死神見習いが人間の学校に通ったら、恋を知ってしまった件
死神見習いが人間の学校に通ったら、恋を知ってしまった件
俺の名前は黒崎レイ。
見た目は17歳の高校生だが、正体は死神見習いだ。
死神界では300歳でやっとこの世で言う成人扱い。
俺はまだ280歳の子供で、一人前の死神になるための最終試験を受けている最中だった。
その試験内容は「人間界で1年間生活し、人間の心を理解せよ」というものだ。
「なぜ人間はあんなにも生にしがみつくのか?」
死神界の長老たちは首を振る。
「最近の死神見習いは、魂を回収する際に人間に情けをかける者が多い。それでは務まらん」
そこで、人間の心を深く学ぶためのカリキュラムが組まれた。
俺はその第一期生として、人間界の「桜ヶ丘高校」に転校することになった。
「よろしくお願いします、黒崎レイです」
4月の朝、俺は2年B組の教壇に立っていた。
死神の力で外見は完璧に人間の高校生に変装している。
クラスメイトたちがざわめく。
「イケメンじゃない?」
「髪の毛真っ黒で、なんかかっこいい」
「でも、すごく冷たい感じがする」
最後の評価は正しい。
俺は死神だ。感情というものがよく分からない。
「黒崎君、席はあそこです」
担任の田村先生に案内されて、俺は窓際の席に座った。
隣の席には、ショートカットの活発そうな女子がいた。
「よろしく、黒崎君!私は山田花音。何でも聞いて」
彼女が元気よく話しかけてくれる。
「...ああ」
俺の素っ気ない返事に、花音は少し困ったような表情をした。
「あの、もしかして人見知り?」
「そういうわけでは...」
「それなら良かった!今度、クラスのみんなでカラオケ行くから、黒崎君も来ない?」
人間の娯楽「カラオケ」。
死神の世界にはそんなものはない。
「考えておく」
授業が始まった。現代文、数学、英語。
どれも死神界で事前に学習済みだったので、内容は理解できた。
でも、理解できないことがあった。
休み時間になると、クラスメイトたちは笑ったり、泣いたり、怒ったり、様々な感情を見せる。
「昨日のドラマ見た?」
「最後、マジで泣いちゃった」
「あのシーン、ほんとキュンキュンしたー」
人間は些細なことで感情を大きく動かす。
死神の俺には、その理由が全く分からなかった。
昼休み、俺は一人で屋上にいた。
死神界から支給された「人間観察ノート」を開いて、今朝の観察結果を記録する。
『人間は集団を好む。一人でいることを嫌がる傾向がある』
『些細な出来事で感情を大きく動かす。特に「恋愛」と呼ばれる感情は理解不能』
書いているうちに、屋上の扉が開いた。
「あ、いた」
花音だった。
手に弁当を持っている。
「一人で寂しくない?良かったら一緒に食べない?」
「なぜ?」
俺の質問に、花音は首を傾げた。
「なぜって...友達だから」
「友達?」
「そうだよ。同じクラスなんだし」
花音が俺の隣に座る。
「黒崎君、すごく真面目そうだけど、たまには肩の力抜いてみたら?」
「肩の力?」
「うん。もっとリラックスして」
花音が俺の肩に手を置いた瞬間、不思議な感覚が走った。
温かい。
死神界では感じたことのない、温もりだった。
「どう?少し楽になった?」
「ああ...」
俺は戸惑った。
これが人間の言う「温もり」なのだろうか?
その日から、花音は毎日俺のところにやってきて、一緒に昼食を食べるようになった。
「黒崎君って、どこから転校してきたの?」
花音の質問に、俺は事前に用意した架空の設定を答えた。
「北海道から」
「へー、雪国育ちなんだ。だから肌が白いのね」
違う。俺が死神だからだ。
「家族は?」
「...いない」
これは本当だった。
死神は一人で生まれ、家族はおらず、一人で育つ。
「そうなんだ...ごめん、聞いちゃって」
花音が申し訳なさそうにする。
「でも大丈夫!今度は私たちが家族みたいなものよ」
「家族?」
「そう。クラスのみんなで、黒崎君を支えてあげる」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
なぜ人間は、赤の他人のために親切にするのだろう?
