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第20話 第三王子

 (ルナ)(研究所)での実地訓練では、何度もこの覚醒(神格化)を訓練させられて来た。失った記憶の欠片がまるでパズルのようにぴったりと何かと()まる感覚に慣れるまで、何度も繰り返させられた。


 それが何の為であったのかは、塔を逃げ出した今となっては分からない。ただこの覚醒(神格化)によって未だ月のAI(コア)と繋がっている事に驚きを感じていた。


 成程。良く出来ていると(おもんばか)る。逃げ出しても命を落とせば月下(げっか)月宮殿(げっきゅうでん)の小部屋に強制送還されてしまう。抑々(そもそも)逃げ出した所で、身体はあの部屋で管理されている。逃げ出す事自体が不可能に近い。追っ手が迫らないのも当然だ。

 

 バルザは業火に包まれた砂丘から腰を上げると剣に手を添える。まるで壁のように目の前に(そび)え立つバケモノに(おく)する事も無く、これが最後と思いの(たけ)を語って見せた。


「鮮明に(まぶた)に残ってるぜ。テメーが(ミュー)にした事を。よくも甚振(いたぶ)って殺してくれたな? 仇は取らせて貰う、悪く思うなよ。バケモノらしく行儀良く逝け」


 バケモノから数えきれぬ触手がバルザを襲う。悠揚迫(ゆうようせま)らぬ姿から、掌が柄巻(つかまき)の温度を知る()に、全ての触手が弾け飛び竜巻が周囲を出迎えた。

 

 紫電を背負い刹那の如く(さや)より放たれし一閃は、全てを一瞬で置き去りにする。後に訪れる闇を切り裂く衝撃波(ソニックブーム)は容易く大地を削ると星をも砕き、砂塵振り払い踏み込む速度は、光を凌駕し雷鳴と共に時空を超えた。


 解き放たれた異形の力は―――

―――神より授かりし黄泉送りの剣。


 それはまさに人如きが踏み入れる事の出来ぬ神域。瞳にさえ映らぬ感じ得ぬ閃光は僅か一撃を(もっ)(さや)に納められ、バケモノの首に光の(すじ)を刻んでみせた。

 

―――月下弦月(げっかげんげつ)流 

大蛇斬(だいじゃぎ)り――― 


 ―――恕盧露(どろろ)―――

 

 一瞬にして空に身を投じ、月を背に騎士の記憶が夜空に叫ぶ。更に地表に降り立つと、ゆっくりとズレ落ちる首を前に背を向け、断末魔への手向(たむ)け代わりとばかりにボソリと真意を吐き捨てる。


「|זה מול הנסיכה《姫の御前である》  הראש שלי(頭が高い)  |תולה את הראש《首を垂れよ》――― 」


 ドドンと轟音と共に地鳴りが身体を襲う。辺り一面に大きな砂の津波が押し寄せると、犠牲となった多くの血を洗い流し、その元凶となった巨大なバケモノの首を簡単に伐捨(きりす)てた。


 シルミドが荒れ狂う砂塵の中、隻眼の瞳を必死に凝らすと、見覚えのある姿に記憶を(あさ)る。瞳から脳内に広がった情報は、ある記憶に辿り着くと、全身に稲妻が(はし)った。


 その姿を初めて見たのは、子供の頃に枕元で母親から何回も聞かされた物語の中の挿絵であった。黄金の衣を纏い天より現れ民を導いた絶対的な存在。それがまさに今、同じく天より現れ、絶望に打ちひしがれた地獄のような現状を圧倒的な力を以て打開してみせた。

 

「あっあれは…… いやっあの御方は、まっ真逆(まさか)

 

 ―――月狼神(つきのおおかみ)様……

 

 月狼神(つきのおおかみ)とは、人の世に先立つ時代。神世(かみよ)()いて、創世の(みかど)より血脈(けつみゃく)を授かった神格の一柱である。代々伝わる狼人種(ワーウルフ)の古い文献には、月狼神(つきのおおかみ)こそが一族の始祖であるとされている。


「なんとっ‼ なんとっ、あぁ神よ。 見間違えるものか、あの御方は間違いなく我らが一族の創世の神‼ 何て事だ、まさかこんな事が現実に起こるなんて、まさに神の奇跡。神が、月狼神(つきのおおかみ)様が、()が願いを聞き入れて下さるとは」


 シルミドは、雨の様に吹き上る不気味な紫色の体液を全身に浴び(なが)ら佇む存在に、頭を砂に擦り付け涙に濡れた。






 数々の巡洋艦を従え巨大な戦艦(スターシップ)がこの地に降り立ったのはそれから暫くの事だった。惑星間における国際情勢以外で外の惑星の軍艦が訪れる事はまず無い。突如現れた他国の軍艦に驚いたカレッツァ帝国は、その訪問目的と、この惑星に降り立った経緯を公式に求める事となった。


「それで? 公式には何と? 」


 戦艦の格納庫で垂直尾翼に剣を咥える狼の国旗を付けた戦闘機(ウィンドファイター)の整備を担当している青年が、機体に身体を潜り込ませた油塗れの同僚に疑問を投げかけた。


「18番のスナップ(工具)を頼む」


 ガチャガチャと工具を漁り(ようやく)く手渡すと答えを待った。


「長年行方不明だった我が国の第三王子が、事も有ろう事か超獣(エクシード)の討伐隊に無認可の部隊で参加し負傷したとの情報を入手し、確認に来たって()(てい)らしいぞ」


「成程。それでこんな辺境の惑星に降り立ったって訳か。でもそれって本当なの? 第三王子って誰だっけ? 」


「お前なぁそれでもこの国の軍人かぁ?…… アレ⁉ 誰だっけ? 元々狼人種は子沢山だからな。其処(そこ)にもってきて側室も多いときてやがる、もう誰が誰だかわかんねぇな」


 すると二人の作業をじっと後ろでちょこんと座り見つめる人影が口を挟んだ。


「そのパッキンはもう駄目なのですっ。2Aのパッキン2個重ねて代用するのですっ」


「あぁコレもう駄目か、了解ってアレ? んっ? 」


 2人が振り向くと尻尾をあげてテテテと足早に立ち去る小さな女の子の後ろ姿が見えた。


「ん? 何だ? 猫人種(クロット)? 」


 手元に目線を戻すと、(いま)(がた)締めたネジからオイルがボトボトと漏れ出した。


「ありゃ⁉ あの娘の言う通りだわ」

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