第19話 切腹
バルザは目の前に広がる宇宙空間に意識を戻された。深い漆黒の闇に、その存在を誇示し合う程に輝きを放つ数々の星達が、眼前に迫り瞳を埋めた。
―――此処は月面か？……
不図振り返るとベールの様な白濁の霧 の靄に包まれた神殿の前に佇んでいる事に気付く。全ての五感で感じ得た付近の状況は、見た目は月面上のようではあるが、立ち込める靄と肺に入り込む酸素に此処が何者かによって構築された別世界であると理解した。
突然襲う眩暈に片膝を突かされると、脳内で古い映像と記憶が衝突する。顔を上げると神殿を前に、其処には居るはずも無い主が優しく微笑んでいた……
―――これはいつの記憶だ？……
「月狼神アヌビスよ。其方は妾の剣として、その命枯れる迄、妾の為に仕えよ」
「有難き御言葉。しかとこの胸に受け賜ります姫様。この命枯れ果てるその時まで…… 」
「うむ。本日この刻下より其方は妾の騎士じゃ。名は…… そうじゃな――――と名乗れ、良いな」
気が付くとバルザは倒れ込み意識を失っていた。見ていたのは遥か遠い記憶。ただ思い出したことが一つある。月と瓜二つの惑星、月下の星ノ都に在ったその神殿の名前を―――
月宮殿―――
バルザは眼前に佇む荘厳かつ神威に満ちた神殿を、今一度その瞳に焼き付けた。
スクランブルを要請された３機の戦闘機が超獣へと向けて飛行中の最中、何の前触れも無く突然ソレは訪れた。
「本部こちらαβ１号機。非常通信。繰り返す非常通信。上空より巨大な次元変動を確認。磁場に異常な歪みが発生。解析不能。電子機器が異常反応。レーダーロストです。再起動出来ません。そっ空が割れます‼ 」
「どう言う事だαβ詳しく説明しろ」
「こっこれは次元侵入⁉ イヤ、そっそんな馬鹿な。ワムホールが開きます」
高速飛行中の戦闘機の背中に禍々しく渦を巻くブラックホールが突如現れ、闇から何者かがその一歩を踏み出そうとしていた。同時期にその異常な現象を早期に感知していたもう1つの存在があった。
≪ザザッ― メた……ザッ― ル…… フォー……ザザッ げん象を…… 測ザッ―― マスた―― ≫
機体の上部、まさにコクピットの風防の直ぐ後ろに現れたブラックホールから、一糸纏わぬ美少女が不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりと闇を抜け出し現れた。
「―――――⁉ 」
パイロットはその姿に驚愕し、余りの恐怖と引き換えに一気に操縦桿を引き上げ雲を引いてしまう。
「1号機‼ 連隊を崩すな高度確認。修正しろ」
「ひぃ人がぁ――― 」
「何っ⁉ こちら2号機。こちらからは何も確認出来ないぞ？ 本部どうなってる？ 」
「低酸素による幻覚作用の初期症状と判断。酸素供給装置の異常の可能性あり。至急当該機を誘導せよ」
有り得なかった。速度は間もなく音速域に達する所であり、この速度で人が外気に晒され何の支えも無く、酸素マスクさえも無い状態で立っていられる筈が無かった。然もソレは幼くも全裸の少女だったのだから。
「ばばっ化け物――― 」
少女は亜空間からズズズと剣の様な物を空から引き出すと、ニヤリと口角を上げパイロットの脳内に幼声で呟いた……。
「遅ぇな。全開で飛べよ」
「ひぃっ」
「やっぱアンタ邪魔だな。ちょっと降りてくれ」
風防を剣で破壊すると防御壁でパイロットを包みポイッと空に投げ捨てた。操縦士は悲鳴を上げると、あっと言う間にパラシュートを開き、遠く闇夜に飲み込まれて行った。バルザは先程の月宮殿での本当の自分の姿で無い事に気が付くと、また一つ溜息を付く。
「何で戻るんだろうな。ゲートを出たらまたこのチンチクリンだ」
―――仕方ねぇ……
一つの覚悟を決めると、聞いて居るであろうミューに対して言葉を投げる。それは一種の己に対しての鼓舞だったのかもしれない……
「ミューお前は色々甘いんだよ、何故あの時魔呪術を使った？ 何故力が有るのに使わないんだ。暴走するのが怖い？ 言う事を聞かなければ従わせればいいだけだ。お前の月の魔法ならこんなヤツ瞬殺だろうが。俺が見せてやる、見て置けよミュー。俺達の力の使い方ってぇヤツをな」
そう言うとバルザは与えられし剣を抜き、自らの腹に突き刺した‼
「グハッ――― 」
鮮血が風圧で流れて行き、夜空に紅い憂いを撒き散らす―――
≪女神に捧げる対価を確認。識別名【月下の騎士】に月宮殿よりアクセスを許可致します。開眼により神武具ゴッドフレームを転送具現化致します≫
左手で剣を抜き、右手の人差し指と中指を眉間に添えると、呟くように囁いた―――
―――――開眼。
一瞬にして脳裏で月の映像と瞳がリンクする―――
「ヴガァァァァァ――― 」
放つ雄叫びに呼応するがの如く血が騒ぐ、少女の肉体はバキバキと大きく変化の時を迎え覚醒に至ると、巨大な狼の姿へと変貌を遂げる。瞳は黄金色へと変わり、眉間には縦に新たな瞳が生まれた。進化の過程を過ぎた頃、輝きが全身を包み、カシャンカシャンと徐々に黄金の装衣が全身を鋼の鱗と化す。
≪ゴッドフレーム。血之月装衣を装着完了。潜在能力72%を解放。残りを魔力へと変換。開眼により血統神月術が発動可能となりました。ご武運を≫
初めて変身に至ったバルザは、その力漲る身体に戸惑いを感じるも、眼前に迫るバケモノに対し感情を露わにする。気付くと腹の傷は開眼により完璧に修復され、傷跡すらも残されては居なかった。
「あ～全く最低な気分だ。死際の記憶をも鮮明に引き継いじまうとはな。全く損な役割だな。お前には覚悟してもらうぜ」
そう吐き捨てると奪った戦闘機を故意にバケモノへと突っ込ませた。
