バイト巫女と警察の仕事⑥
先ほど聞いた古雅の説明をしたが、佐藤さんは特にそれに対して何か意見を言うことはなかった。
古雅が決めて、私はそれに従っただけなので、何故それをしたかは古雅に聞かなければ分からないことが多い。
「何か、質問があれば聞いてみますけど……」
「んー。……悪いものが祓われたならすぐにそれで悪いことは起こらないんだよね? 今回倒れた男が虐待をしていたという情報さえあれば、後は自分の方で調べるから大丈夫だよ。これ以上頼ったら、僕らの仕事がなくなってしまうしね」
確かに神様の存在が証明されたとしても、神様の話しを巫女以外は聞けないのだから、実際のところはどうなのかの裏付けは佐藤さんがしなければいけない。幽霊が悪さすることがなく、犯罪している可能性の高い人物さえわかれば、後は警察の仕事なのだろう。
「そうですか」
「そうそう。ただ……あー。うん。そうだ、お惣菜買わないとだね」
何かを言いたそうだが、佐藤さんは話題を変えてしまった。
帰り道に酔ったスーパーのお惣菜コーナーで、揚げ物の盛り合わせを買ってもらった私はそのまま車でアパートまで送ってもらう。盛り合わせは結構な量がある。もっと少なくていいからと言っても、迷惑かけたからねと言い、レジを通してしまった。
私に嫌な思いをさせたと気にしていたから、謝罪の意味もあるのだろうか?
「あれ? お母さん、もう帰ってきているみたいです」
思ったより早く母は帰ってきていたようで、駐車場には母の車が停まっていた。
「ここで降ろすから、ちょっと待っていてくれる? 僕は車を近所のパーキングに入れてくるから」
「えっ。いや。別にここで降ろしてくれれば、母には上手く言っておきますけど……」
「いや。そんなわけにはいかないよ」
そう言って、佐藤さんは私をアパート前に降ろすと颯爽と車を走らせていった。……路駐にしなかったということは、それなりの時間我が家に入るつもりなのだろう。
いや、本当に佐藤さんの謝罪はいらないというか、母に説明する方が面倒なんだけど。
『華那子的には、新しいお父さんは否定派なのか?』
「新しい……えっ? そういうことなの⁈」
古雅に言われて、初めてその可能性が思い浮かんだ。慌てて車を走らせた方を見たが、もちろんパーキングまで行った佐藤さんの姿を見ることはできない。
佐藤さんって今何歳? 多分、お母さんの方が年上だよね? ……あっ。年上ってそういう……。
古雅に指摘されるまで全く気がついてなかったので、ギョッとしてしまったが、母狙いというのはあり得なくもない話だ。
お母さんは私を若い頃に産んでいるので、今でも再婚を考える程度に若いと思う。
『まあ、両想いじゃないし、これからなんだろうけど』
「佐藤さんの片思いってこと?」
『そーいうこと。娘として許せるか見てやれよ。アイツも悪い奴じゃないから』
「ふーん」
佐藤さんがお父さんか……なんか想像できないな。
そもそも両想いではないということは、お母さんはそういう風には見ていないと言うことだよね? でも今後の佐藤さん次第でどうなるか分からないか……。
『私はお母さんが幸せならいいというのは、なしだからな』
「えっ? でもお母さんの結婚だし。前の結婚失敗したの、私の所為だし」
両親が不仲になったそもそもの発端は、私の目が片目だけ青かったことだ。目は私の責任ではないのかもしれないけれど、離婚は母が私を守るために決意したことだと思う。だから私の所為なのは間違いない。
『少なくとも華那子が子供の間は、お母さんの結婚ではなく、二人の家族が増えることに対してどう思うかで考えろ。アイツは悪い奴じゃないのと、ロリコンではないのは間違いないし、倫理観はあるが、気が利く奴かというと鈍い方だからなぁ』
「……古雅、何処でそういう語彙を知ってくるの?」
神様だから人の考えを見通せるのだとしても、ロリコンを知っている神様ってなんだかなぁと思う。
