バイト巫女と学校生活③
「……のぉぉぉう」
放課後、下駄箱に入っている手紙を見て固まった。
下駄箱に入った手紙なんて、不幸の手紙だろうと思って開けた先に書いてあったのは、まさかの呼び出しだった。……差出人に覚えはないけれど、女性の名前が入っていることから見て、告白の可能性はほぼないだろう。
今まで腫れ物に触るかのような扱いは受けたことがあっても、お呼び出しはなかった。
と、いうことはだ。
「これ、やっぱり南波さんが言っていた関係かなぁ」
啓太がアイドルのような扱いを受けていて、南波さんも普段喋ったりするために、上級生から呼び出しを受けたと言っていた。
そんな相手と、休みの日に遊んだと。しかも学校という他者に見られやすい場所で待ち合わせ……。呼び出しを受ける条件を満たしている気がする。
「えぇ……無理だよぅ」
先輩に囲まれて尋問を受けるとか、何の拷問か。
私はがっくりと肩を落とした。
『でも友達なら、立ち向かわないとだな。友達は大切にしないとだぞ』
「それは分かるけど……」
私の手紙を覗き込んだ古雅が声をかけてくれるけれど、何一つ解決するわけではない。それどころか、神様が見ているわけなので、無責任に逃げ出すというのも駄目だろう。
場所の指定は校舎裏。今日の放課後に来いと言うことは、すでに待ち構えている感じだろうか。
嫌すぎる。
そう思いつつも、靴を履き替えた私は、とぼとぼと校舎裏に足を向けた。
校舎裏に近づけば、女子の声が聞こえて来た。本来こんな場所に人が集まることがないので、まず間違いなく私を呼び出した関係だろう。角を曲がれば、確実に顔を合わせることになる。
……行きたくないなぁ。
足を止めて、深くため息をついた。
「あ、あの……」
それでも意を決して角を曲がれば、五人の女子がいた。……多い。
あまりにも嫌すぎて、心の中で戦隊ものかよと悪態をつく。まあ、この場合退治されようとしている悪は私になるのだけど。
「あなたが、立花さんね」
「は、はい」
一歩前に出て声をかけてきた女性は、気が強そうなお姉さんだった。多分グループのリーダーみたいな感じなのだろう。
「単刀直入に聞くけれど、貴方、啓太君とどういう関係かしら?」
「ど、どう? えっと、クラスメートですけれど……」
友達と言ってもいいような気はするけれど、相手が求めている言葉が分からない。なので大まかなくくりで話す。クラスメートというのは、絶対間違いのない答えであるはずだ。
「そうね。でも休みの日に二人で外出したようだけれど、ただのクラスメートがそんなことする?」
「慣れ慣れしすぎない?」
「啓太君と二人きりなんて、あり得ないでしょ」
「というか、男と二人きりとか、変じゃない?」
へ、変なのかな?
そもそも友人と外出というものをしたことがない身としては、男子と二人きりの外出が変なのかなんて分からない。とりあえず、大勢からおかしいと言われたことによって、ドドドドと心臓が鳴り、不安になる。
「えっと、別にやましいことはなにもないと言うか……個人的に、神社のご紹介をしただけといいますか……」
「は?」
「神社の紹介? 変な宗教に啓太君を巻き込もうとしてるんじゃないわよね?」
「し、してません。変な宗教というわけでもありません!」
確かに状況は宗教勧誘だ。
そして宗教勧誘と言うと、胡散臭く感じるのも分かる。神様が存在すると証明されたけれど、実際には見えない人が大半だ。そして宗教によっては神様など存在していない詐欺まがいのものもあるのも事実。
「じゃあ、なんなのよ」
「えっと、私が知っている、本当に神様がいる神社をご紹介しまして……」
『そう。俺の神社ね』
頭の上で古雅の声がするけれど、誰一人そちらを見ないと言うことは、この中にはそういったものを見たり聞いたりできる人はいないのだろう。
「嘘つき。そんなもので啓太君の気を引こうとか最悪じゃない」
「嘘ではないつもりなのですが……」
「だって、桜子は、この辺りに神様がいる神社なんてないって言っていたわよ? この子、霊感があるの。そうよねえ?」
リーダーが一番大人しそうな子を名指しした。
桜子と呼ばれた少女は、大人しそうな女性だったが、名指しされても特に動揺している様子はなかった。
「えっと、数駅先なので、この辺りと言うわけでもないですので」
『というか、彼女、俺のこと見えてなくないか? おーい』
桜子という少女の前に降り立ち手を振るが、全く反応しない。見えていたらうっとうしいだろうなと思う距離なので、間違いなく古雅の姿は見えてはいないと思う。
声が聞こえている様子もない。まれに悪寒のようなもので感じる人もいるけれど、全く何も顔色を変えないということは古雅のことは感じれていないのだろう。
「ほとんどの神社の神様は信仰されなくなり消え去っています。だから、本当に神のいる神社などごくわずかのはずです。数駅先だとしても、神様がいるような場所を私が気が付かないはずがないです。だから彼女は嘘をついているか、もしくは悪魔を神様と勘違いしているのだと思います」
……古雅は悪魔だった?
