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半歩前に立たなくてもいい場所

ソフィーリアと過ごした人生は、

振り返ると――危険の連続だった。


初めて会った日。

彼女は貴族令嬢らしく微笑んでいたが、

人混みの中に立つにはあまりにも無防備だった。


だから前に出た。

半歩だけ。


それがすべての始まりだった。


婚約しても変わらなかった。

夜会でも、庭園でも、馬車の中でも。

彼女が一歩動けば俺も一歩動いた。


「下がれ」

「危険だ」

「俺の後ろ」


語彙が少ないのは自覚している。

だが、それ以外の言葉を俺は知らなかった。


彼女は笑った。

時々困った顔をして、

それでも必ず俺の背中の後ろに立った。


それがどれほど救いだったか。

彼女は最後まで気づかなかったかもしれない。

俺がどれほど救われていたか。


――そして今。


彼女はベッドに横たわっている。

あまりにも静かで、

あまりにも軽い。


手を取ると、

まだ温かい。


「……起きているか」


聞く必要はなかった。

それでも聞かずにはいられなかった。


「はい」


返事がある。

それだけで、

世界がまだ壊れていない気がした。


「……痛みは」


「大丈夫です」


その言葉が、

どれほど危険な兆候か、

俺はもう知っている。


彼女は俺を見上げていた。

最期まで安心させる顔で。


「……危険は」


俺はまたそれを聞いた。

愚かだと分かっていても。


「ありませんよ」


そう言って彼女は微笑んだ。


「もう全部終わりました」


その瞬間、

俺は理解した。


これまで守ってきた「危険」は、

すべて外にあった。


だが今、

排除できないものがある。


時間。

別れ。

そして、終わり。


「……俺は」


言葉が出てこない。

剣よりも、命令よりも、

ずっと重い。


「……守れたか」


それが俺の人生の問いだった。


彼女の指が、

ほんのわずかに動いた。


俺の手を、

確かに握り返す。


「十分すぎるほどです」


その声は、弱い。

だが、揺るぎがなかった。


「あなたが前に立ってくれたから、

 私は、最後まで怖くなかった」


……そうか。


ならば、

それでいい。


俺は額を下げ、

彼女の手に触れた。


騎士の礼ではない。

副団長としてでもない。


ただ、

夫として。


「……離れるな」


最後まで、

それだけは変わらなかった。


「はい」


その返事を最後に、

彼女の呼吸は静かに止まった。


危険は、もうない。


だが――

俺の人生から、

守るべき中心が消えた。


それでも、

俺は立つ。


半歩前に。


ここが、

ソフィーリアが生きた場所だから。


ここが、

俺が守り続ける、

最後の地点だから。

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