それぞれの感情
追加登場人物
水谷達也・・・SAT封鎖部隊隊長。冷静な性格。
石神哲也・・・SAT封鎖部隊副隊長。隊長同様冷静。
火野勇也・・・SAT封鎖部隊隊員。大柄の男。同じ名前の息子が、学校内にいる。
木馬将也・・・SAT封鎖部隊隊員。今回の封鎖に疑問を持つ。
森泉健勝・・・SAT現場責任者。元陸上自衛隊。
瀬木一郎・・・SAT狙撃手。南校舎の屋上にいる。
相沢信一・・・SAT狙撃手。北校舎にいる。信二の兄。
野村たけし・・・今回の任務に呼ばれた専門家
何かがおかしい。
大羽中学校南校舎の木馬将也は、隣にいる同じ部隊の火野勇也のぎこちない態度から、不安を抱いていると察した。今回の任務のために、手当たりしだいSAT隊員が集められて、自分達の部隊は、封鎖部隊に任命された。封鎖は成功した。学校中の窓を溶接し、鉄板をガラス部分に取り付けた。なのにどうして警戒心がうずくのだろう。
明らかにおかしい。
水谷達也隊長は普段通り冷静だ。火野は、学校内に同じ名前の息子がいるから、不安を抱いてもおかしくない。
おかしいのは、副隊長の石神哲也と現場責任者の森泉健勝だ。
副隊長は出動前とは、明らかに別人のようだ。普段は隊長以上に冷静なのに、出動したとたん落ち着きを無くしている。
現場責任者の森泉は、学校のグラウンドにテントを張り、そこで指示を出している。それはおかしくない。だが、射殺命令はおかしい。暴れだした生徒、職員は即時射殺なんて変だ。先程、他の生徒を襲った生徒を射殺してしまった。酷い事をした。もう1つおかしい事と言えば、屋上の狙撃手の配備だ。鉄板が張り付いているせいで、中の様子は確認できないし、狙撃なんて不可能だ。窓は溶接しているから、開閉はできないし、ガラスに鉄板をつけたから、割るのも無理だ。誰も出て来れない。なのに、なぜ狙撃手が配備され、他の隊員は武装警備させるのだろう。分からない。
だが何よりも腹立たしい事は、何の情報もくれない事だ。封鎖する理由も教えてくれない。与えられた情報は、専門家と自衛隊が来ることだけ。一体、何の専門家が来るんだ。なぜ自衛隊が来るんだ。ここには、SATだけじゃない。地元警察や消防隊も来ている。その上自衛隊まで来るなんて。
SATは、与えられた任務を遂行すればいい。木馬は自分にそう言い聞かせた。だが学校内の様子が気になっていた。できれば、生徒達を外に出してやりたい。
木馬と同じ気持ちの人物が、もう1人いた。北校舎に配備された狙撃手、相沢信一だ。学校内に閉じ込められている信二の10歳年が離れている実の兄だ。
信一は、中に入りたくてしょうがなかった。弟の信二を外に出したかった。だが、屋上の出入り口のドアは、別の隊員が配置されていた。こっそり中に入るのは不可能だ。
相沢家の男は代々、立派な職についていた。信一はSAT。信一と信二の父親信也は、陸上自衛隊だ。祖父は海上自衛隊。曾祖父は大日本帝国陸軍に入っていた。だから、信二にも、警察や自衛隊に入ってもらおうと指導したが、信二は別の職につきたがっていて、そのことが口論になり、それ以来仲違いしたままだ。
だが、いくら仲違いした弟でも、心配でたまらなかった。弟の安否を確認したい。自衛隊が来る前に、なんとしても校内に入らなければ。場合によっては、ドアの前の隊員を殴り倒すまでさ。
現場責任者の森泉は、苛立ってしょうがなかった。上層部からの情報が少なすぎる。必要最低限の情報しか与えられていない。<ウイルス>が学校内に流行している。学校外に感染者を出さないため、学校を封鎖せよ。ふざけた話だ。ウイルスが、病院でも研究所でもなく、よりにもよって学校に流行している。
たいした情報も与えられぬまま封鎖し、生徒1人を射殺した。だが1番腹立たしいのは、一体何の<感染>か教えてもらえない。専門家が来るからそいつに教えてもらえと言われた。だが専門家は自衛隊と来る。自衛隊がくれば俺達SATは即時撤退しなければならない。何も知らずに撤退するのか。結局上層部にとって、俺達現場の人間は駒でしかない。まったく、いい身分だことだ。時代はいつまでたっても、身分に縛られているな。
南校舎に配備された狙撃手の瀬木一郎は、信一の行動に疑問を持った。なぜさっきからドアをちら見する?校内に入る気か?いや、あいつに限ってそんな事は無い。とにかく、任務に集中しよう。
専門家の野村たけしは、自衛隊のヘリコプターに乗っていた。自分以外の搭乗者は皆ガスマスクをつけていた。
「マスクを付けないのですか?博士」
自衛隊の1人から話しかけられた。確かに、口全体を隠せるくらいのガスマスクをもらった。他の連中のマスクは、顔全体を隠せる大きさだ。そのため表情が見えない。
「マスクは付ける必要ない」
そう答えておこう
「なぜですか?」
なぜですか・・・か。馬鹿馬鹿しい質問だ。
「必要ない」
そう答えようと思った矢先に
「一体何の感染ですか?」
と他の隊員から質問された。答えたくない質問だ。
「それは、着いてから話す。今は話したくない」
しかし、まさか<アレ>が流行するとは思いも寄らなかった。<病院>での流行は防げたが、はたして今回はどうだろうか。<アレ>はこの世で最も厄介なウイルスだ。どんな手を使ってもでも大流行を防がなくては。今度こそ見つかるだろうか。<彼女>が・・・
黒木大輝は、職員室に座っていた。
「温かい飲み物でも飲んだら?あなた」
妻の百合がそう言って紅茶を机に置いてくれた。百合の声は滑らかな甘い声だ
「ありがと」そう答えよう。
紅茶を口にゆっくり飲んだ。相変わらず、百合の入れる紅茶はおいしい。疲れた時の特効薬だ。
「ちょっと、図書室へ行って来る。」
そう言って、大輝は職員室を出ていった。職員室は廊下の奥にある。その向かい側の奥に図書室があった。ドアの鍵を開け、図書室の隅にある部屋に入った。
資料室だ。資料室にたくさんの資料があったが、大輝はどれにも興味が無かった。隅に鍵のかかった箱があった。この箱が目的だった。鍵は大輝が持っていた。鍵を開け、箱を開けた。中にはたくさんの資料があった。その資料の中に、携帯ゲーム機PSPくらいの大きさの箱があった。大輝はそれを、ズボンのポケットにしまった。資料の中にあるファイルを取った。ファイルは厚かった。ファイルを開いた。そのファイルの中に1人の少女が写っていた。
「また、お前が原因になるとはな・・・」
大輝の声に悲しみが混じっていた。ファイルから、1枚の資料が落ちた。
その資料に大きく太字で書かれてた名前があった。
<DEMONYO VIRUS>