第6話 同僚
放課後の職員室は、昼間よりも静かだった。
生徒の声は消え、キーボードの音と紙をめくる音だけが残っている。
窓の外は、いつの間にか薄暗くなっていた。
佐伯は自分の席で、答案用紙を揃えていた。
ペンを握る指先に、かすかな違和感が走る。
気づかないふりをして、手を動かし続けた。
「佐伯」
声をかけてきたのは、**篠原 修司**だった。
数学科の教師で、佐伯より二つ年上。
同じ学年を何度も受け持ってきた、数少ない同世代の同僚だ。
「少し、時間いいか」
「どうした」
篠原は、周囲を一度見回してから、佐伯の向かいの椅子に腰を下ろした。
「最近な」
「顔色、良くない」
佐伯は答案用紙から目を離さずに答える。
「そうか」
「そうだ」
即答だった。
「授業も、行事も」
「詰め込みすぎだ」
佐伯は、ようやく手を止めた。
「誰かがやらなきゃならない」
「それは分かってる」
篠原は、声を落とす。
「でもな」
「お前が倒れたら、意味がない」
佐伯は、何も言わなかった。
その沈黙が、答えのようでもあった。
「校長には」
篠原が続ける。
「もう話したのか」
「まだだ」
篠原は、短く息を吐いた。
「……そうか」
それ以上、踏み込まなかった。
踏み込めば、止めなければならなくなる。
それを互いに分かっていた。
「生徒はな」
篠原が、静かに言う。
「ちゃんと見てる」
「お前が、どんな顔で教壇に立ってるか」
佐伯は、視線を落とした。
それは、聞きたくなかった言葉だった。
「代わりの教師は、いくらでもいる」
「でも」
篠原は、言葉を選ぶ。
「佐伯の代わりは、いない」
その一言が、胸に重く落ちた。
「無茶は、するな」
「約束しろ」
佐伯は、首を横に振った。
「約束はできない」
「……だろうな」
篠原は苦笑した。
「だからせめて」
「限界は、自分で分かれ」
立ち上がり、佐伯の机を軽く叩く。
「何かあったら」
「俺が、引き継ぐ」
その言葉に、佐伯は一瞬だけ目を閉じた。
「ありがとう」
それだけで、十分だった。
篠原が職員室を出ていく。
ドアが閉まる音が、静かに響いた。
佐伯は、しばらく席を立てずにいた。
身体のことよりも、
教室のことを考えている自分に気づき、
小さく息を吐く。
まだ、やるべきことがある。
佐伯は、そう思いながら、静かに立ち上がった。




