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鉱山を識る者

 幸いな事に、蟻たちはまだこちらには気づいていない。

  

「悪い予想は良く当たるって言うけれど……」


 落盤の後なのか、広場にはゴロゴロと大きな岩が転がっていたので、その岩陰に姿を隠して観察する。

 

「リーノたちと合流するためには、この広場を抜ける必要があるんだよね?」


「うん。この広場さえ抜けることができたら、その先には別の道があるみたいだったけど……」

 

 ウィンの横から頭を出したレティシアが声を潜めて言う。


「数、多いね」


「あれを正面から突っ切って行くのは難しいなぁ」


 魔法が使えるなら、この空間は天井も高く結構な広さがあるので、蟻がどれだけいようとも力押しで突破できそうなのだが、魔法が使えない状況であれだけの数の蟻に群がられると苦しいだろう。


(俺とレティだけなら、何とかなりそうだけど……)


「おい、ウィン。やべぇよ……あの木の陰の所。とんでもなく大きな蟻が見えるぞ」


 ウィンとレティシアの会話に加わらず、別の岩陰から角度を変えて覗き見ていたロックが指差して見せた。


「ほんとだ……でっかいなぁ」


 巨大な世界樹の若木に隠れていて全貌は見えないが、体長五十センチくらいの他の蟻たちを遥かに上回った、家くらいの大きさの蟻が一匹だけ見える。


「女王蟻かな?」


 レティシアがウィンの耳元に聞こえる程度の小さな声で言った。


「昆虫の蟻と、生態が一緒ならそうなんだろうね」


「じゃあ、卵とか幼虫もいるのかしら」


「多分」


 見える範囲には無いが、恐らくたくさんある通路を利用しているのだろう。サナギになっている蟻もいるはずだ。


「捕まったら肉団子にでもされて、幼虫の餌になるのか?」


 想像してしまったのか、青褪めた顔をするロック。


「レティ。ここから見て、どの横穴が正しい道なのか分かる?」


「ちょっと待って……えっとね、あそこの道だと思うよ」


 レティシアが指差した道は、ウィンたちから見て反対側とまではいかないが、右手側奥にあった。

 

「結構、距離があるね……突っ切って行くのは無理そうだぞ」


「確かに。でも、いつまでここにいても、状況は改善しないよ」

 

 ウィンはそう言うと、ロックに見張りを頼んで、出来るだけ姿勢を低く保ったまま、コーネリアとウェッジが待っている道へと戻った。

 二人は、広場に何かがいた時に見つからないようにするためだろう、道を少し戻った場所で待っていた。

 コーネリアは、ロックだけが戻って来ていないことを訝しく思ったようだが、ウィンとレティシアの表情を見ると、不意に顔つきが変わった。

 予め、魔疎の発生源がこの場所かもしれないと、レティシアが説明しておいたからだろう。何がしかの魔物がいた事を悟ったようだ。

 だから、ウィンがこの先の広場が、蟻の巣窟だったことを告げても、冷静な顔をして頷いた。


「それで、これからどうすればいいのでしょう?」


 ウィンは道の地面を石で引っ掻いて簡易の広場の地図を描くと、ぐるりと右回りに線を描く。


「こうして右の壁沿いに移動して行こうと思うんだ」


「壁沿いに……でも、蟻に見つかったりはしないのでしょうか?」


「全部の蟻をやり過ごすことは無理だと思う」


 広場にいる蟻の数は夥しいといっていい数だった。

 ただ、ウィンたちにとって幸運だったことは、広場に女王と思われる蟻がいたことだ。

 大半の蟻は女王蟻の所に群がっていて、広場の端の方をウロウロしている蟻の数はそれほどの数ではない。

 

