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バイト巫女とお母さん①

 いつものお母さんじゃない……。

 そんな、何処かのアニメで聞いたようなセリフが浮かんでしまうぐらい、母が怖い。

「じゃあ、お惣菜はありがたく貰っておくわね。華那子、入りなさい」

「あ、うん」

「娘を送ってくれてありがとう。でもうちの子を勝手に使うのはこれっきりにしてね」

 私が中に入れば、母はすぐさま扉を閉めた。

 えええええ……佐藤さん、お母さんのことが好きなのにいいの?


 私はおろおろと、扉と母を見比べた。

 確かにちょっと嫌だなと思うことはあったけれど、怪我をしたとかそういうものではないのだ。

「あの、あのね。お母さん」

「なあに?」

「佐藤さんに嫌がらせされたわけじゃないよ? それに手伝うって決めたのは私だし」

 私が周りに理解されないようなことをして、おかしなものを見るような目を向けられるのは今に始まったことではない。

 科学的に神様も妖怪も幽霊もいると証明されて、発表されたって、自分が見えないものが見えたり聞こえたりするというのは疑われるものなのだ。


「当然よ。これで佐藤が華那子に何かしたのなら落とし前つけさせているわよ。そもそも、保護者の許可なしに、華那子を都合よく使ったということが駄目なのよ」

「えっと、でも。佐藤さんも助けを求められて……」

「ええ。そうでしょうね。でも華那子はまだ義務教育中の未成年なの。その未成年に対して、保護者を通さずに仕事をお願いするというのが間違っているの。分かる? 佐藤」

『は、はい。すみませんでした‼‼‼‼』

 母の声に答えるように扉の向こうから大きな謝罪の言葉が聞こえた。

 古いアパートといっても、声だけで倒壊するほどではないはずだが、佐藤さんの声が大きすぎて扉が震えた気がする。

「うるさっ。近所迷惑」

『……すみません』

 母が眉を顰め舌打ちするように言えば、一テンポ遅れてから、小声で謝罪の声が返ってきた。

「……お母さん」

「分かったわよ。ほら。近所迷惑になるから入って」

 佐藤さんが可哀想になって何とか母をなだめられないかと思い声をかければ、母はため息をついて扉を開けた。


「二人ともちゃんと手を洗ってから中に入ってきて来なさい」

「はい!」

「だから近所迷惑」

 中に入れてもらえた佐藤さんが元気よく返事をすれば、母がピシャリといえば、やっぱり元気よく佐藤さんは返事をしていた。

 これは、佐藤さん、マジで母が好きなのかもしれない。

 見えない尻尾が揺れているのが見える。


「……佐藤さん、母とはどういう関係なんです?」

 洗面所に向かい、先に手を洗う佐藤さんを待ちながら、私は疑問を投げかけてみる。今までも佐藤さんと母が話していることはあったが、私が未成年なので、保護者として話しているのかなと思った。

 でも先ほどの母の様子といい、ただの顔見知りというわけでもない気がする。

「ん-。あー。先輩と後輩的な?」

「学校が同じだったのですか?」

「あー……学校はかぶってなかったかな。小学校は学区が違ったし」

「へぇ……。そうなんですね」

 分からん。

 一緒の学校出なかったら職業物違うので、先輩後輩にはなりえないような気がする。

 そう思うが、私もようやく中学に進学したばかり。高校生や大学生と知り合う機会が今後ないかと言われると、よく分からないとしか言えない。


「……佐藤さんって、お母さんのこと好きなんですか?」

「ぶふっ! あっ。ごめん。 洗面台ふけるものある?」

 うがいをしていた佐藤さんが水を勢いよく吹き出し、洗面台を汚した。慌てて、何か拭くものをと言われ、私は雑巾を渡す。

「えっと。もしかして分かりやすい?」

「それなりに」

 実際に気がついたのは神様(古雅)のお告げがあったからではあるけれど、でもそうなんだと思って見れば、そうとしか思えない。



「……佐藤さんは母とお付き合いしたいですか?」

「華那子ちゃんは、新しいお父さんとかどう思う?」

 質問に質問を返されてしまった。

 どうと言われてもなぁ。

「そもそも、父がいた記憶が薄いので、想像ができないです」

「だよねぇ」

 離婚原因が私だと言うことは、聞いている。でも母が離婚を決意したのは保育園時代だ。三人で暮らしていたという記憶がそもそもない。なので母との二人暮らしではなくなるということが、どういうことなのかはピンとこない。


「でも母には幸せになって欲しいと思ってます」

 その言葉に佐藤さんはにっこりと笑った。

「はっきり言うけど、撫子さんは今でも十分幸せだよ」

「もちろん不幸であるとは言いませんが……」

 親戚関係やまわりからどう見られるかは別だ。

 母子家庭というと、大変ねとか可哀想という感想が出てきやすい。その感想を言われる時点で、まわりからは幸せではないと思われているのではないかと思う。

「撫子さんは男がいなければ生きられないとか言うタイプじゃないからね。撫子さんが再婚を考えていないのは、華那子ちゃんがいるからなのは間違いないけれど、本人も結婚願望なさそうだし」

