ボクのこと
ボクの好きなもの。
兄上達、弟達、母上達、お昼寝、魔法、……あ、父上。
そして、魔術。
ボクの名前はタクリオ。
11人兄弟の真ん中っ子。四人いる母上の中でいっとう大好きなのはアヤカ母様。ボクとルキリオ(るっくん)兄上を生んでくれたから。
アヤカ母様は、言動が豪快で他の母上達から見たら脳筋寄りらしいけど、インドア派のボクやるっくんの考えとかちゃんと分かってくれるんだ。
ボクは“龍の因子”を持って生まれた。母様やるっくんと同じ因子だ。生まれて直ぐ得た姿が赤い鱗持ちだったから“火龍”か“炎龍”かどちらかの因子だろうと言われてた。
龍の因子は、大まかに二種類に分かれてて、“龍種”と“ドラコン種”だ。“龍種”は八百万の神々に愛された神獣のことで、“ドラゴン種”は大抵二つ足で立つ、蝙蝠のような翼を持つ大型の魔物のことだ。空は飛べないけどアースドラゴンと呼ばれるドラゴンもいる。“ドラゴン種”は更に“蜥蜴種”“蛇種”などに細分化されていく。因子って言うのは不思議なもので、蛇や蜥蜴の因子を持って生まれた者が変成期を経て、龍の因子に変化する場合もあって、母様がそうなんだって教えてもらった。
“火龍”ならドラゴン種であるレッドドラゴンの因子になる確率が高くて、“炎龍”なら神龍の部類に入るんだと聞いたけど難しくてどっちでもいいかなって思うよ。“龍”であっても“ドラゴン”であっても母様やるっくん、それにその他の兄弟の態度が変わることはないと思っているから。
因みにるっくんは、“氷龍”で、母様は“光龍”の因子持ちだ。
るっくんには、もうすぐボクの変成期が終わるから因子もハッキリするって言われた。出来たら、るっくんや母様と同じお揃いの“龍種”がいいけど、血縁者の中に神龍が何人も生まれることはないって言われたから期待はしていない。
ボクは魔力保有量が多い、らしい。けれど、その魔力を魔法に変換するのが下手くそだ。だから行き場を無くした魔力が体内で燻ってて暴発して身体を壊さないよう因子が抑えてくれてるんだけど、そのせいで眠くて眠たくて、変成期を過ぎるまで、一日の内、寝て過ごすことの方が多かった。
ボクの因子が“炎龍”だと判明したのは、変成期がそろそろ終わると言う頃だった。
因子が判明すると母様は、他の母様とも相談して魔力コントロールの師匠を探してくれた。同じ炎龍だといいけど、別に“龍の因子”持ちなら拘ることはないらしい。るっくんの師匠は“黒龍”だしね。そんな中、目通しされたのが炎龍の因子を持つ無口で真面目な元魔法騎士だ。現在は引退して魔法省に勤めているって教えてくれた。先生は魔力を上手く魔法に変換出来ないボクに親身になってくれた。
「殿下に必要なことは、魔術の中にあるのかもしれない。」
ある日の師匠の呟きは、目から鱗なことだった。
魔術は、魔力保有量の少ない人族が効率よく魔法を使うために用いるものだ。
魔法を使う時に現れる魔法陣を少ない魔力で行使出来るように少し手を加えて書き換えて、紙や石などに書き写し、人工的に出現、操作出来るようにしたものだと教えてもらった。魔術陣を紐解いて文章化したものを唱えるって言う方法もあるんだって。詳しくは知らないけどね。
「殿下は、魔力が少ない理由ではないし、普通に魔法は使えるが、出力のバルブが一度開くと全開となって、必要以上の魔力を使ってしまって、低位の魔法でも暴発したような威力になってしまうのだと思われます。」
師匠の説明に耳を傾ける。
子供にも分かりやすく、ボクが傷付かないようにって言う気配りを感じた。
あれは、いつの頃だったかな?ボクと母様は魔法省の本部を訪れたことがあった。宰相閣下の勧めだった。ボクの師匠となってくれそうな人はいないか、魔力の研究、管理を行っている部署の人にお伺いを立てるためだ。
その時対面したのは、長い金髪を後ろに撫で付けたエルフだった。
「ここまで、魔力出力が狂っている子供はいないんではないですかね、魔族の因子が影響しとるのでしょうなぁ。ったくやはりこれからのラーネポリアには魔力コントロールに優れた因子が重要でしょうなぁ。これでは生活魔法すら使えないのでは?あぁ、我等は魔族の因子持ちの童に魔力操作を教える術などありませんから、是非、魔族の因子持ちの師を探されるとよい。魔法省にも魔族ですが、優秀なのが居ります故。」
