バイト巫女と不良君①
昨日は酷い目に合ったなぁ。
私は小さくため息をつきながら、学校の授業を受ける。正直疲れているから休んでしまいたいけれど、学業がおろそかになれば、いくら国が斡旋しているバイトであるとはいえ辞めるように親や先生から言われてしまう。
だからどれだけ疲れていても、授業は真面目に出席しなければいけないし、成績もあまり落とせない。
何故疲れているのかといえば、古雅が盗撮魔を撲殺――もとい撲滅するために、天誅を落としたことを学校が終わった後に新祓い課の職員に報告すれば、やりすぎであると叱られたためだ。確かに相手を昏倒させてしまうのはやりすぎなので、私は大人しくその叱責を受けていた。
しかしその職員が、盗撮してもらえればいい宣伝にもなったようなことをポロリとこぼしたしたせいで、古雅が激怒。この職員にまで天誅を落とさせるわけにはいかないと古雅を必死になだめていれば、何事かと他の女性職員が話に入ってきたことで第二部の幕が開けてしまった。
女性職員が未成年の盗撮をよしとするなんて、モラルがなさすぎるし、セクハラだ、パワハラだとと騒ぎ、私に説教をしていたおじさんがたじたじすることになった。どうするべきか分からずにおろおろしていたところ、最終的に偉い人が出て来て、おじさん職員の発言をあやまられ、とりあえず帰宅することができた。
そこから学校の宿題をこなして、心身ともに疲れ果てた私は何もできずに就寝した。
……忙しすぎるし、もう少し仕事の頻度を落とし、休みの日だけに勤務形態を変えた方がいいだろうか? でも仕事を減らせば給料に響くしなぁ。
うだうだと考えていれば、授業時間はあっという間に終わった。
「ねえ、立花さんのバイトってどんな感じなの?」
「えっと……」
「巫女の服着て、なんか呪文とか唱えるとか? りんびょーとーしゃーみたいな?」
「私はそう言った呪文は使わないかな?」
給食時間になり、同じ班の子と机をくっつけて食べるのだけれど、仕事のことを聞かれるとたじたじとしてしまう。
幽霊はいると証明されたけれど、見えないモノを信じられない人はやっぱりいるし、小学校のころはたびたび仕事で学校を休むため、ズルだと責められたり、家庭環境のことで後ろ指を指されたりと散々だったのだ。
普通の人とは違うことをしているという自覚はある。だから仕事のことを聞くのは、それをからかったり馬鹿にするためだったりする人もして、どう答えたらいいのか分からなくなってしまったのだ。
「えー。この間ゲームのキャラクターがお札で戦ってたけれどそんな感じのバトルとかしたりするの? 幽霊じゃなくても霊能者同士で能力バトルみたいな?」
「私はお札も使わないし、その、バトルもないよ」
「えー、そうなんだ。思ったより地味だね」
地味。
……うん。その通りなのだ。巫女のバイトは、清掃のバイトに近いものだと思う。でも幽霊がいると証明される前にさんざんファンタジーとして派手な物語が作られてしまった。そのせいで証明されてから二十年経っても、正しくどんな仕事をしているか知られていないし、多くの勘違いが残っている。
「でもずるいよね。バイトが学校公認でできるんだから。私もお金欲しいな」
「わかるわかる。お小遣い全然たりないもんね。この間も雑誌買ったらなくなっちゃった」
彼女たちに悪気がないのは分かっている。分かっているけれど、ずるいと言われると、重い気分になる。
本来なら中学生でバイトはやれない。でも巫女の能力がある者は数が少ない為、バイトが学校公認で許されていた。特に私の目はかなり精度がよく、さらに相性のよい神様がいた。だから多い頻度で、仕事が入るのだ。
でもこの目の所為で嫌な思いもたくさんしてきた。
私だって普通の学生でいたかった。
だけどそれを言ったところで、私が頻回にバイトして、お金を貰っていることに変わりはないし……。そんなことをもんもんと考えているうちに、彼女達の会話はどんどん進んで、知らない雑誌やアイドル、そこからドラマの話に移っていく。