死神界では、自分のことは自分で解決するのが当たり前だった。
「なぜそこまで...?」
「え?」
「なぜ俺のために、そこまでしてくれるんだ?」
花音は少し考えてから答えた。
「う〜ん、理由とかないかな」
「理由がない?」
「うん。黒崎君が困ってたら助けたいし、寂しそうだったら一緒にいたい」
「それだけ?」
「それだけ」
花音が微笑む。
「人間って、そういうものよ」
人間って、そういうもの。
俺は花音の言葉をノートに記録した。
『人間は他者への思いやりを、理由なく持つことがある』
この学校に来てから数週間が過ぎた。
俺は少しずつ人間の生活に慣れていった。
授業を受けて、昼休みは花音と話して、放課後はいろいろな部活動や委員会を見学する。
「黒崎、部活はどうするんだ?」
担任の田村先生に聞かれた。
「部活?」
「ああ、うちの学校は全員部活か委員会への加入が原則でね」
俺は困った。
死神の世界では部活や委員会というものが存在しない。
「何か興味のあることはないか?」
「...本を読むことくらい」
「それなら図書部はどうだ?」
こうして、俺は図書部に入ることになった。
図書部の部室は校舎の3階にある小さな部屋だった。
「新入部員の黒崎です」
教室に入ると、一人の女子生徒がいた。
長い黒髪に眼鏡をかけた、知的な雰囲気の美少女だった。
「白川雪乃です。よろしく」
彼女は本から顔を上げて、軽く会釈した。
「読書部基本的に個人活動です。好きな本を読んで、たまに読書会をする程度」
「分かった」
俺は適当な本を手に取った。
『恋愛小説集』という文字が目に入る。
「恋愛...」
「興味があるんですか?」
雪乃が俺を見つめる。
「人間の感情について学びたくて」
「それは面白い視点ですね」
雪乃が微笑む。
「でしたら、こちらの本がおすすめです」
彼女が差し出したのは『人間の心理学』という専門書だった。
「ありがとう」
俺は本を受け取った。
雪乃の指先が俺の手に触れた瞬間、またあの温もりを感じた。
花音の時とは少し違う、静かな温もりだった。
「黒崎さんは、人の心に興味がおありなんですね」
「ああ」
「私も人間観察が好きなんです」
雪乃が眼鏡を外して、俺を見つめる。
「特に、黒崎さんのような謎めいた人は興味深いです」
「謎めいた?」
「はい。まるで別の世界の人みたい」
俺は心臓が止まりそうになった。
まさか正体がバレたのか。
「でも、それが魅力的です」
雪乃が微笑む。
その笑顔に、なぜか俺は見とれてしまった。
美しい、と思った。
死神が人間を美しいと感じる。
黒崎にとってこれは大きな変化だった。
図書部での時間が、俺にとって特別なものになっていった。
雪乃と一緒に本を読み、人間の心について議論する。
「この小説の主人公、なぜこんな行動を取るのでしょうか。」
雪乃が恋愛小説の一節を指差す。
「恋人を守るために自分を犠牲にする...理解できません」
「それは愛情があるからです」
「愛情?」
俺は首を傾げる。
死神には愛情という概念がない。
「相手のことを自分よりも大切に思う気持ちです」
「自分よりも?」
「はい。愛する人のためなら、自分がどうなってもいいと思える感情」
雪乃の説明を聞きながら、俺は不思議な気持ちになった。
最近、雪乃のことを考える時間が増えている。
彼女が悲しそうにしていると胸が痛くなるし、笑顔を見ると嬉しくなる。
これが、人間の言う「愛情」なのだろうか?
一方、花音との関係も深くなっていった。
「黒崎君、今度の文化祭、一緒に回らない?」
「文化祭?」
「学校のお祭りよ。各クラスが出し物をするの」
「そうか」
「私たちのクラスは喫茶店をやるのよ。黒崎君もウェイターやってもらうから」
気がつくと、俺は文化祭の準備に巻き込まれていた。
「黒崎、コーヒー運んで」
「はい」
「黒崎君、こっちのテーブルも片付けて」
「分かった」
忙しく働いているうちに、俺は気づいた。
疲れているはずなのに、なぜか苦しくない。
クラスメイトたちと一緒に何かを作り上げる充実感。
これも人間特有の感情なのだろうか?