魔法省の役人は、ボクが使い魔を得ても魔力コントロールは難しいかもしれないと言った。神獣の子を使い魔に得たとしても、使い魔は主と共に成長するものだから、使い魔も魔力コントロールが下手なのではないかとの見解だった。何かまだ見ぬ使い魔まで馬鹿にされたように感じた。「お優しいタクリオ殿下は、自分の魔力が暴走しないよう自身の身と心を削ることになるでしょう、その苦しみを味わせるなど、私が親なら辛いことでしょうねぇ。我が子を楽にしてやるために、その身を要石に捧げるか、魔力封印を施すのが本人や国のためでしょうなぁ。いやはや、これは言い過ぎでしたかな?では、仕事が忙しいので失礼しますよ。」
と告げて出ていった。
あの後、怒りを我慢する母様を宥めるのが大変だった。馬鹿にされた当人より怒ってる人を見ると冷静になるよね。
「相談なんかするつもりなかったんや、それを~!よりによって何でアレを寄越したんや?ホンマ、腹立つ!」
宰相閣下からの強い後押しがめんどくさくなった父上が無茶振りした結果、現れた失礼なエルフ。彼は先触れを三日も前から出していたにも関わらず、格上である母様を十五分も待たせ、謝罪を口にしたものの悪びれてなかった。母様は、彼が入って来た時に、彼の見た目から妖精族の因子が強いのが分かって嫌な予感がしていたそうだ。
「こうなったら、タクリオの師匠は、私が見つけたるからな、安心しときや!」
って言うことがあって、母上が見つけて来たのが目の前にいる師匠だ。
師匠は、ボクに言った。
「本来、自分の魔力出力を抑えるには、自分の魔力を用います。しかし、殿下の場合は、そもそも魔力を使おうとすると過度に魔力が放出されてしまうので魔法制御には使えません。恐らく身体が大人になればある程度は大丈夫でしょうけど、それまでの間、これを利用したいと思います。」
目の前に出されたのは一枚の紙。そこには細かな文字が何重にもなった円に沿って書かれていて円の内側には三角や星のような模様があって、大小の円も重なっていた。
「魔法陣を図形化したものか?」
魔法を使う時に一瞬現れる紋様だと母様が言った。
同じ部屋にいたサヤカ母様も覗き混んでいる。
「これは、魔法制御の陣そのものではないでありんすか?」
師匠は頷く。
「普段、我々が使う魔法は因子に組み込まれていて、火魔法一つ取ってみても威力や精度に差があります。私の使う魔法を図式化したものに王妃殿下が魔力を流したとしても、効果には出ないでしょう。」
アヤカ母様が少し顔を上げる。
「でもよ?魔術陣ってのは、人族の誰しもがある程度の魔法を使えるよう改良されたもんやろ?」
「人族の魔力と言うのは濃度が薄い。多種族と混ざることでしか濃度を濃くできません。人族の因子の中に、そうですね、後、三つばかり因子が混ざれば、魔力に個性と言うものが芽生え、我々と同様の魔術陣を介しない魔法が楽に使えるようになり、魔術陣ではなく、魔法陣が使えるようになるでしょう。個性が出た時点でそれは魔術ではなく、魔法と呼ぶのです。個人差があるために、もし殿下がこのように図式化した魔法陣を作動させようとしても失敗するか暴発するかでしょう。しかし、これは、違います。」
改めて目の前に出された図を見つめる。今回の場にいるのは、ボク、母様、るっくん、サヤカ母様だ。
「魔術陣?魔法陣?でも、これからは、うちの魔力を感じるわ、後、陛下とルキリオのも。」
母様が顎に手をやりながら答えた。
「人族が開発した魔術は魔力の大小に関わらず、誰でも使えるようにしたものです。ある程度の魔力が付与されたインク、用紙に描かれることで魔力不足でも同程度の魔法を使えるってものですね。魔力を蓄積出来る魔術陣と組み合わせておけば、尚更、魔力保有量の少ない者には便利なものとなります。」
魔力を蓄積させるための魔道具もあるみたいで、その機械を使って使いたい魔術陣を施した物に魔力充填しておけば、自分の魔力を使うこともないんだって。
国のあちこちには、魔素溜まりってのがあって、放置しておくと過剰な魔素が魔物を生んでしまうんだ。魔物が増えるほど濃い魔素溜まりは、厄災を招くとも言われていて国を上げて対策している。何十年か前に魔界で魔素を外に漏らすことなく蓄積しておける魔道具が作られた。その魔道具は、ただの石に魔素を充填して、人工的に魔石を作ることが出来ると言う優れものだ。天然の魔石は高価だからね。けど、生活をしていく上で魔石は欠かせないものだ。この人工魔石の誕生は魔界の民の生活をより豊かにした。魔界からの技術協力でこの国の魔素溜まりにも、魔力蓄積魔道具が設置されるようになった。我が国の技術研究者達が更に開発を重ねて、今では石だけでなく、布や剣、木製の杖何かにも魔力を充填出来るようになった。
人族の因子の強い人達も自分の魔力を使わずに魔術陣が描かれた布やモノに魔力を充填出来るようになった。
母様は、その魔道具のお陰で民の生活が潤ったといっていた。