バイト巫女とお母さん②
「ずっと一緒だったと撫子さんから聞いているから、華那子ちゃんにはそんなつもりないかもしれないけれど、少し考えてみて。僕は撫子さんのお手伝いをしてくるね」
そう言って、佐藤さんは私を置いて、脱衣所から出て行った。
私はその場から動けず、反論もできず、ただ突っ立ていた。…
『……あー、アイツの言っていることは間違っていないと思うぞ』
古雅は佐藤さんを弁護するようなことを言った。
その言葉に、私ははじかれたように顔を上げて、古雅を睨みつけた。
佐藤さんを庇う古雅に苛立ちをぶつけるのは違うと思う。古雅は被害者なのだから。
でもこのもどかしさをどうすればいいのか分からなくて、結局私は古雅にぶつけた。古雅にも怒って欲しくて。
「でも! 古雅に皆助けてもらったんだよ? 失礼じゃない? 古雅がおかしいみたいなこと言われたんだよ」
『おかしいとは言っていないだろ。神様と人間は考え方が違うっていう話をしていて、華那子は人間として動けって話をしているんだから。俺も神様と人間は違う理の中にいると思っている』
「違うって、何が違うの? 皆、古雅と話せないから、見えないから、理解できないだけじゃないの?! 古雅は皆のために払ってくれているんだよ⁈」
古雅は、困った顔をして金に輝く髪を掻いた。
それを見て、古雅を困らせたいわけではないのだと言うことを思い出し俯いた。古雅を理解してもらえなくて、それをさも当然のように古雅が受け入れてしまっていることが嫌だ。
でもその苛立ちを古雅にぶつけれ、癇癪を起すなんて子供過ぎる。
「ごめん、古雅。古雅を困らせたいわけじゃないの。もっと……私が上手く伝えられたらよかったのに」
見えないから理解されない。
まさにその通りなのだ。だから視て会話もできる私が、ちゃんと伝えなければいけないのだ。
でも未熟だからそれができていない。
確かに古雅を全面的に信頼して、ちゃんと確認もっとっていなかったのは悪かったと思う。何も知らない人から見れば、私が古雅にいいように動かされているように見えただろう。
でも古雅は私が本当に困ることなんてしない。
それが上手く伝えられなくて、まるで悪者のようにさせてしまったのが悔しい。
『……例えばさ。人間には寿命がある。長くて百年前後だろ? でも神様は、信仰がある限り、寿命というものがない。千年以上存在する者もいる。これだけ違えば、考え方も違って当然だと思わないか?』
「それはそうかもしれないけれど、でも、古雅は酷いことなんてしないよ……」
私がうつむいてしまうと、古雅は私の頭をぽんぽんと叩いた。
『華那子が俺を信頼してくれているのは嬉しいけれど、別に俺は、そんなにいい神様ってわけじゃないんだけどな。でもさ人間同士だって、心の中すべてを分かり合うなんて無理だろ? お互い常識と思っていることが、歩んできた人生の違いでずれていたりもする。それが対神の場合はもっと大きいだけだと思ってくれればいい。そんなずれを人間同士なら会話ですり合わせできるけれど、神様とはできない。だから心配するんだ。アイツは俺を嫌って言っているんじゃなくて、華那子が心配だから言っているんだ』
知っている。
佐藤さんは、私もちゃんと考えてから動くようにと言っただけで、古雅を否定はしていなかった。
「つまり私が古雅が何をしようとしているのか、都度説明できればいいってことだよね。古雅は危険じゃないんだって、私が説明できれば……」
本当にできるだろうか。
少なくとも私が心配されず、信頼されるような人間にならないと駄目だろう。
『元々巫女に求められるのは神との仲介だからな。神様と神様が見えない人の間に入って交渉するのが巫女だ。その中で神様に力を振ってもらったり、人間が正しく距離をとれるように導いたりする。神様に言われたことをただするのでは、人間にとって不都合なことがあった時、華那子まで人間の敵として見られかねない』
私が変なことをしていると見てくる冷たい目の温度は知っている。
敵というのは少々言いすぎだけれど、理解できない、相容れないものがあった時、それを排除しようと行動してくるのも。
そうならないために、私は排除しなくてもいい人間だと思われるように、信頼を積み重ねていくしかない。そして同じように古雅のことも私が伝えていくしかない。
「分かった。気を付けるよ」
私が気をつけることが、最終的に古雅を信じてもらうことに繋がるのだから。
あまりここで古雅と話していてもよくないと思い、リビングの方に戻れば、佐藤さんがフリーリングの上で正座させられていた。
座布団はない。
背筋を伸ばし、座る佐藤さんの前に仁王立ちする母。
何が起こっているのかは分からないが、佐藤さんが反省させられるかのように見える。
「ごめんね。赤の他人のおっさんが、華那子にいらないこと言ったでしょ? 正直、赤の他人のおっさんが、我が子を連れまわして、傷付けるような場面にみすみす放置したとも業腹だったのだけど。そもそも未成年を連れまわすとか犯罪よね? この人、ただの赤の他人のおっさんだもの」
「姉さん、すみませんでした。なのでもう、これ以上、赤の他人のおっさんを連呼しないで下さい……」
……赤の他人のおっさんというのは、やっぱり佐藤さんのことを示ししているんだよね?
