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バイト巫女と不良君②

 ふよふよと浮く悪鬼は、私のような見鬼(けんき)の能力がある者にしか見えない。

 だからこの悪鬼に大げさな反応を示すと、私はまわりから幻覚に対して大騒ぎする頭のおかしい女にしか見えない。

 悪鬼は気持ちが悪いけれど、変に目立つのも恥ずかしいので、こういう時は人が近づかないところで祓うようにしている。

 祓うと言っても、先ほど一緒に給食を食べていた同級生が言っていたような、【臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前】みたいな呪文は唱えない。この言葉に九種の印を組むやり方は一度調べて見様見真似でやってみたことはあるが、私は時間がかかるわりにあまり効率が良くなる感じもなかった。

 なので私の祓い方は柏手を打つ方法だ。パンパンと二度手を叩けば、小さな悪鬼ぐらいならばすぐに霧散できる。


 でも問題は、【小さな悪鬼程度ならば】という注釈がつくところだろう。

 私は人より視る力が強い。神様をしっかりと視覚で感知し、その言葉を聞くことができるのはほんの一握りである。

 でもその巫女としての能力が高いからなのか、祓う力はかなり弱かった。神様に頼まなければ、ほとんど何もできないと言ってもいい。そもそも小さな悪鬼など、巫女の能力がない者でも無意識に踏みつぶしたり追い払うことができる。

 私は汚い場所を見つけ、的確に掃除できるというだけだ。

「もっと強い力だったら……」

 古雅の力を使わなくても済むのに。


 神様とバディーを組んで仕事する者などほとんどいない。それは物理的にできないからでもあるけれど、私の場合は組まなければ使い物にならないからでもある。

 そして古雅に必要以上に負担をかけることは、古雅の寿命を縮める原因にもなるだろう。祓うというのは神様の力を使うということだ。

 古雅はきっと気にしないし、それで消滅することになっても、私を責めない。昔からそういう神様だった。でも古雅の延命のために、私と古雅はバイトしているのだ。バイトの所為で寿命を削っては、何のために頑張っているのか分からなくなってしまう。

 

 そこまで考えたところで、私は首を横に振った。

 駄目、駄目。暗くなったら、余計に悪鬼が近寄ってくる。折角祓ったのに、これでは無意味だ。

 そもそも巫女の体質は、悪鬼を含め人外を呼びやすいのだ。落ち込んだことで厄介なものを呼び寄せて、古雅に余計な労働をさせるわけにはいかない。

「それにしても、悪鬼はどこに向かっていたんだろ」

 先ほどの悪鬼は私に向かって来たのではなく、どこかへ向かっている途中だったように思う。何かに呼び寄せられているのだろう。

 あまり増えて、大物を祓わなければいけなくなるのは嫌なんだけどなぁ。

 そう思った時だった。


 ドンッ!


 ドキっとするぐらいの大きな物音が響いた。

 何かがぶつかる音だ。さらに諍いのような声も聞こえる。喧嘩? それともいじめ?

 音がした方は、空き教室がある場所だ。空き教室は、不良とかが入り込んだりしているから近づかない方がいいと聞いたことがある。

 とはいえかなり大きな物音がしたけれど、本当に放置してもいいだろうか? 不良とか、古雅以外は怖いし、いじめなどのトラブルも自分には背負いきれると思えない。でも気が付いてしまったものを放置もなぁ。先生に告げ口しに行くぐらいならできるだろうし……。

 迷ったが私はそっと空き教室に近寄った。相手に気が付かれないように見るだけならば、なんの問題もないはずだ。

 

 扉が閉まり切っていなかったので、隙間から中をのぞけば、不良ですとアピールするような派手な髪色の生徒が四人見えた。そのうちの一人がどうやら殴られたようだ。

 座りこんだ状態で握りこぶしを作っている相手を睨みつけるその赤毛の少年が、クラスメイトだと気が付き悲鳴が出そうになる。他に分かることはないだろうかとまじまじと見れば、クラスメイト以外の上履きのラインが青色なことに気が付いた。青色ということは、相手は三年生だ。

