見習い
神父見習いの日々は忙しい。
朝起きるとまずは軽いランニング。
無理にならない程度に汗をかく。
水浴びで汗を流した後に神父様に付き従ってミサの手伝いをする。
そのあとに神父様と一緒に朝食を食べ、一日のスケジュールを確認する。
学校の視察や、亡くなった人へのお祈りなど僕を連れて行ってくれるものもあるけれど、騎士団の人との対談や書類仕事など僕を連れて行ってくれないものもあるのだ。
神父様についていくものがない場合は主に勉強をする。
神父様は勉強に役立つ本をいくつも持ってらっしゃるので今のところすることがなくなることはない。
また、見習いとしての課題として教本の写し作業がある。
そのままの通り、教本を自分でもう一冊作るのだ。
今僕が持っている教本はあくまで神父様からの借り物でしかないので、写して自分で作った教本が本当の自分の教本となる。
当然、半端な文字で書くわけにもいかないしミスがあってはならない。
文字の練習からやることになり、これが完成するのはまだまだ先になりそうだ。
自分の教本を完成させることが見習い卒業の最低条件らしいので僕が見習いを脱するのもまだ先になりそうだ。
焦る気持ちはあるけれど、知識が増えていく環境は正直楽しい。
仕事が少なく、神父様の時間に余裕があるときは神父様が直接勉強を教えてくれる。
神父様との勉強はいつもの座学と違い、今の世界の情勢や神父様が直接行ったことのある巡礼先の話などが聞けるのでとても有意義だ。
神父様の話によると今、戦争はおこっていないもののこの国と東の国テリンニ王国とはとても仲が悪く、犬猿の仲と言ってもいいらしい。
原因はやはり信仰の対象の違いだという。
この国がセア教を信じるのと同じようにテリンニの人々は精霊信仰をしているらしいのだ。
精霊とは自然の体現者ともいわれ小精霊ならいざしらず、大精霊ともなると洪水や竜巻など人の身ではどうしようもない災害を起こすほどの力を秘めているそうだ。
もちろん、この国にも精霊は存在する。
僕は直接見たことはないけれど、風の吹く場所には風の精霊がいるし川の近くには水の精が存在する。
国によって精霊の数が極端に変わることはない。
荒れ果てた土地には気まぐれな精霊しか訪れないらしいが。
実際、この国でも精霊は自分たちより高位の存在として知られ敬われている。
女神さまの僕としてではあるが。
そのせいで東の国との仲は昔からずっと悪いままみたいだ。
自分もてっきりそうなのだと思っていたんだけど、神父様から違うと教わった。
精霊と女神さまは根本的に違う存在なんだと。
一般の人は精霊にも女神様にも合うことは滅多にないからそのほうが都合がいいらしい。
引っかかることがないわけでもないけれどそれがセア教の、ひいては女神さまのためになるんだからあまり気にしないことにした。
北の国エリマ帝国は異質な存在だ。
エリマ帝国は魔力が濃く、一番強い力を持っているけれどその分魔物が多くて強い。
この国にとっては他国を攻めるよりも魔の森を攻略するほうが利があるため例外を除いてすべての国と仲がいい。
帝国と戦ってはいけないというのは世界の共通認識だ。
かつて魔物の反撃にあって疲弊した帝国に宣戦布告しひと月もかからずに属国となったのは伝説として語り継がれている。
他の国にしても帝国からしか手に入らない高品質の魔石や魔物の素材などが手に入るため帝国との貿易は最重要のものとされている。
国風は実力至上主義。
世界中から腕に自信のある猛者が集まり、一攫千金を目指す国。
人種も様々で価値観も様々なためこの国には定まった国教というものがない。
この国にセア教を広げるのもテリンニ王国と違った意味で難しそうだ。
ただ、セア教が世界的に一番大きい宗教なのは間違いないようだ。
世界的にはセア教五割、精霊信仰三割、その他二割くらいの割合
帝国はこのなかに含まないとしてもセア教は勢力としてはかなり強い。
これだけ聞くとセア教は安泰のように見える。
けどこれはつまり女神さまはまだ半分の力しか使えないと考えることもできる。
神父様も一度帝国でのセア教布教に行かれたことがあるらしいけれど、まるで上手くいかなかったそうだ。
刹那的に生きることの多い帝国人は実益を重視し、即物的な利益を得られないセア教は受け入れてもらえなかったそうだ。
強く祈り続けることで大きな災いを女神さまに防いでもらうセア教とは根本的に合わなかったのだろう。
僕が考えるよりも世界中にセア教を広めるのは難しそうだ。
やみくもに伝えるだけでは成果は上がらないとは神父様の言葉である。
やはり、もっと勉強をしてその国の人が好むものや受け入れやすい形を考えなければならない。
僕にはまだまだ知識が足りない。