが、その時その場所には相応しい対応と格式が求められます。それらを怠ると、この公館に勤める者はもちろん、その者が所属する組織、国まで軽んじられてしまいますので。レティシア様はもちろんウィン殿も、この国では勇者の師として非常に高い名声を得た立場にございます。お二方にはどうか心の片隅にでも、そのことをお止め置きくださいませ」


 突然の茶葉に対する説明かと思えば、リゼルマン伯爵のその言葉は、馬車ではなく徒歩で訪れた二人に対する忠告だったようだ。

 リゼルマン伯爵のにこやかな笑顔とは裏腹に、真剣味を帯びた口調とその目を見てウィンとレティシアは頷いた。


(ある程度の立場に立つと、その立場に相応しい振る舞いが求められるようになる。俺もレティも、注意しなければならないことだったな)


 平民出身のウィンはもちろん、最上級の貴族ながら不当な扱いを家族から受けていたレティシアも、良くも悪くも庶民に近い感覚を持っている。そのため、自分たちの立ち居振る舞いをあまり気にすることは無かった。しかし、先ほど見たこの公館に勤める人々の気の毒に思えるほどの恐縮ぶりを見た上に、その直後にリゼルマン伯爵からの苦言を受けて、強くそのことに気付かされた。


(そういえば、以前にロイズ隊長からも似たような事を言われたことがあったな)


 それはロイズが指揮する部隊に、ウィンが配属された時のことだ。

 騎士団から招集を受けたウィンは、いつも身に着けていたくたびれたシャツとズボンの上から、どこの戦場で拾ってきたのかと言わんばかりの損傷著しい革鎧、そして使い古された騎士剣を装備して赴いた。

 その姿格好をロイズに見咎められ、叱責を受けたのだ。


『帝都を進発するときには、多くの臣民たちが我らの勇姿を見送るのだ。そんな中で貴様のようなみっともない鎧、姿格好では、我ら騎士団の恥だ』


 今回も同じことだろう。

 名高き『勇者』メイヴィスが徒歩で先方へ向かった。この事実を他国の者たちが見ればどう思うか。レムルシル帝国、そしてリヨン王国は、人類史上最高の英雄に対して馬車すらも用意せず、歩いて先方へ向かわせたらしい。例え事実は違っていて、本人が望んだことだったとしても。そしてそのほんの僅かな認識の違いが、国同士の外交関係おいて致命的な弱みに繋がる可能性がある。

 かの『勇者』に対し、レムルシル帝国とリヨン王国は軽んじた扱いをしたという悪評が流れることになれば、外交や通商で大陸全ての者たちに両国への悪印象を与えてしまう。

 リゼルマン伯爵は、外交に携わる重大な責任を持つ立場から、帝国を不利な立場に陥れかねない二人の軽率な行為を見過ごすわけには行かなかったのだ。

 だからこそ、さりげなくウィンとレティシアに対して注意を喚起したのだろう。

 また、このリヨン王国ではレティシアだけでなく、ウィンにまでその師匠として敬意を払っている節がある。

 その理由はレティシアが、仲間だったラウルに「自分には師匠がいて、自らが身につけた剣技はその教えの賜物だ」と語ったため、それが国民にまで広く知れ渡っているためである。


「勇者メイヴィスの師として、名が広まっているようなのですが……何となく噂だけが一人歩きしているようで、恥ずかしい気分です」


「ははは、この国に広まっているウィン殿の噂をかき集めますと、なかなかに面白い人物像となります」


 愉快そうに笑ってみせたリゼルマン伯爵は、この国の民衆の間で広まっているウィンの人物像を語ってくれた。

 曰く――ウィン・バードという人物はかつて先代の剣聖や剣匠ミトとも互角に渡り合った程の剣の達人。眼光鋭い白髪の老人で、魔物との戦いで大陸を放浪中に勇者メイヴィスと出会い、彼女の剣才を見抜き弟子とし鍛え上げる。


「誰の事ですか、それ」


 ウィンは呆然と呟き、隣に座るレティシアは口元を隠して笑っている。


「もちろん、王国のトップの者たちはウィン殿の事を存じておりますが、吟遊詩人や物語などから情報を得る民衆の間に流れている噂では、まとめてみますとそういった人物になりましたね」


「公館ではそんな噂も集めるのですか……」


「それが公館に勤める、私どもの職務の一つでございますから」


 ウィンはため息を吐きながら深く頷いた。

 騎士学校でも習った事だが、確かに外国に置かれている公館では、外交だけではなく諜報活動の拠点としての顔も持つ。


「噂は、実際のウィン殿と大きく掛け離れているようですが、それでもウィン殿がレティシア殿が認める師匠であることは紛れも無い事実でございます。堂々とされているのがよろしいでしょう」


 リゼルマン伯爵の言葉に、ウィンの隣に座る当の勇者が深々と頷いている。

 実際レティシアにしてみれば、ウィンに出会わなければ剣を握ることも、魔法を覚えることも無かったであろうから、偽りなくウィンが師匠であることは間違いない。

 その時、部屋の扉が軽くノックされた。


「ちょっと失礼」


 軽く頭を下げたリゼルマン伯爵は、自らが席を立つと扉を開けた。そしてノックした使用人風の女性から何事か報告を受けると小さく頷きを返し、ウィンたちの方を振り返った。


「どうやら連絡にありましたお客人が参られたようです」


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