チラッと古雅の服を見れば、今日も黒いTシャツにダメージジーンズ、そしてごついシルバーアクセサリーをつけた格好だ。耳にピアスまでつけているし、確かに神様らしくはない。金髪なのも相まって、明らかにチンピラとかヤンキーとか、そういう類の姿だ。
神力みたいなものがにじみ出ていなければ、悪魔と言われた方がしっくりくる。
『失礼だなぁ。まあ、確かに悪魔か神かなんて、人間が分類したものにすぎない部分はあるけどな』
「へぇ。そうなんだ」
『ほら。昔から宗教を戦争理由にする場合は、相手が信仰している神は邪神だぞ。ある国では神とされている者が、別の国では悪魔扱いなんてことは普通だし、強すぎる妖怪やら怨霊を奉ることで神にすることもある。結局、善悪は、人間が基準を決めることだ。まあでも、神と名乗ると言うことは、この世にそれなりの影響を及ぼせるだけの力があることが前提だけどな』
へぇ。
でも確かに、神なのか妖怪なのか、さらに別のものなのか、相手が自己申告しない限り分類するのは人だ。
「馬鹿にしているの?」
「へ?……あ、違います。今のは、そのえっと……」
『へえ。そうなんだ』 と同意した言葉が、丁度『悪魔を神様と勘違いしているのだと思う』に繋がってしまったのだと気が付いて慌てるが、どう返すのが穏便なのか分からない。
間違いなく、目の前の桜子という女性は古雅を認識していない。古雅が見えないイコール霊感がないとはいけないのだけれど、下手に伝えれば、嘘つき扱いしたと思われてしまう。
「あっ、見つけた」
どうしようと頭を悩ませていると、さらに第三者の声が聞こえた。
大人の男の人の声であったため、先生だろうかと振り向けば、そこにいたのはスーツを着た男性だった。学校の先生にはスーツを着ている人もいるけれど、その男性の顔は学校関係者ではないことを知っている。
「えっ。佐藤さん? どうしたんですか?」
「学校まで押しかけてごめんね。電話がつながらない上に家も留守みたいで。先生に確認した時に、校舎裏に歩いて行ったのを見たという話を聞いたから、急いでいたから来たんだけど」
先生ではない、大人の男性、しかも私の知り合いが出てきたことで、先輩達も怯んだようだ。
どうしようという空気が流れる。
「後から割り込みしてごめんね。僕はこういうものです」
「えっ。刑事⁈」
突然出された警察手帳を見て、ギョッとした声が上がる。
やましいことをしているという認識があったようで、お互いどうすると目配せをしている。
「佐藤さんにはいつもお世話になっていて……」
「えっ。あなた、警察のお世話になっているの⁈」
ん?
何故か先輩たちが引いた顔で私をまじまじと見てきた。返された言葉は間違っていないはずなのに、何か違うとらえられ方をしている気がする。
ふと、朝に、不良の先輩から姉御扱いを受けたことが脳裏に思い浮かんだ。
えっ? まさか私が犯罪者としてお世話になっていると思われるとか?
「いや、違っ。違わなくはないけれど、意味が違うというか……」
「悪いのだけど、彼女を借りてもいいかな? 事件のことで、聞きたいことがあるんだ」
「事件……はい。大丈夫です」
「どうぞ」
「あっ。私達帰ります」
「いや。ちょっと待って。絶対何か勘違いして……」
蜘蛛の子を散らすように、五人の先輩たちは駆け足で遠ざかっていった。
絶対勘違いされた。
お世話になっているところからの、事件のことで聞きたいとか、重要参考人みたいではないか。
あああああ。
「あれ? 華那子ちゃん、体調悪い?」
頭を抱えて座り込んだことで、佐藤さんが頓珍漢なことを言ってくる。本当に最悪だ。明日、私の噂はどうなってしまっているだろう。
しかし今の私にできるのは、未来の私にすべてを丸投げすることだけだった。