百九話目「食べたものがほとんどない」
昨日、風呂上がりに体重測定をしたら、三、四キロ太ってた。
おー、すげー。多分水分で太ってるんだろうけど。と思っていたら、次の日(つまり今日)、起きられず。
ご飯を買いに行く気、ご飯を食べる気、掃除をする気、洗濯機を回す気、起きず。
ただひたすらお布団にくるまっていたい。
正午に、一度起きようかと思って布団から出るが、「起きて一体何をするんだい?」と言う所が思い浮かばず。
昨日二十二時台に眠って、今日十六時台に起きる。十八時間眠る。そしてようやくすっきり。
今まで、安楽な睡眠が足りなかったんでしょうね。眠ってる間ずっと寒くてつらかった分、柔らかくて暖かいお布団の中が幸せだったんだろう。
睡眠を無駄な時間だと思ってはいけないけど、昼間の時間を全部費やすほど眠ってなくて良いだろう。
今日はほとんどご飯を食べていない。つまり、このエッセイに書くことがほとんどない。
辛うじて、正午に起きた時に、食パンを二枚食べ、十六時に起きた時にイチゴジャムを食べたんですが、特別「美味しい」とは感じなかった。
食パンのほうは少しは美味しかったけど、昨晩甘いドリンクを飲みすぎたせいか、イチゴジャムが残念な甘み。
甘くないコーヒーが旨い。
何の具材もルゥもないのに、スープが飲みたくなった時。出汁つゆをお湯で薄めて飲む。体の中の塩分濃度が丁度よくなって涙が出てくる。
首肩ツボ押し健康器具で、いつも痛いツボを押す。今日も多少痛い。だけど体が温まっているためか、いつもみたいに「えぐるように痛い」わけではない。
豆腐を食べる。味がなくても食える。特別美味しくも不味くもない。せめて温めればよかっただろうか。
春が来たら桜を観に行くのは毎年恒例行事である。桜が咲く前には桜餅も食べる。今年は一パック二百幾らのじゃなくて、和菓子屋さんのちゃんとした桜餅を食べたい。
収入が潤っているためか、少しだけ贅沢がしたくなっている。
一パック二百位くらいの桜餅も、美味しくないわけではない。だけど、ちゃんとしたお菓子屋さんに行けば、前日の「ベーカリーのサクッと柔らかいパン」みたいな、素敵な出会いができると思ってしまっている。
目玉焼きを三つ焼く。塩と一味唐辛子をかけた。蒸し焼きは上手く行った。しかし、一味と卵が合わない。胡椒にすればよかった。