死の直前の思考
火野は、襲い掛かってきた感染者・・・ではなく、感染者となった<息子>を取り押さえた。
「落ち着け!俺だ!父さんだぞ!!」
火野は息子に呼びかけた。感染者とは言え、自分の愛する息子を殺害できるわけがない。
だが、狂暴化した息子に言葉は通じなかった。
「お前の父親だ!!お前を殺したくない!正気に戻れ!」
火野は必死に訴えかけた。
一瞬、息子が暴れなくなった。そして火野を見つめていた。
「そうだ・・・お前の父親だ。父さんだ。お前を殺したりなんかしない」
息子は大人しくなった。
「勇也」
だが、息子が噛み付こうとした。
火野は息子の顎と後頭部をつかんだ。
「落ち着け!俺だ!」
だが、落ち着く気配がない。
「勇也・・・」
火野は、息子に目から本気の殺意を感じた。
「勇也・・・」
火野は、覚悟を決めた。他の連中に殺されるくらいなら、俺がこの手で・・・
「許せ・・・勇也!」
息子の首を、一回転させた。
映画なら、きれいに回転するだろうが、実際は肉が引き裂かれ骨が飛び出した。
火野をこの殺し方に後悔した。
無残な息子の死体が床に倒れていた。
「勇也・・・勇也・・・勇也!!」
火野の目から、涙が流れてきた。
『火野!どうした!』
水谷の声が無線から流れてきた。
『皆合流地点に居るのだぞ!いないのはお前だけだ!』
火野は、息子の死体に抱きつき、泣き続けた。
『火野!どうして応答しない!?』
西階段から、生徒感染者の軍勢が来た。
火野は、短機関銃を乱射した。
日野に突入直後の戸惑いや、殺害する罪悪感は無かった。
怒りが、彼を支配した。怒りの矛先を感染者にぶつけた。
「死に腐れええええええええ!」
次々と弾丸が感染者を貫いた。
弾切れを起こした。
火野は、尋常じゃないスピードで装填した。
東階段からもやって来た。
「全員!地獄へ落ちろ!」
火野は乱射した。
再び弾切れを起こした。
再装填した。
再び乱射した。
「くたばれ!くたばれ!くたばれ!く・・・」
弾切れが起きた。
もう、予備の弾倉はなかった。
『火野!感染者と交戦しているのか?』
火野は、逃げ道を探した。東階段からも西階段からも感染者の軍勢が来ていた。
後ろに女子トイレがあった。
火野は女子トイレに入り、奥の個室に入り鍵を掛けた。
「隊長!弾が一発も無い!弾が切れた!」
『落ち着け!救助に行く!感染者の数は!?』
「軍団だ!」
言い終わる瞬間、感染者が女子トイレの扉を開け、火野の個室のドアを叩き始めた。
「駄目だ!連中が来た!」
『落ち着け!拳銃があるだろ?そいつで倒すんだ!』
火野はホルスターから自動拳銃を抜いた。
弾丸は7発。予備の弾倉は必要ないと思って持ってきていない。
火野は、拳銃でドアを6発撃った。弾丸は木造のドアを貫通し、感染者に当たった。
だが、撃たれた感染者は1人だけ。
ドアの鍵が壊れ始めた。
残り1発。使い道は1つ。
火野はヘルメットを脱ぎ深呼吸した。
『火野!現在位置は!?』
「もうすぐあの世に行きます」
「落ち着け!すぐに行く!現在位置は?」
隊長が俺を助けようとしている。だが、俺は助からない。
火野はポケットから写真を取り出した。
息子が写っている。自分の手で殺した息子が・・・
妻とは離婚し、俺の唯一の家族だった。
「勇也。もうすぐ行く」
火野は拳銃を自分の頭に向けた。未練はない。覚悟だけが必要だ。
不思議だ。死ぬって言うのに冷静でいられる。
『火野!現在位置は!?』
鍵が壊れかかっている。皮肉だな。人生最後の場所が女子トイレだなんて。
職員室前の水谷が必死に連絡している。
「火野!早まるな!位置を教えろ!!」
石神と木馬が焦りの顔を隠せない。
「火野!いまどこだ!?」
『隊長。今までありがとうございます』
「早まるな!!助かる!」
『息子だ・・・息子の声が聞こえる・・・』
「息子をどうする!?1人この世に残していく気か!」
『息子は殺しました』
全員ぎょっとした。
「早まるな!」
『息子がそばに居る・・・』
無線から銃声がした。何かが撃たれる音も同時に鳴った。
「火野!応答しろ!火野!!」
沈黙が続く・・・
階段から降りてくる集団の足音がした。
「職員室に入れ!」
全員職員室に入り、鍵を閉めた。
足音が通り過ぎる音が続く。
「隊長・・・火野先輩は?」
「恐らく・・・自殺した・・・」
「野村は?野村博士は?」
水谷は、しまったという顔をした。
「感染者達が完全に通り過ぎてから捜索する」
「無線は持ってないのか?」
「ない」
全員悪態ついた。1人で行動させなければよかった。
全員2つの感情に支配されていた。
火野の死の悲しみ。
野村への怒り。
美術室
「大輝先生と鳥円は大丈夫かな?」
信二は心配していた。
信一は答えた。
「美術室に入るまえに拳銃を渡したろ?」
信二はうなずいた。
「なら平気だろ。バールと拳銃を持っているなら・・・」