「落盤で岩がいっぱい転がっていて、隠れる場所は幾らでもあったから、身を隠して移動すれば何とかなるんじゃないかと思う」


 コーネリアはまだ不安そうな表情のままだ。


「うろついている蟻の全部から隠れることは難しいけど、一匹二匹でうろついている蟻くらいなら、俺とレティで何とか出来るよ。それに――」


 ウィンは両手を広げて肩をすくめてみせた。


「何にしても、いつまでもここにいるわけにもいかない。リーノやオールトさんたちの事も心配だから」


「そうだね、お兄ちゃん」


「はい」


「ウェッジ、怪我の方は大丈夫?」


「問題ない。武器を振るうことは難しいが、コーネリア様の治癒魔法のおかげで、走る分には問題ない……が」


 そこでウェッジが言葉を切って、自分の頭を一つポンと軽く叩いて撫でた。


「身長で足手まといになったらすまん」


 岩陰に身体を隠し切れないと言いたいらしい。

 真面目で無口なウェッジなりの場を和ますための冗句だと気付き、三人は緊張していた顔に柔らかい笑顔を浮かべたのだった。




「お兄ちゃん、私が先頭を行くからね。後をついて来て」


「うん。頼んだよ、レティ」


「任せて!」


 広場の中心、枯れた世界樹の若木周辺で蠢く蟻たちを横目に、レティシアが姿勢を低くしたまま道を飛び出していく。

 広場の中は相変わらず静寂に包まれていて、時折不気味なギチギチという音が聞こえてきた。


 落盤によって足場が非常に悪い。

 触れば切れてしまいそうな程尖った岩が大小転がっていて、光が差し込んでいるとはいえ壁際は薄暗く、足元はよく見えない。

 ちょっと足を踏み外して転ぶただけで大怪我をしてしまいそうなのだが、レティシアは事も無げに疾走して行く。彼女は時折、大きな岩陰に立ち止まっては周囲の気配を読んでいた。


 そのレティシアを追いかけて、ロック、コーネリア、ウェッジ、最後尾をウィンが小走りになって追いかけていた。

 気付かれないよう、気配を殺しつつも出来るだけ急ぎ足で。


 先頭を行くレティシアが不意に足を止める。

 ウィンの位置から、レティシアが身を隠している岩の少し先を蟻が一匹、触覚を動かしつつ近づいてきているのが見えた。

 ほとんど蟻の足音も聞こえず、またレティシアの位置からは岩が邪魔になっていて見えないので、彼女は気配だけで察知したのだろう。


 腰の剣に手を当てたレティシアは、蟻が彼女の隠れている岩に回り込もうとした瞬間に、剣を一閃した。

 あっさりとその場に蟻の頭部が転がり落ちる。

 レティシアは倒した蟻には構わず、更に先へと進んでいく。その後を追ってウィンが戦闘のあった場所に辿り着くと、蟻の頭はまだ顎をギチギチと言わせていた。

 恐ろしい生命力だった。


(頭部を落としても、噛まれないように気をつけよう)


 注意するべき点として心に強く刻み込んだ。


 ここまでは予想以上に順調に進んでいて一度の戦闘だけで済んでいるが、この先を進んでいけばどうしてもある程度は蟻と戦う必要があった。


 再び、レティシアが足を止めた。

 その先、目的の道まで残り二十メートルくらいといったところか。そこに九匹の蟻がうろついていて、戦闘は避けられそうになかった。

 全員がレティシアの隠れている岩場の陰に辿り着いた所で、蟻たちがこちらに気づいた。

 身体を細かく震わせて、ヴヴヴヴという低い警告音を発して迫ってくる。いや、


「はっ!」


 短く鋭く息を吐いて、振り向きざまに剣を一閃。

 背後から忍び寄っていた十匹目の蟻を、ウィンの剣が捉える。

 狙いすましての一撃でなかったため、ウィンの剣は刃は真っ向から蟻の頭頂部に当たった。


 リーノの魔力を通した剣も弾いた硬い外殻。

 しかし、鋭くそして早く振り抜いたウィンの剣は、蟻の硬い外殻に守られた頭を二つに割っていた。

 そのウィンの一撃を合図にして、五人は蟻たちと激突した。

 

 コーネリアとウェッジを追い抜いて、ウィンはレティシアとロックに並ぶと剣を振るった。

 正面から二匹、両脇からも二匹の蟻がウィンに迫る。


 四肢を挟まれたら、骨ごと簡単に切断されてしまいそうな強靭な顎。

 鋸のような前足。

 そして腹部から撃ち出される蟻酸。

 それらを次々と躱し、逸し、剣の腹で弾く。

 顔の付近に飛んできた蟻酸を、鼻先三寸で躱すと、足元に噛み付こうとした蟻の胸部に刺突を放つ。

 体重を乗せた切っ先は、硬い物を割るような音を立てて蟻の胸部を貫いた。

 

「レティ、ロック! 進行方向にいる蟻を優先的に倒すんだ!」


 後ろ足二本で身体を持ち上げて襲い掛かってきた蟻を剣で払いながら、ウィンは叫ぶ。

 横に払われて隙を作った蟻の胸部と胴部の継ぎ目を、ウィンは切断した。


(これで二匹!)


