告白
立花は紘輝を連れて、南校舎4階の英語教室に入った。
「栗山君が感染者だったなんて・・・」
「仕方ないさ。言えば殺されると思ったのだろう」
紘輝はそう言ったが、実際は栗山に対して激しい怒りを感じていた。
あいつが黙っていたせいで、皆離れ離れになった。
「神よ。お助けください。」
紘輝は、十字架のネックレスを握って祈った。
「紘輝君。あなたは神様を信じているの・・・?」
「ああ」
「なぜなの」
「俺は、キリスト教カトリックに入っている。新約聖書を暗記した。」
「すごいわね」
「お前は信じないのか?」
「信じたいわ」
「信じれば?」
「でも信じられない」
「なぜ?」
立花は、考え込んだ。
「この世には理不尽なことが多すぎる」
確かに。
「殺人事件の加害者は時々死刑になるけど、大体は刑務所か更生院に送られて、刑期が過ぎれば人生をのうのうと過ごせる。けど被害者は人生が他人に奪われる。」
まったくだ。
「国際的な問題が起きても、政府ではなく国民にばかり負担がかかる。」
「確かにそうだな」
「本当に神様が居たら、何とかしてほしいわ」
「なあ、もしお前に子供が居たとする。」
「それが?」
「お前はその子を自立できるまで育てる。そして自立できるまで育ったら何をする?」
「自立させて、後は子供に自分で何とかさせて自分は見守る。」
「そうだ。仮に神が居たとする。その神は、人類の事は人類に任せるだろう。神は見守るだけ。そうすることで、人類は自分達の過ちを自分達で気づかせて、成長させるんだと思う」
「いい考えかたね」
「それに、俺が生まれてきたのも、何億人の中でお前たちと出会って友人になれたのも、全部本当の奇跡だと思う。」
立花は、黙り込んだ。
「・・・祈って・・・」
「え?」
「祈ってほしいの」
紘輝は、十字架を握った。
「イエスは弟子達に言われた。「つまずきは避けられない。だが、それをももたらす者は不幸である。
そのような者は、これらの小さい者の1人をつまずかせるよりも、首にひき臼を懸けられて、海に投げられた方がましである。あなたがたも気をつけなさい。もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。1日に7回あなたに対して罪を犯しても、7回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」・・・」
立花は、紘輝の祈りの言葉が、子守唄のように感じた。
「・・・声を張り上げて、「イエス様、先生、どうか、私たちを憐れんでください」と言った。ルカによる福音書第17章1節~13節。」
言い終わった。
「あなたは本当に神様を信じているのね」
「じゃなきゃ、聖書を暗記しないさ。」
立花はくすくす笑った。
「私も暗記できるかな?」
「今いった祈り暗記できた?」
「今思い出してる」
「じゃあ、バスルームへ行って歯を磨く時間はあるかな?」
立花は、またくすくす笑った。
「ユーモアのセンスないと思ってた」
「意外か?」
「ええ」
「思い出せた?」
「ええ」
「言ってみて」
立花は、うろ覚えで祈りの言葉を最初から最後まで言った。
「何箇所か違うな。だが、よく1度聞いただけで、覚えたな」
「特賞もらえる?」
「たいしたもんだ」
すると、物音がした。
「隠れろ」
立花は、身をかがんだ
紘輝は釘バットを構えた。
聞こえたのは、教室内だ。
「きゃああああ」
立花の叫び声だ。
栗山が、立花に襲い掛かっていた。
くそ!いつの間に!
紘輝にも、何かが襲ってきた。別の感染者だ。
紘輝は瞬時にバットで殴った。感染者は死んだが、勢いつけすぎてバットが手からすべり落ちた。
紘輝は、バットを優先せず、右ストレートで栗山を殴った。
栗山は、1発で動かなくなった。紘輝は釘バットを拾い、栗山の頭を2度打った。
「大丈夫か?」
立花はうなずいた。
「噛まれたか?」
立花は、首を横に振った。
「良かった」
立花に、手を差し伸べた瞬間、死んだと思った別の感染者が、紘輝の右肩を噛んだ。
「ぐああああああああああ」
感染者は、強く噛んでいた。
感染者が突然倒れた。
立花が、釘バットで殴っていた。
「畜生!噛み付きやがった!」
立花は、紘輝の肩を組んで廊下の出た。
「大丈夫よ。助かる道があるはず。」
「いや、俺は感染した」
紘輝は立花の目を見た。純粋な優しさに満ちていた目だ。
「いえ、きっと助かるはず」
「なあ、どうしてそんなに俺を助けたい?」
「それは、」
立花が、紘輝の顔を見て言った。
「あなたの事が好きだったから」
「本当に?]
[あなたは、私の命を何度も救ってくれた」
紘輝は苦痛の声を上げた。
「最初に私を助けてくれた事を覚えてる?」
「ああ。小学校の頃だろ?」
「当時は、あなたは悪ガキだった。いつも私に悪戯をしていた。そんなあなたが、私を助けてくれた。その日から、あなたに惹かれたの」
「何でここで言う?」
「あなたに死んで欲しくないの」
紘輝は、また苦痛の声を上げた。
「実は、お前に悪戯していたのは・・・お前の事が好きだったんだ」
立花は驚いた。
「悪戯は、そんな思いの裏腹だった。すまなかった」
「過ぎたことはいいの」
「だが、お別れだ」
立花の目から、涙が出てきた。
「そんな・・・」
「俺は感染した。もう人間じゃなくなる」
廊下の奥の階段から、多数の奇声が聞こえた。
紘輝の右目が黒く染まった。
「俺が時間を稼ぐ。お前は逃げろ」
立花は、紘輝の顔を見てられなかった。
「映画なら、ここでキスするだろうが、俺は感染してる。変わりに」
紘輝は、自分の十字架ネックレスを取って、立花につけた。
「神様の守りの祈りをしてやる」
「私の神は、御自分の栄光の富に応じて、イエス・キリストによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてください。」
立花は目を瞑って黙って聞いた。
「俺を好きになってありがとう」
「私を好きになって・・・ありがとう・・・」
立花の声は、完全に悲しみに満ちていた。立花は、紘輝を強く抱いた。
「生まれ変わったら、また会おう。」
紘輝の歯が、鋭い歯に変わっていた。
「行け!逃げろ!!」
立花は走り出した。感染者のいない階段へ。
立花とは反対方向から、感染者の集団がやって来た。
「神よ。我に力を」
紘輝は釘バットを持って感染者の集団に立ち向かった。
立花は、悲しみに満ちた思いで、階段を降りていった。
紘輝は、感染者の集団と戦っていた。
その両目はすでに黒く染まっていた