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序章:バイト巫女

「こんにちみこみこ~。皆の巫女ちゃん、キノでーす!」

 仕事までの少しの空き時間、私は耳にイヤホンをつけ、スマホで投稿動画を見ていた。画面上では、白と赤の巫女服を着た美少女がにこにこ笑って手を振っている。

「神様も妖怪も幽霊も存在すると証明されてから今日で丸二十年! いやー、めでたい! この発表のおかげで、キノちゃんもただの妄想イカレ霊感少女じゃなく、正真正銘の巫女として皆のために働くことができています。みんな、いつも応援ありがとー」

 ただし昔ながらのイメージする巫女とは違って、キノちゃんの髪は金髪に染めてあり、爪も可愛くネイルされていて、いまどきだ。そんな今どきのおしゃれ女子が巫女。ただのコスプレっぽいが、彼女は正真正銘、国が認めた巫女である。

「今日は、交通事故が多発する交差点にやってきました! ここではよく人身事故が起きるので、死者が呼んでいるのではないかと言われている魔の通りなんですけどー、まあ、ぶっちゃけいますね。幽霊」

 画面上には幽霊の姿は映らない。普通の人が幽霊がいるかどうかを知るには特殊な機械が必要で、そもそもはっきり視覚で見ることはできないのだ。機械的に幽霊がいるかどうかは微弱電気と人間には聞こえない範疇の音で計測しているらしい。

 

『おいおい。確かにいるけどさぁ、事故の原因を幽霊の所為にしたら盛りすぎじゃね? えーっと、なんだっけ。嘘大げさ紛らわしいって駄目なんじゃなかったのか?』

 しゃがみこみ動画を見ていると、頭上から声が降ってきた。

 イヤホンをしていてもはっきりと聞こえる声の主を知っている私は、小さくため息をつく。

「キノちゃんはちゃんとこの後、事故の理由はそれだけじゃないって説明入れるから、嘘でも大げさでも紛らわしくないからいいの」

『でもそこにいる幽霊どもは、ただいるだけだぞ? まあ、いるから【悪鬼】もよりやすくなっているんだろうけどさ、幽霊どもは交通事故と無関係だろ。そのあたりの空気が悪くなっている原因は、幽霊が祟っているかもしれないという噂の所為だろうし、そもそもこの交差点で事故が起こりやすいのは物理的な問題じゃね?』

 ずけずけと私の頭の上から正論が降ってくる言葉に私は口をへの字にする。

「その通りではあるんだけど。そこはエンタメと言うか……」

『ぶっちゃけ、巫女としての能力が低いから頓珍漢なこと言っているんじゃん』

古雅(こが)の力で見通したら、人間なんて太刀打ちできないでしょ?」

 上を向けば、そこには金髪の男がふよふよ浮いていた。

 地に足をつけていないのだからもちろん人間ではない。髑髏マークのTシャツに穴あきジーパン。さらにシルバーネックレスをつけた男は、ヤンキーのようないでたちだが、幽霊ではない。髑髏のTシャツから死神を連想するが、それでもない。


『そりゃ俺みたいな神様と比べるのはおかしいかもしれないけど、華那子(かなこ)にだってそれぐらい見れば分かるだろ』

 そう。このどこからどう見ても立派なヤンキーは、正真正銘、神社で祭られている神様だった。本来なら人の目には映らない彼だが、私の青い右目にははっきりと映っている。

 左右で色が違うオッドアイで生まれた私は、青い目の方だけこの世の物ではないものが映りこむ。その精度はかなり良く、見るだけの能力ならば人気動画配信者であるキノちゃんよりも高いだろう。

 見るだけならと注釈が付くけれど。

「……そろそろ電車がホームに到着するし、朝のお仕事をしようか」

 この話はおしまいだと、私は立ち上がった。古雅が言っていることが正しくても、自分の推し巫女を悪く言われるにはあまり嬉しくない。


 私は今駅構内の柱の近くに三角コーンを立て、しめ縄をつけた中にいた。正直朝っぱらから、制服姿の女子中学生が何しているんだと思われそうな光景だけれど、すでに習慣化し、日常の一部となっているのでそれほど興味本位な視線は来ない。