母が私以上に怒っているせいで、私の怒りはどっかにとんで行ってしまった。そもそも、古雅と話したことで、怒りはほぼなくなっていたのだけど。
「お、お母さんどうしたの?」
「華那子はどうしたい? 警察に突き出してもいいわよ?」
「いや、佐藤さんが、その警察……」
「まあ、とんでもない不祥事ね?」
お母さんがにこにこと笑えば、佐藤さんは顔色を悪くした。
「申し訳ありませんでした」
佐藤さんが土下座した。
大人が土下座する様子に、私は固まった。どう反応していいのか分からない。むしろこんなことをさせてしまった罪悪感が出てくる。
「そういうポーズはいらないから。むしろ無理にでも許さなければならなくなるから、迷惑。顔は上げてくれる?」
いや、うん。確かに土下座は迷惑だなとは思ったけど、お母さんは辛らつだ。
佐藤さんはしおしおとした顔で頭を上げた。
「華那子、この赤の他人に何か腹立たしいことを言われたでしょう?」
「あ、あれは、佐藤さんも私を思って言ってくれたことだよ。私が古雅がどうしてそういうことをしたとか、ちゃんと説明できなかったことが原因で……」
私がちゃんと古雅のことを信用してもらえるように、私がちゃんとしなければいけなかったのだ。
「そうね。でも母親を差し置いて、未成年である華那子に言うことじゃないわ。華那子のことを一人前とみなしているからであろうと、そもそも、今回連れまわさなければ起こらなかったことでしょ? 助けてもらったんだから、こいつが華那子に言う言葉はお礼だけでいいの。そして保護者に忠告なりなんなりしなさいという話なのよ」
「……その通りです」
「貴方は、華那子の父親でも何でもない、赤の他人なの。赤の他人の男に注意されるなんて、威圧感がどれだけあると思ってるの?」
佐藤さんはお母さんのことが好きなはずだから、これはかなり打撃を受けてるよね。……泣いてないのは大人の男だからか。顔がしおしおだ。
「お母さん、本当に大丈夫だから。私、ちゃんとやるよ」
いつもそうだ。私が上手くやらないから、お母さんは私が傷つかないように他の人を責める。
「……ごめんね。本当は華那子がアルバイトなんてしなくてもいいのよ?」
「ち、違うよ。巫女のバイトは、私がやりたいからやってるだけだから」
このままでは下手したら、巫女のバイトの方を禁止されかねない。
まだ中学生である私は、国がバイトしやすいようにしてはくれているけれど、保護者が許さなかったらできないのだ。
「お小遣い少なくなっちゃうかもしれないけれど、でも自由に遊べる時間は増えるんじゃない? 習い事とかもできるし」
「そうじゃなくて。本当に巫女の仕事は、私が続けたいの」
私が巫女をするのは、古雅の延命のためという部分が大きい。でも古雅のことがよく分からない母からすると、自分のお小遣いを自分で稼いでいるように見えるのだろう。
実際にお小遣いを母からは貰っていない。
でもそれを理由に止めさせられたら困る。
私が何とか分かってもらわないとと焦っていると、母は小さくため息をついた。
「……分かったわ。でも仕事ではないところで巫女をして欲しいとお願いされても、勝手に引き受けては駄目よ。一度お母さんに話してちょうだい。佐藤もよ。これからはいいように華那子を使おうとしないで」
「はい! 分かりました」
母は私だけではなく佐藤さんにも念押しをし、佐藤さんも大きな声で返事をした。