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第21話 反抗期

「これっ、ノン‼ 今迄どこほっつき歩いておったのじゃ? 」


「うっ戦闘機(ウィンドファイター)を見に行ってたのですっ、まっ迷ってないのですっ」


 顔にちょっぴり整備油を付け、大きなゴーグルを首から下げたブカブカのオーバーオール姿のちっちゃな女の子が、しょぼんと猫耳と尻尾を下げ師匠に弁解する。腰袋には数々の工具と小型ウインチの付いた安全帯を付け、耳の部分だけが出る獣人専用の黄色いヘルメットには肉球のシールが貼ってある。


「この船から出てはダメだと言ったじゃろ? 」


「もう此処に来て5にちなのですっ、探検したいのですっ、大きい船初めてなのですっ」


「このロンダルギアの整備を頼んだじゃろ? まさかもう終わったのか? 耐久テストまできちんとしたか? 通電は確認したか? 」


 ロンダルギアとはシルミドが駆る戦略型高速宇宙機の名称である。中型機よりは稍々(やや)小型ではあるが乗員は30名以上と宇宙機法の区分では中型機に属する。先日の一件以来、ロンダルギアは、この超大型戦艦(アークアンリ)内のドッグに収容されている。


「じいじのいじわるなのですっ、もう終わってるのですっ、ロンダルギアゎ元気なのですっ」


「あっこれっ、ノン⁉ 何処へ行く気じゃ待ちなさい」


 ぷくりと頬を膨らませると、止めるのも聞かずにシュタタと走り去る。


「おっとっと、危ねぇ」


 弾丸のように、勢い良く曲がり角を飛び出す小さな女の子を、バックスが身体をクルリと回転させて寸前でかわすと、その後ろ姿を見送った。


「何だ?  随分と声を張り上げてたが、何かあったのかロク爺」


「全くどうしたら良いものか」

疲れ果てた様子の老人が(ようやく)く椅子に腰かけた。


「大事な可愛い孫じゃねぇか、そんな事言うなって、元気なのが一番だぜ? 反抗期なんじゃねぇか? 」


「まぁそうじゃな。それで何の用じゃ? 出発の目途は立ったのか? 」


「いんや、シルミドが未だ治療中だ。軽く見積もっても重症だからな。今はジュレーヌと並んで治癒水カプセルの中で沈んでるよ。いかれた内臓を培養生成して移植しなきゃならねぇみてぇでな。当分掛かりそうだ、それと奴等(あいつら)の葬儀もあるしな」


「そうじゃったな…… 惜しい奴等を亡くしたわい」


「あぁ全くだ。覚悟はしていても仲間が死ぬのは何時(いつ)だって耐えられねぇ」


 バックスはバランスの悪い木の椅子に腰かけると、胸元のシガーケースから煙草を取り出すと火を吸わせ、少し遅れた溜息を煙と一緒に吐き出した。


「この惑星は温度差が激しいからのぅ、ほれ」


 温かいカップを受け取ると、甘い香りが鼻腔(びこう)(ほの)かに酔わす。チビリと含むと(かぐわ)しい深みのある芳醇(ほうじゅん)な香りが口腔(こうくう)内に広がった。


「やっぱ此処で飲むホットバターラムが一番だぜ」


「そりゃあ良かった」






 超大型戦艦(アークアンリ)内が騒然となったのは猫人種(クロット)のノンが祖父の工場(こうば)を飛び出した少し後の事だった。巨大な戦艦の内部は全26層で区分され、軍事目的以外の様々な施設も数多く併設されていた。初めて訪れる者にとってはまさに迷宮と言っても過言では無い。


 シュタタと軽快に数々の曲がり角を制し、移り変わる艦内の景色に瞳を(せわ)しなく泳がせると、ドシーンと何かとぶつかった。小さなノンは直ぐに抱き上げられ顔を覗き込まれる。


「おっ⁉ 大丈夫かいお嬢ちゃん? 良く泣かなかったな偉いぞ」


 鼻を真っ赤にした小さな猫人種(クロット)を物珍しそうに大柄な年老いた狼の警備員が優しい笑みを近づけた。


「煙草くさいのですっ、じいじと同じ匂いがするのですっ」

小さな猫ちゃんはご立腹である。


「あぁこりゃ失礼、悪かったな。ところでお前さんは、まさか迷子じゃないよな? 」


「失礼なのですっ、ノンゎ探検してたのですっ、迷ってないのですっ」


 スルルと腕をすり抜けシュタリと着地をすると、シュタタと音を立てて艦内に消えて行った。すると警備員は慌てて側に居た同僚に確認する。


「おいっ、さっき受けた行方不明者捜索の連絡って、まさか今の子じゃないよな? 」


「うん、猫人種(クロット)とは言ってなかったから違うだろ。連絡が来たのは幼女ではなくて少女だから。(しかも)も裸の少女だって話だしね」


「何で裸なんだよ? 」


「さぁね。親にでも虐待されてたんじゃないのかなぁ? それで逃げ出したんだよきっと」


「じゃあ見つけない方がいいのか? 」


「まぁ万が一見つけたら、引き渡す前にその子の話を聞いてやった方がいいのかもしれないね。家に連れ戻されても、また虐待されるなんて哀れだし」


「だよな…… 」






 真っ赤になった鼻も気に留めず、シュタタと相変わらず数々の曲がり角を制し、目の前に迫る階段を駆け上がる。するとどうだろうか、何と今迄とは全く違う景色がノンを出迎えた。


 ―――商業街―――


 一瞬此処が巨大な戦艦の中である事を忘れてしまう程の景観であり、それはまさに街といっても過言ではなかった。


「わぁ~凄いのですっ‼ お店屋さんがいっぱいなのですっ」


 空には電線らしきものが建物同士を繋ぎ、カラフルなネオンが所狭しと商品の名前を浮かび上がらせている。小さな店からは多くの白い煙が吐き出され、ノンの鼻腔に絡みつくとグゥと腹を鳴らした。


「いい匂いなのですっ」


 祖父から貰った大きな蝦蟇口(がまぐち)を覗き込むと、小道から飛び出して来た誰かとドシンと衝突し、ゴロンゴロンと転がった。


「うにゃぁ――― 」


「いたたた、ごめん大丈夫? 」


 ノンは頭にピヨピヨと星が巡る頭を起こすと、手を差し伸べる少女と目が合った。

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