婚約破棄され投獄されそうになった悪役令嬢は剣を取る 〜最期にあなたとの口付けを〜
異世界恋愛ですがスプラッタ要素かなり強めです。それでも良い方のみどうぞ。
「ソフィー・ドアンヌ! お前との婚約を破棄するッ」
隣にピンク髪の娘を侍らせた男が、そう叫ぶ。
彼にまっすぐ指を突きつけられた公爵令嬢ソフィーは、冷たい瞳で男を見つめ返した。
……こうなるだろうことはわかっていた。
この国の王太子でありソフィーの婚約者でもあるその男、マーベリックがピンク髪の少女を寵愛し始めた時から。
信じたくはなかった。あんな女の嘘に騙され、婚約破棄をするなど。
でも受け止めねばならない、とソフィーは思う。我が婚約者、いいや元婚約者の愚かさを。
「なぜなのですか、殿下。婚約破棄をなさりたいのであれば書類上で手続きを行えばよろしいではありませんか。このような公衆の面前で行う意義がわかりかねますわ」
ここは王家主催のパーティー。ソフィーや王太子マーベリック、名も知らぬピンク髪少女以外にも大勢の参列者がいる。
そんな場で婚約破棄される意味がわからないソフィーだったが、マーベリックは当然のように答えた。
「お前の罪を公にするためだ。お前がこの少女……テレサを暗殺しようとしたことはわかっている!」
「あぁ、マーベリック様……」
マーベリックの腕にしなだれかかるテレサ。魅惑的な胸をぎゅう、と押し付けているあたり、非常にあざとい。
マーベリックは鼻の下を伸ばしていた。
「冤罪でございますわ。私はその少女の名をたった今まで存じておりませんでしたもの。危害を加えられるはずがございません。彼女は平民ですか?」
「……ひどいです、わたしのことを知らないって言うなんて! わたしが平民だからダメなんですか、だからわたしをいじめるんですか!」
事実。テレサとは初対面であるし、ソフィーは彼女を暗殺などしていない。
だがソフィーの反論は通じなかった。それどころか、
「テレサの言葉を嘘と言うのか。どこまでも意地が汚いな、お前は。おい衛兵、こいつを地下牢へ連れて行け」
「「「はっ!」」」
地下牢、と聞いて今まで平静を保とうと努めていたソフィーの顔が少しだけこわばる。
いつか婚約破棄されるだろうと以前から予想していたが、冤罪をふっかけられた上囚われるなどあり得ない。ソフィーは歴とした公爵家の令嬢であり、そう簡単に捕らえられていいはずがない。
だが衛兵たちは王太子の命に従ってソフィーを囲み、荒々しく取り押さえた。
「何をなさるのです、せめてお父様に話を通してから」
「ダメだ」ぴしゃりとマーベリックは言い放つ。「沙汰は後日言い渡す。それまで地下牢で自分の罪をせいぜい心から悔いるがいい」
ソフィーの生家であるドアンヌ公爵家は武勇に優れた家だ。
従ってソフィーも少なからず腕に覚えはあるが、さすがに一人では衛兵たちには敵うはずもない。
王太子を諌める立場の側近候補である令息たちはもちろん、親しくしていたつもりだった令嬢たちでさえも、この暴挙に反対の声を上げない。困惑した顔で、あるいは「やはり後ろ暗いことがあったのね」なんて言って嘲笑しながら、ソフィーを見下ろす。
――皆、私のことなんてどうでも良いのね。
そう思った瞬間、全身から力が抜けた。
そのまま四肢を縛られ、彼女は地下牢へと引き摺られていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
衛兵たちに連れられながら、ソフィーは悔しさに涙を堪えていた。
あんな男だがマーベリックはソフィーの初恋の人であった。
互いが八歳の時に婚約を結んで、信じられないほど美しいマーベリックの外見に惹かれて。それから恋に落ちるのはあっという間だった。
彼の笑顔も、声も、何もかもが好きでたまらない。「ソフィー」と呼んでくれるのが嬉しくて仕方がなかったのをよく覚えている。
彼の妃として相応しくあるために、美しさを磨いて、辛い王妃教育を耐え抜いた。
幼い頃は花を愛でるより剣を握る方が好きだったのに、深窓の令嬢らしく振る舞い続け、苦手な社交を頑張った。
なのにいつしか……気づいたらマーベリックは冷たい態度を取られるようになって。
そして彼との関係の結末は、見ず知らずの平民の暗殺未遂という完全なる冤罪による婚約破棄だ。
どうして悪役にされなければならないのだろう。
あれほどの努力は、全て無駄だったというのか。
「着いたぞ」
牢獄が迫る。
貴族用の牢ではなく、平民用よりよほど悪い、鼠の死骸だらけの汚い牢獄。
今からソフィーは、ここに囚われる。
そして暗い牢獄の中で一人ひっそりと死ぬに違いなかった。
許せない。
許せない、許せない、許さない。
――こんな結末、許さない。
胸の中で消えない恋心が燃えたぎる。
これくらいのことで諦めてなるものか。あんなピンク髪の巨乳女にあの人を渡して、なるものか――!
