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第8話 卒業式

体育館は、いつもより静かだった。


整列した椅子。

揃えられた上履き。

天井から吊るされた校旗が、わずかに揺れている。


卒業生が入場してくる。

少し緊張した顔。

落ち着かない足取り。

それでも、確かに前へ進んでいる。


佐伯は、来賓席の端に立っていた。


背筋を伸ばし、両足で床を踏みしめる。

立っているだけで、思った以上に体力を使う。

それでも、表情は変えなかった。


式が始まる。


国歌。

校歌。

校長の式辞。


佐伯の耳には、言葉の一部しか入ってこなかった。

視線は、卒業生の方へ向いている。


宮坂遼が、前の方に座っている。

姿勢は相変わらず悪いが、今日は前を向いている。


少し後ろには、相沢由奈。

膝の上で手を重ね、真剣な顔で話を聞いている。


一人ひとりの顔を、佐伯は目に焼きつけるように見た。


次は、担任代表の言葉。


名前が呼ばれ、佐伯は一歩前に出る。


体育館の中央に立った瞬間、

わずかに視界が揺れた。


深く息を吸う。


大丈夫だ。


マイクの前に立ち、卒業生を見渡す。


原稿は、用意していなかった。

長い話をするつもりもなかった。


「卒業、おめでとう」


それだけで、場が静まる。


「これから先」


佐伯は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「皆さんは、いろいろな選択をすることになります」


「正しいかどうかは、その場では分かりません」


少し間を置く。


「でも」


「自分で考えて選んだものなら」


「間違いにはなりません」


視線の先で、誰かが小さく頷いた。


「困ったときは」


「立ち止まってもいい」


「立ち止まった時間も、無駄ではありません」


佐伯は、言葉を切った。


胸の奥が、少し苦しい。

それでも、立っている。


「皆さんが」


「それぞれの場所で、ちゃんと生きていくことを」


「願っています」


それで、終わりだった。


拍手が起こる。

大きすぎず、静かすぎず。


佐伯は、一礼し、元の位置に戻った。


足元が、わずかに揺れる。

だが、倒れなかった。


式は続き、卒業証書が渡されていく。


一人ずつ名前が呼ばれ、返事が響く。

そのたびに、佐伯の胸に何かが積もっていく。


すべてが終わったとき、

体育館の外は、明るかった。


卒業生たちが、外へ流れ出ていく。


「先生!」


誰かが呼ぶ。


振り向くと、宮坂遼が立っていた。


「ありがとうございました」


短く、そう言って頭を下げる。


「……ああ」


それだけで、十分だった。


少し離れたところで、相沢由奈もこちらを見ている。

目が合うと、深く頭を下げた。


佐伯は、小さく頷き返した。


それ以上、言葉はいらなかった。


佐伯は、最後まで立っていた。

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