危険の正体(アッシュ視点)
危険は常に外にあるとは限らない。
俺は近衛騎士団副団長として、
これまで数え切れないほどの「危険」を見てきた。
刃。
毒。
魔物。
人の悪意。
対処法は明確だ。
距離を取り、遮り、排除する。
それだけでいい。
……それだけでよかった。
だが今、
俺の前にいるのは――
ソフィーリアだ。
伯爵令嬢で、
俺の婚約者で、
そして、
どう扱えばいいのか分からない存在。
彼女は、
自分を曖昧だと思っているらしい。
役に立っているのか、
返せているのか。
そんなことを考えていると、
あの静かな声で言った。
――あなたの後ろにいるだけで、本当にいいんでしょうか。
理解できなかった。
なぜなら、
彼女はいつもそこにいる。
俺が剣を握る前に。
前を向く前に。
帰る場所として。
それは「役割」ではない。
戦場では、
背中を預ける相手がいなければ、人は前に出られない。
だが彼女は、
剣を持たず、
命令もせず、
ただ、そこにいる。
それだけで、
俺の判断は鈍る。
呼吸が乱れる。
距離を測れなくなる。
それは――
騎士としては致命的だ。
だから俺は言う。
「危険だ」
街で。
人混みで。
菓子店で。
夜の部屋で。
本当は分かっている。
彼女が危険なのではない。
彼女を失う可能性を想像してしまう自分が危険なのだ。
触れれば、
壊してしまいそうで。
離れれば、
戻れなくなりそうで。
だから距離を詰めるのも、
引くのも、
いつも一拍遅れる。
昨夜、
彼女が「大丈夫」と言ったとき。
俺は一瞬、
剣よりも重いものを胸に感じた。
信頼だ。
それを受け取る資格が、
自分にあるのか分からなかった。
「努力する」
そう答えたのは、
誤魔化しではない。
俺は本当に、
どうすればいいのか分からないだけだ。
だが一つだけ確かなことがある。
彼女が視界にいないと、
俺は前を向けない。
それは弱さで、
同時に、
生きる理由だ。
だから今日も、
俺は彼女の半歩前に立つ。
危険を探すふりをして、
実は――
自分の心を守っている。
ソフィーリアが、
輪郭が定まらないのなら、
俺もまた、
彼女の前では完全に無防備なのだ。