その時、ぶちぶち、と音がした。
最初は自分でもそれが何の音かわからなかった。だが、周囲の衛兵の慌てるような声でその正体に気づいた。
ソフィーを縛っていた縄が内側から爆ぜたのだ。
「ドアンヌ公爵令嬢が……!」
「押さえつけろ」「逃がすなよッ」
衛兵たちが叫ぶ。しかしソフィーは、その時にはもう彼らの一人に膝蹴りを食らわせ、泡を吹かせていた。
「ごめん遊ばせ。私、ここで終わるわけにはまいりませんの」
解けたのは、物理的な縄だけではなかった。
彼女の心を縛っていた『清く正しく淑女らしい公爵令嬢』という縄すら弾け飛んだのである。
微笑みながら、今度は手刀で別の衛兵の首を打つ。
彼は悲鳴を発する暇すらなく倒れ込んだ。ソフィーはその男の腰にぶら下がっていた剣を手に取り、嗤った。
「さあ衛兵さんたち、私を止めることができるかしら――?」
悪役令嬢の殺戮が、始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ようやくあの女を排除できたわ……」
ピンク髪の少女――テレサは、パーティーの休憩室で、一人静かにほくそ笑んでいた。
マーベリックは婚約破棄事件の報告のために父王の元に赴いたので、傍にいない。故に今は心ゆくまで勝利の味を噛み締めることができる。
ああ、長かった、と彼女は思う。
彼女は別にマーベリックの寵愛を受けたかったから婚約破棄をするように唆したのではない。
ただ、ソフィーに……憎きドアンヌ家の令嬢に復讐するために努力を続けたのだ。それが実って、嬉しくないわけがなかった。
テレサの家は元は有名な貴族だった。
だが、その当主であったテレサの祖父は、数年前の内戦の際にドアンヌ家に奇襲を受け、敗れたという過去がある。
ドアンヌ家のせいで落ちぶれた。ドアンヌ家のせいで貧しい、乞食と変わらない暮らしを強いられた。
だからテレサにとって、いいや、一族にとってドアンヌ家は憎き相手で。
偶然を装った必然で知り合ったマーベリック王太子を籠絡し、ドアンヌ家令嬢に汚名を着せることは、テレサの長年の夢だったのだ。
逆恨みなのかも知れない。でもテレサは、それでも構わなかった。
だってこれからは薔薇色の生活が待っている。王太子の花嫁となり、高級なドレスを着て、王宮で贅沢三昧できるのだ。そうだ、地下牢に囚われているドアンヌ公爵令嬢にも時々会いに行ってやろう。
「どんどん絶望して弱っていくあの女を見られるなんて、楽しみ――」
「妄想を膨らませているところ悪いのですけれど」
その時、背後からゾッと背筋を冷たくする、氷のような声がした。
振り返る暇もなかった。気がついたらお腹から剣先がニョッキリと生え、ドレスをじわりと赤く染め上げていたからだ。
「え……?」
どさり、と体が崩れ落ちる。
そして最期にテレサが見たものは、悪役令嬢らしく高笑いするソフィーの姿だった。
「あなたに殿下は奪わせませんわ。さようなら、泥棒猫さん?」
テレサの意識は暗転した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王宮のあちらこちらから悲鳴が上がる。
まだパーティーが終わっていないらしく、そこら中にはまるで何もなかったかのように歓談する貴族たちがまだ多く残っていた。さっさと帰れば命だけは助かったものを、と思いながら、ソフィーは血の笑みを浮かべながら剣を振るった。
彼女の青いドレスの裾はビリビリに破かれ、返り血で濡れている。
パーティー会場に戻るまでの間、一体どれだけ殺したろうか。ソフィーは戦場にいる気分だった。
もはや恥も外聞もない。手加減もしない。
ソフィーの目的は一つ、マーベリックの元に辿り着くことだった。それまで決して歩みを止めない。邪魔する者は血の海に沈めていく。
パーティーの休憩室に寄って、ピンク髪女を仕留めた。
非常にあっけない最期だった。
パーティーの参列者たちは逃げ惑ったが、一人として逃れることはできなかった。
彼女を嘲笑った令嬢連中も、王太子の暴挙を制止しなかった愚かな側近候補どもも、断罪劇を無言で見守っていた者たちも。
