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バイト巫女と警察の仕事⑤

 一人で何やってるんだコイツ的な視線を向けられて、私はたまらず足元を見た。

 確かに何やっているんだコイツなことしかしていない。

「その……幽霊がいたので。祓っていました」

「お祓いできたの?」

 愛理さんの声が困惑しているように聞こえる。多分、さっき幽霊とすれ違ったのに、お祓いを自分でしようとしなかったからだろう。

「はい。できます。それが仕事なので……。ただ、その。さっきの女性に関しては祓った方がいいのか悪いのかが分からなかったので」

「ここにいた、その、幽霊は悪い幽霊だったってこと?」

「……たぶん。神様によくないと言われたので」

「え? 神様?」

 神という単語を出した瞬間さらに困惑したような気配を感じた。


 神も妖怪も幽霊もいると証明されたと言っても、実際にはほとんどの人が肉眼で見ることができないのだ。目で見ることも感じることもできないものと喋っていると言われても、信じていいか分からないだろう。

 見えない人からしたら、私の行動が本当なのか、それとも頭の病気なのか分からない。


「ごめんごめん。職業柄、飛び出していっちゃって。ところでみんなで集まって何やってるの?」

 心臓がバクバクいって、手先が冷たくなっている中、のんびりとした声が割り込んだ。

「あ、今。華那子ちゃんがこの部屋に入りたいって言って、入ったら、突然手を叩いたり、独り言を喋ったりしだして……」

「ああ。幽霊でもいた? ほら、最初に華那子ちゃんは、新祓い課で現役巫女やってるって言ったでしょ? 突然動いたなら、緊急性があったんじゃないかな? 華那子ちゃんは、誰かに注目されるためにそういうパフォーマンスする子じゃないから。華那子ちゃん、もう大丈夫そう?」

 佐藤さんの声が優しかったので、私は顔を上げ、こくりと頷いた。


「じゃあ、おいで。騒がしてしまったみたいだし、今日のところは返ろうか。木下さんも、また来ますね」

「えっ……。あの、でも。華那子ちゃん、神様に言われたとか言ったけれど……」

 本当に大丈夫なのかという、聞こえないはずの声が聞こえた。

 私は今、頭がおかしいのではないかと疑われているのだ。


「そりゃ、巫女だったら神様とだって話すでしょうよ。逆に神様と話さない巫女って、巫女じゃないんじゃないかな?」

 佐藤さんが何を当たり前のことをと言った様子で話す為、愛理さんもさらに反論することもできず戸惑った顔をしていた。

「華那子ちゃん的には、この施設で、他にも祓わなければいけない場所とかある?」

「い、……今のところはないと思います」

「なら大丈夫だね。帰りに買い物にもよらないといけないから、遅くなる前に帰ろう。おいで」

 佐藤さんが歩いて部屋を出て行くので、私も慌てて追いかける。

 後ろから戸惑う視線を感じたけれど、おいてかれたら困るので立ち止まらなかった。

 

 速足で先に行ってしまうかと思えば、佐藤さんは廊下で待っていてくれた。

「ごめんね。嫌な思いさせるつもりはなかったんだ。いや、本当に。ちょっと見てもらえたらなっていう軽い気持ちでさ。それなのにいざお祓いしてもらったら疑われたなんて、撫子なでしこさんにも怒られるよなぁ……」

 佐藤さんは肩を丸めた。大柄なのに、少ししぼんだように見える。

 撫子というのは私の母の名前だ。つまり母にこのことがバレるのが嫌なのだろう。

「えっと。別に手伝いをしたこと以外、何も言う気はないですけど……」

「いやいや。ちゃんと嫌なことがあったら言わないと。解決できるとは限らないけれど、撫子さんも娘が嫌な思いをしたことを知らない方が嫌だと思うよ。そして僕も責任もって見守れなかったことを謝るよ」

 佐藤さんは真面目な顔で私を見降ろした。

 ……あまり母に心配かけることは言いたくないのだけど、このぶんだと、私が言わなくても佐藤さんが言ってしまい、意味がなさそうだ。


「分かりました」

「彼女は悪い子じゃないんだけれど、幽霊に詳しくないから、いくらネットで調べたといっても頭が固くなっていて、華那子ちゃんに不愉快な態度をとったんだと思う。こっちから呪いとか幽霊関係は大丈夫か見て欲しいとお願いしたのに、本当にごめんね」

