第29話:命の調理
最後のダイアモンズ――ドクトル・ヴィーアは、薬物注射によって異形の肉体を得ていた。
「さあ、お前達を調理してやろう」
腕を引き絞り、拳を突き出す。
「【泳魚】!」
瞬間――拳から激流が噴き出した。
「ぐ――っ……!?」
避けきれない。
水圧がそのまま拳となって叩きつけられ、あたしは床に叩き伏せられた。
「姐さん!?」
「今のは――」
ケビンが魔法の虫眼鏡を構える。
「口直しに、【氷菓】」
ドクトルの両腕が瞬時に凍りつく。
氷塊と化した拳が振り下ろされる――!
「くっ……【裂痕華】!」
床に短剣を突き立てる。
ひび割れが走り、隆起した地面がドクトルの体勢を崩した。
「ぐっ――」
「今よ! 【回し蹴り】!」
水を弾き飛ばし、体勢を立て直す。
体重を乗せた一撃が肩を打つ――が。
「クックッ……魔力なしの小娘など」
――揺るぎもしない。
ドクトルは平然と立ち上がった。
「足りない。――なら」
ナイフを引き抜く。
テオと同時に踏み込んだ。
「フン……!」
ドン、と足を踏み鳴らす。
「【網焼肉】!」
爆炎が噴き上がった。
炎を纏った蹴りが旋回し――
「ぐっ……!?」
あたしもテオも、まとめて吹き飛ばされる。
「ミストさん! テオくん……!」
ケビンが叫ぶ。
ナイフは衝撃で見失った。
身体が動かない。
――強すぎる。
「いいぞ! やってしまえドクトル!」
サラマンダー商会の会長の声が響く。
……このままじゃ――
「……使うしかない」
最後の魔力の核に手を伸ばす。
――これが、最後。
「【吸魔】……!」
瞬間。
“それ”が流れ込んできた。
最後に残った奥の手。
悪魔の遺物――
暴力的な魔力が、全身を満たす。
「怯むな! やれ!」
ドクトルが迫る。
だが――もう遅い。
「【三戦の構え】……」
呼吸を整える。
魔力が収束する。
「【魔弾・正拳突き】――!」
圧縮された魔力が拳に宿る。
そして放つ正拳突き――!
衝撃が、内側から爆ぜた。
「が……っ!?」
ドクトルの腹を貫通し、そのまま壁へ叩きつける。
地下空間全体が揺れた。
「やった!!」
歓声。
――だが。
「……ククッ」
笑い声。
「ハハハハハッ!!」
「なに……?」
――違う。
何かが、決定的におかしい。
次の瞬間――
貫いたはずの腹が、蠢いた。
肉が泡立つように盛り上がり、骨が軋みながら繋がる。
逆流した血が、内側から皮膚を押し上げた。
「魔物の……再生能力……!?」
一部の魔族が持つ希少な能力――
「左様!」
完全に再生したドクトルが立ち上がる。
「今のわしは無敵だ!」
踏み込んでくる。
「【甘味】!」
泡立てるように腕を回し、突き出す。
重い一撃。
「ぐっ……!」
殴り飛ばされる。
「姐さんっ!? ぐあっ!」
テオも吹き飛ぶ。
――でも、まだ。
「【瞬身】……!」
消えるように接近。
これまで発動した時より、段違いに早い。
「【浸透発勁】……!」
密着し、拳底を叩き込む。
内部へ、直接――!
「はあああぁぁぁっ!!」
アテルラナ由来の膨大な魔力を、すべて流し込む。
「ぐおおぉぉっ!?」
ドクトルが仰け反る。
渾身の一撃が叩き込まれ――体内から破裂音が走る。
「やったか――」
その瞬間。
――超速再生。
腕が、伸びた。
「やば――!?」
頭を掴まれる。
「フフ……わしの料理……」
握力で締まる。
「喰らうだけでは済まんぞ? 最後まで味わえ!」
潰れる――!
視界がぐにゃりと歪み、光が滲む。
「ぐっ……ああっ……!」
「思い知ったか? 悪魔に匹敵する魔力だろうと、わしは壊せない!」
握る力が強くなる。
「コース料理は締めくくり。【珈琲】」
豆を挽き潰すかのような締め付け。
頭蓋が軋む――意識が、遠のく。
――ここまで……?
指先の感覚が消える。
――終わる。
――静寂。
その直後。
「――【チリアット】」
瞬間――
ドクトルの胸を、黒い針が貫通。
「ぐっ……!?」
拘束が解け、あたしは地面に落ちる。
「はぁっ……はぁ……」
顔を上げる。
天井に空いた穴。
そこから――
「やあやあ――人間達」
その声。
その言葉遣い――
「何を勝手に……ボク達のモノに手を出してるのさ」
空気が、凍り付いた。
金髪の少年。
袖の余ったシャツ。
「……コモエディア」
目が合う。
「……ミスト」
静かに降り立つ。
「あの時はよくも……っ!」
全てを失った日の事を思い出す。
怒りが込み上げてきた。
「勘違いしないでくれたまえ」
ドクトルを指差す。
「ボクは怒っているのさ」
その視線は――怒りを帯びていた。
「人間風情が、ミュータ・クリスタルに触れるなんて」
拳を握る。
「……あれは、人を壊す石だ」
見た事無い表情。
憎しみ、敵意が込められていた。
「キミには話していなかったね」
ポツリと、コモエディアは語る。
「――ボクは、“元人間”だ」
空気が凍る。
「その石で変異した“悪魔”でもある」
衝撃。
コモエディアが元人間――?
――そんなの。
「……性格悪いのは元から?」
「さあね」
笑う。
「でも――」
ドクトルへ向き直る。
「ボクを悪魔に変えたその石ころは、壊し尽くす……!」
踏み込む。
「【アリキーノ】!」
振るわれた拳。
ドクトルの頭を消し飛ばす。
しかし超速再生――
「無駄だぁ! 魔王軍幹部だろうと……!」
拳で抵抗。
「……なるほど」
軽くかわす。
「大気中の魔力を吸ってるのか」
視線が向く。
――ミュータ・クリスタル。
「あの石ころからね」
「気付いたところで、やれるものなら……!」
指を鳴らす。
「【行列待機】!」
結晶が輝く。
次々と魔物が生まれる。
「客は無尽蔵に現れる。数で押し潰す!」
ドクトルが笑う。
「さあ――」
狂った宣言。
「仕切り直しといこうじゃないか――」
狂気の晩餐は、まだ終わらない。