私はそのどれもを知らないために、黙って相槌を打つしかなくなった。うまく会話に加われないせいで、きっと皆私のことを根暗で無口だと思っていることだろう。そのことにため息がまた出そうになる。
私の一日は学校と巫女のバイト、そして勉強で終わってしまう。空き時間に投稿動画を見ることはあるけれど、流行りものを見るというよりは、仕事で使えそうなものはないかとそれ関係のものばかり見ている。だから話題についていけないのだ。
給食時間が終れば休み時間になる。
友人とそれぞれ好きなことを話したり遊んだりする自由時間なのだけれど、私はこの時間が学校生活で一番苦痛だ。小学校のころから、母子家庭であったことと、アルバイトをしていたことで浮いてしまい、小学校から持ち上がりに近い中学でもまた友人が作れずにいた。
ポツンと一人椅子に座っていると周りからどう思われるか気になってしまい、教室にもいづらい。
『華那子ぉ。ダチが欲しかったら自分から声をかけないとだぞ』
背後から、正論が飛んできて私はうぐっと言葉に詰まった。
分かって入るのだ。だた座っているだけで、話しかけてくれる心優しい子なんて存在しないと。
でもどう話しかければいいのか分からない。最近の流行りの話題にも乗れないし、バイトのことを茶化されるのも、どう返していいのか分からなくなってしまう。
茶化すと言っても悪意からじゃなく、話題作りのためだってことは分かっている。だからうまい切り替えしができない自分が悪いのだ。
『ほら、あそこにいる子なんて、友達候補として有望じゃないか』
「……絶対ない」
ちらっと後ろに目をやれば、にこにこと笑いながら古雅が指をさしていた。そしてその延長上に見えるのは、赤毛の少年だ。顔立ちも日本人だし、生まれつきの赤毛ではない。そもそも染めたとわかる鮮やかな色味だ。
つまり不良と呼ばれる類の少年である。
古雅の好みが不良だと言うことは、彼の服装がヤンキーっぽいことからして十分に分かっている。
何故不良が好きなのかを聞けば、私が古雅と出会う前の最後の参拝客が不良だったからだそうだ。まあ、それは仕方がない。
でも古雅が好きなことと私と相性がいいかということは全くの別である。人は見た目だけではないとは分かっていても、見た目で危険回避をしようと思ってしまうものだ。特に私のような普通の女子中学生には荷が重い。
古雅のことは無視して、私は図書室に行こうと席を立つ。
図書室で本を読んでいるならば、一人でいても違和感はないからだ。古雅は仕事中は常に一緒にいるけれど、普段はフラッとどこかに行っている。
給食の時も古雅の姿はなかったので、きっと学校を見てまわり、不良を見て回っていたのではないだろうか。
前に古雅ことが見えていない不良に対して、古雅がメンチを切っているところを見かけたこともあり、時折本当に神様なのだろうかと思ってしまうこともある。でも彼は間違いなく、信者が必要な神様なのだ。
「……いっそ、古雅の神社は不良のための神社にして、不良が参拝客としてくるようにするとか?」
想像して、首を振った。
古雅は嬉しいかもしれないけれど、治安が悪すぎて、他の参拝客が寄ってくれる気がしないしない。
そもそも信心深い不良というのも意味が分からない。新興宗教とか作って悪さする不良とかも出てきそうだし……。
世の中うまく行かないものだ。
他ごとを考えながら本を眺めていると、目の前をふよふよと悪鬼が飛んでいった。
悪鬼というものはいなくなったりしない。特に学校のような人が沢山密集するような場所は、居て当然のものだ。ただし個人的な感想をいえば、悪鬼というものは、人から嫌われる頭文字Gの昆虫を見た時と同じぐらいの不快感がある。
そして悪鬼は、他の悪鬼を呼び寄せる性質があった。つまり一匹見かけたら百匹いると思えと言われる、例の昆虫と同じで増えるのだ。
その場からすぐに移動してしまうような駅などは無視できるけれど、自分が生活する場で悪鬼が群れるのは無視しきれない。
私は仕方がなく、悪鬼の後ろについて図書室を出た。