 本当は巫女服に着替えて行った方が、ソレっぽく見えるのだろうけれど、私はこの後普通に学校だ。なので国から衣装貸し出しもしてもらえるけれどあえて断り、学生服で仕事をしている。小学生の時など体操服でやったぐらいだ。

 つまり見た目は仕事の出来とは関係ない。


『二十年前はやっていなかったんだから、こんな何度も何度もやらなくたっていいと思うんだけどなぁ』

「人間は、気が付くと綺麗にしたくなるものだから。除菌グッツがどんどん増えているのと同じだよ」

 古雅が言うのももっともではある。

 幽霊がいると証明される前は、皆何かあっても迷信だとか気の迷いだと言っていた。でもなんだから体が重いな、空気が悪いなと思っていたものが【いる】からだと知ってしまうと、それをどうにかしたいと対策したくなるものなのだ。

 その結果、国は祓うために予算を出すことにした。

 しかしかつてこの国で払うことを縄張りとしていた家系は少子化の影響で断絶。一子相伝の技術は消え去った後だった。

 その後右往左往しつつ、最終的に異能を持つ者を【新祓い課】が正社員もしくはバイトとして雇う形となった。何故正社員だけではないのかといえば、あちこちお祓いをして欲しいという要望から、正社員だけでは追いつかず、私のような未成年もかりだすしかなかったためだ。

『除菌グッツはものだから量産できるけど、お祓いは人手がいるだろ』

「そのぶん、それなりに給料面はいいし、学業の融通もきかせてくれるから、ね?」

『そんなのは当然だろ』

 

 古雅が文句を言いたくなるのも分からなくはない。何故ならば、きりがないからだ。

 私が今いるのは、都内の駅。この駅は朝の時間帯五分間隔でたくさんの人をのせた車がやってくる。すし詰め状態の電車では皆がイライラしている。人と人との距離が必要以上に近いと不快になるのは当たり前ではあるけれど、負の感情は【悪鬼】を呼ぶ。悪鬼は人の気持ちを不安定にさせる人外のナニカで本来ならば理性が働きしないことを、悪い方向に背を押されてやってしまう。

 私はこの悪鬼を祓うためにここにいる。


 悪鬼により引き起こされる災いは喧嘩や他者に対して嫌味を言う程度のものから、スリや痴漢などの犯罪、酷いものだと自殺や殺人衝動や脱線事故など人の生死にかかわるものもある。もちろんすべてを悪鬼がやるわけではないし、犯罪などこれっぽっちも考えない者だっている。

 あくまで悪鬼はちょっと背を押す程度だ。でもそれがなければ罪を犯さなかった者もいる。

 悪鬼がいなければ未然に防げたかもしれない。そう思い、駅には定期的に新祓い課から社員もしくはバイトが派遣されるようになった。けれど悪鬼は一時的にいなくなっても、またしばらくすれば集まってきてしまう。

 だから古雅は昔からいた程度なら、そのままでもいいのではないかと言いたいのだろう。結局のところ罪を犯す人は、悪鬼を祓ったどころで、犯すのだから。

 

「手伝わせてごめんね、古雅。それでもこれが私の仕事だから、いくよ」

 一度目を閉じ集中する。そしてパンパンと二回柏手を打った。

 私が手を叩けば、空気が変わる。音自体はそれほど大きくなく、近くにいた人が何の音だろうと足を止める程度。でも前にこの儀式を体験した人は、スッと気持ちの良い風が通り抜けたかのような気分になると言っていた。

 