「いえ。お祓いをして欲しいと言われたわけでもないのに、説明もしないで勝手に走って、色々したので、おかしな目で見られるのは当然だったと思います。気にしないで下さい。それより、愛理さんにあんまり厳しい態度をとるのよくないんじゃないですか?」

 愛理さんが困惑して不審者を見るような態度を隠すことはなかったけれど、嘘つきと言ってきたわけでもないのだ。

 そしてそれを佐藤さんが謝る必要は本当はない。


「えっ? 厳しい態度がよくないって……。いや、本当に勘弁して。俺とあの子、十歳ぐらい違うから。そもそも僕の好みの女性は年上だし」

「へぇー」

「いや。本当だから。彼女とは木下さんを通して、知り合っているだけで、何もないから。今回も木下さんのことを心配して、僕が警察官だったから相談してきただけだからね」

 照れている様子なく、必死に否定するところを見るともしかしたら佐藤さんには本命がいるのかもしれない。

 でも私に訴えられてもなぁと思う。

 むしろあまり幽霊とか信じていないのなら、相談をしてきた愛理さんこそ、佐藤さんとお近づきになりたいと思っていたりしないだろうか? ……知らんけど。


 正直男女の仲なんて、友人すらほぼいない私に分かるはずもない。

 微妙な空気のまま施設を出た私は車に乗った。

「それで祓った幽霊は、元々あそこに住んでいた人の幽霊なのかい?」

「えっと……」

 古雅には、思念の集合体と言われたけれど、結局のところどういったものなのだろう。しかも、正義がどうとか言ったけれど、人を転ばせて湯船に落とすことが正義というのもよく分からない。

 私は困って後部座席に座る古雅を見る。


『住んでいた人の思念体だ。元々あそこの部屋は霊の吹き溜まりになりやすいみたいだな。霊道がある場所に建物が立ったせいで、流れが悪い。結果溜まりやすい。ただ、溜まりやすいだけで、流れては行くから、基本問題がない。今回、仕返しされた男は、分からないように老人に嫌がらせをしていた。つまり虐待だな。風呂で熱い湯をかけたり、罵声を浴びせたり、食事介助で無茶苦茶したりみたいな感じだ。ああ。殺しとかはないぞ。あくまで嫌がらせの範疇だ。あと最初に思念体を引き連れていた女性は、逆に感謝されていたから、全員が全員腐った奴ばっかってわけじゃない』

 そんなことがあったんだ。私はあの黒い影が自分を通り抜けた瞬間、思念体が何をしたかを見ることができたけれど、古雅はもっと詳しく見えたのだろう。確かに虐待されていればやり返されても仕方がない気はする。

『そして虐待男はあの女性が好きだった』

「えっ⁈」

『だからあの霊は、最低な男が女に近づかないように男を排除しようとした。自分のためではなく、他者のために排除しようとした。だから正義なんだ』

 な、なるほど。

 女性のためにやったから正義なのか。私からすると、自分のために誰かが死ぬなんて有難迷惑以外の何物でもないけれど、死んだ彼らは刑罰を受けることもないので止まらない。


「あれ? でもあの時、思念体はムネガスクとかって考えていなかった? やっぱりそれってただのやり返しじゃないの?」

『だから、正義の仮面をかぶった復讐なんだよ。そして正義の鉄槌をしているつもりだから、質が悪い。余計に止まらない。行き着く先は碌なものじゃない。だから行き着く前に消したんだ』

 なるほど。

 正義ならば人を殺してもいいという倫理観で存在すれば、最終的にどうなるかは恐ろしい。とんでもないナニカになる前に消すと決めたのも頷ける。


「華那子ちゃん。神様とお話をしているのかい?」

「あ、すみません。その、古雅に言われてよく分からないままに祓ったので。だから今説明を受けていました」

「……いや。大丈夫だよ。それで、どういうことだったのか教えてくれないかな?」

 私は頷くと、今古雅に教えてもらったことをそのまま佐藤さんに伝えた。

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