 すぐ近くではロックが蟻を二匹相手取り、一番先頭を行くレティシアもすでに二匹の蟻の頭部を斬り落として、残る一匹を相手取って――いや、近くにいた蟻がさらに二匹、猛スピードで迫ってきている。

 広場の外周部をうろついていたのだろう。


(きりがない)


 ウィンは焦りを覚える。

 気づかれてはいないが、戦っている場所の近くにもまだまだ蟻がいる。

 ウィンたちのように、岩場の陰に潜んでいた蟻もいるに違いないので、この調子では道に辿り着くまでにどれだけの蟻を相手にしなければわからない。

 蟻が増えれば増える程、中央で群れている蟻たちがこちらに気づく可能性が高くなる。

 そうなると、黒い津波のように押し寄せる蟻に押し切られてしまうのは間違いない。


 後方ではロックも剣を振っていたが、攻撃を防ぐので手一杯のようだった。

 ロックも駆け出しの騎士としてなら剣の技量は合格点と言えるが、あくまでも駆け出しの騎士としての腕前だ。

 魔法で剣の切れ味を強化できない今、並の使い手が振るう剣なら弾き返してしまう蟻の硬い外殻に手こずっているようだった。

 ただ、ロック本人もその事をよく自覚しているらしく、無謀な攻撃は試みずに防御と牽制に良く徹している。


 ウィンはレティシアの隣に並んで、二人で突破口を開こうとする――が、更に五匹増えた。

 徐々にこちらに気づく蟻が増えて、集まってきているようだ。

 僅かずつでも道に向かって進んでいたのだが、なかなか前へと進めなくなって来た。

 また四匹増える。


(このままじゃマズイ)


 誰もがそう思い始めた時――。


「おい、ちょっとスマンが派手なのが行くぞ!」


 太い声がウィンたちの行く手から聞こえたと思うと、一瞬視界を炎が迸り、続いてドンッという腹に響く音が広場内に響き渡った。

 爆発が蟻たちを巻き上げ、ウィンたちにも熱気と爆風が押し寄せてくる。

 キーンッと耳鳴りがする中で、


「生きてるなら今のうちにこっちに来な!」


 爆発の前に聞こえた声がした。

 巻き上がった土埃の向こう側に、小柄でずんぐりとした身体つきの人影が見えた。 

 何にしろ蟻たちの挙動が止まった今が好機だ。

 ウィンたちは蟻たちの間をすり抜けるようにして、道の中へ飛び込んだのだった。


 


「た、助かった……」


 道に飛び込むと同時にロックがそう漏らしたが、それは早計というものだろう。

 広場から来る蟻に警戒をしつつも、レティシアが鋭い目つきで道の奥を睨みつけている。

 爆風の影響はこの道にも及んでいて、ようやく土煙が収まってきて、視界が開けてきた。


「恐ろしいほどの気を放っておるな、そっちの娘さんは。無理もないが、ワッシらは敵ではない。武器を納めてはくれんかな?」


 そう言ってゾロゾロと道の奥から姿を見せたのは、金属鎧を身に着けた三十~六十代くらいの小柄な体躯の者たちだった。彼らの誰もが赤銅色に焼けた肌をして、一切の無駄なく鍛え上げられた筋肉が、鎧と衣服の合間から見て取れる。