 私は瞼を再び開き、悪鬼を視る。

 悪鬼は幽霊とは違い、黒い靄のようなものに私には見える。その靄は普段から漂っているが、私の音に反応し、ぴたりと動きを止める。

「鬼さんこちら、手のなる方へ」

 再度二度、柏手を打つ。

「鬼さんこちら、手のなる方へ」

 そしてもう一度。


 昔からある『目隠し鬼』の遊びの歌。

 私は霊能者の一族に生まれたわけでもなければ、どこかの宗教に属しているわけでもない。だから正当な払い方を知らない。

 この歌は元を正すと遊女のお座敷遊びだったのでは? と言われているので、霊能者とこの歌は全く関係ないだろう。でもこの歌に悪鬼が反応することは知っている。


 黒い靄は私の声につられるように近づき集まる。

 それは本能的に気持ち悪いと感じるもので、二の腕には鳥肌が立つ。でも私は逃げずに立ち続ける。何故ならば、私は自分に彼らが触れることはあり得ないと知っているから。

『雑魚が』

 古雅が金の髪をたなびかせ私の前に躍り出た。

 その手には銀に輝く妙に神々しい鉄バットが握られている。

 ヤンキーなのに神々しい。これいかに。

 何かおかしくないかと訴えたくなる光景だけど、この駅でこの光景が見えているのは私だけだ。


『華那子に近づくんじゃねーよ、ばあぁぁぁぁか』

 柄悪く叫びながら、古雅は鉄バットを振り下ろす。それだけで黒い靄は霧散し、消えていく。

 私の神様は口が悪いけれど、でも彼が力を振えば駅にいる人たちは、まるでマイナスイオンでも浴びたかのように頬を緩めるのだ。

 ご利益たっぷりである。


「よし。終わりっと。二時間目には間に合わせたいし、早く行こう、古雅。……古雅?」

 悪鬼もいなくなったことだし、仕事が終れば今度は本業である学校だ。

 さっさと片付けて移動しようと思い声をかけたが、古雅は一点を見て動かない。気になりそちらを見れば、古雅の視線の先にはスマホをいじる男がいた。

 一体どうしたのかと聞こうと思ったが、声をかける前に、古雅が跳んだ。


『天誅!』

「古雅⁈」

 古雅は跳躍したと思えば、彼は躊躇うことなく、その手に持っている鉄バットを男に振り下ろした。次の瞬間男がバタリとその場に倒れ、私は慌てて駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか?」

 神様のバッドは、普通のバッドとは違う。

 物理的に攻撃を加えることも可能ではあるけれど、そう念じない限り基本は精神に作用するものだ。倒れた男の頭がカチ割れていないところを見ると精神的なショックで倒れているのだとは思う。

『おまわりさーん。こいつが犯人でーす』

「はい?」

『盗撮魔は、撲殺されても仕方がない。南無~』

「こ、殺さないでよ。えっと、駅員さん呼ばないと。え、駅員さぁぁん!」

 古雅が盗撮魔と言うことは、彼は写真を撮っていたのだろう。

 倒れた男の手から転がり落ちたスマホの画面には、私の顔がばっちりと映っており、さらにSNSに投稿されようとしていた。タグに、JC制服巫女と打ち込まれている。……うん。ちょっとこれは嫌かも。

 でもそれと殴り倒していいかは別問題である。


『人の写真で承認欲求を満たそうとする者は地獄に落ちろ』

 いや、その通りなんですけど。

 でもね。やり方というものがあるのですよ。

「みんなー。巫女のバイトをしている子は、写真撮影NGの子もいるから、勝手にとっちゃだめだぞ☆ キノちゃんからのお願いね」

 タイミングよく動画の方でもキノちゃんが注意していた。最近勝手な盗撮やSNSへの投稿が問題になっている。だから古雅が怒るのも分かる。でも限度というものがあると思うのだ。

 汚らしいとばかりに、鉄バットで男をつっつく様子に、私は神様からの天誅をどう止めるべきなのかと、学校に行く前から頭を悩ませることとなった。

 

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