『色々見て回ってるからな。神様も意識をあっぷでーとしないとなんだよ。昔の頭のままだと、そもそもロリコンなんてないし、近親婚だって普通だったわけだし。現代とは全然違う。この常識の移ろいについてくのが大変と言っている神様は結構いるぞ」
「近親婚はなんとなく歴史とかで分かるけど、なんでロリコンがないの?」
『だって昔は、若い時に結婚するのが普通だし。平安時代って呼ばれている頃は、十三歳ぐらいで結婚だったんだぞ。成人も十五』
「えっ。 私と同じぐらいで結婚?」
な、なるほど。それは早い。確かに、この年齢で結婚なら、あえてロリコンという言葉は出なかったかも……。
『流石に十歳程度の子供を結婚相手で見る奴は、当時でもやべぇ奴扱いではあったけどな……。そもそも寿命も短かったし……。話がずれたな。とにかくだ。母にとっていい縁談だとしても、華那子が嫌ならちゃんと拒否して、家を出るまでは待ってもらえ』
「別に嫌ではないよ? 多分、うまくお父さんがいる生活が想像できないだけ」
『まあ、もしもアイツの性根が腐っていて、華那子に危害を加えそうになったら、誠心誠意呪ってやるから、そこは安心して欲しい』
「いや、逆に安心できないからね」
神様の呪いって、たぶん祟りみたいな感じだよね……正直、怖すぎる。
死人とかも出そうで怖い。
それに呪ったりしたら、何か古雅にも影響が出ないか不安だ。ただでさえ、信仰が少なくて弱っているのだから、私のためにそんなことをしないで欲しい。
そんな話を古雅としていると、佐藤さんが小走りにやってきた。無事に駐車できたようだ。
「ごめんね。お待たせ。行こうか」
佐藤さんがお父さん……。やはりピンとこない。
頼りがいがあると言う感じもないし……。そもそも結婚は母の気持ちもあってこそだ。お母さんは佐藤さんのことをどう思っているのだろう。
そんなことを考えながらアパートの外階段を登れば、すぐに自分の家の前に着く。
「お母さん、ただいま」
「おかえり」
「佐藤さんもいるんだけど、出てこれる?」
「ちょっと待ってね」
ぱたぱたと足音を立てて、母がやってきた。
いい匂いがするので、何か料理をしていたのかもしれない。
「こんにちは、撫子さん」
佐藤さんはピシッと姿勢を正して大きな声であいさつをした。……力が入っているし、古雅が言う通り、お母さんに気があるのだろう。
言われるまで気がつかなかったけれど。
「こんにちは。佐藤君はどうしたのかしら?」
「これ、つまらないものですが、どうぞお収め下さい!」
佐藤さんは買ったお惣菜を顔の前に差し出し、頭を下げた。……うーん、緊張しているからなのだろうけれど、これ、好きな人相手にする動きなのかな?
90度に体を折り曲げるのは丁寧なあいさつではあるのだけど……なんだか上司宅にでも来たような雰囲気に見えてしまう。
「えっと、私も一緒に選んだ揚げ物の盛り合わせだよ。もしかして何か作っちゃってた?」
「まだ味噌汁だけだから大丈夫よ。ところで、どうして佐藤君がうちの子と一緒にスーパーでお惣菜を買っているのかしら?」
にこにこと笑っているのに、圧がある。
「華那子ちゃんに、霊関係のことで相談し、協力してもらっていました! その時華那子ちゃんに嫌な思いをさせてしまいました。申し訳ありませんでした‼」
「あ゛あ゛ん?」
ひっ。
潔い佐藤さんの謝罪に対して、母の声はドスがききすぎていた。
いつもの母の声ではない。
「うちの可愛い娘に、何をしてくれてるのかしら?」
「すみません、姉御!」
「姉御って呼ぶなって言ったわよね?」
「すみませんっ‼」
お、お母さん?
もしかして母は昔、姉御とか呼ばれるような怖い人だったのだろうか?
私は二人のやり取りにどう反応していいか分からず固まっていたが、ヤンキー君大好きな古雅は、とてもいい笑顔で見守っていた。