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揺れる距離

夜会は無事に終わった。


拍手。

祝辞。

笑顔。


そのすべてを、

私は少し遠くから見ていた。


理由は単純で――

隣にアッシュ様がいたからだ。


夜会の間、

彼は本当に一度も私から目を離さなかった。


視線。

立ち位置。

呼吸の向き。


護衛というには近すぎて、

婚約者というには硬すぎる。


けれど確実に、

昨日までとは違う距離だった。


「……戻るぞ」


会場を出るとき、

彼はそう言って私の手を取った。


指先が少し熱い。


馬車に乗り込む。


扉が閉まると、

外の喧騒が一気に遠ざかった。


揺れ始める車内。


向かい合って座るはずが、

なぜか隣だった。


距離が近い。


「……疲れてはいないか」


「大丈夫です」


「……無理はするな」


その言い方が、

夜会前よりもずっと低い。


私はふと思い出してしまった。


今朝のこと。

彼の赤くなった耳。

「非常に、危険だった」という声。


「……アッシュ様」


「何だ」


私は少しだけ身を寄せた。


馬車が揺れる、という言い訳付きで。


「今夜は……危険、ありますか?」


彼の肩がわずかに跳ねた。


「……ある」


即答だった。


「どこにですか?」


「……ここだ」


彼は自分の胸を指した。


沈黙。


馬車の音だけが続く。


私は逃げ場のない距離で彼を見上げた。


「……近い」


彼が言う。


「はい」


「……離れるな」


まただ。


けれど今は、

その言葉が、

命令ではなく願いに聞こえた。


次の瞬間、

彼の手が私の肩に触れた。


一度、止まる。


確認するように。


私は何も言わずに頷いた。


それで十分だった。


彼はゆっくりと私を引き寄せる。


額が触れ、

息が混ざる。


「……ソフィーリア」


名前だけ。


それだけで、

胸が苦しくなる。


唇が触れた。


軽く。

けれど逃げない。


一度離れて、

もう一度。


今度は少し長く。


私は思わず息を吸った。


「……騎士様?お戯れが過ぎるのではなくて?」


「ふふ……すまない」


「ふふ……いいえ」


馬車が大きく揺れた。


彼ははっとして手を離す。


距離がほんの少し戻る。


「……屋敷までだ」


「はい」


名残惜しさは、

きっと私だけじゃない。


彼は窓の外を見たまま、

ぽつりと呟いた。


「……今夜は」


「……帰してやる」


その声が、

少しだけ悔しそうだった。


私は微笑んだ。


夜会は終わり、

馬車は揺れて、

距離は戻ったようで――


確実に、

戻れない場所まで来ていた。

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