 それはまあ、そうだろう。

 母は看護師として働いていて、そのことを苦に思っているようには見えない。

「僕も撫子さんに幸せになって欲しい。だからもしも家族という形になったら、僕は華那子ちゃんのお父さんというよりは、撫子さんを幸せにする同志ぐらいの位置づけでいいよ。そして撫子さんの幸せには、華那子ちゃんが幸せでいることだけは絶対条件だ。だからもしも家族になれたなら、僕は華那子ちゃんも幸せにするために頑張ろうと思う」

 お父さんというのはイメージがつかない。一緒に暮らしたとて、親だと思えるかと言われると、正直分からないとしか言えない。

 でも母を幸せにするための同志という位置関係なら、なんとかやっていけると思う。


「もちろん、撫子さんが頷いてくれること前提なんだけどね」

「それは自分で頑張って下さい」

「分かってるよ。娘に取り入ってとかすると、撫子さんから鉄拳が飛んできそうだし」

 鉄拳て。

 佐藤さんは警察官として鍛えている。対して母は看護師だ。力くらべなら圧倒的に佐藤さんの圧勝のはずである。

 なのに嫌われるとかではなく、暴力的に怖いという表現がよく分からない。

「あの……母って、昔なんか……その、不良だったりします?」

「……本人が言わない限り、僕は言わないことにしているよ」

 それ、認めてますよね。

 私は頭上でふわふわ浮いて、我関せずな古雅をチラッと見る。

 そして佐藤さんの一連の様子を見るに、もしかして母の舎弟……。いや、うん。とりあえず、今は二人とも社会人なのだし、おいておこう。


「はぁ。分かりました」

 私は佐藤さんと変わって、自分も手洗いをする。

 そんなに不良っていいものなのだろうか? いや、なりたくてなるものとも違うような?

「……まだ父親じゃないけれど、でも華那子ちゃんが幸せであることが撫子さんの幸せだから、大人として一つだけ耳に痛いことを言わせてもらうね」

「改まって、なんですか?」

 母たちの過去について想像していると、いつになく真剣な口調で佐藤さんに声をかけられた。わざわざ前置きされると身構えてしまう。

 私は水道の水を止めて振り返った。

 佐藤さんは背が高いので見上げるような感じになってしまい、余計にドキドキする。


「僕は視えないし聞こえない人間だから、華那子ちゃんの世界は分からない。それは今日会った立花さんも同じで、それを奇異に見てしまうのも分からなくはない。もちろん頼んだ立場なのに疑ったり変な目で見た彼女は、その点に感じては全面的に悪いと思っている。だから今後俺が立花さんを華那子ちゃんに近づける気はない」

「はい」

 変な目で見られるのは仕方がないとは思っている。

 私が視ている世界は、たぶん私にしか分からない世界だ。いると証明されたって、それが本当に目の前にいるのかは分からないから、私の言葉だけで信じられないのも当然だ。


「ただね。華那子ちゃんは、華那子ちゃんだけが聞こえる神様の声に振り回されてはいけないと思うんだ」

「振り回されるですか?」

「うん。緊急性があったのかもしれない。そしてそれに従うだけの信頼関係が神様と華那子ちゃんの間にはあるんだろうね。それも否定しない。でも華那子ちゃんは神様に言われたからと、そのまま従って、言われるまま行動するのは危険だと思うんだ」

「古雅は、そんな危険な神様じゃないです!」

 今にも消えそうなぐらい弱っている古雅は、私のために色々してくれる優しい神様なのだ。

 確かに古雅と話したりすると、奇異な目で見られるかもしれないけれど、でも私にとって古雅はとても大切なのだ。


「きっとそうなんだろうね。今だって人間に力を貸してくれているのだから。でも俺が思うに、神様には神様の常識というか理とかがあって、それは人間のものとは違ったりすることもあるんじゃないかな? だから神様の命令に従ってももちろんいいけれど、ちゃんと華那子ちゃんの頭で考えないと駄目だと思う」

 古雅を否定された気がして、怒りが湧いたけれど、聞いていると、佐藤さんは古雅の全てを否定しているわけではないようだ。

「何故その命令をしたのか。それは従った方がいいのか、それとも拒否した方がいいのか。ちゃんと、華那子ちゃんが考えて判断するべきだと思う。華那子ちゃんは神様とか妖怪とかではなくて、人間なんだから」

 私は素直に頷けなくて、目線を床に落とした。

 佐藤さんは正しいことを言ってくれている。実際その通りだとも思う。

 でも、まるで古雅と私は違うんだと言われているようにも感じて、私は何も言えなかった。

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