「お疲れ様!」
文化祭が終わった後、花音が俺に飲み物を差し出してくれた。
「ありがとう」
「黒崎君、今日はすごく良い顔してた」
「良い顔?」
「うん。楽しそうで」
楽しそう、か。
確かに、今日は楽しかった。
人間と一緒に働くことの楽しさを知った。
「花音」
「うん?」
「俺は...変わったのか?」
「変わった?」
「転校してきた頃と比べて」
花音は少し考えてから答えた。
「うん、すごく変わったよ」
「どんな風に?」
「最初は氷みたいに冷たかったけど、今は温かい」
温かい。俺が?
「人間らしくなった、って感じかな」
人間らしく...。
その夜、俺は死神界に報告書を送った。
『人間の感情について、少しずつ理解できるようになってきました』
『特に「愛情」「友情」「楽しさ」といった感情を体験中です』
翌日、死神界から返信が来た。
『順調な成果だ。引き続き観察を続けよ』
『ただし、感情移入しすぎないよう注意せよ』
感情移入しすぎる?
俺は大丈夫だ。まだ死神としての自覚はある。
...本当に?
秋が深まったある日、俺に初めての「死神の仕事」が舞い込んだ。
『緊急指令:魂の回収』
『対象:桜ヶ丘高校2年A組 田中太郎 寿命:明日午後3時』
俺は愕然とした。
田中太郎は俺のクラスメイトだった。
いつも明るくて、みんなから愛されている男子生徒だ。
明日の午後3時に死ぬ?
「どうしたの、黒崎君?顔色悪いよ」
花音が心配そうに俺を見つめる。
「...何でもない」
俺は嘘をついた。
田中の死を防ぐことはできない。それが死神の掟だ。
定められた運命に逆らうことは許されない。
でも...。
放課後、俺は図書部に向かった。
なんとなく、雪乃に相談したかった。
「雪乃」
「はい、どうしました?」
「もし...仮の話だが」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「もし、友達が明日死ぬと分かったら、君はどうする?」
雪乃が本から顔を上げる。
「突然、何を...?」
「答えてくれ」
「...助けます」
雪乃がきっぱりと答えた。
「どんな方法を使ってでも、友達を救います」
「たとえ、それが運命だったとしても?」
「運命なんて関係ありません」
雪乃が俺を見つめる。
「大切な人を失うのは嫌です」
その言葉に、俺の心は激しく揺れた。
翌日、俺は田中を見つめていた。
午後2時50分。あと10分で彼は死ぬ。
田中は普段と変わらず、友達と楽しそうに話している。
自分の運命を知らずに。
午後2時55分。
田中が立ち上がった。トイレに向かう。
廊下を歩く田中の背中を見ながら、俺は葛藤していた。
死神としての義務と、友達を救いたい気持ち。
午後2時58分。
田中が階段を下りようとした時、足を滑らせた。
このまま落ちれば、首を打って即死する。
運命の瞬間だった。
俺は迷わず走った。
「田中!」
俺は田中の体を支えて、転落を防いだ。
「あ、危なかった...ありがとう、黒崎」
田中が俺に笑いかける。
午後3時1分。
田中は生きていた。
その代わり、俺は死神の
『至急帰還せよ』
俺は覚悟を決めて死神界に戻った。
「黒崎レイ」
長老会の前に立つ俺。
「貴様は死神の掟を破った」
「はい」
「運命に逆らい、定められた死を妨げた」
「はい」
「弁明はあるか?」
俺は顔を上げた。
「彼は俺の友達です」
「友達?」
長老たちがざわめく。
「死神に友達など存在しない」
「でも、俺には存在します」
俺は堂々と答えた。
「俺は人間の心を学びました。愛情を、友情を、そして大切な人を守りたいという気持ちを」
「それは感情移入のしすぎだ」
「違います」
俺は首を振る。
「これが俺の答えです。人間の心を理解した結果です」
長老たちが議論を始めた。
しばらくして、一人の長老が口を開いた。
「黒崎レイ、貴様を死神見習いから除名する」
俺は予想していた処分だった。
「ただし」
長老が続ける。
「貴様の報告書は非常に興味深かった」
「え?」
