全てが変わる瞬間
美術室
大輝が戻ってきた。
「先生、鳥円は?」
「見つからなかった」
「北校舎へ行ったのですか?」
「行かなかった。南校舎から感染者が姿を消した。恐らく全員北へ行ったのだろう」
信二は悪態ついた。つまり、鳥円は北校舎へ逃げたのか?
信二は、鳥円が心配だった。
「今、向こうへ行くのは得策ではない。わかるな?」
大輝は、信二に質問した。
信二はうなずいて、答えた。
「とにかく、いざと言うときのため、今は休んでいろ」
「トイレに行きたい」
信二は言った。
「ついて行こうか?」
「いえ、バールだけください。自分の身は自分で守ります」
信二は、バールを受け取って美術室を出た。
廊下は、暗い。
信二は、感覚を頼りにトイレに入った。
トイレで小便をしていると、ドアが開く音がした。
バールを構えた。
だが、懐中電灯に照らされた。
「何だ、ソフィーか。ここは男子便だぞ」
「ごめんなさい」
信二とソフィーはトイレを出た。
信二が手を洗った。
「何でここに来た。」
「行っておきたいことがあって」
「何で?」
「今がいい・・・ううん、今じゃなきゃ駄目だと思ったの。この先、もう言えるチャンスや機会が無いと思うから」
この状況だからな。
「実は、好きな人がいるの」
こいつに好かれる男子は幸運だな。で、俺は相談役か・・・
「相手は誰だ?」
「とても身近な人。すごく優しくて、頼りになるの・・・」
「誰だ?」
「それは、この人」
そう言って、ロケットペンダントを渡してきた。信二は開けて見た。
写っていたのは信二だった。つまり・・・
「俺が好きなのか?」
ソフィーは、うなずいた。
信じられない。こんな魅力的な人に好かれるなんて・・・緊張してきた。
「な・・・なぜ今言う・・・?」
「もう、この先告白できないと予感したから・・・」
信二は、しばらく黙り込んだ。
「お前は美術室に戻れ。俺は鳥円を探しに行く」
「なら、私も」
「駄目だ!危険すぎる」
「危険なら承知よ。それに、彼は私の友人。友人を見捨てられない」
信二は考え込んだ。
「分かった。だが、何かあったら、俺にかまわず逃げるか隠れろ」
ソフィーはうなずいた。
信二はソフィーの手を引いて、渡り廊下に向かった。
机と椅子でできたバリケードは半壊していた。かえって好都合だが。
信二とソフィーは北校舎に行き、階段の前に立った。
「上と下とどっちがいい?」
「何で聞くの?」
「女の勘は鋭いからだ」
「じゃあ、下」
信二は、ゆっくり階段を降りた。下に気配はない。
「鳥円のオタクぶりには感服する。」
「中学生とは思えないよね」
「しかしこんなにゆっくり歩いてると、お化け屋敷でデートしてるカップルみたいだ」
「あなたにユーモアのセンスはないと思ってた」
「ないさ」
「いいえ、あるわ」
「いや、絶対ない」
「じゃあ、そうしておきましょう」
「料理は?」
「?」
「料理はできるか?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いつも、弁当はカロリーメイトかパンじゃないか」
「できるよ」
「本当に?」
「私のフランス料理は絶品よ」
「そいつは楽しみだ。別のときに別の場所で・・・」
信二は、言葉が出なかった。
「どうしたの?あっ」
ソフィーも言葉が出なかった。
1階の廊下の真ん中に、鳥円の死体があった。
「引きずられた後がある」
信二は、死体を調べた。
「首を噛まれている・・・」
信二の声に、悲しみが混じっていた。
「直接の死因ではないは・・・・」
ソフィーの声が今にも泣きそうだった。
「どういう意味だ?」
「おなか・・・」
鳥円の腹に、ドングリほどの穴が開いていた。
「撃たれたのか・・・」
信二は、思い当たる人物が1人いた。
大輝だ。
彼は1人で捜索に出た。拳銃とバールを持って。鳥円が、何かしらの秘密を知って彼に撃たれた。
そう思えた。
誰かが近づいてくる。
信二はバールを構えた。
百合と中村だった。
「それ、あなた達がやったの?」
百合が鳥円の死体を見て聞いた。
「違います。鳥円は撃たれてます。僕は銃を持っていません」
中村が、金属バットを下ろした。
「とにかく、無事な生徒が居てよかったぜ」
中村は、普段は野田以上の熱血教師だが、今回は大人しい。
「美術室に他の生存者がいます。」
「なら、行きましょう」
すると、階段から降りてくる足音がした。
「きっと感染者だ!俺が時間を稼ぐ!先に行ってくれ!」
中村は、バットを構えた。
信二とソフィーと百合が、反対の階段に走った。
美術室
栗山は、腕の激痛に耐えていた。
栗山は、逃げている最中に腕を噛まれた。
それを皆に黙っていた。殺されるかもしれないからだ。
「栗山君?どうしたの?」
海咲が話しかけた。
「大丈夫です」
そう答えた。
だが、腕の激痛が頭まで来た。
その瞬間、彼の目は真っ黒に染まった。
「もうすぐ、美術室です!」
信二は見た。美術室の扉が開いていることに。
「どうしたんだ?」
美術室に入ると、中には誰も居なかった。
「どういう事?」
教室の隅に、誰か倒れている。
「海咲さん!」
ソフィーが駆け寄った。
海咲が首を押さえている。
「どうしたの?」
百合が駆け寄った。
「く・・・栗山よ・・・彼・が・・感染者に・・」
「海咲。喋らないで!」
海咲は、瀕死の状態だった。
「彼が・・・発症・して・・わた・・しに噛み付いて・・・扉を・・・開けたの」
なんてことだ!
「たく・・・さんの・・感・・染・者が・・入ってきて・・皆・・どこかに・・逃げた」
つまり、皆まだ生きてるのか
「もう喋らないで」
「信二・・・私は・・感染してるの・・・一思いに・・・殺して」
「無理だ!」
「お願い・・・殺して」
「俺には無理だ!」
「奴らの仲間に・・なんか・・なりたくない」
ソフィーは、海咲の目を見た。左目は真っ黒だ。
「わかった・・・」
信二はバールを構えた。
海咲は目を瞑った。
「母さん・・・・・・父さん・・・会いたいよ・・・そばにいて・・・」
「覚悟は・・・」
海咲はうなずいた。
「いくぞ!」
「母さん・・・父さん・・・神様・・・」
信二はバールを振り落とした。
バールは海咲の頭蓋骨を砕き、脳に刺さり、肉片が飛び散った。
信二はもう一度振り落とした。再び、肉片が飛び散った。
ソフィーと百合は、顔を覆い隠した。
「許してくれ・・・海咲」
信二は殺人を犯した。発症する前の人間を殺した。しかも、鮮やかな殺し方ができなかった。
美術室は、静かだった。普段の生活よりも遥かに静かだった