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第1話 宣告

病院の待合室は、静かすぎた。


テレビはついているのに、音量は小さく、内容も頭に入ってこない。

壁にかかった時計の秒針だけが、やけに大きな音を立てて進んでいる。


名前を呼ばれ、診察室に入る。

医師はカルテに目を落としたまま、淡々と話し始めた。


専門用語が続く。

数値。

経過。

治療の選択肢。


どれも、どこか他人事のように聞こえた。


「……率直に言います」


医師がそう前置きしたとき、ようやく話の核心に来たのだと分かった。


「残された時間は、長くありません」


予想していなかったわけではない。

ここまで検査を重ねてきたのだから、薄々は理解していた。


それでも、実際に言葉として突きつけられると、胸の奥が少しだけ冷えた。


「日常生活は、いつまで可能ですか」


自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


医師は少し考え、答える。


「個人差はありますが……数か月は」


「立って仕事はできますか」


その質問に、医師が顔を上げた。


「……どうしてですか?」


佐伯恒一は、一瞬だけ視線を逸らした。


窓の外には、校舎と同じような色の建物が見えた。

春が近づいているのか、空は少し明るい。


「卒業式があるんです」


そう言うと、医師は黙った。


「最後まで立てるかどうか、それだけ教えてください」


沈黙のあと、医師はゆっくりと頷いた。


「無理をしなければ……おそらく」


その言葉で、十分だった。


「分かりました」


それ以上、質問はしなかった。

治療の詳細も、副作用も、延命の可能性も。


診察室を出たとき、廊下の蛍光灯がやけに白く見えた。


病院を出ると、冷たい風が吹いていた。

佐伯はコートの前を閉じ、空を見上げる。


まだ、朝だった。


学校へ向かう電車の中で、いつものように教科書を開く。

今日やる範囲に、特別な意味はない。


ただ、少しだけ丁寧に板書しようと思った。

少しだけ、生徒の顔をよく見ようと思った。


校門をくぐると、聞き慣れた声が飛び交っている。


「佐伯先生、おはようございます」


「おはよう」


佐伯は、いつも通りに返した。


誰にも、何も伝えない。

それでいい。


卒業式までは、先生でいる。

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