大好きな貴方
あんまりにも幸せだと、自分は実は不幸なんじゃないかと疑いたくなる。
そんな気持ちを書いてみたいと思います。
─……そんなに無防備にしているけど、今夜、私は貴方を殺すのよ?──
やたらと明るいキャスターが今日の天気を伝えている。朝食の準備をしながら、私はカウンターの向こうの居間を見た。居間のテレビが伝えるところによると、今日は終日晴れの予報だそうだ。
「……おはよう。」
寝癖のついた頭にパシャマ姿のままで貴方が居間に入ってくる。片手で目を擦る姿は実年齢に合わずあどけない。
子供のような仕草に愛しさが胸一杯に広がる。
「おはよう。」
私の返事にこくりと頷いてから、貴方はテレビの前においたソファーに沈み込むようにして座った。
ソファーの背もたれから貴方の後頭部だけが覗いている。
入れたての珈琲を色違いのマグカップに注いで貴方の後頭部に近づいていく。旋毛が2つもある黒髪の頭。翠の髪なんて、女性への誉め言葉が貴方にはぴったりだ。
──きれいな髪…。
寝癖で少し跳ねてはいても、艶やかな髪があんまりきれいで撫でたくなった。 貴方は振り向かずに右手を出してきた。その手にマグカップを渡し、貴方の右隣に腰掛ける。
貴方は珈琲をすすりながらぼんやりした顔でテレビを眺めている。
幼顔が寝ぼけていると尚更幼く見える。色の白い肌。長いまつげ。鳶色の瞳。全てが愛しくて、涙が出てきそうだった。
ぼんやりとテレビを見ていた貴方が、マグカップに口をつけたままで目だけ私に向けた。珈琲に口をつけるのも忘れて貴方を見つめていた私の心臓は、目があったことでひとつ大きく跳ねた。
「なに見とれてんの?」
貴方がニヤリと意地悪く笑って見せる。
急激に顔に集まる熱を感じながら、私は珈琲に口をつけた。貴方がクスクスと笑っている。
「……ばか。」
貴方は肩を振るわせて笑っている。
「準備しなくていいの?遅れるよ。」
時計を見ながら私が言うと、貴方は急に慌てて立ち上がった。
やばいやばい、と繰り返しながら居間を出ていく後ろ姿をソファーで見送る。 洗面所から寝室へバタバタと足音が移動していく。慌ただしく響く音を聞きながらキッチンに入り、冷ましていたお弁当をつつむ。 ちょうど包み終わったタイミングで貴方がまた居間に入ってきた。
「じゃ、行ってきます!!」
少し息を切らしたまま紺のスーツに着替えた貴方はネクタイを結びながら早口で言った。
慌ただしい足取りのまま玄関へ向かう貴方の後ろをついていく。
「…あ。」
革靴の紐を結んでいた貴方が、急に動きを止めて小さく声をあげた。
「なに?」
「…。」
貴方は無言で立ち上がり、私を振り向いた。真剣な顔で私を見つめながら鞄を持っていない左手で私の頬をなぞる。
「……無理はしちゃダメだよ?今日はなるべく早く帰るようにするから。」
胸がずきんと痛んだ。
貴方が私を想ってくれる気持ちが痛いほどに伝わってくる。
私なんかを、愛してくれている。
頷くのが精一杯で俯いた私の額に貴方の優しいキスが降ってきた。
顔を上げると柔らかい笑顔で見つめる貴方がいた。
「……行ってきます。」
「……気を付けて。」
貴方はドアノブに手を掛けると、朝の眩しい光の中へ出ていった。
ゆっくりと閉じていくドアに貴方のシルエットが消えていく。光は細くなっていき、玄関にまた薄暗さが戻ってくる。
私は貴方を連れていってしまったドアから目を反らせないまま、胸の痛みに堪えかねて涙を流した。