「人間の心についての考察、感情の分析、そして実際の行動」
「これほど人間を理解した死神見習いは初めてだ」
俺は混乱した。
「それで、新しい提案がある」
「提案?」
「人間界と死神界の橋渡し役になってもらいたい」
長老が説明してくれた。
「これからは、人間の心を理解できる特別な死神として、両方の世界を行き来してもらう」
「それは...」
「人間界での生活も続けて構わない」
俺の心が躍った。
花音や雫乃と一緒にいられる。
「ありがとうございます」
人間界に戻った俺を、みんなが温かく迎えてくれた。
「黒崎君、昨日急にいなくなったから心配したよ」
花音が俺の手を握る。
「もう突然いなくならないでね」
「ああ、約束する」
図書部でも、雫乃が安心したような顔をしてくれた。
「お帰りなさい、黒崎さん」
「ただいま、雫乃」
俺は彼女の手を取った。
「実は、君に話したいことがある」
「何でしょう?」
「俺の正体について」
俺は雫乃に全てを話した。
死神見習いであること、人間の心を学ぶために来たこと、そして彼女への気持ち。
「信じられないかもしれないが...」
「黒崎くんのことなら、信じます」
雫乃があっさりと答えた。
「最初から、黒崎さんは普通じゃないと思ってました」
「怖くないのか?」
「怖くありません」
雫乃が俺の頬に手を当てる。
「黒崎さんは優しい人だから、それに嘘なんかつかない人だと知っています。」
「俺は死神だぞ」
「でも、友達を救った」
雫乃が微笑む。
「それが黒崎さんの本当の姿です」
俺は雫乃を抱きしめた。
「君を愛してる」
「私も愛してます」
こうして、俺の新しい人生が始まった。
昼間は人間として学校に通い、夜は死神として両方の世界を繋ぐ仕事をする。
花音とは親友として、雫乃とは恋人として、それぞれ大切な関係を築いている。
「黒崎、今度のテストの範囲教えて」
「黒崎君、一緒にお弁当食べよ」
「黒崎さん、新しい本が入りましたよ」
みんなの声に囲まれて、俺は幸せを感じていた。
死神だった俺が、こんなにも温かい感情を持てるなんて。
人間の心を学ぶために始めた生活が、俺の人生を変えてくれた。
ある日、田中が俺のところにやってきた。
「黒崎、あの時はありがとう」
「あの時?」
「階段から落ちそうになった時」
田中が俺の肩を叩く。
「君がいなかったら、俺は死んでたかもしれない」
「...どういたしまして」
「これからもよろしく、親友」
親友。
死神の俺に、親友ができた。
夕日が教室を染める中、俺は窓の外を見つめた。
死神界と人間界、二つの世界を行き来する毎日。
でも、それが俺にとって最高の人生だった。
人間の心を学んだ結果、俺自身が人間らしくなった。
愛情、友情、思いやり。
これらの感情を持った死神として、俺はこれからも生きていく。
両方の世界で、大切な人たちと共に。
その後。
3年生の春。俺たちは卒業を迎えた。
「黒崎君、高校生活はどうだった?」
花音が卒業式の後で聞いてくれた。
「最高だった」
俺は心から答えた。
「君たちと出会えて、本当に良かった」
「私たちもよ」
花音が涙ぐむ。
「黒崎君と友達になれて幸せだった」
雫乃も俺の隣にやってきた。
「これからも、ずっと一緒ですよね?」
「もちろん」
俺は雫乃の手を握る。
「俺はこの世界で生きていく」
「死神のお仕事は?」
「続ける。でも、君たちと一緒にいる時間も大切にする」
三人で校舎を見上げた。
3年間過ごした、思い出の場所。
ここで俺は人間の心を学び、愛を知った。
死神見習いとして始まった人生が、こんなにも素晴らしいものになるなんて。
「さあ、新しいスタートね」
花音が元気よく言う。
「大学でも、みんなで頑張ろう」
「はい」
雫乃も頷く。
俺たちは手を繋いで歩いた。
死神と人間、二つの世界を繋ぐ俺の物語は、これからも続いていく。
大切な人たちと共に、愛と友情に満ちた日々を歩んでいく。
人間の心を学ぶために始めた生活が、俺に最高の宝物を与えてくれた。
それは、愛する人たちとの絆だった。
【完】