Code: 1 選民思想、反吐が出るぜ
人は、生まれながらにして序列が決まっている。
特別な能力を持って生まれた人間が、そうでない人間より優遇されることは当然である。
そして秀でた人間は、その分だけ、恵まれない人間に奉仕をすることで”善”を還元する。
それが、”noblesse oblige”、高貴なる者の義務ってやつだ。
――この社会のルールは、そうなっているらしい。
全人口のうち5%が、特別な能力・異能を持って生まれる社会。
異能持ちは、その能力を登録することが義務付けられ、その能力のランクに応じて生活上の優遇を受けられる。
その代わりに、慈善活動を行うことが求められていた。
それゆえ、異能持ちは、一般市民にとっては、憧れのセレブであり、尊敬すべきヒーローなのである。
夕暮れ時の街では、今日も異能持ちによる慈善活動が行われている。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
風船を片手に晴れやかな笑顔を浮かべる子供に、手を振る細身の男性。
大方、異能:【跳躍】の者が、木に引っかかった風船を取ってあげた、というところだろうか。
「慈善活動、か。くだらねえ」
天城蓮は、その様子を横目に捉えながら、大きなあくびをしてそう言った。
鋭い目つきからは、どこどなく退廃的な雰囲気が醸されている。
その男は、異能持ちでありながら、登録を拒否する、言わば異能管理社会の”はみ出し者”である。
「選民思想。”高貴なる者の義務”。……反吐が出るぜ」
蓮はそう言いながら喫煙所のベンチにどかっと座り込み、煙草に火をつけた。
「あら、気が合いそうね」
独り言のはずのその言葉に、予期せぬ相槌が入った。
薄汚い喫煙所には似つかわしくない、凛とした雰囲気の美女が、いつの間にか蓮の隣に腰かけている。
蓮は一瞬ぎょっとした。が、その女の姿を視界に入れた次の瞬間には、頬を緩ませていた。
――すげえ美女。それに……
その女は、抜群のプロポーションを強調するかのような、ぴったりと体にフィットした、ハイネックのノースリーブニットを身に纏っていた。こんなもの、嫌でも目で追ってしまうというものだ。
「……へえ、この社会にも、まだ話の分かるやつがいたんだな」
蓮は緩んだ頬を元に戻しながら、平静を装う。
「私も、この管理社会には辟易してるの。……あなたも、そうなんでしょ?」
その言葉で、彼女も未登録の異能持ちなのだろうと、何となく悟った。
”はみ出し者”同士か。蓮はそれだけで、少し心の警戒を解いていた。……こんな風に誰かと話すのも、久しぶりだった。
「ねえ、……これから、一杯付き合ってくれない? 行きつけのお店があるの」
女は蓮に体を寄せ、耳元で囁いた。いまにも胸が腕に触れてしまいそうな距離だ。
声が上ずりそうになるのを咳払いで押しとどめながら、蓮はまた平静を装って答える。
「あ、ああ……いいぜ」
彼は内心で小躍りしていた。しばらく女っ気のない日々だったけど、今日はいい夜になりそうだ。
――慈善活動やってヒーロー扱いなんてされた日にゃ、雑に女も抱けやしない。……やっぱり、自由に生きるに限る。
少しだけ口角を上げて、煙草の火を消した。
◇
「乾杯」
二人はワイングラスを合わせ、軽快な音を鳴らす。
薄暗い店内で、女は相変わらず潤んだ目でこちらを見つめながら、控えめに微笑んでいた。
その視線を受け、今夜への期待を隠しきれない蓮は、上機嫌で酒をあおった。
心なしか、酒の回りも早いような気がする。
「……だからさ、俺は徹頭徹尾、自分の意志で、自分のためだけに異能を使うって決めてんだ。セレブにもヒーローにも、なりたかねえ」
グラスに注がれた残りのワインを一気に流し込み、饒舌に語る。
心地良い高揚感のまま、ふと目の前に視線を戻すと、その女の先ほどまでの潤んだ瞳は消えていた。
代わりに、彼女からは、まるでゴミでも見るかのように冷たい目が向けられていた。
「『自分のためだけに』、ねえ。……まるで子供の駄々ね。なんて幼稚なの」
「は……」
その豹変ぶりの理由を問いただす猶予もなく、彼の視界はぐにゃぐにゃと歪み始め、ついには意識を手放した。
女がパチンと指を鳴らすと、どこからともなく黒服の男たちが現れ、蓮を担いで店を出て行った。
◇
目を覚ますと、そこは独房のような狭い居室だった。ご丁寧に檻まで拵えてある。
頭がズキズキと痛む。吐き気もする。酒に弱い方ではないので、きっと薬でも盛られたのだろう。
――あの女、許さねえ!!!
安易なハニートラップに引っ掛かった小っ恥ずかしさを掻き消すがごとく、彼は心の中でその女への怒りを盛り立てた。
「あら、お目覚めかしら」
噂をすれば影とばかりに、檻の向こう側に女が姿を現す。
先ほどとは打って変わり、Tシャツにジーンズと、カジュアルな恰好になっていたが、抜群のプロポーションは健在だ。
「お前!!!……ここは、どこだ」
怒りで震える声で、蓮は尋ねた。
「大体わかるでしょう?……ここは、PCA本部よ。未登録者の、天城蓮さん」
PCA。The Public Code Authority ――すなわち、異能を管理する国家組織だ。
「あなた、本当に間抜けなのね。あなたの異能を使えば、こんな馬鹿馬鹿しい罠にかかることもなかったでしょうに」
女の目には、いまや哀れみの色が浮かんでいた。
「うるせえな、言っただろ。俺は俺の使いたい時にだけ異能を使うんだよ。……まあ、例えば今とかだな」
蓮はにやりと笑ってこみかみに左の人差し指を当てる。
女は一瞬ハッとした表情を浮かべたが、すぐに深呼吸をして、目を瞑った。
――心頭滅却しても、丸聞こえだぜ。俺の異能:【以心伝心】の前ではな。
脱出の算段は、整った。
あとは、この女をどう料理してやろうか。
蓮は、一層悪い笑みを浮かべていた。
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