 そして何よりの特徴は、エルフ族と同様耳が尖っているが、身長が百四十に見たない程度の小柄な体躯――ドワーフ族だ。 


「何じゃ、まだ人間の子どもじゃないか」


「人間たちは、こんな子どもを蟻どもの討伐に送り込んで来よったのか?」


「違う違う。恐らくは冒険者っちゅう奴らじゃろ。人間どもの中には、少人数で好き好んで危険な場所に足を踏み入れる者がおるらしい」


「先にやってくれたか思うたが、まあ、結局ワシらの出番になりそうかのぅ」


 人数は二十人ほど。

 どうやら敵では無さそうだ。

 背後の蟻たちには警戒はしつつも、ウィンは前に出て武器を収めつつ頭を下げた。


「おかげで助かりました。あのそれで皆様は……」


「ワッシらはこの近くに住んでおる者だ」


 ウィンの問いかけに答えたのは、最初に声を掛けてきた先頭の年老いたドワーフだった。

 髪と髭は真っ白で顔のシワも深く、相当な高齢だと思われた。また、彼一人だけが鎧を身に着けておらず、身軽な麻織りの服を着込み、彼の背丈よりも大きなハルバードを手に持っている。

 彼は背後にいた仲間たちに虫除けの香を焚くように言うと、ウィンたちに向き直った。

 

「魔物とはいえ、所詮奴らは虫だからな。こんな物でも大量に焚けば効果がある。それで、お前さんらはここに何をしに来た? ワッシらのように、蟻退治か?」


「私たちはこの廃坑道を抜けてリヨンに向かおうとしている所でした」


「ほう……リヨン王国とな?」


 代表して答えたウィンに、冷ややかな視線を老ドワーフが向ける。


「正道ではなくこんな裏道を使う、か……どうも不審に思えるが……いや、余計な詮索はすまい。どちらにせよ、ここで引き返したほうがよろしかろう」


「なぜです?」


「お前さんらは恐らく、ここの坑道が現役だった頃の地図を見て、ここまで来たのだろう? だが、ここから先のリヨンへの道は、地下水で水没しておって、通ることができんようになっている」


「水没……」


「マジかよ……」


 老ドワーフの言葉にウィンはロックと顔を見合わせた。

 やっとの思いで蟻の群れを無事に突破したというのに、先に進むことが出来ない。落胆の思いが、疲労感を大きくさせる。


「あの、皆さんがここにいらっしゃるということは、違う道には通じているということですよね?」


 ウィンに代わってドワーフたちに話しかけたのは、コーネリアだ。彼女はウィンたちの前に出ると、彼らに向かって深々と一礼する。


「助けて頂いたお礼が遅くなりまして、申し訳ありません。私の名前はコーネリアと申します。訳あって素性を明かせぬ無礼をお許し下さい」


「ほう……こいつはご丁寧に。ワッシはミトと呼んでくれ」


 丁寧に礼を述べて名乗ったコーネリアを見て、ミトと名乗った老ドワーフの表情が和らいだ。

 

「なるほど。その黒い髪のお嬢さんがお前さんらの主だったか。確かにこの道からリヨンへの道は水没しておるが、ワッシらの村には続いておる。ワッシらはマジルの坑道は熟知しているからな」


「助けてもらった上に図々しいのですが、お願いがあります。私たちにリヨンへと続いている道を教えて頂けないでしょうか?」


「ふむ……物腰からして、お前さんは人間の貴族かな? 何やら事情があるようだ。こんな時でなければ、道を教えることはやぶさかではないのだが、生憎と今はそんな暇が無いのだ」


「それは……蟻のせいでしょうか?」


 ミトは忌々しげな表情で、広場の方へと目を向ける。

 

「ちょうど一週間前だったか、ワッシらの村に蟻が出てきてな。子どもが二人犠牲になった。その時にすぐにでも、討伐隊を送れば良かったのだが……天気が優れんでな」


 雨がひどい日の坑道内では、地下に染みこんだ雨水が鉄砲水となって、坑道内にある全てのものを押し流すことが良くあるのだという。

 ようやく晴れる日を待って坑道内に潜り込んだのだが、魔物と化した蟻の繁殖力は想像以上に強く、夥しい数の蟻が群れてしまっていた。

 ドワーフたちは、鉱山で使用する火薬を使用して蟻たちを倒しつつ、こうして巣があると思われる広場までやって来た。

 これ以上の繁殖を防ぐべく、女王蟻を倒すために――。


「この炸裂玉を使って、蟻たちにパニックを起こさせるつもりだったのだ。ほれ、お前さんらも子どもの頃に覚えがあるだろう? 小便を蟻の巣に掛けて、洪水じゃあ! とやった事が。あんな感じで蟻どもが慌てる」