 年上でしかも一年を殴るような相手を睨みつけるなんて、クラスメイトはなんて恐れ知らずなのか。私の方が青ざめてしまう。


「――あ? 俺の髪色が何色でも先輩たちに関係ないですよね?」

「一年生のくせに髪染めてくるとか生意気だって話をしてるんだよ」

「先輩だって染めてるじゃないですか。学年、関係あります? 先生でもないのに、風紀委員きどりですか?」

 確かに正論だ。自分達だって染めているのだから、年下だからと注意するのはおかしい。

 でも言い方が煽っているようにしか聞こえないというか、間違いなく煽っているのだろう。そしてそんな話し方をするから殴られたのではないだろうか。

 さらに激怒してもっとひどい暴力になったらどうするつもりだろう。そこにいるのは自分ではないのにハラハラしてしまう。


『華那子、不良の喧嘩に女が入るのはよくないぞ。危ないしな』

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 気が付かれないように息をひそめていたのに、唐突に背後から声をかけられたことでつい叫んでしまった。

『何叫んでるんだ?』

 振り返れば呆れた顔をしている古雅がいた。でも少し空気を読んで声をかけて欲しかった。

 心臓がバクバクいっている。

 これは古雅に驚いたからか、それともこれから悪いことが起きるかもしれないという恐怖からか。


「おい。お前、なんだよ。突然叫んだりして」

 そりゃこれだけ大きな声を出せば気が付きますよね。

 扉が、ガラッと大きく開けられた。私の前には先ほどまでクラスメイトの前で握りこぶしを作っていた先輩が立っている。

 二歳の年齢差は大きくて、まるで相手が大人のように見えて青ざめる。


『お前、何華那子にメンチ切っているんだ? ああ?』

 そしてそんな私の前に古雅は立ち、見えていないのに先輩に顔を近づけてメンチを切る。

 先輩が神様である古雅を殴ることは無理だけど、心臓によくない光景だ。正直白目を向いて倒れてしまいたい。でもそういうわけにもいかない。

 先輩達がもしも私を殴ってきたら、きっと古雅は天誅を落とすだろう。でも相手が犯罪をしたわけでもないのにやりすぎれば、きっと新祓い課……もとい、国が古雅に対してペナルティーを課してくるはずだ。


「こっち、今取り込み中なんだけど」

「誰? 一年だし、こいつの知り合い?」

 自分のピンチと古雅のピンチ。二重のピンチで私は震えた。

 何か言わないとと思うのに、口が震えて上手く話せない。

「……そいつ、クラスメート。多分、先生に言われて来たんだと思います。無関係なので、何もしないで下さい」

 ガチガチに固まっていると、クラスメイトの少年が私をかばうように話に加わった。

「でも見られちゃったしな」 

 先輩がいいことを思いついたとばかりにニヤッと嫌な笑みを浮かべた。それが伝染するように他の先輩もにやにやする。

 嗜虐心がにじみ出た気持ち悪い笑い方だ。

「結構可愛くない?」

「黙っててもらわないとだしな。ちょっと俺達とお話合いしようか?」

『ああ? 誰にもの言ってるんだ?』

「待って下さいよ。部外者巻き込むなんて小っさすぎません?」

 古雅が私を守るように声を上げたのと被るように、クラスメイトの少年もまた私をかばった。


「あ? 誰が小さいだと?」

 そんな中一番身長の低い先輩がクラスメイトの少年の言葉に反応するが、文脈的にそういう意味ではない。しかしかなり怒ったのは間違いなかった。

「一年がなめんなよ」

 ブチギレた先輩が、ズボンのポケットから刃物を取り出す。鈍く光るそれに、私は息を飲んだ。

 どうして不良というのはそういう危険物を持ち歩いているのか。洒落にならない事態に血の気が引く。


「刃物なんてかっこ悪いっすよ。チビじゃなくても、ダサすぎます」

「ふざけんなっ!」

 だから何で煽っちゃうの。

 そう叫びたくなったが、クラスメイトの少年は私に目配せすると、くいっと顎を動かした。その目が逃げろと言っている。

 ……そうか。煽っているのは、自分の方に怒りを向けさせて、私を逃がすためか。

 彼だって刃物で刺されたらただで済むはずがない。だから怖いはずだ。でも私を巻き込まないようにしてくれている。


 私は古雅の方を見た。

 古雅は私がここで逃げだしても怒ったりしないだろう。

 でも誰かを見捨てて、逃げるような人間だと古雅に思われるのは、私が嫌だ。そして古雅なら、私が立ち向かうと決めれば力を貸してくれることを知っている。

 私はぎゅっと手に力を入れて、口を開いた。


「あ、あのっ! この部屋、……あ、悪鬼がいるんです!」

「「「「は?」」」」

 少し声が裏返ってしまって恥ずかしい。

 でも私の狙い通り、全員がきょとんとした顔で私の方を見た。

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