誰一人例外なく、呆気ない終わりを迎えた。
「ドアンヌ公爵令嬢を――あの化け物を仕留めろ!」
騎士団の団長が叫び、目の前に騎士たちがずらりと並んだ。
しかしそんなもの、ソフィーの眼中にあるはずもない。剣を振るい、道を作り、前進した。
そして。
「殿下、いらっしゃいますか?」
ソフィーはドアの向こうに声をかけ、返事も聞かずに扉を開ける。
中にいたのは、金髪碧眼の美青年。そして玉座に腰を下ろす壮年の男。
王太子マーベリックと、その父親の国王だった。
「……何者だッ!?」
「殿下の元婚約者のソフィー・ドアンヌですわ。ごきげんよう、国王陛下」
全身を血まみれにしたあまりに異常過ぎる姿のソフィーの入場にギョッとして叫ぶ国王に対し、ソフィーは淑女の礼をとって丁寧に挨拶する。
そしてそうしながら……サッと彼との間合いを詰め、国王の首を刎ねた。
影に潜んでいた近衛兵すら間に合わないほどの速度だった。
一拍遅れて彼らがソフィーに飛び掛かるが、やはり遅い。彼らの体は宙を舞い、壁面に叩きつけられて潰れる。
そうして邪魔者は排除され、王の間にはソフィーとマーベリックの二人きりが残された。
「お、お前……」
「殺されたくなくばそこの剣をお取りになってくださいませ。私と最初で最期の決闘をいたしましょう、王太子殿下?」
近衛が取り落とした剣を指差しながら、ソフィーは笑う。
その腕にはピンク髪の少女テレサの死体をぶら下げていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
王太子マーベリックの攻撃の一つ一つは荒く、精錬度がまるでない。対するソフィーの剣技は美しく、少しずつ、だが着実に彼へ迫っていく。
テレサの亡骸はとっくに投げ捨てられていた。
彼女の死体など、もはやマーベリックは目もくれていない。彼は憎悪を込めてソフィーを睨みつけていた。
「お前ッ、お前はなぜ、テレサを殺したのだ!? そんなに彼女が憎かったか!」
叩きつけるような攻撃だった。
それを浴びながら、悪役令嬢の頬は歓喜に歪む。――ああ、やっと彼が私を見つめてくれた。
「憎かった? いいえ、彼女は別に憎くありませんでしたわ。だって彼女、初対面でしたもの。
私の元からどんどん離れて行ったあなたが、私の苦労なんて知らなかったあなたが彼女を愛おしそうに抱き寄せていたことが――ただ、許せなかったまでのこと」
決闘というのは名ばかりで、勝負は最初から決まっているようなものだった。
ソフィーの剣が、マーベリックの無防備な左脚を落とす。おびただしい血が溢れ、返り血がドレスをさらに濃い赤に色付けた。
「うがっ」
マーベリックは崩れ落ちるように倒れる。彼の手からするりと剣が落ち、それはすぐにソフィーの手に収まった。
マーベリックの顔が歪む。
それは痛みのせいだったか、絶望からだったか。それはソフィーにはわからないけれど。
「そ、ふぃー、お前は、俺を」
「お慕いしておりました。いいえ、今でも愛していますわ、リック」
何年も前――「子供じゃないのだから」と言って拒絶された、幼き日の呼び名を呼ぶ。
そしてソフィーは、マーベリックに覆い被さり、彼の唇に己のそれを押し当てた。
マーベリックの青の瞳が見開かれる。
長い長い口付けの後、やっと二人の顔面が遠のき、彼が何事か言葉にしようとしたその時――。
「だから」
悪役令嬢はそう言って、己の首を差し出した。
「私を、その手で終わらせて……」
それだけが、血に染まる悪役令嬢ソフィー・ドアンヌの願いだった。
断頭台の無慈悲な終わりなんていらない。ただ愛する人からの、最期が欲しかった。
その願いが叶えられたかどうか、それを知るのは彼女とマーベリックの二人だけ。
翌朝、遠くの地より駆けつけた騎士隊が目にしたのは、王の間に広がる乾き切った血の中で身を重ねる二人の亡骸だったという――。
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