「ああ、なるほど」


 ウィンとロック、ウェッジの三人が大いに納得したように頷いた。

 レティシアとコーネリアの二人は、何を碌でもない事をしているのかとでも言うように、少し呆れた顔をする。


 とにかく火薬を使った炸裂玉の爆発で、蟻がパニックになったその隙に女王蟻を倒すつもりだったのだが、ここに至るまでの道中で、想像以上の蟻に出くわしてしまい、ほとんどの炸裂玉を使い果たしてしまったのだ。 


「女王蟻を見たか?」


「見ました。木の陰に隠れていたので、全体は見えませんでしたが……多分、あの大きな蟻がそうかと」


 ウィンが言うとウィッシュが頷く。


「この広場には世界樹の若木があって、実はそれを守るように一匹の竜が住んでおったはずなんだ。ところがその竜の姿が見当たらず、世界樹の若木が枯れておる。そして、そこに異常なまでの繁殖力を持った巨大な女王蟻がおる」


「竜……」


 その単語に、こんな状況だというのにウィンは思わず身を乗り出してしまった。

 英雄物語の中に出てくる定番の一つに、竜の存在がある。

 生きとし生ける者最強の存在。鋼鉄よりも硬い鱗を持ち、その咆哮は弱者の魂を砕き、吐く火炎は神々の魂をも灼き尽くすと伝えられる。

 

「ここに竜がいたのか……」


 ウィンの口調で、彼が竜に対して持つ憧憬の想いに気づいたのだろう。ミトが笑みを浮かべて頷いた。だが、すぐに重苦しい表情に切り替える。

 ウィンも、ミトの表情を見て軽く首を振ると意識を切り替えた。

 その竜の姿が無くなっていて、巨大な蟻の魔物がいる。

 無関係とは思えない。

 

「残念だが、炸裂玉はほとんど使い切ってしまった。まだ蟻どもの動きを止める程度には残っておるが、女王蟻を仕留めるほどの炸裂玉も残っておらん。だからワッシらは一度村に戻ろうとしておったのだが――」


「ねえ、ミトさん。ここにいるドワーフの皆さんの中で、多分ミトさんが一番強いと思うんだけど、もしもミトさん程の使い手がもう二人加わったとしたら女王蟻に勝てると思う?」


 ミトの言葉を途中で遮り、意味深な笑みを浮かべたレティシアが言った。

 

「ほう? 面白い事を聞く娘さんだな。さっき大きな気を放っておった者だな? 貴族のお嬢さんと言い、何者なのかな?」


「私の名前はレティシア」


「なるほど、レティシアさんか……」


 レティシアの名を聞いて、何度か深く頷いたミトは小さく口元を緩ませた。


「察する所、ワッシと同等の使い手と言うのは、お前さんとそっちの小僧かな?」


 ミトが興味深そうにウィンを見た。


「レティ、何を?」


「周囲の蟻を炸裂玉でパニックにすることができるなら、私とお兄ちゃん、それからミトさんとで、あの女王蟻も倒せると思う。だから私たちが蟻の討伐に協力するその代わりに、リヨンへ抜ける道を案内して欲しいの」

 

 レティシアの提案にミトは頷いた。

 

「今この場所は魔法が使えんようになっていることには気づいているか?」


 ミトの言葉に全員が頷いてみせた。


「人間は魔法で身体を強化しなければ、禄に戦いも出来んと思っておったが、なるほど、確かにレティシアさんとそっちの小僧はなかなかやるようじゃ」


 炸裂玉を投げ込んで助ける前、群がって襲ってくる複数の蟻を、無傷であしらうだけでなく、攻撃へと転じて見せて次々と屠るウィンとレティシアの様子を窺っていたのだ。


 (まあ、名前を聞けば納得は出来たがな。だが、それだけに惜しい……いや、待てよ? それなら……)


「ワッシらとしても、ここで女王蟻を倒せるなら異存は無い。むしろありがたいくらいだ。一度戻ることになれば、また蟻が数を増やしてしまう。そうなったら、マジルの各地にある同胞の村が襲われんとも限らん」


「交渉成立ね。いい、お兄ちゃん?」


「うん。問題ないよ」


 ウィンがレティシアに頷いてみせる。

 そのウィンを、ミトが値踏みするような目つきで見ていたのだった。 

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